• 検索結果がありません。

︲︱ 一

ドキュメント内 Ⅲ   飛鳥地域の調査 (ページ 31-34)

‑129‑―

か ら

7間

目 と

8間

目 の あ い だ の柱 に取 り付 く と推 定 され、 掘 立 柱 で 画 され た 区 画 内 部 は規 格 性 を も った割 り付 け が 行 わ れ た こ と も判 明 した。 な お この 区 画 が

70.6m四

方 の 規 模 を も つ こ と は、 藤 原 宮 の 東 方 官 衡 地 区 で 確 認 した 官 衡 区 画 の規 模 (東 西 約66m、 南 北 約

72m)

に類 似 し、

C期

に も何 らか の官 衛 に関 連 した 施 設 が、 こ こに営 ま れ た こ とを示 唆 す る。

A期

以 前

 

ま た 今 回 の

調 査 の大 きな成 果 と し Fig 53 石神遺跡C期主要遺構配置図 (1:1500)

て、

A期

に先行 し、

A期

と異 な る造営方位 を もつ礫敷 や石組溝 の存在 を確認 した ことが挙 げ られ る。これ らと同様 の方位 を もつ遺構 は、かつ て今 回 の調査 区 の東 北 方 で行 わ れ た第

6次

調 査 で検 出 し、 また第3・

4次

調 査 で も埋 土 に少 量 で は あ るが飛鳥寺 の瓦 を含 む斜行 素 掘 り溝S D 575・ 576・ 577を検 出 して い る こ と か ら、

A期

に先行 す る時期 の遺構 が大 き く広 が って い る と推 測 され る。さ らに飛 鳥 寺 や石 神 遺 跡 の周辺 で もこれ らと同様 の方位 を示 す遺構 と して、飛鳥寺南方 石 敷 広 場S X 670・ 671と それ に伴 う石 組 溝S D 662、 あ る い は山 田道 第 一 次 調 査 で検 出 した斜行 石組溝S D 2320な どを検 出 してお り、 これ らは

6世

紀 末 か ら

7世

紀 前 半 に属 す る と考 え られて い る。今 回 は出土遺物 も少 な く、 その造営年 代 を明 らか にで きなか ったが、 あ るい は これ らと同時期 の可能性 も考え られ る。

‑130‑―

6  甘橿丘東麓の調査

(第

71‑11次

)

(1993生F12)]) 明 日香 村 の甘 橿 丘 は、「古事記」垂仁紀 な どに登場 す る飛 鳥 の名 山 で あ る。

この丘 の多 くは公有化 が進 み、現在飛鳥 国営 公園 と して整 備 が進 行 して い る。

本調 査 は、 国営 公 園整備 の一 環 と して丘 の東麓 に一 般 登 山者 向 けの駐 車 場計 画 が あ り、 その予備調 査 と して実施 した。

調 査 期 間 は1993年12月 20日 か ら23日 まで の 3日 間。調 査 地 は甘 橿 丘 東 麓 の小 支 丘 に は さ まれ た緩 やか な傾 斜地 で、 通称 入鹿 谷 の南 東外 側 にあ た る。入 鹿 谷 は、蘇我蝦夷、入鹿 の邸 宅 が あ った (釈 日本紀

)と

伝 え る と ころ。 地 籍 で は明 日香村川 原地 内 とな る。

開発対 称 面 積 は1,200だ。 西 側 の傾 斜 面 を大 幅 に切 土 し、 東 側 の低 地 部 に土 盛 す る計画 で あ るので、切土対象地 を中心 に長辺

4m、

短 辺

3mの

調 査 区 を6

カ所設 けた (Fig.34)。 表 土 は機 械 掘 削 し、 遺 物 含 有 層 以 下 は入 力 に よ って 発 掘 した。 以 下 、試 掘 坑 に は

1〜 6区

の番号 を振 る。

この結果、表土 は浅 い ところで も0。7m、 深 い と ころで は

lmを

超 し、 全 体 に堆積 の深 い ことが判 明 した。 また、現在地表 か らは明 らかで な い東 西方 向 の 埋没 谷 を検 出

(1〜 3)し

た。下層 の含有層 や表土層 の堆積 のあ り方か らみて、

現 地 形 は そ れ ほ ど古 くは朔 らず 、 む しろ近

 16,794 Y=16,780

。現 代 の改 変 に よ る もの と思 わ れ る。 各 調

査 区 に は

6世

紀 末 か ら

9世

紀 初 頭 に い た る 土 器 、 縄 叩 き整 形 の平 瓦 片 な どを含 む遺 物 含 有 層 が あ り、 こ と に1、 2、

4区

に厚 い 堆 積 が み られ た 。 ま た

2区

で は、 幅0.5m の東 西 溝 の底 に人 頭 大 の石 を並 べ た遺 構 を 一 部 検 出 して い る。 谷 の排 水 に関 わ る施 設 の可 能 性 もあ るが、規模 な どは不詳 で あ り、

今 後 の本 格 的 調 査 を待 ち た い。

│     │

Fig.54 試掘坑 2区 遺構図 (1:100)

‑131‑

ドキュメント内 Ⅲ   飛鳥地域の調査 (ページ 31-34)

関連したドキュメント