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第四章 フィリピンとベトナムにおける 2000 年代米価高騰
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が、その施策がかえってコメの将来価格を上昇させると言う悪循環を発生させたと批判さ れている145。
一方でフィリピンの主要なコメ輸出国であるベトナム政府も、コメ価格の高騰に強い危 機感を抱く。その理由は、コメの国際市場価格の上昇はベトナムの国内市場のコメ価格を 押し上げるため、国内人口の多くを占める低所得者層や農民層の生活不安や不満を高める ことにつながりやすい。従ってベトナム政府は自国民の政権批判を避けるため、経済的に 非効率な介入をコメ市場に対して行う政治的動機を持つ146。その結果、国内外のコメ価格 が更に上昇すると言う悪循環が発生すると指摘されている147。
以上のように、先行研究は食糧危機を引き起こす価格高騰要因を、①穀物の需給バラン スの変化、②商品市場における価格上昇、③政府の経済政策の失敗、の 3つに類別してい る148。
本章では、主食の食糧穀物価格が高騰し社会的混乱を引き起こす状況を「食糧危機」と 定義し、商品市場におけるコメ、小麦、コーン、原油の価格動向のデータを中心に、2000 年代フィリピンとベトナムに発生した食糧危機の波及経路を統計的に検証して、食糧危機 の実態を明らかにする。
【Ⅰ】 フィリピンとベトナムの食糧インフレ率
1.フィリピンとベトナムの食糧インフレ率の状況
図4-1は2004年から2010年のフィリピンとベトナムの食糧インフレ率149と、主要穀物
145 Slayton, T., (2009). Rice Crisis Forensics: How Asian Governments Carelessly Set the World Rice Market on Fire.
Center for Global Development Working Paper, No. 163, pp. 1-41.
146 ベトナムの対フィリピン向け(フィリピン食糧庁NFA)のすべてのコメ輸出は、VINAFOOD1&2という政 府直轄の2つの国営企業と、傘下の関連業者に独占されている。民間の輸出業者はベトナム食糧協会(VFA)
から輸出許可証を必要とする。ベトナム政府の輸出制限(割り当てや禁輸)はこの二つの流通経路を使って行 われる。これに関連する論文はThang T. C., (2014). Food Security Policies of Vietnam.Food and Fertilizer Technology Center, pp. 3-14. Trading Economics: https://tradingeconomics.com/indicators.
147 Headey, D. and S. Fan, (2008). Anatomy of a crisis: the causes and consequences of surging Food Prices.
Agricultural Economics, 39, supplement, pp.375-391. 岡江恭史(2010)、「第10章ベトナム」『平成21年度カント リーレポート:韓国、タイ、ベトナム』農林水産政策研究所。経済産業省(2011)、「資源・食料価格の高騰の 要因とその影響」https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2011/2011honbun/html/i1210000.html 最終アクセス2019 年1月20日。
148 2000年代前半より始まった穀物価格の上昇によって、アジア各国は様々な対応策をとるようになった。
Bouët, A. and D. L. Debucquet, (2010). Economics of Export Taxation in a Context of Food Crisis.International Food Policy Research Institute Discussion Paper, 00994, pp. 1-23.しかしこれらの政府の市場介入は、2007-08年のコメの 価格上昇を更に悪化させたと批判されている。
149 コメの輸出国であるベトナムの食糧インフレ率は、2008年2月の約17%から2008年6月には74%以上に 暴騰している。同時期のフィリピンの食糧インフレ率は約7%から約16%であり、食糧の上昇率だけ見れば、
フィリピンではなくベトナムに食糧危機が発生してもおかしくない事態であった。
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であるコメ・小麦・コーンの国際価格をグラフにしたものである150。図 4-1より、両国の 食糧価格が急上昇した2007年末から2008年の夏をピークにした時期に食糧危機が発生し たと推察される。
図4-1 フィリピンとベトナムの食糧インフレ率と主要穀物価格
(出所)フィリピン統計局と経済産業省(2011)より筆者作成
次にフィリピンのコメの輸入施策とベトナムのコメの輸出規制の概要を表 4-1 にまとめ た。表4-1のフィリピンの国家食糧庁(National Food Authority、以下NFA)の役割は、
国際市場においてコメを独占的に買い付けて主要食糧の在庫量を確保し、国内のコメの最 低保証価格の設定、市場価格を下回る価格による政府米の放出、更に流通業者等に対する 補助金の施策などを行うことである。
タイ米に比べて安価なベトナム米は公開買い付けの対象として重要であり、先行文献で は 2007 年夏より始まったベトナム政府による輸出規制が、フィリピンの食糧インフレ率 の高騰と食糧危機を招いたと指摘されている151。
150 アメリカの商品先物市場ではカリフォルニア産のコメ価格が使われているが、タイ米相場はベトナム米価 格に与える影響が大きいと考えられるため、本稿ではタイ米の国際価格を使うことにする。
151 重富真一・久保研介・塚田和也(2009)『アジア・コメ輸出大国と世界食糧危機―タイ・ベトナム・インド の戦略―』アジア経済研究所、独立行政法人日本貿易振興機構。
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表4-1 コメの輸出規制とフィリピン政府の対応
(出所)Slayton, Tおよび農林水産省『海外農業情報調査分析(アジア)報告書』より筆者作成152
ただし不破の研究によれば、2007 年後半からコメの国際市場での価格上昇が始まると、
NFAは2008年始めから約200万トンのコメの買い付けを行って十分な在庫量を確保した のだが153、その施策の有効性については次のように述べている。
「NFA の立場は、あくまでもNFAに課せられた所定の在庫量を迅速に確保し、コメの 供給不足という事態を概ね避けることができたという認識のようである。しかし・・・将 来の動向が不確かであった 2008 年初頭段階では、国内米価の急上昇やコメ不足という政 権を揺るがしかねない事態の生じるリスクを早急に除去しようとするべく政治的判断がは たらいていたとも想像される。
しかし他方で、2007 年の雨季作の生産量統計をもとに判断しても、2008 年初頭の時点 で早急にコメの輸入をする必要はなかったはずとの見方もあるようである。この見方によ ると、2007年の国内生産は比較的豊作であり、国際価格が急騰した時点で大量の輸入をせ ずとも十分な供給量は存在したはずだとする。むしろ、政府による「不当な投機」防止の ための取り締まりの結果として流通業者が農家からのコメの購入を手控えざるを得なくな
152 Slayton, T、前掲論文。農林水産省農林水産省大臣官房国際部国際政策課(2011)、「第4章ベトナム農業の
現状と農業・貿易政策」『海外農業情報調査分析(アジア)報告書』。
153 不破信彦「フィリピン農業政策」(2009)、『海外農業情報調査分析事業アジア地域報告書』食品需給研究セ ンター編、pp.104-124。
7月21日:ベトナム政府が輸出制限を開始 10月9日:インド政府が輸出制限を開始
12月21:フィリピン政府が$410(CNF)で約40万トンを公開買い付け(ベトナムから41万トン)
1月29日:フィリピン政府が$475で約46万トンを買い付け(ベトナムから30万トン)
2月1日:フィリピンのコメ在庫は8日分(目的在庫は15日分)
3月6日:ベトナム政府が70-80万トンの輸出割り当てを設定・輸出制限を強化
3月11日:アロヨ大統領は不当にコメを蓄積している業者や密輸業者に対する告訴検討、食糧危機の緊急事態宣言は拒否 3月19日:フィリピン外食産業に対し廃棄物の減量と輸入量の削減を奨励
3月25日:ベトナム政府が新規コメ輸出契約の停止
4月1日:フィリピン警察は市民に対して投機的な行為を警察に知らせるよう要求
4月3日:フィリピン政府、コメ価格が4倍に上昇する可能性を示唆し、貧困所帯には軍隊がコメを届けることを約束 4月8日:フィリピン政府が$1,058で約7万トン買い付け
4月17日:フィリピン政府が$1,129で約36万トン買い付け
4月29日:フィリピン政府が貧困層に廉価でコメを販売する施策を開始 5月5日:フィリピン政府が$1200以上の買い付けは行わないことを発表 6月13日:フィリピン政府が60万トンの買い付け
6月18日:ベトナム政府が輸出制限を停止
7月1日:ベトナム政府がコメ輸出契約再開、輸出税開始
8月15日:ベトナム政府は輸出税の一部を引き上げたが、国際コメ価格下落とともにベトナム産輸出減少 12月19日:ベトナム政府は輸出税を廃止して輸出振興政策に転換
2007年
2008年
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り(投機容疑で摘発されることをおそれたため)、マニラ首都圏へのコメの流通が滞ること となったのではないか、との指摘もある(下線、引用者)。
この見方の論者は、米価の高騰や行列などの減少が見られたのはマニラ首都圏のみであ り、地方においてはコメ不足や著しい米価の高騰はおこってはいなかったことを根拠にあ げる」154。
2.フィリピンの家計とNFAの備蓄量
上述した不破の指摘が正しいとするならば、警察や軍隊を動員して「貧困層や低所得の 労働者による略奪や騒乱」や「コメの流通業者の投機や密輸」を取り締まる対策が、かえ って米の流通市場の流動性を阻害して「食糧危機」を発生させた要因になるはずである155。 その一方で、家計の米消費の増加と国内の米生産の停滞により需給が逼迫し、ベトナムな どによるコメ輸出の規制が食糧危機を発生させたと考えることもできる。また国際市場の コメ価格の高騰も食糧危機の要因の一つとなる。
そこで当時の状況を把握するため、フィリピンのコメの備蓄量(主軸)と食糧インフレ 率(右軸)、およびフィリピン国内のコメ生産の季節性を考慮して、家計とNFAの前年比 備蓄量を示すグラフ図4-2を作成した。
図4-2 フィリピンのコメの備蓄量と食糧インフレ率(その1)
154 不破、同上論文、pp.121-122。
155 フィリピン政府は国内のrice riots(米騒動)は否定している。Japan times (2008), What rice riots in the Philippines? May 4.
https://www.japantimes.co.jp/opinion/2008/05/04/reader-mail/what-rice-riots-in-the-philippines/#.XUVco2_7SUk. 最終アクセス2019年4月7日。