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五坪 内の遺構

ドキュメント内 50年 (ページ 33-39)

掘 立柱建 物 を

6棟

以上検 出 したが

,い

ず れ も全体 の規模がわ か らない。SBl129 は

,SBl130よ

り新 しく

,す

べ ての柱穴 に柱根が残 って いた。発掘 区中央部は広 場 とな ってお り

,井

SEl122が

掘 られ て い る。

SEl122は , 5段

以上 のせ い ろ う組 み井 戸枠 をも っていた。 井戸の南側 には

,不

規 則 な形 を した浅 い土羨 がほ ら れて い る。 少量の上器が出上 した。

11図

 

左京 五条 一坊四・ 五坪 遺 構図

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X  左京八条三坊の発掘調査 (第 93次

)

この調査は

,奈

良県 が奈 良市東 九条町宇 姫寺 に計画 した西 売 間 団地建設 予定地 の事 前調査 で ある。 この地域は

,平

城京 の東市 を一 部含 んで いる。

調査 は まず 予備調査 と して

,敷

地 全域 の残存 状況 を確 か め るために

,幅

5紀,

長 さ 100紀 以上の 試掘 トレンチ を

,東

西 に1本

,南

北 に

2本

いれた。 その結果, 高低の ある この地 の地 形 は

,岩

井川 の氾濫 に よ り上砂 が堆 積 した もので ある こ と が判 明す る とともに

,礎

石 列 をは じめ多 くの掘立柱建 物

,数

条 の濤 を確 認 す る こ とがで きた。 この所 見 をも とに して

,ひ

きつ づ き南辺 の 小路 をふ くんで

,左

京 八 条三坊 の九坪 を中心 に本 格的 な調査 を実施 した。 その結果

,東

市 が これ までの文 献上 か らす る と推定通 りこの地 域 に所 在す る可能 性 が強 い こ とを推定 させ る こ と に な った。礎石 列の発見 された寺跡

,お

よび東市遺 構にふ くまれ る地 域 の調査 は ひ きつづ きこの後 に行われるが

,以

下 概略 これ までの成果 を記 して お きたい。

 

奈 良 時代条坊 に関す るお もな遺構 には南北 お よび東西 小路

,東

市北辺 をめ ぐる 濤

,堀

,寺

院 跡 が あ る。 この うち堀河 と寺 院跡 につ いて は 今回は じめ て所在 が

あき らかに された。

 

  

発掘 区の東 寄 りに九・ 十六 坪 を区画す る南北 小路90η を検 出 した。

小路幅

42程

あ り

,東

西 に側 濤 をもつ。東 側濤

(幅

2■

,深

さ 0.4協 )が大 き く, 西 側濤 をふ くめて道 路幅 員は 6η

(2丈

)あ る。南北 小路は発掘 区の東南部分 で 東 西小 路 と交 又す る。 九 。十 坪 を区画す る東 西小路 は55η を検 出 した。 南北 に側 濤 を ともな う東 西小路 の規模 は南北小 路 とほぼ 等 しいが

,南

側濤 (輻 3糊

,深

1,5靱 )は東市 の北辺 を画す るた めに特 に大 きい。 この南側濤 は交 又点 で

,南

小路 下 を木製暗 渠

(S X02)で

通す。 なお南側 濤 か らは木簡・ 紙・ 布・ 漆 器・ 銅 銭 な どをは じめ とす る多量 の遺物 が出土 した。

 

  

東 西 お よび南北 小路 と堀 河 に か こまれ た九坪 で は

,坪

内に南北 小路 に沿 った幅 lη の濤 がめ ぐる。 南辺は一 部途 切れ るが東 辺には門よ うの施設CSB

‑31‑

28)が開 く。 この 内方 に掘 立柱建 物36棟 ・ 井 戸

3基

・ 塀

3条

・ 濤・ 土羨 その他 が あ る。 各遺構は重複関係 な どか ら

3期

以 上 の変遷 が認 め られ る。 建 物は その規 模 か ら

4通

りの ものが ある。 その とはSB・ 36・SB31・SB29で南半 分に ある。 いず れ も東 西棟 で

うち SB36・

SB29は

北廂 をもつ。 主屋的 な もの とみ られる。 その2 は3×

2間

の規模で柱間寸法 が

5尺

8尺

の小型建物で ほぼ全 域にわ た り

,そ

数 も多 く

,南

北棟 建物 を主 とす るこ とが特徴で ある。 その3は

lXl間

あるいは

2X2間

の柱間寸法 が

5〜 8尺

の正方形 小型建物で あ る。

5棟

あ り

,東

半 部に集 中す る。 そ の4は発掘 区西北隅 に ある

3X3間

の建物で ある。 柱掘方が きわ めて 大 き い こ と

,北

側 の七条 大路 と西側 の堀 河 に接 した位 置 に あるこ ととを併せ て特 別 な楼 風建 物 とみ られ る。 井 戸

3基

の うち

SEol(1辺

0。

,深

さ 1.5紡 )は 縦板組で

,SEo3(1辺

0.9η

,深

さ 1.8紀 )は 横板井籠組みで ある。

 

  

東市 内に あ り

,こ

れの北東隅 に あた る。 検 出 した遺構は建物

1棟

,

東西 濤

,土

羨の ほ か

,小

柱 穴多数 が あ る。 しか し

,今

回の調 査範 囲では外周 をめ ぐる塀

,築

地 な どの痕 跡 はみ いだ していな い。

十六 坪

  

建 物

3棟 (SB03・ 44045)お

よび塀(SAo4・ 05・

06),橋 (SX01),

南北小 路東 側濤 に注 ぐ東 西濤

2条

な どがあ る。

 

  

今回検 出 した堀河は

,幅

132,深

さ約

1.52(遺

構 検 出 面)の規 模 を もつ。 発掘 の結果

,当

,素

掘 の堀河 で あった もの を

,そ

の後

,杭

と平 板 を 組 み合 わせ た シガ ラ ミ状 の施設 で

,護

岸 工事 を行 な って い る ことが判 明 した。 多 量 に 出上 した遺 物は

,護

岸 施設 以後 の もので ある。 この改 修 工事 の時期 は

,出

土 遺 物 の年代 か ら奈 良時 代後半 と考 え られ る。 遺 物の多 くは

,土

器類 が大半 を占め, 若子 の瓦類・ 木器・ 木簡 が 出土 した。 また

,土

馬 。人 面土 器 。人形 とい った 祭 祀 的 色彩 を もつ遺 物 も多 くみ られた。 こ う した遺物 が堀 河 とい った用水施設 か ら多 量 に出土 した点で注 目す べ きで あろ う。 なお

,出

土 土器 の うち

,完

形 品が奈 良 末 か ら平安時代初期 の もの が多 く

,そ

れ以前 の ものが破片で検 出 され る傾 向に ある。

この事実 は

,堀

河 の清掃 が定期的に行わ れて いた こ とを示す と同時 に

,平

城京 の 廃 絶 と ともに

,そ

の交通 の用 が衰退 し

,堀

河 も廃絶 した と推定 され る。

 

トレンチ

頑目

Se46

12図 一 鶴 一

   1    lP    1    2Pm

の断 面か ら判断す る と

,堀

河 の部分にの み岩 井川 の氾濫 に よる堆 積 がみ られ

,そ

の痕跡 が かな り後 まで残 っていたのでは ない か と思われ る。 佐保川 と大和 川 を結 ぶ運河 と しての機能 をもったこの堀河 の追跡調査 は

,今

後 の差 し迫 った重要 な課 題 とい えよ う。

十五 坪

  

東西 小路南側濡 に接 した塀

(SAo7),こ

の南側 に東西方 向に並 ぶ礎 石

3個 (SB46),礎

石南側 に広 が る瓦散布 面がある。 礎石 列は東 西

2間

で柱 間 2.4翻

(8尺 ),南

北 1間で3.0翻 (10尺 )あ る。 瓦散布面 か らは奈 良時 代 の瓦 と ともに飛鳥時 代

,奈

良前期 の軒 瓦 が出上 して お り

,十

五坪 が寺 院跡 で あるこ とが 確 認 され る とともに

,寺

院 の主要 部分 が調査地域 の南 に接 して あ る天 神社付近 に

あ るこ とが推 測 され た。

 

今回の調査 地域 か ら多数 の遺物 が出土 してい る。 遺物 はお もに東 市北 側濤

,堀

,井

戸 SEo Ⅲ

 SEo3か

ら出上 した。

③ 東市 北 側 溝

  

濤堆 積 層の奈 良時 代遺物 と しては以下 の もの が ある。

本簡

 

重要 な ものに「 コ東宮青 奈

 

直 □匠 」

,「

進 上駄 一匹 功四束 匠 」,「 □

□国 匡 。□ □里 別公小足 戸 匠 」が ある。 計

17点

(う ち削片

2)

土器類

 

土師器・ 須 恵器多数。 施釉陶 器

(灰

釉 片・ 三彩釉 片

)2点

。 墨書 土器

と して 〔コロ何都麻 之之□ 匡 一土師器杯 〕・ 〔土寺 ―土師器杯 〕。〔麻□ ―須恵 器鉄 鉢 〕・ 〔垣 一土師器 皿 〕な どのほ かに記 号的 な もの を含 めて

12,人

面 上器1, 土 馬

4が

ある。 また

,上

師器 杯

,須

恵器 壷 な どに漆 の付着 した ものが相 当数 あ る

こ ととま茫上目さオ彬る。

本製 品

 

挽物

(盆 )1,漆

(匙 )1,曲

物 片・ 下 駄

1,櫛 7,か

ん ざ し2,

へ らと刷毛

10,削

りかけ 。人形

1,人

物 画 の ある板

2が

ある。

そ の他

 

布 片

(絹

・ 麻

),紙

,皮

革片

,金

属製 品 と して和 同開務

19,帯

金 具

ndヽ

型 銅 鏡

2,銅

薄 板

1,銅

1,鉄

釘10な どが あ り

,ほ

かに るつば 片

,砥

片 が ある。

① 堀

 

 

お も な出土遺物 と して以下の よ うな ものが ある。

 

 

「 コ百 七十 支

 

□匠 」

,「

コロロ料 酒一斗三升 コ九年 九 月十 五 日 」,

「 符

 

民使

 

彼 在 匠 」

土 器類

 

土 師器・ 須恵器 多数。 施釉陶器 片

(緑

釉・ 三彩釉 )。 墨書土器 として

〔大福 ―須恵器 〕〔佐 一須恵器杯 〕な どのほか

,記

号的 な もの を含 めて

29,人

面 上器

14,硯 2,土

47,上

錘1があ る。 いず れ も奈 良末 か ら平安 初頭 にか けて の

ものが主 体 で あ る。

木製 品

 

挽物 (高

1,皿 1),漆

器片

,曲

3,杓

3,人

形。

金 属製 品

 

鋳 造 関係遺 物 と ともに鋳 放 しの和 同開弥

3,和

同開務

12,神

功 開宝

4,帯

金 具

8,銅

1,海

老錠

1,鉄

1,刀

1,鉄

製 工具 柄

1,鉄

釘6があ り

,ほ

かに鋳型破 片

1,ス

ラグ

,ガ

ラス玉

4が

出土 した。 なか で も鋳 放 しの和 同 開弥 は きわめて めず らしい例 で鋳 造 関係遺物 とともに注 目され る。

 

 

軒 丸瓦

(6135・ 6225A。 6284)4点

軒 平 瓦

(6691A・ 6721)3点

③ 井

 

  SEol・ o3か

らも多数 の奈良時代

7土

器 が 出土 したが

,こ

の うち

SE01か

らは完形 の漆器

(壷 )が

出土 した。

③ その他 の地 域

 

このほかに も九坪 か らは奈 良時 代の軒瓦が出上 し

,ま

た15坪 内礎

石列 お よび瓦散 布 地域 周 囲 を中心 に飛鳥時 代軒 丸瓦

(単

8弁 ,単

10弁

3点

), 奈 良前期 の軒 丸瓦14点

,軒

平瓦22点 が出上 した。 このほ か に丼戸

SEo3の

南 西 にあ

る円形の ピッ トか ら弥生 式上器

(第 V様

式 )約15点 が一 括 で出上 してい る。

して い る。

 

 

  

今 回 の調 査 で坪 の 中央 を南 北 に通 る堀 河 が みつ か っ た こ とか ら

,こ

の坪 は大 き く東 半 と西 半 に 分 け られ

,南

北 に長 い 区画 で あ り

,ま

た南 北 小路 の 間 には幅 6η の建物 のない空間地的 なものがおかれているこ とがわかった。 外周 を 囲 う施設 としては南面の塀列があ り

,東

辺に小路に面 して門を開 く。 内方の建物 配置は大型建物が南半に集中 し

,北

半部に小型建物が比較的多 く

,さ

らに東半部

‑35‑

靴 囃 施   鵜   期 江 射 範 嚇

一 眈   査 務 ィ こ

潜 尉 棘 訥 つ き

瞬 る 舅 沖 o

間 た と   上  

︐ り

三 の そ 十 果   に 調 れ 地 ほ 測 は 名 れ J に る

朗 ψ 従 る ︒

鮒   献 憩 嶋 縣 一 濯 畿   内

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︒ 今

ドキュメント内 50年 (ページ 33-39)

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