さて,マルチンゲール流のもとで,オプション価格式を導きましょう.オプション期間を[0, T]とします.
(1) 設定
株価をSt,オプション期間中一定である金利をr,0時点で1の資金を金利rで連続時間的に繰り返し投 資すると,そのt時点における価値はertですが,これをマネー・マーケット・アカウントと呼び,Btと書 きます(Bt=ert).これを1つの投資対象として持ちます.StとBtだけが市場にあるとしてStをベースと するヨーロッパ型コールオプションの価格式を導きます.コールオプションの満期T時点における価格Xは
X = max{ST −K,0}です.Kは権利行使価格です.コールオプション以外のものを扱うときは,その価格
をf(ST)というふうに可測関数f(・)を用いて表現します.この場合以下の議論に変更はありません.
確率空間を(Ω,F, P)とします.Wtが確率測度Pのもとで標準ウィーナー過程であるとします.任意の t∈[0, T]に対して,WtはFt可測であるとします.そして,Stについては確率微分方程式
dSt=St
µ µ+1
2σ2
¶
dt+St·σ·dWt
で表されます.あるいはその解として
St=S0·eµt+σ·Wt
という確率過程(対数正規過程)に従うとします.このような言い方によってStの不確実変動の型を定義し ます.
(2) Stの変換(割引,ディスカウント)Zt
すべてのt∈[0, T]に対して,Zt=B−1t ·Stとおきます.またBT−1Xを意識します.ZtはStを割り引い た確率過程です.このような変換を行って,マルチンゲールの議論にのせやすくするのです.後の展開を予 想できるようにZtの様子をみておきます.
5)日本の数学者,丸山儀四郎氏もこの問題に貢献しているので,それを明示する人は丸山氏の名前も添えて,つまり,C‐M‐G‐丸 山の定理と呼んで,この定理を引用します.
まず
Zt=B−1t St
=B−1t ·S0eµt+σWt
=e−rt·S0eµt+σWt
=S0e(µ−r)t+σWt です.次に,dZtを伊藤の微分によって求めると
dZt=Zt
µ
(µ−t)dt+σ·dWt+1 2σ2dt
¶
=Zt
µµ
µ−t+1 2σ2
¶
dt+σ·dWt
¶
=Zt·σ·d µ
Wt+µ−r+12σ2
σ ·t
¶
です.γ= µ−r+12σ2
σ とおけば
dZt=Zt·σ·d(Wt+γt)
と書けます.この形を次のステップ(3)で利用します.直観的な記号である微小時間dt内の投資収益率 dZt
Zt
の期待値を考えると
EP
·dZt
Zt
¸
= µ
µ−r+1 2σ2
¶ dt
です.Stの投資収益率の期待値
EP
·dSt
St
¸
= µ
µ+1 2σ2
¶ dt
と比べるとr·dtだけ減っていることが分かります.
扱う資産価格の確率過程がここでいうStのようでない場合にも,また一般的な場合にも,同様の工夫を行 うことを書き添えておきます.
(3) Pの変換Q( C‐M‐G‐丸山の定理の利用)
dQ
dP =eγWT−12γ2T,ただし γ= µ−r+12σ2 σ
によりQを定義します.このように定義されたQのもとでW˜t=Wt+γtは,標準ウィーナー過程です.さ らにZtについては(2)で触れたように,W˜tを用いれば
dZt=Zt·σ·dW˜t
と表されます.つまり,Zt=S0e−12σ2+σW˜tと書かれます.
EQ
·dZt
Zt
¸
= 0
であることに注意しましょう.Pのもとで µ
µ−r+1 2σ2
¶
であったものがQのもとではゼロ,つまり, r= µ+1
2σ2 のように見えてしまうのです.また,0≤u < t < Tに対して EQ[Zt|Fu] =EQ
h
S0e−12σ2u+σW˜u·e−12σ2(t−u)+σ( ˜Wt−W˜u)|Fu
i
=Zu·EQ
h
e−12σ2(t−u)+σ( ˜Wt−W˜u)|Fu
i
=Zu·1
ですから,ZtはQのもとでマルチンゲールです(こうなるようにQを構成しました).(一般論ではここで
C‐M‐G‐丸山の定理を引用しますが,本章ではdQ
dP をこのように定義することによって,必要な事柄を直 観的にではありますが証明してしまいました).このようなQをP とWtに対する同値マルチンゲール測度 と呼んでいます.
(4) セルフ・ファイナンシング・ポートフォリオ(φt, ψt)を作る(マルチンゲール表現定理の利用)
0≤t≤T とX = max{ST −K,0}(あるいは一般にX=f(St))に対して Et=EQ
£BT−1X|Ft
¤
により,Etを定義します.3.2節で述べたようにEt, t∈[0, T]はQのもとでマルチンゲールです.つまり,
u≤tに対してEQ[Et|Fu] =Euです.ET =BT−1Xであることに注意しておきましょう.QのもとでZtと Etはマルチンゲールであるので,ZtとEtとQに対して3.2節で述べたマルチンゲール表現定理を用いると 確率過程(previsible, predictable) φt, t∈[0, T]が存在して,dEt=φt·dZtです.このようにして得られた φtを使って,投資対象StとBt,あるいはディスカウントされた投資対象Ztと1,に対する各時点tにおけ る投資単位数(φt, ψt)を求めておきます.(φt, ψt)によって表されるポートフォリオ(流列)がセルフ・ファ イナンシングであることも導きます.
ψt=Et−φtZt, t∈[0, T] と置きます.φtとψtが得られたので,ポートフォリオV は
Vt≡V(φt, ψt) = (φtSt+ψtBt)
と書かれます.つまり,EtはVtをディスカウントしたもの,Et=φtZt+ψt·1になっています.
さてdVt=φt·dSt+ψt·dBt,つまりVt≡V(φt, ψt)がセルフ・ファイナンシングであることを示すため に少し計算を行います.
まずZtとψtの定義により,Vtは
Vt=φtSt+ψtBt
=φt(Bt·Zt) +ψt·Bt
=φt·Bt·Zt+ (Et−φt·Zt)Bt
=Bt·Et
です.つぎに
dVt=Bt·dEt+Et·dBt, (dBt·dEt= 0)
=Bt·φt·dZt+Et·dBt , (dEt=φt·dZt)
=Bt·φt·dZt+ (φt·Zt+ψt)·dBt , (Et=φtZt+ψt·1)
=φt(Bt·dZt+Zt·dBt) +ψt·dBt
=φt·d(Bt·Zt) +ψt·dBt , (d(Bt·Zt) =Bt·dZt+Zt·dBt)
=φt·dSt+ψt·dBt , (Zt=Bt−1St) となり,Vtがセルフ・ファイナンシングであることが示されました.
VT =BT·ET =BT(BT−1X) =X
なので,このセルフ・ファイナンシング・ポートフォリオVt≡V(φt, ψt)はオプション満期T時点において コール・オプションのペイオフXに一致します.したがって,Vt≡V(φt, ψt)はペイオフXをもつオプショ ンを各時点t∈[0, T]で複製しています(複製ポートフォリオ,replication portfolioと呼びます).
Vtがセルフ・ファイナンシングであること(つまり期間[0, T]のなかでキャッシュの出入りがないこと),
そしてT時点ではXに一致することからVtのゼロ時点における価値V0はXをペイオフにもつオプション のゼロ時点における価値と等しくないといけません.もし等しくなければ,価値の高い方を(借りてきて)
売って,そのお金で価値の安い方を買って満期T時点まで待てばゼロ時点における差額を金利rで大きくし た分だけ利益を得ることになります.これは裁定取引と呼ばれ,投資資金を使わないで確率1で正の利益を あげます.このような裁定取引機会がない,つまり「ノー・アービトラージュ」の仮定のもとでV0がゼロ時 点のオプション価格を表すことが示されました.ここでの議論では,株式と債券の売買に関して,いくらで も,また,いつでも細かい単位で売買できること,その際の手数料と税金がゼロであること,などを仮定し ています.このような単純化された状況で理論をつくるのですが,そのなかで市場におけるノー・アービト ラージュの必要十分条件が数理的にも表現されています.これはここでは省略します.
マルチンゲール表現定理を利用した箇所で,オプションのペイオフとゼロ時点のオプション価格の関係が 示されているので,それを振り返っておきます.EtとZtとQに対するマルチンゲール表現定理によれば,
t∈[0, T]に対して
Et=E0+ Z t
0
φudZu
です.ここで
E0=EQ
£BT−1|F0
¤
ですからE0はゼロ時点のオプション価格を割り引いたものです.しかし,B0= 1なので,E0はオプション 価格そのものです.
また
V0=φ0S0+ψ0B0
=φ0S0+ψ0
=φ0Z0+ψ0
=E0
というふうにみても構いません.さらに,dVt=φt·dSt+ψt·dBtは VT −V0=
Z T
0
φu·dSu+ Z T
0
ψu·dBu
を確率微分ふうに書いたものですが,これはVT(=X)はV0(ゼロ時点のオプション価格)に期間中u∈[0, T]の (Su, Bu)に対する投資(φu, ψu,)の連続時間的成果を加えたものに等しいことを表しています.投資(φu, ψu,),
u∈[0, T]のことを数理ファイナンスではヘッジ(Hedge)と呼んでいます.オプションXを発行する金融機
関はこのヘッジを理解し,実践する力を持たねば商売になりません(ならないはずです).
ここまでφtの関数形を明らかにしないまま議論を展開してきました.このように関数形に依存しない一般 論が可能なのですが,さてφtはどのようにして求めるのでしょう.簡単に言えば,
Vt=φt·St+ψt·Bt
なのですから,t時点におけるVt,あるいはVtのディスカウント・バージョンである Et(=Bt·Vt) =EQ
£BT−1X|Ft
¤
を計算してみればよいのです(これがStとBtの一次結合であるということが重要であり,役に立つのです が,このこと自体はオプション価格式がStとBt(というより1·e−r(T−t)=e−rT ·Bt)に対して線形斉次
性(linear homogeneity)をもつということからも分かるので,これをあまりミステリアスに思うことはあり
ません).
オプション満期までT 時間あるときのオプション価格(上の式ではt= 0の時点)は,E0なので,
E0=EQ
£BT−1X|F0
¤
=EQ
£e−rTmax{ST −K,0} |F0
¤
=e−rTEQ
h maxn
S0e(r−12σ2)T+σW˜T −K,0oi
=e−rTEQ
h maxn
S˜T −K,0oi
であり,S˜tがdS˜t= ˜St(rdt+σdW˜t)に従っているとして期待値を計算して価格式を得ます.W˜tがQのもと で標準ウィーナー過程に従うことに注意すれば,この条件付期待値は10ページ(1 - 18式)の計算とまった く同じです(そこではオプション満期までの時間が(T−t)であるとして計算していることに注意してくだ さい).
このようにして得た計算結果の中でStに(ここではS0に)くっついている係数がφtです.