第四章 土地収用手続の日中法制度の比較考察
第1節 日中比較研究の動向
(1)収用制度の背景である中国土地制度の変革
(2)比較研究の動向 1小高剛 2平松弘光 3江利紅
4日中法学交流の動向
第2節 比較研究の注意点と関連概念の整理
(1)土地制度の相違と各自の特徴
(2)概念の再整理
1土地・房屋・不動産
2収用・権利使用・土地使用権 3収用、回収と徴収・徴用
4土地徴収と立ち退き・房屋徴収・使用権回収 第3節 日本の土地収用手続
(1)土地収用手続に関する法の変遷―土地収用法を中心として
(2)土地収用法による収用手続 1事業認定手続
2収用裁決手続 第4節 中国の土地収用手続
(1)土地制度の概要
1都市部の家屋徴収手続 2農村部の土地収用手続
(2)土地収用の実際―山東省の土地収用を例として 第5節 結び
第 1 節 日中比較研究の動向
(1)収用制度の背景である中国土地制度の変革
中国は改革開放から、徐々に計画経済体制から自由市場経済に転換する道を踏み出した。そ の過程で、社会主義経済下で形成された一部の法制度は新たなニーズに応えられず、次第に経 済発展を拘束するものとして捉えられるようになったことから、一連の制度改革(上層建築)
が急速に進展された。そのなかで特に脚光を浴びたのが土地制度の変革である。
建国以来、「全民所有」「土地公有」という大原則は社会主義中国の前提となっている。ま た、都市部の土地は国家所有、農村部の土地は集団所有といった土地所有制度が採用されてい る。すなわち、土地は国家所有(または集団所有)の財産であり、土地の売買は禁止されてい る。
しかしながら、近年、旧来の制度が継続する中で、経済・社会上の変化は大きな変遷を遂 げた。1990 年代に入って以来、急速の都市化につれて、不動産業もこれに比例するスピード で発足した。きっかけは、土地使用権譲渡制の創設と不動産取引に対する法的規制の緩和であ
る。
1988 年憲法改正により、中国は初めて土地の使用権の譲渡を認めた。同年に、土地基本法 である「土地管理法」は、それに応じて国家所有の土地と集団所有の土地の使用権を譲渡でき ることが規定された(1988 年「土地管理法」改正)。1990 年公布された「都市・鎮国有土地使 用権譲与と譲渡暫定条例」は、都市部土地使用権の取得について政府条例との方式で使用権の 期限など具体的な執行方法を定め、現在まで有効な政令である。1995 年に実施された「都市 不動産管理法」は、都市部における土地使用権の取得方式(有償で譲与の「出譲」と無償で割 当の「画撥」との両種類にわけられる)を初めて成文法の形式で規定した。不動産管理法は、
「国家は土地使用権と房屋所有権登記制度を実施する」(60 条)と定め、都市部において使用 権登記と房屋所有権登記との二種類の区別登記を行う不動産登記制度を正式に確立させた。
憲法 10 条 4 項は、「いかなる組織または個人は土地を不法占拠、売買、またはそのほかの 形式で不法を譲渡してはならない」と規定し、土地の取引を禁止するが、以上のように、1988 年憲法改正などの一連の法整備によって、土地の所有権と使用権は分離という土地権利の規範 制度が正式に創設された。この使用権と絶対的所有権は同一視できない性格をそれぞれ有して いるが、これをきっかけに土地は実質的に市場で流通可能な財となり、「土地使用権の私的所 有」、すなわち使用権との方式で実質に土地を所有することは可能となった。農村部における 土地使用権の譲渡は別問題として後述したいと思うが、「都市不動産管理法」「都市・鎮国有土 地使用権譲与と譲渡暫定条例」などに基づいて、土地使用権の譲渡と土地上の房屋(建築物ま たは構築物など)には市場価格が加えられ、不動産取引市場もそれをきっかけに成形してきた。
(2)比較研究の動向
日中両国には、土地・財産制度を課題とする相互研究が数多くあるが、比較法学の観点から の研究は質量ともに充分な水準には達していない。さらに細かく述べると、所有制度を基盤と する土地収用制度の比較研究は、実体法の面でも手続法の面でも僅かな成果しか取りあげるこ とができない。
筆者はかつて中国で、ある報告会で日本の収用制度を紹介しようとした際に、「あれは資本 主義国家の制度だから。私有制国家なら『家の中には風が入るであろう、雨も入るであろうが、
国王は入ってはならない』1といえるでしょうが、中国とは制度の基盤も論理も全然違うのだ。
法の適用も通用できない」、というような漠然な態度を示していた法学教授がいた。これは単 に個人的な体験にすぎないが、収用法分野における比較法学からのアプローチに対する無関心 さの縮図ではないであろうか。
根本的な所有制の相違はいうまでもないが、その他の理由としては、中国の収用制度は二元 的土地所有制によって生じられたものであり、制度の創立当初からの複雑な性格にも起因して いる。そして、収用制度が確立されてから僅か 20 年余りの年月しか経過しておらず、この過 程で法律・法規そして司法解釈は何回も改廃された。損失補償制度も未だ正式には成立してい ない状態である。中国の土地収用法制は、このように法整備・実務の両面に渡って不安定な状 態にある。
しかしながら、近年の中国法学界において、それらの課題を中心とする研究は進んでいる。
その背景には、先進国の経験を吸収して自国の制度の改善に資するために、欧米・日韓・台湾 など諸国(地域)の収用法制の研究に暫時注目が集まっていることがある。とはいえ、全面的 かつ詳細な比較法に基づく作業は多いとはいえないであろう。一方、学説間の激しい異論をよ そに、学界の論調は、国家政策にはどの程度の影響力を持っているのか、というよりも、まさ に一部は乖離していく状況にあると考える。収用法制の変革は国家の根本である土地制度、行
政制度、中央と地方のあり方などと緊密に絡んでいることから、国家の指導層は今後、政策を 実行するに当たって非常に慎重的な態度をとると思われる。
近年における収用・補償制度に関わる日中比較研究の動向をまとめると次のようになる。
1小高剛
小高は、アジア太平洋圏の国の基本的な土地収用及び土地利用規制の体系について共通性と 相違性を明らかにするのを目的とし、それらを要約した2。その中で、中国の損失補償制度に 焦点を当てて、補償対象・内容・標準などが論じられている(戦憲斌)。しかし、中国は、迅 速な市場経済の発展につれて、近年の土地収用に関する立法作業も速やかに進んでおり、改廃 される関係法文は多岐に渡った。そのため、小高の当書籍における論述は、最新の動向を反映 したものとは言えない。また、農村部の土地収用による損失補償に焦点を当てるゆえに、損失 補償の枠外にある収用決定の手続、及び都市部の家屋徴収についての部分を触れなかった。
2平松弘光
平松は、中国の土地収用制度の基盤である土地制度の沿革とその関係の立法を踏まえ、土地 収用制度の確立への経過をまとめた。その中、都市部土地の「使用権の財産化」との概念を提 示しており、それは収用法制についての日中比較的研究の理論にとって大きなイノベーション であると考える。そして、農村部土地収用による損失補償法制の概要も含め、上海市における 都市部の家屋の解体・移転の際の借家人に対する補償を論じた3。
また、二元的土地制度に立脚し、農村部において対価補償はとられていないこと、都市部に おける現物補償の際に「利便性」が配慮されていないことなどを指摘した4。また、中国法に おける収用法制が、手続を統一して適正な手続きと正当な補償により安定するという指針を述 べた5。一方、日本の収用実務における非財産的損失補償に消極的な点に対して、中国都市部 では損失補償法制により、一部地方では安置補償(日本にいう生活再建補償)によって保障が 手厚い点を挙げ、日本の損失補償法制を検討するうえで参考になると述べた。
3江利紅6
江利紅は、比較的研究の視点から、日中収用制度の相違点を指摘した7。①近年、中国では 各地方の政府による収用権の濫用、及び腐敗の問題が指摘されている。それらの状況を踏まえ、
彼は、土地収用に適応する事業を判断する際に「公共利益」の拡大解釈を指摘した。中国では 営利を目的とする土地収用も公共利益を有するとされている。②日本では、私人の土地を取得 するために、土地売買と土地収用の二つの手続を利用する可能性がある。彼によれば、中国で は、土地収用は建設用地を取得するための唯一の手段である。即ち、起業者が農村の集団所有 の土地を取得するため、すべて土地収用という手続を利用しなければならない。江利紅は中国 の実情に即して、土地に関する違法事件、「失地農民」問題、補償額の低下などを論述し、「適 切補償」原則から「完全補償」原則に、「生産高」基準を「市場価格」基準に転換し、また十 分な情報公開と国民の参加を確保するなどの必要を強調している。
4日中法学交流の動向
2000 年代に入って以来、中国の都市化過程は益々最中の段階となっていた。それとともに、
不動産産業は盛んになり、不動産価格の高騰につれて不動産投資・投機を通じて財を築いた民 衆が多く存在した一方、各地において収用額に不満を持つ民衆が反対運動を起こり、強制的収 用をめぐる反発・抵抗事件が多発し、多くの死傷者を出した。このような状況に対応するため、
国務院、最高院、全人代は一連の規定・司法解釈・法改正を施行した。学界においても土地収