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(1)アトラクション「吉岡しげ美 想ひあふれて女の詩を歌う」

音楽家 吉岡しげ美

日本の女性詩人の作品に曲を付けて歌い続けている吉岡しげ美氏が、金子みすずの

「私と小鳥と鈴と」、茨木のり子「わたしが一番きれいだったとき」、小林カツ代「緑の星 に」、万葉集「恋ひ恋ひて」、与謝野晶子「君死にたまふことなかれ」に自作の曲を付け、

ピアノを演奏しながら歌った。

(2)パネルディスカッション「社会参画 わたし流」

講  師

WINWIN代表/文京学院大学大学院教授 赤松 良子 特定非営利活動法人かながわ・女のスペースみずら事務局長 阿部 裕子 財団法人家族計画国際協力財団企画開発部長 池上 清子 有限会社でじまむワーカーズ代表取締役 寺本 哲子 コーディネーター

立命館大学教授/本フォーラム企画委員 中村  正

「2 1世紀の男女平等・開発・平和」を考えていく上で、政治、行政、あるいは経済・地 域活動等、さまざまな分野における女性の社会参画の現状と課題を明らかにするととも に、その課題に対する女性自身の今後の取組について考えることをねらいとしてパネル ディスカッションを実施した。内容は以下のとおりである。

赤松 良子<WINWIN代表・文京学院大学大学院教授>

私の社会参画は、まず国家公務員として3 6年働き、その間政策決定の場にいたという ことである。「女性差別撤廃条約」を日本が批准するにあたり、労働省の婦人局長として 男女雇用機会均等法の制定に携わり、仕事として一生懸命働いた。それと同じに、ネッ トワークをつくることが非常に楽しく、大事だと思っていた。研究会に所属し、学会で 発表したり、研究論文を書いたこともある。また、大学の女性だけの同窓会を作ったり、

国家公務員の女性キャリア官僚のネ ットワークを作った。

公務員を退職後は、民間NGOに 活動の中心を移し、女性差別撤廃条 約の研究と普及を目的とした「国際 女性の地位協会」の会長や、日本の 女性を政治にもっと参画させること を目的とした「WINWIN」の代 表を務めている。WINWINは、

初めは3 0 0人余りで立ち上げたが、 パネルディスカッション「社会参画 わたし流」

現在は1 , 0 0 0人を超えていて、これからも発展させなければいけない。選挙になると、議 員として推薦できる人を決定しなければならないので、常にいろいろ考え、アンテナを 張っていることが大事である。民間のボランティア活動は、偉いも何もなく、だれもが 同じことをやるとよく認識していなければいけない。

社会参画するには1人よりグループを作ることが有効な場合が多いが、そのときグル ープづくりに必要な条件はまず理念であり、目的をはっきりさせることである。それか ら中核になる人が数人いればかなりのグループをつくることができる。お金はなくても、

ボランティアを活用してみる。また事務処理能力のある人が最低1人は必要であり、事 務局の体制がきわめて重要である。「正しく、楽しく、たくましく」という標語はグルー プづくりやいろいろな活動にあてはまる標語ではないだろうか。

阿部 裕子<特定非営利活動法人 かながわ・女のスペースみずら事務局長>

私は民間企業に勤めていて、労働組合の活動をしていたが、組合の中でも女性に対す る理解はなく、むしろ差別が横行していた。労働組合にも失望していた中で、女性は差 別を受け入れながらでもなんとかやっていかなければならないと考え、「みずら」という 女性のための相談所を1990年に開設した。

その当時、スポンサーや団体もなく、個人の女性が集ってお金を出し合い常駐スタッ フをそろえることは無謀ともいえることであった。周りからの反対も多かったが、2年 間を準備に費やし、働く女性の相談だけではなく、いろいろな問題を抱えた人々と共に 解決策を探っていこうと始めた。行政への相談より民間に相談するというニーズが時代 的背景にあり、多くの相談が寄せられた。

やがて、人身売買で日本に連れてこられ、いわれなき借金を重ね強制売春をさせられ たアジアの女性を匿い、帰国の援助を行った。また、大使館、市民団体・グループ、入 国管理局、警察などからの依頼で一時保護を行ったが、その件数は2 0 0件を超えた。この ような状況の中でシェルターを新に立ち上げ、独立させた。アジアの女性が少なくなる と、今度は横浜市、そして神奈川県内の福祉事務所から緊急一時保護というかたちで、

ドメスティックバイオレンスの被害者である母子を預かるようになった。また県に強力 に働きかけ、シェルターの数を増やした。昨年シェルターに緊急一時保護した件数は1 1 2 件で、子どもを含め197人にのぼり、常に満室の状態である。

相談については、現在年間1 , 5 0 0から1 , 6 0 0件程度寄せられていて、暴力の問題は非常に 多い。またセクシュアルハラスメントや性的な被害についての相談もあり、セクシュア ルハラスメントの相談は年間7 0、8 0件ある。事実関係が整理されていれば、私たちの団 体で相手と交渉し解決を図り、できるだけ「たらい回し」をしないよう努力し、「ケース ワーク型の相談」、「解決型の相談」を目指している。

ひとり一人の女性からすれば、シェルターや私たちの団体は、一瞬の通過点であり、

よりよい通過点でありたいと心がけると同時に、「明日は忘れられる今日の友」であるこ とをきちんと押さえていないと、なかなかこのような活動は継続できない。また、私た ちの相談室やシェルターが縮小したり、解散したりする日が来ることを待ち望みたい。

池上 清子<財団法人 家族計画国際協力財団企画開発部長(ジョイセフ)>

学生のとき、 「多様性、すなわちいろいろなものの見方があるのではないか」 「自分が全て を知らなくてもいい、誰がその情報を知っているか、どこに行けばその情報にアクセスで

きるかという方法論を知っていればいいんじゃないかということ」の2つを学んだ。4年 制の大学を卒業した女性にはなかなか仕事のない時代で、紹介されたところへ一度就職 した。しかし自分がやりたいことと違い、国際公務員を目指して大学院に戻った。仕事を 一度経験してから自分が戻りたくて大学院に戻ったので、より教育のありがたさや大切さ がわかった。

その後難民高等弁務官事務所を経て、ニューヨークの国連本部の人事で仕事をしてい たが、もう少し草の根の仕事がしたくて、ジョイセフというN G Oに連絡を取った。ジョイ セフは昨年亡くなった加藤シヅエさんが会長をつとめられていて、 「女性が自分で欲しい ときに欲しいだけの子どもを産めるような社会を作る」という運動をしていた。日本国内 だけでなく、その経験を開発途上国に伝えてプロジェクトをしている団体である。

私は、今までアジア、アフリカ、中南米の3つの地域、 2 6の途上国で母子保健、家族計 画、リプロダクティブヘルスのプロジェクトを実施してきた。女性が主体的に自分の健康 や人生設計について考え決定していくための問題−母子保健、思春期保健、性教育、家族計 画、中絶・不妊・HIV(エイズ)、性感染症など−がプロジェクトの核心である。

カンボジアでは、売春婦にどうすればH I V(エイズ)に感染しないかという教育をし ている。また、夫婦で感染している場合も夫の治療費が先決で、妻の治療、入院費までま わらず、妻は家で亡くなることも多いが、ピアカウンセリングを通して、若い人たちが自 分達の得た適切な情報を次の若い人へ伝えていくことで、エイズの予防教育を行ってい る。エイズは、男性よりも女性のほうが、何倍も感染の可能性が高い。そのため女性が自 分で主体的にエイズ予防に関わっていかなければなかなか予防が進まないということが 現実にある。

日本では、性の問題が人生設計をする上で落ちてしまうことがあるが、女性がそれを十 分に自覚しているかどうかはその人の人生に大きな影響を持ってくる。カンボジアの状 況はどこか遠い国の問題ではなく、日本にも同じ問題があると認識するべきである。

寺本 哲子<有限会社でじまむワーカーズ代表取締役>

3年前に主婦3人が出資して「有限会社でじまむワーカーズ」というホームページを 作成する会社を作った。社員は出資した3人と登録スタッフで、全員在宅勤務である。

1年目は少し赤字だったが、2年目から黒字になり、現在年商2千万円、社員は全員扶 養控除を離れている。

私は、文系の4年制大学を卒業したがほとんど就職がなく、そのころ門戸を開けてい たコンピューター業界で9年間働いた。結婚し、妊娠出産したが、「出産リストラ」にあ い専業主婦になった。その後インターネットを使った母親中心の母親サークル「でじま む」を立ち上げ、電子メールによる情報交換や、ホームページの運営、パソコン講座な どの活動をはじめ、インターネットの可能性を探り、広げる活動をしているグループと 一緒に女性がインターネットでどうやって力をつけていくのかというようなボランティ ア活動してきた。

しかし、ボランティア活動というのは、どうしても「主婦のお遊び」というような見 られ方をするので、同じ活動をビジネスでやっている場合と比べ報酬が低く押さえられ、

下請けのように使われる状態が見えてきた。報酬が安く抑えられると、仕事をする側も

「これぐらいでいいか」という甘えが出てくる。そのような悪循環の中で、「有限会社」と いう法人化の道を選んだ。法人化することで自分達自身の意識も大きく変わり、対外的