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マネー・クレディットと為替レートの波及効果

ドキュメント内 金融変数と実体経済の因果性 ― (ページ 78-89)

1 はじめに

バブル崩壊後の日本経済は,長期の不況に見舞われることになり,政策当局は多くの課 題に直面することになった.日本銀行はデフレ不況対策として,1991年以降度重なる金融 緩和政策を実施してきた.1999 年 2 月には,代表的な短期金融市場金利であるコールレ ート(無担保翌日物)をゼロ%に誘導する「ゼロ金利政策」を導入した.この政策は,様々 なオペレーションによって金融市場に資金を供給し,資金の需給関係を緩和することによ って,短期の金利水準を限りなくゼロ付近に近づけるという金融緩和政策である.その後 2000年8月以降,一時ゼロ金利政策は解除されたが,ITバブル崩壊に象徴される景気悪 化の影響を受け,2001 年 3 月には金融政策の操作目標を金利から量に変更する「量的緩 和政策」が導入されることになった.

量的緩和政策とは,金融市場に供給する資金の量を増やす政策のことであり,具体的に は,日銀が債券や手形の買いオペというような公開市場操作を行うことによって,金融市 場へ資金を供給し,日銀当座預金(日銀当預)残高を当初は5兆円まで増額させる政策であ った.その後日銀当座預金の目標残高は徐々に増加されていったが68,この政策の意図す るところは,日銀当座預金には利子が付かないため,積み増された資金が貸出や債券・株 式の購入に向けられるであろうことを期待した政策であった.

日銀は,消費者物価指数(全国,生鮮食品除く総合)上昇率が対前年同月比で安定的にゼロ%

以上となるまで,量的緩和政策を継続することを約束していたため,政策金利である短期 金利のみならず,より長めの金利についても低位で安定的に推移し,金融緩和の政策効果 が高まると考えていた.このような効果は,時間軸効果あるいはコミットメント効果と呼 ばれている.また,量的緩和政策のもう1つの効果としては,所要準備額を上回る資金供 給によって,金融機関の流動性需要に応えることができたことから,金融システムの安定 化に対して役割を果たしたといえる.

その後日銀は,2006 年 3 月,消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ%以上に なること等の解除条件を満たしたと判断し,量的緩和政策の解除を決定した.しかしその 後も,無担保翌日物コールレートをゼロ%近くに誘導するゼロ金利政策は継続されていた が,2006年 7月,コールレートの誘導目標を0.25%へ引き上げる決定を行い,ゼロ金利 政策は解除されることになった.

68 20041月には30~35兆円まで増額された.

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また,1980年代以降マネーサプライと実体経済の関係が希薄化し,日銀の貨幣集計量を 中間目標とした政策運営の有効性に疑問が持たれるようになって以来,金融政策の効果波 及経路が重要な問題として議論されてきた。そして,マネーチャネルとクレディットチャ ネルという政策効果の波及経路に関しても同様に,理論的・実証的な観点から議論が進ん できた.

こうした視点から,金融政策の操作目標変数とされるコールレートやマネタリーベース,

あるいは量的緩和政策下において採用された日銀当座預金残高といった変数が,マネーサ プライや銀行貸出,そして為替レートや株価・長期金利・物価・生産といった諸変数と,

どのような関係を持っているのかということを明らかにすることが,金融政策の効果を分 析する上で重要な課題となってきている.

そのため本章では,第4章に引き続き 1990年代末以降の,ゼロ金利政策や量的緩和政 策といった低金利政策が採られた期間を中心とするものの,1970年代半ばから2000年代 までの日本経済をも分析対象とし,これらの期間に,日銀当座預金残高や短期金利・マネ タリーベースといった操作目標(政策変数)がマネーサプライや銀行貸出といった中間目標 変数や,生産・物価といった金融政策の最終目標である実体経済変数と如何なる関係を持 っていたのかという点を明らかにするため,VARモデルを用いた計量分析を行う.本章で は,第4章で用いたGrangerの因果性テストに加えて,予測誤差の分散分解といった手法 を用いて実証的な研究を行う.

2 モデルと変数

先に述べた本章の研究目的より,本章では,低金利政策下および 1970 年代半ば以降の 日本経済において,金融政策の操作目標といえる日銀当座預金残高・コールレート・マネ タリーベースが,他の金融変数および生産等の実体経済変数と如何なる関係を持っている のか,そして,貨幣や銀行貸出といった中間目標変数が,金融政策の波及経路を考察する 際に,どのような変数と因果関係を持ちえているのか,という点を中心にして VAR モデ ルを用いた計量経済分析を試みる.

本章の実証分析に用いる変数とその記号は以下の通りである.

y:鉱工業生産指数(2005年=100)(出所『経済産業統計』)

p:消費者物価指数(全国,生鮮食料品を除く総合,2005年=100)(出所『物価統計月報』)

m:マネーサプライ(M2+CD平均残高)(出所『金融経済統計月報』)

h:マネタリーベース(準備率調整後,平均残高)(出所『金融経済統計月報』)

i:コールレート(無担保翌日物平均)(出所『金融経済統計月報』)

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r:長期国債利回(応募者利回10年)(出所『金融経済統計月報』)

s:東証株価指数(TOPIX,196814日=100)(出所『東証統計月報』)

e:実効実質為替レート(19733月=100)(出所『金融経済統計月報』)

l:銀行貸出(マネタリーサーベイ,民間向け信用)(出所『金融経済統計月報』)

ex:輸出(国際収支,貿易収支)(出所:『貿易統計』)

c:日本銀行当座預金残高(出所『金融経済統計月報』)

なお,y・mhについては季節調整済みデータを用い,利子率を除く変数については対数 変換を施した69

金融政策運営において,日銀のコントローラビリティが高い変数を操作目標と呼ぶが,

コールレート(i)やマネタリーベース(h)を,まずモデルに含める変数として挙げるこ とができる.しかし,2001 年 3 月に導入された量的緩和政策では,コールレートに代わ って日銀当座預金残高(c)が操作目標となったため,低金利政策下の標本期間では,iや hの代わりにcをモデルに用いる.そして金融政策の効果波及経路を検証する際に重要な,

マネーチャネルとクレディットチャネルの観点からマネーサプライ(m)と銀行貸出(l)

を採用し,資産価格や為替レートのチャネルを通じた効果を検証するために,株価(s)と 為替レート(e)を加えた.さらに,長期金利(r)・物価(p)・生産(y)に外需の効果を 検証するため,第4章と異なり本章では輸出(ex)を加えVARモデルを構成した.

本章の主要目的は,1990年代末以降に採用された低金利政策下の政策効果を検証するこ とにあるが,政策効果の比較という観点から,ほぼ同様のモデルを用いて,1970年代以降 の金融政策運営についても実証分析を行う.そのため,標本期間は1975年1月から2008 年3月までの全期間と,ゼロ金利政策が実施された1999年2月からゼロ金利政策が解除 された2006年7月までの低金利政策下の2つを対象とする.

それぞれの標本期間に対応したVARモデルを構成する変数をまとめる.1975年からの 全期間は,生産・物価・短期金利・マネタリーベース・貨幣集計量・貸出・為替レート・

株価・長期金利・輸出(y・pihmlesrex)の10変数VARモデルを用いる70. この標本期間では,生産を中心とした実体経済変数に対して,貨幣と貸出のいずれの変数 が大きな関係を持っているのか,また,こうした変数に対して,短期金利とマネタリーベ ースは,どのような影響を与えているのか,という点を中心に考察を行う.

他方,1999年以降の低金利政策下のモデルでは,2001年3月以降,量的緩和政策の導 入により,操作目標がコールレートから日銀当座預金残高に変更されたことを考慮し,

VARモデルには,短期金利とマネタリーベースを除外し,日銀当座預金残高を新たに加え

69 iに関して無担保翌日物のデータが存在しない期間については,宮尾(2006)に従い無担保翌日物と 有担保翌日物の平均差を用いて長期系列データの変換を行い接続した.

70 exに関して,1975年以降のデータが入手できなかったため,全期間の分析では,実質輸出(実質輸出 入指数,2005=100)(出所『金融経済統計月報』)を用いた.

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た9変数VARモデル(y・pcmlesrex)を用いる71

VARモデルの推計に先立ち,分析に用いる各変数の単位根検定および変数間の共和分検 定を行う.単位根検定としては,ADF 検定(Augmented Dickey-Fuller Test)と PP 検定

(Phillips-Perron Test)を採用し,両テストとも,定数項およびトレンドを含めたモデルを 用いる.

(表 5-1・5-2)

表 5-1・表 5-2には1975年1月から 2008年3月までを対象とした全期間,および1999 年2月から2006年7月までの低金利政策下,それぞれの期間について行った各変数の単 位根検定の結果が記してある72.この検定結果より各変数が単位根を持つという帰無仮説 を棄却できないため73,各変数について階差をとり同様の検定を行った.その結果は表 5-3・表 5-4にそれぞれ示してある.

(表 5-3・5-4)

表 5-3・表 5-4の検定結果より,各変数の定常性が確認されたため74,次に,推計に用い る10変数および9変数の共和分関係を,Johansenの共和分検定(Johansen Cointegration

Test)のひとつである Trace検定を用いてr=0の検証を行った.その結果は表 5-5・表 5-6

に 示 し て あ る . な お モ デ ル に は 定 数 項 と ト レ ン ド を 含 め , ラ グ 次 数 は AICAkaike Information Criterion)によって12と6が選ばれた.

(表 5-5・5-6)

これらの結果より,2 つの標本期間それぞれの変数間には「共和分関係が存在しない」と いう帰無仮説を棄却できないため,本章では階差変数のVARモデルを用いて推計を行う.

71 低金利政策下の標本期間に関して,VARモデルに含める変数としてcを入れたため,20013月か 20063月までの量的緩和政策の期間を対象とすることも考えられる.しかし本章では,これ以降の 実証分析で用いるVARモデルのラグ次数の問題を考慮し,できるだけ長めの期間を分析対象の標本期間 とした.このため日銀当座預金残高を操作目標として採用していない期間(19992月から20012 月)を含むことによる問題点は残されている.

72 以下本章の表に示すLagAICにより決定した.

73 表 5-1より全期間のexについてはI(0)である可能性も否定できないが,モデルから定数項とトレン ドを除外しADF検定を行うと,-0.365(0.999)(括弧内はP値である)というケースも存在する.

74 表 5-3l,および表 5-4ymは検定方法により結果が異なっている.これも注6と同様の検定 を行うと,lは-1.812(0.066),yは-2.642(0.008),mは-1.683(0.087)というケースも存在する(括 弧内はP値).

ドキュメント内 金融変数と実体経済の因果性 ― (ページ 78-89)