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五 ︑

ドキュメント内 仏教福祉 No.03・04 (ページ 94-107)

現代日本社会の特徴と仏教福祉

現代日本社会の特徴は︑資本主義の構造的な欠陥と激変する社会・経済変動により︑生活構造・様式の変

化をはじめ︑技術革新・合理化︑地域・農業構造の変化︑労働力の流動化等の現象がみられ︑これらが生み

落としたさまざまな社会的諸問題は一層深刻化している︒また︑家族形態の変化︑人口の高齢化・少子化等

人口構成の変化は︑新たな社会福祉(生活)問題を生み出している︒このように︑現代社会に生活する私た

ちは︑さまざまな生活問題の発生と紙

一重

の生活を強いられており︑常に生活の危機・生命の危険にさらさ

れ続けていることを忘れてはならない︒

‑ 88 

これら現代社会状況を背景に︑八

0

年代から九

0

年代にかけての日本の社会福祉政策の流れは︑日本型福

祉社会の追求とこれに基づく﹁福祉改革﹂が推進されているところである︒特に︑経済の低成長・

鈍化

は︑

経済政策との関連において︑社会福祉の政策・制度の合理化︑サービスの効率化︑行・財政のあり方等の課

題を形成した︒

その結果︑人びとの生存権保障における国家責任(費用負担の回避を含み)を暖昧にし︑受益者負担・自

助努力の強調や︑家族・隣保相扶の強化になっている︒あわせて︑物質・金銭給付を

等閑

視し

比較的に財

政的負担の軽い対人福祉サービスや家庭(在宅)ケア中心のサービスへと変換させた︒また︑人びと・ボラ

ンティアの連帯・役割分担による安上がりマンパワl代替策が見込まれていると指摘するものも少なくない︒ こうした状況の時代にこそ︑仏教の社会的価値とその存在意義が問われる︒つまり︑慈悲思想に基づく

﹁資本主義政策としての社会福祉﹂の点検・批判・

制御

・補完の実行と︑慈悲思想による仏教福祉の推進の

活発化が叫ばれて然るべきである︒

なお︑その際に留意すべきことは︑仏教︑もしくは仏教福祉が﹁資本主義政策としての社会福祉﹂に従属

・埋没するようなことがないようしなければならない

︒言

うまでもなく︑﹁資本主義政策としての社会福祉L

と仏教福祉とは別個の実践形態であり︑両者は併存関係にあることの基本的認識が必要だからである︒

言わば︑仏教が社会科学の法則性を批判する立場たらないで︑埋没してしまったのでは仏教の根源性の自

己否定となる︒この点︑特に要注意である︒

つまり︑政治・経済的行使は︑本来︑慈悲の精神にもとづくものであるというのが仏教の立場からの考え

方であり︑そのように仕向けていく(心の裏づけをしていく)ことが仏教の役割ということになる︒言

わば

﹁仏

教の

っすぐれた思想を歴史的社会へ対決せしめ︑それを生成するLことが極めて重要な現代にある︒

この基本的思想こそ︑慈悲にほかならない︒

したがって︑現代社会において﹁資本主義政策としての社会福祉﹂における社会科学の限界を︑仏教によ

って打ち破ることができるか否か︑あるいは︑この﹁資本主義政策としての社会福祉﹂を批判的に超えると

いう立場から仏教がいかに貢献するか︑またそのことが可能であるかどうかということである︒

かかる認識をもって﹁資本主義政策としての社会福祉﹂へかかわっていくとともに︑同時に︑こうした姿

勢で仏教福祉の実践に従事しない限り︑仏教者の純粋な実践行も結局は︑経済・物質中心の資本主義的価値

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に基づいて予期しない方向へと転用されがちである︒その限りでは︑人びとの福祉追求に貢献することはで

きないであろうし︑仏教の崇高な教理﹁慈悲﹂を人びとに伝えることもできない︒

ところで︑筆者は︑慈悲思想に立脚して﹁現代社会への対応﹂を行なう際に︑その一環として︑﹁資本主

義政策としての社会福祉﹂に対する仏教の役割については︑次のような点に留意すべきであると考えている︒

ω

科学における﹁人間﹂不在状況について︑慈善思想に基づき点検・批判・制御することである︒

つま

り︑

現代の社会科学的(資本主義政策としての)﹁社会福祉﹂論がその科学性・客観性を重んじるあまり︑個々

の人聞の﹁価値・尊厳性の軽視﹂傾向を生じさせていることについての省察とそれへの﹁心の裏づけ﹂であ

ω

l

シャルワ

l

ヵーが自らの倫理感・人生観

ω

現代の社会福祉における官僚主義的傾向の問題点への補完としての介入である︒ る

・科

学観等に樟さす場合の﹁実践規範﹂として︑慈悲思想

は有意義である︒ソlシャルワlカlの実践の主体的契機として慈悲思想を活用する︒

いっぽう︑仏教福祉の現状については︑﹁資本主義政策としての社会福祉﹂が拡大

・伸

展する今日︑独自

の進むべき道に迷っているのではないかという指摘も多い︒つまり︑仏教関係者の﹁資本主義政策としての

社会福祉Lへの関心が薄くなり︑あるいは︑仏教福祉としての取り組みも消極的になったのではないかとい

う懸念である︒

(仏に対する報恩)であるがそれにもまし慈悲の実践は︑法(教義)を説き︑仏教を他者へ伝えること

て︑慈悲心

の実

践化である社会奉仕(仏教福祉の実践としてとらえる︒)こそ第一につとめられるべきこと

である︒また︑戒律や教団経営よりも︑この実践的行為が大切なのであることを認識しなおしたい︒

但し

‑ 90  ‑

この実践は︑精神的側面だけに対応するだけでなく︑物質的諸条件にはたらきかけ︑その改良につとめるこ

とも慈悲行・利他行であるということをも忘れてはならない︒それはまた︑個別的・散発的なものだけでな

く︑まとまった集団的な社会運動の形態をとることがのぞましいと考えられる︒

浄土宗義における福祉と慈悲思想

最後に︑浄土宗における仏教福祉について考察しておこう︒

法然の教説の極意は︑﹁正明往生浄土﹂の教えである︒すなわち︑念仏の教えが活きてくるように︑﹁凡夫

の自覚﹂に立って念仏を相続し︑現実の自分に目を向け︑自分のなかに仏性を見いだし︑仏性を活動させる

ことによって自己を省察していくことにある︒こうした念仏(人間苦・人生苦から衆生を救う約束)のため

の﹁

三心﹂(至誠心・深心・廻向発願心)が浄土教における﹁福祉﹂要素であるといえよう︒

だか

らこ

そ︑

仏の慈悲(大慈悲)に報恩しつつ︑﹁命終を期とする救済﹂を確信する生き方は三心具足の念仏(本願に陪

順する行為)により可能なわけである︒

つまり︑深く自己をみつめ︑機悔しつつ︑生かされていることの喜ぴをもって︑仏(救われがたい私を救

ってくださる仏)の本願に従い(無条件に信頼・肯定しておまかせ(全託)して︑かぎらぬ心で聞かれた

(慈悲がみなぎる)生き方を自覚(われわれはどうあるべきかを自省)しつつ︑弁証法的に﹁真の自己﹂に

生まれ変わりあっていくことをめざす︒そこに︑生活向上に努める心も引き起こされ︑必ずや苦悩・貧窮・

人権無視なども無くなる︒そこに︑安らぎ(安心)が得られ︑相互に支援しあえ︑共存・共栄していくこと

のできる﹁共生社会(福祉コミュニティ)﹂の実現を可能にするであろう︒そのことが浄土宗における﹁福

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祉﹂の大要である︒

このように︑筆者は︑慈悲を原型とした報恩行(菩薩行を超えたところ)として︑人びとの幸せ(福祉)

を招く実践︑すなわち念仏をすすめ︑現世に﹁浄土﹂(福祉社会)を実現する努力︑言い換えると︑人びと

が平生に﹁人間らしく生きる﹂ことをめざす(往生思想)ことこそ︑浄土宗における仏教福祉の機能である

と確信している︒

むすびに

言 一

回うまでもなく︑慈悲思想を基盤とする仏教の指導性は極めて広汎なものであり︑時代の潮流で行き詰ま

ることはありえない︒要は︑その顕し方が十分であるかどうかである︒

そこで︑これまで指摘してきた諸問題を克服していくうえで重要と思われる要点についてかかげておく︒

例慈悲思想に基づいたノ

l

マライゼ

l

シヨン(あたりまえ化)理念の具現化

慈悲思想の社会的実践における指標の一つとして︑﹁ノlマライゼlション﹂の理念は重要な鍵と言えよ

う ︒具体的には︑慈悲理念に基づいて︑人びとが平等に交流しあうことのできる機会均等な社会の建設をめ

ざし︑そのような社会的・精神的・物理的環境(人にやさしいまちづくり︑人さながらな暮らしづくり)へ

貢献すべく︑そうした仏教福祉の展開が待たれる︒

川慈悲思想に基づいた自立︑共生をめざす福祉文化の創造

慈悲思想に立脚した﹁優しき・思いやりあふれる福祉環境﹂づくりにより︑過依存・孤立のない自立した

個の確立と︑触れあい・支えあいの雰囲気に富んだ心暖かい慈悲ある生活をめざす﹁福祉の文化

化 ﹂

に尽力

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すべく︑そうした仏教福祉の展開が待たれる︒

ω

慈悲思想に基づく人権意識の定着化

慈悲の思想に立脚して︑人間の生の真実を直視し︑生存権的人権の視点に立って︑人ぴとの自己実現(自

立)をサポートすることを促進するために︑人びとのこころや台所と直結することが不可欠である︒また︑

あらゆる差別をなくし全人間的復権を実現すべく︑そうした仏教バリアフリーを暮らしのなかに根づかせ︑

福祉の展開が待たれる︒

ω

慈悲思想に基づくQOL(生命・生活の質)の追求

人びとの生活(経済・環境・健康・精神等の)がより豊かで文化的なものとして展開するよう︑

QOL

向上に貢献すべく︑そうした仏教福祉の展開が待たれる︒

例 慈 悲 思 想 に 基 づ く 総 合

的な福祉サービス供給への参画

慈悲思想に立脚して︑人びとの身近なところに一元的・計画的な福祉サービスを用意し︑それらを﹁いつ

でもどこででも﹂利用できるようにするとともに︑人びとの地域の福祉への理解を促進し︑﹁最適な生活﹂

を創造するために寺院・僧侶が地域の福祉推進に全面的に参画すべく︑そうした仏教福祉の展開が待たれる︒

なお︑仏教福祉の推進にあたっては︑要求充足だけをもたらすだけではなく︑人間的な自覚をもたらすよ

う助成することが肝腎である︒

要は︑慈悲思想に基づいた社会的活動(仏教福祉)の展開をおこなうべく︑国・宗教の違いや宗派を越え

て︑地球的規模・通仏教による大周団結が喫緊の課題である︒

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