4-1.はじめに
ラオス北部の農村は,貧困国であるラオスの中でも特に貧困な地域であり,生業である農 業と生活の場としての農村の振興は,国家の重要な政策目標となっている(横井,2018: 38-46)。北部農村は,おおよそ標高1000mから1500mの急峻な山々が連なる山岳地帯の傾斜地 に集落や耕作地が点在し,稲作やトウモロコシを中心とした生産性の低い農業が展開され ている。また,多種の少数民族が混在して居住し,集落を形成している。
こうした中で,農村の住民は農業の傍らさまざまな副業を営んできた。とりわけ米蒸留酒 は,北部農村において伝統的に農家で製造されてきた産品であり,自家での消費あるいは来 客へのもてなしとして,またその一部は販売に向けられていくらかの収入が入るなど,農家 生計上でも重要な位置づけになっている。
政府は,農村貧困の削減,農家の生計向上の対策として,サトウキビやキャッサバなど商 品作物の生産振興と並んで農産物の加工を奨励している。手元にある農産物に何らかの付 加価値を付与して商品価値を高め,国内外市場へ向けた販売を通して農家所得の増加を図 ることを目指している1)。米蒸留酒もまた農産物加工品の一つに数えられるが,これまで改 良技術の導入なり近代化へ向けた資金の投入が積極的に展開されてきたとはいいがたい。
筆者は,北部農村で米蒸留酒を製造している地域を異にする複数の農家を対象に,In Depth Interviewによる調査を行い,その製造工程や製造上の特徴,直面している課題につ いて調査した。本章は,この調査結果をもとに,ラオス北部農村における米蒸留酒の製造の 実態を明らかにするとともに,そこに存在している問題点を摘出し,今後解決すべき課題に ついて整理することを目的とする。
ラオスの米蒸留酒に関する既存の文献はきわめて少なく,北部農村を対象にして本格的 に調査した論文や報告はほとんど見当たらない2)。一方,隣国であるカンボジアの米蒸留酒 を取り上げた調査論文は,名古屋大学の研究グループによって2010年代を通じ精力的に発 表された 3)。彼らは,アクション・リサーチ手法を通じた社会実装の研究により,農家によ る米蒸留酒製造上の課題を整理し,課題解決のための具体的方法を提示している。
本章の構成は,以下の通りである。Ⅱでは,ラオスにおける米蒸留酒の一般的な製造工程 とその特徴を明らかにする。Ⅲでは,北部農村の地域の異なる酒造農家を対象に調査した結
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果について示す。Ⅳでは,米蒸留酒の製造と販売に関わる問題点と発展へ向けた課題を整理 する。最後にⅤでは,論点をまとめる。
4-2.米蒸留酒の製造工程とその特徴
蒸留酒製造の起源を探ると,そのルーツは中国・雲南省にあり,メコン川を通じて南方に 渡り,インドシナ半島の国々では,すでに13 世紀から 14世紀には造られていたと伝えら れている(小泉,2010:219)。その製法は15世紀にシャムから琉球へ伝播し,泡盛の製造が 始まった。
ラオスでいつ頃から米蒸留酒の製造が始まったのかは不明であるが,恐らく13世紀には 造られていたものと考えられる。ラオスの米蒸留酒はラオ・カーオ(lao-khao)と呼ばれ,
国内の多様な民族を超えて広く愛飲され,国内で最もポピュラーな酒である。国民の 70%
を占める低地ラオ族に特に好まれるとされている(小崎ほか,2000:194)。国内のいたるとこ ろで製造されているが,特に北部では良質の米蒸留酒を産し,中心都市ルアンパバーンは産 地として名高い。ラオスには,ほかにも醸造酒のラオ・ハイ(lao-hai)や原料がトウモロ コシのラオ・カポート(lao-kaport),赤糯米で造られたラオ・カオ・カム(lao-khao-kam) などがあるが,いずれもマイナーな存在である。
それでは,ラオスにおける米蒸留酒ラオ・カーオの一般的な製造工程とはどのようなもの であろうか。小崎らの文献(小崎ほか,2000:193-198)を参考にして,模式図的に記せば以 下の通りである。
糯米 → 洗米・浸漬(3-4時間)→ 蒸米(1時間)→ 水洗い・水切り → スア・ラオ散布
→ 固体醗酵(甕,4-5日)→ 加水・アルコール醗酵(5-7日間)→ ラオ(醪)→ 蒸留 → ラオ・カーオ
ここでスア・ラオとは,蒸した糯米を醗酵させるための餅麹であり,クモノスカビの一種 を培養した米だけでつくられた麹である。これを直接蒸米一面に散布して,中型の陶器の甕 に入れて醗酵させる。蒸米の水分だけで4-5日間固体醗酵させ,その後加水して酵母菌を入 れ,5-7日間放置してアルコール醗酵したものがラオという醪である。この醪をドラム缶で つくった素朴なランビキ(熱水を利用した蒸留器具)4)を使って蒸留すれば,ラオ・カーオ
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ができる。なお,地方の市場では,アルコール濃度 50%程度を境に品質の優劣を判断して 取引され,嗜好品またはリキュール化して飲用されている。
この製造工程を,沖縄県で造られる泡盛と比較した場合,ラオ・カーオにはどのような特 徴がみられるのであろうか。このために,沖縄県にある泡盛の酒造所に出向いて調査を実施 した。調査期間は2015年7月6日から9日であり,調査対象とした酒造所の件数は,沖縄 本島4件(那覇市,西原町),宮古島1件で,これに種麹店1件(北谷町)を加えて,聞き 取りを行った。各酒造工場を通じて共通する製造工程は,以下の通りである。
タイ米 → 洗米・浸漬 → 蒸米 → 黒麹菌を散布(2 日間)→ 米麹に加水し酵母を混入し て醪を生成 → 甕でアルコール醗酵して熟成(20 日間)→ 単式蒸留器によって蒸留→ 泡 盛
泡盛とラオ・カーオの製造工程上の共通点を探せば,以下の通りである。
・原料はインディカ米(泡盛はうるち米,ラオ・カーオは糯米)を使用する
・地方特有の麹菌・酵母菌により糖化・醗酵を行う
・醗酵には甕を使用する
・醪を蒸留器で蒸留しアルコールを抽出する
一方,製造工程の違いとして,泡盛では原料米を洗米してから蒸すが,ラオ・カーオでは 蒸した原料米を洗米する。また,ラオ・カーオには醪のラオを熟成させる過程がない。酒の 風味にも違いがみられる。泡盛は雑味のないすっきりした味わいであるのに対し,ラオ・カ ーオには雑味がある。これは,蒸米に散布する麹菌の違いによるところが大きい。泡盛で用 いられる黒麹菌はクエン酸を産生し,生成した醪がアルコール醗酵する過程で,雑菌が繁殖 しにくい。一方,ラオ・カーオで用いられるスア・ラオには雑菌が入る可能性が高く, 洗米 や加水に使う水が清浄でないこともその理由の一つに挙げられる。このほかに,製造の過程 でラオ・カーオの品質を劣化させる技術上の問題が多々あり,これについては後述する。こ の問題の根本的な要因として,製造する主体が,泡盛では洗練された技術と設備を有する企 業であるのに対して,ラオ・カーオの製造主体は農家であり,伝統的な方法で製造されてい る点に留意する必要がある。
33 4-3.北部農村における米蒸留酒酒造農家の実態
(1)実態調査の結果
2015年3月,2016年7月,2017年4月の3回に分けて,ラオス北部に位置するヴィエン チャン県(3),ルアンパバーン県(2),フアパン県(2),シエンクワーン県(1),サイニャ ブーリー県(1),ヴィエンチャン市郊外(1)の5県および1市郊外の農村に位置する計10
(出所)ラオスの地図の画像 図4-1.調査地の位置
戸の酒造農家に対してIn Depth Interviewを実施した。各県および市郊外の括弧内は,調 査した酒造農家の数である。なお,各県の位置については図4-1に示した。
まず,調査した酒造農家の全体を通して,共通する現場の全体像を記すことにする。米蒸 留酒を製造しているところは,5m四方の粗末なトタン屋根の小屋であり,屋内には 20ℓ入 りのポリバケツ,10ℓ入りの素焼き甕があり,その奥には蒸留器と凝縮器がおかれている。
中央には井戸があり,小屋の周りには家畜(豚・家禽類)が飼われている。図4-2は製造 現場の見取り図を,また図4-3は蒸留小屋内部の見取り図を描いたものである。
おおよそ夫婦で製造しているが,妻は製造全体の工程作業を,夫は蒸留した酒を運送す る役割を担っている。原料の糯米は自家自給米のほかに仲買人や米の集荷場から砕米を安 価に仕入れており,醗酵に用いる麹菌や酵母菌は主に市場で購入している。蒸留器と凝縮 器は現地で製作されたものであり,ほぼ連日蒸留が行われている。洗米に使用する水は,
濾過していない井戸水もしくは湧き水などの天然水である。一回につき50kgほどの浸漬 16 ヴィエンチャン県
8 ルアンパバーン県 5 フアパン県 17 シエンクワーン県 11 サイニャブーリー県 15 ヴィエンチャン市