写真 10 バイクによる果房の搬送作業
ニアス人は西スマトラ州のエスニック・ペッキング・オーダーの最 底辺をなしている。現代でもニアス人へのイメージは最悪である。ニ アス人は頑健で、現代でも肉体労働に向いているとされている。それ は女性も同じで、出産間際の妊婦でも、外での重労働をいとわない、
と語られている。ニアス人へのこうした負の言説は婚姻関係でも認め られる。母系制のミナンカバウ人のなかで父系制のニアス人、中国人 との結婚は歓迎されないが、ニアス人との結婚の方がより嫌われる。
現実には、ニアス人との結婚は普通に行われているのに、ニアス人へ のマイナスイメージと結びついている。
さらに、山中に住み、蛇やイノシシを捕獲して食べ、また水源を汚 すと思われているニアス人の存在に、心穏やかではない地元のミナン カバウ人は多数いたのであろう。イスラム対プロテスタントという宗 教の違いも大きく、いったん憎悪の念が高まると、一気に彼らを暴力 的に排除するという事件に発展していった。
ここで、グラムシのサバルタン論の観点からこの事件を考えてみよう。
これまでの議論から、西パサマン県でのニアス人の従属性、周辺性 は明らかであろう。そうした彼らの属性をうまく利用する形で、アブ ラヤシ農園労働者としてニアス人が大量に利用されてきた。
それは、国営、民営の大規模農園では若干違いが認められる。ミナ ンカバウ人の労働者を排除する傾向は両方で認められる。国営農園で はジャワ人の労働者を好んで使う傾向がある。労働者には管理職
(Pinpinan)への昇進の機会がある。その狭き階梯を目指して労働者は 会社に忠誠を誓う。だがニアス人にはそうした昇進の機会は実質的に 保証されていない。
それは彼らの能力が低いというわけではなく、最底辺の職務に従事 し、収入が少ないうえに、子供が多く、まともな教育を与えられてい ないという現実が重くのしかかる。ニアス人労働者の子弟の多くは、
小学校も終了できない者が多いだろう。パサマン山麓のニアス人スク
ウォッターでは、もちろん学校もないので、教育すら与えることはで きない。かくして、最底辺の労働者の再生産は続けられていく。
最後にスピヴァックの『サバルタンは語れるか』について触れてお く。29デリダ研究で有名なスピヴァックがポスト・コロニアリズム論 とジェンダー論の交錯する課題として、インドにおけるサティ(寡婦 の殉死)を論じた。サティはイギリスの植民地支配のなかで野蛮な風 習として禁止されたが、インド人の側からは植民地支配への抵抗の手 段としてサティに応じることが推奨された。しかしながら、そのどち らの論理構成でもサティを行う主体としての女性の「声」は聞かれず、
その意味で彼らは語ることができない。その語ることのできない主体 としての女性=サバルタンの声を掬い上げることがスピヴァックの役 割であると宣言している。
このようなスピヴァックのサバルタン論は本稿にも適用できるので あろうか。スピヴァックの議論は「主体(Subject)」の在り方をめぐ る議論であり、サティを行う女性がサティという行為を自らの意思で 行うかどうかは判然とはしない。そのあいまいな部分の主体の在り方 に鋭くメスを入れたのが、スピヴァックのサバルタン論であった。ア ブラヤシ農園の最底辺に位置づけられているニアス人労働者をサバル タンとして位置づけることは可能であるが、彼らを「主体(Subject)」
論の観点から議論することは本稿の目的ではない。その意味で、スピ ヴァック流のサバルタン論は適用できない。グラムシのヘゲモニー論 に基づく、サバルタン・スタディのなかに位置づけることが可能であ る。
注
1 本稿は、2016年7月16日の日本国際文化学会2016年度第15回全国大会で 発表した発表原稿を元にしている。
2 松田博・小原耕一 2005年、「グラムシ・ヘゲモニー概念の展開と現代世界」『立
命館産業社会論集』第41巻第2号、87‐98頁
3 ストーラー、アン・ローラ 2007年、『プランテーションの社会史、デリ/
1870‐1979』中島成久訳、法政大学出版局、 原著(Ann Laura Stoller, Capitalism and Confrontation in Sumatra's Plantation Belt, 1870 – 1979, 1995, Second Edition , with a New Preface, The University of Michigan Press
4 ミンツ、シドニー 1998年、『甘さと権力、砂糖が語る近代史』川北稔他訳、
平凡社、原著(1985年)
5 アン・ストーラー、前掲書、第4章「戦争と革命」参照。
6 例えば、労働者1人当たり責任を持つアブラヤシの木の本数を増やすなどと いった労働強化策。
7 世界の植物油生産と貿易、一般社団法人日本植物油協会 http://www.oil.or.jp/kiso/seisan/seisan02_01.html
8 世界商品については、川北 稔、『砂糖の世界史』岩波ジュニア新書、1996年、
4−6頁参照
9 世界のパームオイル生産については以下を参照した。http://www.globalnote.jp/
post-5718.html
10 Statistik Perekebunan Indonesia 2013-2015 Kelapa Sawit, Direktorat Jenderal Perekebunan, Jakarta, December 2014, PDF
11 高多理吉 、マレーシア・パーム油産業の発展と現代的課題、季刊「 国際貿易 と投資」Winter 2008/No.74、pp26−40
12 シ ン ガ ポ ー ル に 本 部 を 置 く ウ ィ ル マ ―・ イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル(Wilmar
International)の財政状況について、オランダの環境団体Profundoの報告書か
ら引用する。 Buyers and financiers of the Wilmar Group, A research paper prepared for Milieudefensie (Friends of the Earth Netherlands) by Profundo, July 2007
http://www.foeeurope.org/sites/default/files/publications/FoEE_Wilmar_Palm_Oil_
Financers_0707.pdf
なお、この文献は以下の拙著で引用している。アブラヤシ・プランテーショ ンをめぐる権力関係─ウィルマー・グループ、国営第IV農園、民衆農園に おける労働者の管理、「異文化」(論文編)第14号、2013年年4月、103− 148頁、法政大学国際文化学部紀要
2006年時点でインドネシアとマレーシアに573,405haの土地を所有してい る。2006年末時点での総資産はUS$ 1,844 million(184億ドル)。ウィルマー への投資銀行として、以下の銀行が挙げられている。オランダの銀行とマレー
シアの銀行が圧倒的に多い。日本の銀行の中では、三菱東京UFJ銀行が顔を 出している。
ABN Amro Bank Netherlands Bank Central Asia Indonesia Bank Mandiri Indonesia
Bank of Tokyo-Mitsubishi UFJ Japan DBS Bank Singapore
Fortis Bank Netherlands ING Bank Netherlands Malayan Banking Malaysia OCBC Bank Singapore Rabobank Netherlands
Southern Bank, part of CIMB Group Malaysia Standard Chartered Bank United Kingdom
この報告書の作成された2007年直近のウィルマ―・グループへの投資では、
シンガポールのOCBC Bank、オランダの Rabobank、アセアン全体の投資銀行 であるCIMB Group 、それにイギリスの Standard Chartered Bankがもっとも重 要な銀行である。
ウィルマ―・インターナショナルの主要な顧客は以下の通りである。中国 の企業が圧倒的に多いのが特徴である。アメリカのP&Gやスイスのネスレ などパームオイルを大量に消費する企業が挙げられているのは驚くことでは ない。
Alfred C. Toepfer International Germany Arnott Indonesia Indonesia
Beijing Heyirong Cereals & Oils China Beijing Orient-Huaken Cereal & Oil China Bunge United States
Cargill United States
China Grains & Oils Group China
China National Vegetable Oil Corporation China Cognis Deutschland Germany
Hindustan Lever India Nestle Switzerland
Nirma India
Procter & Gamble United States Savola Saudi-Arabia
Unilever Netherlands / United Kingdom VVF India
こうした企業の中で、米蘭の多国籍企業であるユニリバー(The
Anglo-Dutch Company Unilever)は全世界のパームオイル需要の3%を消費する最大
の企業である。
13 インドネシアに投資している主要な日本の銀行
国際文化研究科/JANNI(日本インドネシアNGOネットワーク)合同ワー クショッ、“Peoples' Right under the Palmoil Boom in Indonesia,PartI,II”
Presentator 1:Mr. Andiko, HUMA, Presetator 2:Mr. Norman Jiwan, Sawit Watch, Part One: Hosei University, Part Two: Kyoto University, 2007年12月1日、3日資料 14 Helena Varkey, Malaysian Investors in the Indonesian Oil Palm Plantation Sector: Home
State Facilitation and Trans boundary Haze, Asia Pacific Business Review, Volume 19, 2013-Issue 3, p4, PDF
15 Indonesia: Government Policy on Palm Oil Development, http://wrm.org.uy/oldsite/
bulletin/124/Indonesia.html
16 Luas Areal dan Produksi Kelapa Sawit Menurut Provinsi dan Status Pengusahaan Tahun 2014, Statistik Perkebunan Indonesia 2013-2015 Kelapa Sawit, Direktorat Jenderal Perkebunan, Jakarta, 2014
17 一般的にいうと、アブラヤシの種子を民衆が発芽させることはほぼ不可能で ある。アブラヤシの種子を発芽させるには、専門的な技術が必要で、そのこ ともアブラヤシの生産性を低めているネックであろう。以下のURLを参照の こと。
A Practical Guide to Germinating Palm Seeds, http://www.palms.org/principes/1999/
palmseeds.htm
18 Dinas Perkebunan Pasman Barat 2010 19 Dinas Perekebunan Pasaman Barat 2006
20 拙稿、アブラヤシ・プランテーションをめぐる権力関係─ウィルマー・グルー プ、国営第IV農園、民衆農園における労働者の管理、「異文化」(論文編)第 14号、103−148頁、2013年、法政大学国際文化学部紀要
21 ディシプリンはフーコーの用語であるが、J氏自らがこの言葉を用いていた。
もちろんJ氏の用法にフーコー的な意味が込められているわけではないが、
その意味作用は実にフーコー的といえる。
22 その1年後、PHP社は警察を使ってカパールのKAN(慣習法会議)議長を逮 捕させ、約束の履行を反故にしようとして、大きな問題になった。この事件は、
RSPOにも報告され、PHP社は国際的にも大きな批判を受けた。
23 2010年の統計(5−2)では、中核農園5,010ha、2013年の統計(表5−1)
では3,549ha、と数値が大きく変わっている。プラスマ農園の面積には変わり
はない。
24 社会福祉省のある役人のオフレコ発言。
国営第3農園が他13国営農園と合同で持ち株会社を組織したと報じられた。
Jakarta Globe, 24-9-2014.
http://jakartaglobe.beritasatu.com/business/indonesia-sets-state-holding-company-managing-14-plantation-firms-5-19n-assets/
25 カパ(Kapa)はミナンカバウ語、インドネシア語ではカパールKaparとなる。
26 果房運転手の給料が、税込みで月312万ルピアであることに比べると、果房 収穫労働者の給料がいかに低いかがわかる。ただ、住宅費用、電気代は会社 負担であるので、その分は割り増ししないとならない。
27 Narihisa Nakashima, The Exclusion of Nias Squatters in West Sumatra, a proceeding of the 6th International Symposium of Journal of Anthropology Indonesia, 26-28 July, 2016 in Depok (University of Indonesia), Indonesia (not published)、拙稿、ニアス 人スクウォッター焼き討ち事件─インドネシア、西スマトラ州西パサマン 県の事例より、『異文化論文編』第17号、法政大学国際文化学部紀要、205