以上の中国環境犯罪に関する論述からすると、次の課題が明らかになる。中国の環境 罰則においては、①刑法 338 条の処罰範囲が曖昧であるので、解釈によって刑罰に値す る行為を確定しなければならない。処罰範囲を確定する際には、環境汚染罪の保護法益、
67この司法解釈の第4条によれば、以下で挙げられる状況があれば、重く処罰しなければな らない。すなわち、(一)環境監督検査又は突発環境事故の調査を阻止する行為;(二)汚 染防治施設を使わずに置く又は撤去し、又は汚染防治施設を正常に運行させない行為;(三)
医院、学校、住宅地などの人口が集中している地区又はその付近に、国家規定に違反して、
放射性廃棄物、伝染病の病原体を含有する廃棄物、毒性物質又はその他の有害物質を排出し、
投棄し、又は処分する行為;(四)整頓・改革される間に、国家規定に違反して、放射性廃 棄物、伝染病の病原体を含有する廃棄物、毒性物質又はその他の有害物質を排出し、投棄し、
又は処分する行為である。
68環境保護部・国土資源部「全国土壌汚染状況調査公報」(2014 年4月 17 日)
( http://www.zhb.gov.cn/gkml/hbb/qt/201404/W020140417558995804588.pdf 2015/1 /23)
を参照。
及び「国家規定に違反して」と「環境を著しく汚染した」という文言の意味を明確にす る必要がある。具体的な処罰類型を確定する際に、日本における「環境に直接作用する 行為」の処罰規定を参考にすることができる。刑法 338 条の実質的な処罰範囲を確定す る際には、法益論に基づいて導き出された適正な処罰範囲を根拠として、司法解釈の合 理性、及び司法解釈が例示列挙している各行為以外の、処罰に値する環境汚染行為の範 囲について、検討を及ぼす必要がある。②次に立法論に関して言えば、中国の環境犯罪 の処罰範囲も、日本で処罰対象とされている「環境に直接作用しない行為」にまで拡張 させるべきであるか、汚染された環境媒体(主に汚染された土壌)に対する処理行為に 関する罰則も加える必要があるか、という点が検討に値する。
改正された環境汚染罪の処罰範囲は以前のものより拡大された、と言えるものの、条 文規定が抽象的にすぎるので、具体的にどの行為がどのような侵害の程度に至れば処罰 に値するかという点はあまり明確ではない。すなわち、中国の環境犯罪の構成要件が、
行政規定と刑罰規定との間で切り離された形で規定されているがゆえに、行政規定と刑 罰規定との対応関係が不明確になり、結局、どのような環境侵害行為を処罰するべきで あるかということも不明確になるのである。また、法益の理解に関わる不明確性が、環 境犯罪の処罰範囲の確定を一層困難にさせている。
旧 338 条と比べて、新 338 条においては、侵害結果の規定の仕方が変わっており、そ こに保護法益の拡張が含意されている。すなわち、新 338 条における「環境を著しく汚 染した」という文言によって、環境犯罪の法益を人の生命・身体・財産という伝統的な 法益に限定して考える必然性がなくなり、他の法益もそこに包含して考えることもでき るようになる。しかし、「環境を著しく汚染した」という文言は、環境汚染という侵害 結果しか提示しておらず、保護法益の具体的な内実を示していない。したがって、ここ で想定しているような「他の法益」というものが何か考えられるのか、考えられるとす ればそれは具体的に何かということが検討に値するのである。この問題は法益論の部分 で詳しく検討していくことにする。
第2章 環境犯罪の保護法益
第1節 環境犯罪の保護法益を巡る議論状況
環境犯罪の処罰範囲の研究において基礎におかれるべき問題は環境犯罪の保護法益で ある。 環境犯罪の保護法益を確定することで、法益侵害がない行為を刑罰による処罰か ら解放することができる。また、環境犯罪の保護法益の内容は、環境犯罪の構成要件の 解釈に影響を与えることによって、環境犯罪の処罰範囲に影響を与える。
第一に、環境犯罪の保護法益は刑法によって規制される環境侵害行為の範囲の判断の 基礎である。刑事制裁は全ての法律の中で最も厳しい最終的な手段であり、その発動は 他の手段では処理し得ないときに限ってなされるべきである。法益は刑事立法に合目的 性を持たせることができる。否定的に評価されるすべての行為が刑法によって処罰され るわけではなく、倫理規範あるいは生活習慣による評価として非難されるにすぎないこ ともある。立法者には法益を侵害する行為のみを犯罪とすることが要求される。すなわ ち、刑法には、法益を侵害するないし法益を危殆化する行為しか規定されるべきでない。
刑法的介入が必要とされる範囲およびその限界づけの前提として、法益の具体的内容を 厳密に明らかにしなければならない1。非犯罪化するべきであるかどうかという判断は、
法益侵害の有無によるべきである。法益侵害がない行為は、非犯罪化し、刑罰以外の手 段によって規制すべきである。
第二に、環境犯罪の保護法益は環境犯罪の構成要件解釈の指導概念である。構成要件 における法益を確定するのは、刑法各論の法条の解釈にとって、最も重要かつ優先的に すべきことである。法益は各構成要件の正当性を基礎づけるのである2。いかに構成要件 の言葉を解釈するか、またいかに正義に適い合理的な処罰範囲を確定するかという問題 の解決の重要な鍵となるのは、法益である。法益の捉え方が異なれば、構成要件の解釈 や処罰の範囲にも違いが生じることになる。たとえば、窃盗罪の法益は占有か本権かと いう理解の相違は、所有者が自分の財物を窃盗犯のところから取り戻す行為について、
異なる結論を導く3。環境犯罪の法益が何かという問題への解答は、環境犯罪の構成要件 の解釈に直接関わり、環境犯罪の処罰範囲に直接関係する。日本における廃棄物不法投 棄罪のような簡潔な構成要件だけを定める犯罪の処罰範囲は、法益を明確にしてはじめ て、確定することができるようになる。中国における環境汚染罪のような具体的な行為 類型を提示しない環境犯罪の処罰範囲も、法益を明確にしなければ、確定することがで きない。
1内藤謙「法益論の一考察」平場安治・平野龍一・高田卓爾・福田平・大塚仁・香川達夫・内 藤謙・松尾浩也編『団藤重光博士古稀祝賀論文集 第三巻』(有斐閣、1984 年)27—28 頁。
2シューネマン(何頼傑訳)「法益保護原則ー刑法構成要件及其解釈之憲法限界」許玉秀・陳 志輝編『不移不惑献身法与正義』(春風煦日学術基金、2006 年)229 頁。
3平野龍一『刑法概説』(東京大学出版会、1977 年)40 頁。
一 環境犯罪の保護法益の方向
これまで環境犯罪の保護法益について、大別して三つの学説が存在している。すなわ ち、エコロジー論を前提として、環境そのものと捉える生態学的法益論、人間の利益、
つまり伝統的な人間の生命、身体、自由、財産などに還元させられるという人間中心的 法益論、及び生態学と人間中心を折衷する生態学的=人間中心的法益論である。
(一)生態学的法益論
日本において、生態学的法益論は二つの種類に分けられる。一つは、環境そのものを 法益とする見解である4。この見解に対しては、局所的な環境悪化だけに注意を払い、全 体的に環境問題を把握することができず、絶対的保護に至る危険性があるという批判が 投げかけられている5。生態学的法益論の、もう一つの種類の見解としては、環境媒体・
環境要素の相互作用のダイナミズムを機能させている自然システム全体としての生態系 が環境法益の内容であるとする見解が挙げられる。すなわち、自然それ自体は多種の自 己保護機能を有しており、法による保護は自然を保護するための一つの手段である。ま た、自然はそれ自体のために保護されなければならず、自然の保護によって人も保護さ れるのは、自然保護の反射効にすぎない。自然保護は静態的孤立的環境要素や環境媒体 の保護ではなく、環境における各要素の相互作用によって形成された動態的機能統一体 の保護である。自然環境の循環的システムを維持するために、人間の利益のある程度の 犠牲が許容される6。
表面的にみれば、生態学的法益論は環境そのものを独立して重視しており、前述の三 つの学説の中で、環境の保護について最も十分に配慮した学説であるように思われる。
しかし、必ずしもそうとはいえない。生態学法益論には、以下にみるようにいくつかの 問題がある。
まず、もし環境そのものを法益として考えれば、自然に影響を与えるすべての改変が 環境法益の侵害となりうる。そうすると、法益は無限定となり、処罰範囲を限定するこ ともできない。この見解に対しては、環境全体の形質、形状の変更を処罰対象とするか、
4伊藤司「環境(刑)法各論(一)ー特に鶏の大量「飼育」と野鳥の保護に関して」法政研究 67 巻1号(2000 年)54 頁。
5伊東研祐「保護法益としての『環境』」町野朔編『環境刑法の総合的研究』(信山社、2003 年)55—56 頁。
6伊東研祐「環境刑法における法益保護と保護態様」松尾浩也・芝原邦爾編『刑事法学の現代 的状況:内藤謙先生古稀祝賀』(有斐閣、1994 年)330 頁、伊東・前掲注(5)54—56 頁。中 国においても、このような生態法益の見解もある。例えば、生態利益保護を提唱する専門書 として、廖華『従環境法整体思維看環境利益的刑法保護』(中国社会科学出版社、2010 年)
が挙げられる。また、陳洪兵「解釈論視野下的汚染環境罪」政治与法律7号(2015 年)26−
27 頁、劉彩靈・李亜紅『環境刑法的理論与実践』(中国環境科学出版社、2012 年)42ー44 頁、曽粤興「論我国環境刑法与環境行政法之間的協調与銜接」河南財経政法大学学報6号
(2013 年)42—43 頁においても、生態的法益論は提唱されている。