本稿では、ミクシィが、SNS 市場の中で覇者となりつつも、フェイスブックの日本 進出により凋落していき(3.3.1)、その後、自らが保有する資源の価値を再確認し、
当時本人が熱中していた海外のパズルゲーム「ダンジョンレイド」を参考に開発された。
ソーシャルゲーム市場の中で差異化した戦略を実践していく過程(3.3.2)を考察し ていく。その上で、ミクシィのケースを要約していく(3.3.3)。
3.3.1. 創業からフェイスブックの台頭により劣位になっていく経緯
ミクシイの起源は、1997 年に遡る。創業者である笠原氏が東京大学大学院の学生で あった 22 歳の時に、Find Job! と呼ばれるオンライン求人サイトを始めたのである。
Find Job! は順調に収益を上げていき、1999 年に有限会社イーマーキュリー30を設立 する。オンライン求人サイトの事業を進めていくものの、オンライン市場に参入した い大手求人企業との競争に直面することになる。大手求人企業との競争を行なってい くために、笠原氏を初めとするミクシィのスタッフは、自社の競争力の改善が必要と 感じ、2003 年の夏、解決策を検討し始める。解決策を検討していく中で、SNS サービ スを国内で展開することを思いつく。というのも、海外生まれのスタッフは、SNS サ ービスの Friendster31を海外の友人とのやりとりで使用していたが、同様のサービス を持ち込むべきだと考えたのである。
Friendster は 2002 年にスタートしてから、最初の数ヶ月でユーザー数が 300 万人 に達していたとはいえ、イーマーキュリーのスタッフは、SNS サービス自体には、半 ば懐疑的なところもあった。しかし、SNS が持つメディアとしての力を活用すること は、Find Job!をさらに発展させることにつながると考え、2004 年 2 月に SNS サービ スであるミクシィをスタートさせる。2004 年 2 月にミクシィはサービスインしたわけ であるが、この時すでに先行してサービスを開始していた SNS があった。それが、グ リーだった。上述した通り、グリーの運営は、創業者である田中氏により一人で運営 されていたサービスであった。そのため、頻繁するサイトのクラッシュや新しいサー ビスの展開などを打ち出すことができなかったこともあり、ミクシィはユーザー数を 伸ばし、2004 年 10 月には先行していたグリーに追いつく。その後、2006 年夏には、
東京証券取引所マザーズ市場に上場するほどの成長を遂げることになる。この時のミ クシィの主な収益源は、インターネット広告枠の販売による広告料収入であった。SNS サービスである「mixi」を広告媒体とし、広告代理店やメディアレップを仲介してイ ンターネット広告枠を販売していたのである。広告主の Web サイトにリンクする「バ ナー広告」やユーザー情報が入力される「mixi」の特性を活かし、広告を訴求したい 対象となる属性(男女、年齢、地域等)を絞り広告を掲載できる「ターゲティング広告」、
30 2010年10月に株式会社に組織変更する。
31 2002年、カナダのコンピュータプログラマーであるジョナサン・エイブラムスが設立。
マレーシア・クアラルンプールに本拠地を置く。
「mixi」特有のクチコミを活用した「タイアップ広告」等を販売していた。ただ、広 告料収入への依存は高く、約 9 割が広告収入に依存32する構造であった。
ミクシィの主な収益源であるインターネット広告市場は、テレビ、新聞、雑誌に次 ぐ広告媒体へと成長しており、拡大傾向にあったため、広告収入を目論む企業が参入 する。そのような企業の中で、最大のライバルとなったのが Facebook である。Facebook は、ハーバード大学のカークランド寮で一緒だったマーク・ザッカーバーグらによっ て 2004 年 2 月にサービスを開始する。当初は、ハーバード大学関係者(ハーバード 大学のメールアドレスを持っている人)に限定されていたが、スタンフォード、イェ ール、コロンビアなどの大学に順次サービスを広げていく。その後、母国語を英語圏 以外とする海外にも進出していき、2008 年 2 月にスペインとフランス、3 月にドイツ、
5 月には日本でサービスを開始していく。2012 年 3 月には、日本での利用者数が 1000 万人を超え、国内でのユーザー数も伸ばしていく。フェイスブックは、順調にサービ スを拡大していき、月間アクティブユーザー数でミクシィを上回ることになり、SNS サービスの一番手の地位を奪われてしまうことになるのである。
3.3.2. 資源の再定義と差異化への構想・実践
広告収入に大きく収益を依存していたミクシィにとって、ユーザー数が Facebook に逆転されたことは、大きなリスクである。広告収入拡大の源泉である広告媒体とし ての価値を高めるためには、ユーザー数の拡大が非常に重要な要因であるからである。
一人勝ちという神話が存在するのであれば、フェイスブックはこのままさらに成長を 加速する。一方で、ミクシィは成長の伸びが鈍化し、フェイスブックとの格差が開い ていくことが予期される。そこで、ミクシィは企業としての生き残りをかけ、自社サ ービスの差別化を図っていくために、既存の制度的ルールを参照していくことになる。
ミクシィが参照した制度的ルールは、大きな市場へと成長を遂げていたソーシャル ゲーム市場であった。ソーシャルゲーム市場は、前述したグリーや DeNA によって構 築された勝ちパターンが存在していた。そこでは、i モードを始めとする携帯キャリ アが構築した課金モデルの仕組みに乗りつつ、高度なデータ分析を通じた漸次的な改 善活動を行うことにより、囲い込んだユーザーからの課金を実現していた。この勝ち パターンを参照したミクシィは、自らの経営資源に新たな価値を見出すことになる。
フェイスブックの後塵を拝してしまったとはいえ、もともと、ミクシィは広告収入の 価値を高めるために、ユーザー数の拡大を目指しており、莫大な会員数を保有してい
32 平成19年3月期における当該事業の売上高(3,879,696千円)に占める広告料収入の比率 は 89.3%(3,463,283千円)
た。その自らが保有する会員数に新たな価値を見出したのである。ソーシャルゲーム の企業がそれぞれ囲い込んだユーザーからの課金収入を実現しているのであれば、自 分たちもできるのではないかと考えたのである。元々、ミクシィはユーザー数を、広 告媒体としての価値向上要因として見ていた。つまり、間接的な収益源としてみてい たが、直接的に収益源としてみなしていったのである。
会員数を直接の収益源としてみなしたミクシィがとった戦略行動のひとつがサン シャイン牧場の展開である。もともと広告収入への大きな依存を経営リスクとして捉 えていたミクシィであるが、「mixi アプリ」上でのコンテンツ販売をユーザー課金の 強化策として進めていく。その mixi アプリのひとつがサンシャイン牧場である。
サンシャイン牧場は、中国のゲーム開発会社『Rekoo( 酷)』が開発・運営してい る牧場育成シミュレーションゲームである。ゲームの内容は、ユーザーは牧場の経営 者となり、作物及び家畜の収穫を行う。牧場の世話をしていくと収穫度が上がり、収 穫度が一定の値を超えるごとにレベルアップする。また収穫物を販売することでコイ ンが得られ、そのコインを使って新たな作物の種や家畜を購入することができるとい うものである。最大の特徴として、ユーザー間のコミュニケーションが存在すること である。ミクシィ内の友人の牧場の世話をしたり、虫入れやいたずら、収穫などを行 うことができるのである。このようなゲーム内でのユーザー間のコミュニケーション は、これまでのソーシャルゲームにはなかった特徴である。このような特徴は、SNS サービスで培った会員間のコミュニケーションを行うことができる仕組みを生かし たものである。
3.3.3. 要約
創業者である笠原氏が東京大学大学院の学生であった 22 歳の時に、Find Job! と 呼ばれるオンライン求人サイトを出自とするミクシィは、大手求人サイトとの競争に 直面することになる。自社の競争力改善の必要性を感じたミクシィは、SNS サービス を国内で展開していく。後発企業であったものの、先行するグリーの SNS にトラブル が頻発していたり、新たなサービス展開を打ち出すことができなかったこともあり、
ミクシィは程なくして、グリーに追いつき、追い越すことになる。そして、東京証券 取引所マザーズ市場に上場するほどの成長を遂げ、国内 SNS サービスでの一躍覇者と し躍り出る。収益は、SNS サービスである「mixi」を広告媒体とし、広告代理店やメ ディアレップを仲介してインターネット広告枠を販売することによって得ており、約 9 割が広告収入に依存する構造であった。そのため、非常に経営上のリスクが高い状 況であった。そのような状況の中、米国の Facebook が日本にも進出し、順調にサー