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人 r 口

ドキュメント内 1/t 好 (ページ 34-42)

一 人 口 移 動 LI■ ・J

真備町は ,昭和2 7年 ,紡 田町外 四 力村の合併 .後3 1年 ,椎井 田村 の分村 による服部地 区の 編 入を鮭 て新 しい真備町の合併 を完了 LT:0

昭和5 5年現 在の人 口は基本 住民台帳 によると2 0.90 0人 で,岡山煉人 口全体 の1%樫 を占 めるにす ぎrJt、が,国勢調査 に よる昭和50年度の人 口唾皮 をみると, 407.6人/kiで県平均 の2 56・3人/lrifこ較ペ るとず っと多 くTJってい る。

年次称 こ昭和3 4年以降の人 口増減数 を臣民基本土地台帳 を基 (こみTこものが 図4‑ 1であ る。こ れに よると昭和4 5年 を墳lこ人 口減少か ら人 口増 加に転 じてお り, 4 8年か ら数年 間 は著 しい増 加傾向 を示 してい る0時に,昭和4 9年 か ら5 1年の3年間は ,年間 1,00 0人以 上の増加 がみ られ るこの著 しい人r‑1増加 の原田はいT=い何 であ ろうかO これ を明確 (こす るT=めに も人 口増 加 に酷按 かかわる自然物 Llと社会増加 について 図I‑ 1に合わせてみていこ うと患 う

4‑ 1 央 備 町 の 人 口 増 減 数

‑ 29

図4‑ 2は昭和3 5年以降の出生数 と死亡数 の移 り変 わ りであるが ,間には さまれT=部分が 自然 増減数 となる。 昭和4 1年 は ヒノエ ウマlこ当T:るT=めに ,真備町 では出生数 よ りも死亡数 が上回 ら,自然増加 数はマイナスに陥んでいる。 それ以後 ,徐 々に出生数 は増加 しているが ,昭和50 年 には著 しく増 え,それ以後減少傾向にある。著 し く増加す る年次が ,第1回 の人 口増加に較べ るとワンテ ン,S遅れ る憤向 を示 してい るとい うことは ,真備町 の人 口増加は社 会増加 に起因 して い ると言えよ う。

図 4‑ 3は,昭和3 5年以降の転入者数 と転出者数 の移 り変 わ りであ り,間 にはきまれT=部分が 社会増減数 であ るO昭和44年 を境に流出増加 か ら艶入超加 に転 じてい る。転出者数 が徐 々に増 加 しているの lこ対 し,転入者は4 8年 か ら罪 しく増JuLlしてお り,社会増加数 は4 9年 と5 0年 で

はl.0 00人以上 を示 すこの社会増減 が ,図4‑1でみT=人 口増減 とはば一致 するとみてよか ろ う。

社会移動に よる共備町 における.各 世代の人 口の増減 をみるT:めに年齢別人 口を昭和4 0年 , 45, 50年について表4‑1に示 した。 比較可純 な年 代について, 5年後 の増加率 も併 せて示 し丁こ。

ー 30‑

4‑ 1 兵備町 の年齢別人口 とその増加率

0 i

5 lO 15 20 25 30 35 40 45 50i 55 60 65 70 80

4 9 14 19 24 29 34 39 44 49 54 59 64 69 79 明

暇 40(人) 3,000 1354 938 740 842 930 770 743 729 667 626 1,321

増加率(%)

ゝ 8: A

.5t i

0

(

.

1 0;A 2:A 4:A 6: 9

t

昭(人)4 5 851 823 986 ー059 り 11 863 775I846 922 776 729 698 629 572】683 24

増加率(%) 軒 : 4:A

2 ㈱

\ 6 : 5

: A OlA 6t.

(国労調査 よ り)

ー 31‑

昭和40年 か ら45年 とい うのは図4‑3で 見 て もわかるよ うに ,転入者 よ りも転出者 が少 し上 回 るために ,ほとん どの年代について人 口は減 少 しているのTLJが,特 に 日立っのは15‑ 19才 の年代の者が, 2 0‑ 24才に達 L/T二時 lこは ,約2 0%が流出 してい ることである. このrr代の 流出 には ,大学進学 ,就職 ri・どがあげ られる他 には これ とい う特 徴はrJかろ う。昭和4 5年か ら

50年は転入超過の時期 であるT=めに ,ほ とんどの年代 について人 口増加 を示 す.中で も顕 著 Ti ものは, 5‑ 9才 代, 3 0‑ 3 11才代の年 代の 人口増加 であ り,昭和4 5年Iこ板へ 8 0%以上 も 増加 してい る。 とい うことは,真備町 に転入 して くる者の多 くは2 0代後半か ら30代後半の世 代で, 10才前後 の子ど もをひ きつれてや って釆 T:と言え ようこの幼年人 口の増加 は,歯幼稚 園の設立 (昭和5 0年) ,更には折田 ,川辺 .岡臥 頗小学校 の児虚数 の増加 へつTJが る。 (50 年以後. 2幼稚鯛増設 )

さ らに詳 し く社会移 劫 をみ るTこめに ,同和5 0呼の転入者 の前任地 と,転出 者の転出 先の比 を 図1‑4に示 した. 県南 fこお ける人 口移動 が圧鱒的 であるが ,県外 に関 しては ,特に近故 が多 く,i ってい る.県全体 でみTこ転入 ・転 出先 都何県 の 上位3位 も大阪 ・広島 ・兵樺 となってお り.首都 圏 よ りも西 日本 ,とりわけ京阪神 ,広al,北九州各 国 との移 動が大 きくなって いる。真備町 も県 外 については ,県 と似 T:傾 向lこあろ う。転入者 をみ T二時

,

9L

.

摘 か らの転入者が8 0%近 く占めて

図4‑ 4 転出入者の前任地 ・転出先

いる.これ は ,岡 山

倉敷の両市 だけでは人11を吸収 しきれず ,溢 れ Tこ人 口が両 市の近郊へ拡 厳 しTこ例 の1つと貰える。 つま り,i両市のペ .・・ドタ ウンと化 しTこのであ るが ,その ようrJ市町村 は 昭和4 5年〜 5 0年の人 口増加率 は20%を超 えてお り,井備町 は38 3%軌 他 は山陽町が , 6 915%増 ,清音村が2 9・9%増 とTLってい るO真 備町の場 合 は缶政 市の ベ .I,トタ ウンと'iって

‑ 32‑

いるの f='が ,倉敷 市の人 口増加 ,つま り転 入者の増加 は ,水島地 区 の大規模工業拠点の建設 に よ る.昭和4 0‑ 45年の倉敷市の人 。増加率 は2 3.4%とい う蕉異的 TL率 を示 すが,これ は当然 社会増 加で ,工業地域の拡充 により尿用便会 が増 しTことや ,大都 市 との賃金 格差 .つま り所得 の地 域間格差の縮 少 ,大都 市の過密化 ,生活n堺の感 化lこよる魅力の低 下な どか ら,そTLまでの 爪外への流出 が鈍 化 し.逆 に県内への流入 が

加 し,い っT=ん大都市へ就 職 L,T=者 が ,再び岡山 県へ帰 って くる,いわゆるnUター ン・Jターン現 象 Hが鞭著 Iこな っT=γこめ と言える。

二 団 地 造 成 に よ る 人 口増 加

同 じべ ・.Jドタウンと言 って も山陽町の場 合,計画的(こ県営 山勘団地が建設 されT=が ,fl:僻町 で は如計 軌 こ住宅幽発 が進 め られT=T=めfこ段地 が次 々と無 秩序 に宅地 化 きれ ,虫 くい状感 であるス プ ロール現 象 を招い T=O多い時 には50社に も及 ぶ不動産業者がはい り宅地 化は急速 に進 んTf。

備町 の宅地化 は ,元 々倉敷の地価 応膝 のT=め,安価 rJ近郊 の土地 への宅地 造成 であるのT='が , これTごけ急速 lこ進 め られ Tニ理 由 と して考 え られ るの は ,

① 市街化区域で も市iB化調整 比域 で もTlく鰯指定区域 で宅地造成柴が安価 であ っT=こと.

② 水島地域へ近距離 にあるにもかかわ らず高梁川 で隔 て られてい るTこめ地 価が川の東部地 区 よりも数段安価 であったこと。

③ 売 る側 の良 家 も兼業化が進 んで良地 を もてあ ま し,売却 に街 庫的 であ っf=こと。

が挙げ られるとい うことだ。 ■

急速 TJ宅地化の結 果 .真備町 内には ,田地 と称 する ものが絵数60を越 えその戸数 1,5 00声 を越 えるO表4‑2には大字毎戸数の多 い頓 に新設 されT二田地名 と入居戸数 と入居者教 を示 しT=.

この中で も上二万の南方の台地 に造成 され1=広大TL打率台の団地 は圧倒的 な広 さを誇 っている.

ところが二万にはその他のEB地 は一つ もTlL、D ま(I,大字別lこ見 ると服部 ,呉妹 に も団地 は1つ もTJ.tい。図4‑ 5に地区別人 口を示 しT=が .同地の造成 されていない服部 ,呉妹 はやは り人 口増加 の著 しい傾向 はみ られrJい。人 口増加が最 も早 く現 れT=のは川辺 で昭和4 4年 か ら増加 し始 めて 'L いる。岡m (辻刑) では4 6年 ,節田 ・歯 (市切 ・有井)では4 7年頃 か ら増加 してい る.岡田 (辻田)の増加率 は慮大 で2.0 00人近 く増加 して いる。表卜 2の辻B]と岡 田 をTこす と1,847 人入居 してお り最高 を示 すこの ようlこ其備町におけ る宅地化 は比 較的東寄 りの岡 田 あT=りで急 速 に進 め られ T=. 表卜 2で,公田Jl個 と公 団有井 は ,罷用促進住宅 で,普通の住宅 と違 って転居 を余儀Tlくされf=もの とか ,立 ち退 きを強 い られ T=もの に賃貸 させる ようtuLってい るO菱4‑2 に挙げT=団地 の位 匠 を図4‑6に示す と,真備 町の中 で も倉敷 市(こ近 い東部 にか た よ って分布 して い る。 その東部 だけが急激に人 口増加 を招いT=r:め .上水道施設 ・ゴ ミ処理 ・し尿処理 と併せて 保 育園 ・幼稚園 な どの新増設 Tsどの問超 がT=らま らに して起 こっTこO まT=この ようTj:無秩序 Tl住 宅地 の配掛 ま交通 ・通信施設の非効率 を招 き.住み よい都市の建設 にはマイナス とTiるであ ろう。

団地 ,住宅 の急速 な増加 は現在では蕗 ら着いて きT=が ,全国の悌向 を見 ると逆 Iこ昭和5 6年度 の新設 住宅懲工戸数 は9.2%減 で ,住宅不況が全国的 Iこ深刻化 しつつ ある。所 得 の低迷 ,住宅価 格 の上昇 によるものであ るが.今後 ,共 備町 では どの ようTL宅地造成 が行 われ るの であろ うか。

(中沢 保 子 )

‑ 33

衰 4‑ 2 喪備町における新穀団地

一字 畑 地 名 戸 数 人数 計 団 地 名 戸 数 人数 計

節田 中 学 北 団 地 60 245 1,346356戸人 辻田 .蒲 他 40 164 】.335人337

7tl 田 40 163 向 畑 34 138

田 中 38 147 中 絶 手 団 地 24 92

王 子 団 地 32 121 辻 田 第 ‑ 22 87

中 学 粟 団 地 22 80 西 の 床 22 80

後 田 18 74 み ど り 団 地 13 44

高 校 団 地 15 59 石 田 西 12 55

内 湯 15 62 高 下 田 9 38

平 田 団 地 14 49 北 澗 9 34

う じ TI 14 58 JlL脚 沌顎敵地 7 26

畔 13 50 腎 頚

289 1,097人

小 杯 13 55 川辺 中 田 71 280 240930戸人

白 井 12 43 門 田 西 47 182

西 村 10 35 公 団 川 辺 40 138

中学束帯二団地 9 39 新 田 東 26 99

中 須 賀 北 8 31 グリーンタウ>J1辺 21 83

町営 肺 田 第 二 6 19 門 田 寮 13 50

l町 営 前 田 乗 5 】8 前 場 12 53

?

2 8 10 45

井 公 団 有 井 128 4462797 3471,279人戸 岡田 半 開 団 地 65 255 1 129512戸人

片 田 75 新 町 南 28 110

真備 中 央 団 地 36 137 馬 場 団 地 25 98

神 の 木 20 69 内 田 ll 49

高 城 院 18 65 i尾崎市 平 山 団 地 63 239 34692人戸

茶 屋 16 63 町 営 市 場 25 92

15 53 市 場 後 4 15

坊 田 ll 59 原 田 13 59 19548

1 0 42 砂 畑 】2 49

免 田 9 34 角 帯 ‑ 9 37

有 井 申 9 32 m 池 6 22

蛎 棺 ト 6 22

釆 共 備 団 地 62 253

古 川 1 3

穀 雨 42 168

別 間 1 3

辻 田 市 ニ 41 156

‑ 34

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