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《人間の顔》全 8 曲の考察

ドキュメント内 (論文要旨) (ページ 76-169)

第1節 全体構成

この章では、これまで述べてきた《人間の顔》の背景を踏まえて、全8曲の内容を、

主にテクストと音楽の関係から考察し、作品の特徴と意義、そして作曲家の意図を明らか にしたい。そのため、各曲の考察の前提として、第1節では「全8曲」の大きな流れはど のようなものであるのか、テクストと音楽の性質、曲順など、全体的な構成を概観する。

カンタータ《人間の顔》を構成するのは、ポール・エリュアールの詩集『詩と真実、1942』

に収録された8篇の詩による8つの楽曲である。それらを列挙する。

・②-⑧は、詩集《傾斜地の下方で》Sur les pentes inférieux (1941)初出

・『詩と真実、1942年』の ⇒ の後の数字は、《人間の顔》での曲順を示す

プーランク《人間の顔》 エリュアール『詩と真実、1942年』

1. De tous les printemps du monde...

この世のすべての春の中で…

1.Liberté 自由 ⇒8

2. En chantant les servants s'élançant...

歌いながら修道女たちは突き進む…

② Aussi bas que le silence

沈黙のように低い ⇒3 3. Aussi bas que le silence...

沈黙のように低い

③ Première marche la voix d'un autre 最初の歩み 他の人の声 ⇒5 4. Toi ma patiente...

きみ 僕の辛抱強い人...

④ Le role des femmes

女たちの役目 ⇒2 5. Riant du ciel et des planètes...

空と惑星たちを笑う

⑤ Patience

辛抱 ⇒4 6. Le jour m'étonne et la nuit me fait peur...

昼が私は驚かせ 夜が私を怖がらせる…

⑥ Un feu sans tache

汚れなき火 ⇒7 7. La menace sous le ciel rouge...

赤い空の下の脅威…

⑦ Bientôt

いまに ⇒1 8.Liberté 自由 ⑭ Un loup (2) 狼 ⇒6

第3、8曲のタイトルは原詩通りだが、それ以外は、原詩のタイトルを使用せず、詩の 第1行の「歌い出し」を使用している。

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8曲の配列は、エリュアールの詩集における配列には全くとらわれない、作曲家独 自のものである。最も明白な違いは、エリュアールが巻頭に置いた「自由」をプーラ ンクは曲の結尾として置いたことである。これは、第2章第3節で述べたように、作 曲のプランを抱き始めた当初からの、プーランクの大きな方針であった。

つまり、「自由」が最後に充分な効果をもってクライマックスとなるように、他の詩編 が選ばれているはずである。『詩と真実、1942年』には、プーランクが選ばなかった 詩が9篇あるが、それらの中には、一見して長く、また散文的なため、このカンター タには不適と思われるものが2篇《「日曜の午後」「最後の夜」)、反対に、短すぎると 判断されるであろう、非常に単純なものが1篇(「飢えに躾けられ」)あり、これらは おそらく、プーランクの選択肢から早めに外れたと考えられる。それ以外の残り6篇 と、プーランクが選んだ7篇とを比較してみると、選ばれなかった作品の方には、「読 んですぐ意味がわかる」「現実的で具体的なイメージが浮かぶ」という傾向が見られた。

一方プーランクが選んだ「自由」以外の7篇は、抽象的イメージや、比喩的表現が多 く、中にはシュルレアリスティックな手法ではないかと思わせるような、イメージの 飛躍もあり、読者によって解釈の幅がより広い作品が選ばれたと考えられる。作曲家 にとっては、それだけ制約が少なく、付曲の自由度が高まるという利点もあるだろう。

次に、選ばれた各曲とそのテクストの基本的な属性、性格を曲の配列の順にまとめ た一覧表をもとに、ここから作曲者の全体構成の意図を読み解いてみる。(資料5)

項目は、各曲テクストの詩行数(エリュアールの原詩による)、小節数、テンポ、演 奏所要時間(あくまでも目安である)、楽曲の形式、合唱形態、テクスチュア(例えば ホモフォニーなのかポリフォニーなのか)、調性、性格(極力客観的に示せるよう、

複数の研究者の記述やコメントを参考とした)、発想用語(プーランクがスコアに書き 込んだ指示の言葉)、そして最後に、人物・情景、という項目を置いた。これは詩から 読み取れる登場人物と情景を、単語レベルで挙げたものである。

まず、楽曲の大きな特徴となる「テンポ」について見てみると、第1曲からの推移 を極めて大まかに言うならば「緩・急・緩・緩・急・緩・中・中」ということになる

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だろうか。多くは曲の途中でさらにテンポの変化が起こるので、実際にはこの文字で 見るよりも、はるかに変化に富んでいる。最も長い第8曲の場合、中庸な速さの

♩=86から開始して、96、120、132,138と、短時間のうちに加速してゆき、それが また短時間のうちに減速するという、ダイナミックな展開が図られている。

この「緩急」のつながりだけを見ると、第3曲と第4曲がいずれも遅いテンポで演 奏時間もほぼ同じであるため、変化に乏しく、しかも「緩」が続くと退屈ではないか という危惧もあるだろう。しかし作曲家は、この2曲に、テンポ以外のところで、明 確な違いを打ち出している。たとえば調性は、第3曲の短調から、第4曲の長調に移 る。そこで歌われる歌詞の内容も大きく異なり、第3曲においては、「死者たち・暗 闇・夜」という、「人の気配」のない世界であるが、第4曲の歌詞には、一転して「き み」と甘く呼びかける「僕」が現われる。エリュアールの8篇の詩の解釈は、決して 容易なものではないが、このように、詩の中に「一人称」が現われるか否を見るだけ でも、それによって詩のイメージは大きく異なることが感じられるだろう。8篇のう ち、テクストの中に一人称が用いられている作品は4篇あるが、プーランクはそれら を、第1、4、6、8曲に配し、映画に喩えるなら、主人公の「僕」(あるいはその恋人)

が出てくるシーンを程よい間隔で作っている。第8曲をこの位置に置くことが作曲の 大前提とすれば、「僕の名を書く」と言い続ける主人公「僕」の信条と、彼がこう主張 しなければならない状況とはどんなものなのかを、詩の第一連で端的に述べている「こ の世のすべての春の中で…(原題「いまに」)」を第1曲に置くことは必然となる。プ ーランクの配列に従うと、私たちはまず、「僕」のいる第1曲の世界から、このカンタ ータの「情景」を眺めることになり、次にはもう「僕」の姿はなく、若い修道女たち が、歌いながら人殺しのあった広場に走って行くのである。

この情景の違いは当然音楽の表情の違いにもつながり、第1曲は、あたかも「僕」

一人で歌うかのような単旋律から始まる、ホモフォニックな音楽である。これに対し、

「修道女たち」が主人公となる第2曲は、コーラス1とコーラス2が、交互に「対話」

をするような形で進む「交唱」の形を取っている。その形の違いによって、もたらさ れる音響効果にも差異が生まれる。これが「テクスチュア」の項だが、プーランクは 二重合唱を、単なる「分厚いコーラス」として終始同じ形で使ったのではなく、詩の

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内容が要求するテクスチュアに従って、声部の増減、配置などを自在に変えているの である。しかも、それは「ホモフォニー94」「ポリフォニー95」「対位法96」といった作 曲技術のみならず、2つのコーラスをどう使い分けるか、という合唱ならではの「ミ キシング」的な技術によっても、異なる表情を作り出している。これが「合唱形態」

の項である。この8曲の場合、プーランクは第3曲までは2つのコーラスを用いてい るが、第4曲ではコーラス1だけが歌い、第5曲でまた二重合唱になった後、「静・

悲」という性格を持つ第6曲では、コーラス2だけが歌う、という変化をつけている。

その後の第7,8曲では、両コーラスを使い、ダイナミックな交唱も用いながら、大 団円に向かうというプーランクのプランの一端が、合唱形態にも表れているのである。

各曲のダイナミクスについては、第2節で曲ごとに見て行くが、合唱曲の場合(特 にスケールの大きい二重合唱の場合)、そのコントロールは譜面上のf やp の強弱記 号のみではなく、コーラスの声部の数を変えることによっても、行われている。

一覧表には、このようにプーランクが全8曲の変化やバランスに気を配り、第8曲ま で、聴衆の関心を逸らさず保とうとした構成が示されている。さらに、1曲の長さに 関しても、終曲「自由」にウェイトを置く計画からすれば、それ以前の7曲を短めに 押さえることが望まれるはずである。中でも、第5曲は約1分という、非常に短い時 間配分になっているが、これは、歌曲集《ある日ある夜》の作曲によって体得された シクル(連作)におけるテクニックで、プーランク言うところの「踏切板」tremplin の役割を果たす1曲である。次に置かれた曲を際立たせる役目を持つ「踏切板」の曲 は、比較的短く、テンポも速めで、動的な勢いにのせて、聞き手を次の曲に「送り込 む」のである。このカンタータでは、時間的にもちょうど全体の中間地点と言える箇 所に位置する第5曲が、その役目を担っている。演奏に要する時間は、演奏者による 多少の違いはあるにせよ、作曲家プーランクの基本姿勢としては、常に楽譜に数字に よる指示を行い、これを守ることを要求しているので、小節数と、テンポ指定の数字 から判断すれば、おおよその長さの見当はつくことになる。そして、一般的には、通

94 1声部が旋律を受け持ち、多声部が和音を中心とした伴奏を行う形態。また、全声部が同一のリズム 形で動く和音中心の形態。

95 複数の声部がそれぞれの旋律的独自性を保持しつつ動く形態。

96 複数の旋律を、それぞれの独立性を保ちつつ組み合わせた技法。

ドキュメント内 (論文要旨) (ページ 76-169)

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