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中国における旅游扶貧の事例研究

前章では、中国の扶貧・観光業・旅游扶貧の政策の変遷について検討した。その結果、

中国における旅游扶貧政策は、扶貧政策における多様な主体による参加の推進や観光市場 の形成、観光業政策の転換と深く関わることを指摘した。

しかし、第Ⅱ章で述べたように、中国における旅游扶貧の先行研究は内陸部における政 府主導型の事例が主流である。政府主導型の「国家旅游扶貧実験区」は責任の曖昧さや、

持続性のなさ、現地住民参加の低さが指摘されていた。そこで、政府主導型ではなく、民 間部門(集体企業・私有企業)主導の旅游扶貧が有効ではないかという問題意識を抱いた わけである。

本章では、2015 年 8 月 17 日-18 日の「全国農村旅游と旅游扶貧推進会議」で国家旅游局 によって選定された旅游扶貧のモデルである「中国郷村旅游模範村」の事例を中心に考察 する。「中国郷村旅游模範村」の選定を通して、旅游扶貧の経験を蓄積し、観光事業による 貧困の削減を推進することに国家旅游局の狙いがある。そこで、集体企業と村外の私有企 業主導の「中国郷村旅游模範村」の事例研究を通して、旅游扶貧における集体企業と私有 企業の役割と課題を明らかにする。

以下では、まず、中国における旅游扶貧の先行研究を整理し、旅游扶貧の可能性、課題 および研究の方向性を論じる。次に「中国郷村旅游模範村」として選ばれた二龍山と竹泉 村の事例研究を行い、第Ⅱ章で設定したフレームワークに沿って、フィールドワークで入 手した資料をまとめる。そして、集体企業と私有企業主導の事例を踏まえた上で、中国に おける旅游扶貧の実態を類型化し、そのあり方の検討を行う。

1.中国における旅游扶貧の可能性、課題および研究の方向性

本節では、中国語の先行研究を整理し、①中国における旅游扶貧の可能性、②中国にお ける旅游扶貧の課題、③中国における旅游扶貧研究の方向性について論じる。それを踏ま えた上で、旅游扶貧のモデルである「中国郷村旅游模範村」に焦点をあてて、事例研究を 行う意義を明らかにする。

(1)中国における旅游扶貧の可能性

なぜ貧困地域で観光開発をするのか。まず、貧困地域の多くには観光資源が豊富である ことが挙げられる。次に、耕地面積が少なく、農業や工業などの経済発展が挫折しやすい という現状が存在している。そして、観光事業を通して、貧困地域における多くの現地住 民の参加を促すことができるという期待もある(馬、2001;馮、2006;栄・閩・鄭、2007;

林、2015;呉他、2015)。

第 1 に、中国の貧困地域における観光資源としては、主に自然の豊かさと少数民族など の独自の文化・習慣があると考えられる。貧困地域へのアクセスが悪いゆえに、観光資源

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が外部から破壊されていないという指摘もある。また、自然の観光資源を観光商品として 開発するため、自然環境を保護する取り組みがなされている。つまり、環境汚染をもたら す工業化型の貧困削減より、旅游扶貧は自然に優しいという見解である。

第 2 に、貧困地域における耕地面積が少なく、社会や経済発展の基盤が脆弱なため、多 くの現地住民が地元を離れ、出稼ぎ労働者として都市部に流出している。農業や工業の発 展が挫折しやすいことにより、観光業による発展が期待されていると言える。

第 3 に、観光業の波及効果があり、飲食や宿泊、お土産の販売などの雇用を大量に創出 する可能性がある。民間部門による雇用の他、現地住民が自らビジネスを行い、観光業に 従事しやすいと予想される。例えば、農家の農産物や手作りの工芸品をお土産として、直 接、観光客に販売できる。また、低額の投資で、観光業に参入することが可能である。

(2)中国における旅游扶貧の課題

中国における旅游扶貧の課題としては、第 1 に、旅游扶貧と観光開発の概念が同一視さ れやすいことである。第 2 に、旅游扶貧における観光経営力の弱さである。第 3 に、旅游 扶貧における現地住民の参加の低下が指摘されている(劉・楊、2002;周、2002;郭、2003;

劉、2007;王・張、2010;王、2011;鄧・曽・羅、2014;呉他、2015;何、2016)。 まず、旅游扶貧と観光開発との違いは何であろうか。両者の目標から見ると、旅游扶貧 の目標は貧困の削減であり、観光開発の目標は経済発展である。先行研究では、しばしば 旅游扶貧の名を借り、短期利益を追求し、貧困層の利益を軽視する観光開発が多いと指摘 されている。しかも、観光開発による現地住民への還元が少なく、利益のほとんどが外部 の私有企業に流れているという現象を「旅游飛地」と名付けている。

次に、旅游扶貧における観光経営力の弱さの現われとしては、①観光地の単なる模倣、

②景観の都市型開発、③女性への差別や迷信などの慣習・文化の存在、④資金運用の非効 率、⑤プロモーションの低下が挙げられる。つまり、旅游扶貧における競争力のある観光 地づくり戦略が求められているのである。

そして、旅游扶貧における現地住民の参加の壁が存在していると指摘されている。なぜ なら、現地住民の学歴や学習能力、意識が足りないからであるという意見がある。また、

現地住民の意思を尊重せず、観光開発を断行するケースもあり、現地住民と観光開発側の 間に衝突が起きているケースもある。

(3)中国における旅游扶貧研究の方向性

上記の旅游扶貧の課題に対応し、①旅游扶貧における貧困層への還元、②私有企業によ る観光経営力の発揮、③現地住民による旅游扶貧への参加という 3 つの研究の方向性を提 起したい。

まず、旅游扶貧における貧困層への利益還元について、合理的な利益配分メカニズムの 確立が重要である。旅游扶貧の主体は政府部門にせよ、民間部門にせよ、どのように貧困

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層への利益を保証しているのかを明らかにする必要がある。張・章(2011)は旅游扶貧の 効果に影響を及ぼす要因として、政府支援、企業経営、住民の参加および利益配分のメカ ニズムが重要であると指摘している。また、王(2007)は貧困層が利益を得ることができ るメカニズムを構築するため、①政府の政策、②教育や健康の保障、③交通の改善、④経 済的な支援、を重要な要因として挙げている。

一方、還元の評価基準に関しては、第Ⅱ章で設定した研究フレームワークでは、経済的 利益と非経済的利益を両方とも記述すべきであると記した。中国語の先行研究も、多様な 視点から評価の基準を検討している。例えば、周(2002)は、①地域の経済成長、②環境 や社会、文化への影響、③貧困層への利益、いわゆる地域と個人の 2 つのレベルから評価 している。張・張・魏(2005)は、現地住民の経済的な利益(雇用・収入・ビジネス機会)

と非経済的な利益(教育・健康・資源へのアクセス・インフラ・生活環境など)を注目し ている。李・李・侯(2012)は現地住民にアンケート調査を行い、経済・社会・環境の 3 つの側面から旅游扶貧の効果を検討している。陳(2012)は貧困の削減を収入・参加・機 会の 3 つの側面から分析している。郭(2015)によると、一般的に、観光客数と観光収入 が旅游扶貧の重要な評価指数となっているが、数値を見るだけでは、貧困層の現状を充分 に把握できるとは言えない、という。

次に、私有企業による観光経営力の発揮には、政府主導型の持続性のなさを回避するこ とが期待できる。確かに、旅游扶貧における法律・資金・制度面での政府の支援が欠かせ ない(王・李、2007)。政府の実行者としての主導より政策支援の方がより重要である。政 府は市場の役割を果たすべきではない(劉・楊、2002)。なぜなら、政府より私有企業の観 光経営力が優れているからである(王・張、2010)。さらに、旅游扶貧における企業による 観光マーケティングのノウハウや情報通信技術の活用が提起されている(王・李、2007)。 ただし、利益が少ないと、営利目的である私有企業が撤退する流動性を持つという懸念も 存在している。

そして、どのように現地住民による旅游扶貧への参加を促すのかが旅游扶貧研究の方向 性の 1 つとなる。「国家旅游扶貧実験区」における現地住民参加の低さが指摘され、いかに 現地住民の参加を促すことができるのかが課題となっている。周(2002)は旅游扶貧にお ける貧困層の参加の重要性を強調しているが、どのように参加を促すまでは提示していな い。また、省レベルの先行研究は多いが、観光地・村・コミュニティレベルの研究が不足 している(李・鐘・成、2009b)。観光地を中心に、貧困層の参加を明確にする必要がある と提唱されている(王・李、2007)。

旅游扶貧の目的は貧困の削減であり、どのようにこの目的に達成するのかを検討するた め、目的達成の手段として旅游扶貧の経営戦略を研究の切り口としたい。中国語の旅游扶 貧の先行研究は、政府主導の議論が多く、私有企業やコミュニティなどによる旅游扶貧の 役割と課題の分析が不足している(張・張、2005)。また、旅游扶貧における事例研究が多 いが、事例を紹介する程度にとどまり、旅游扶貧を詳しく分析する段階に達しているとは

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