携帯型アスピレーターを用いたトラフグ耳石の 大量収集法の開発
写真 3. トラフグ耳石の採取試験に利用した携帯型アスピレー ター(M20・メファー社製)
吸い取り法 吸い取り法では,採取作業に携帯型アスピ レーター(M20,メファー社製)を使用した(写真3)。
アスピレーターのチューブには付属のシリコンチューブ
(外径12 mm・内径8 mm)を利用し,チューブの先に
容量10 mℓのポリエチレン製駒込ピペットを取り付け た。なお,駒込ピペットは口径が5 mmとなるように先 端をカットした。吸引ボトルには500 mℓ容量のものを 使用した。ボトル内には予め保存用のビニール袋を広げ
結 果
掻き出し法による採取試験は2005年10月〜2006年 2月に,吸い取り法による採取試験は2007年10月〜
2008年2月に実施し,各期間に加工場に持ち込まれた 全てのトラフグを採取試験に供試した。掻き出し法に供 試したトラフグのサイズは,全長35〜61 cm,体長29
〜52 cm,体重0.73〜5.20 kg(n=228)であった。ま た,「吸い取り法」の採取試験に供試したトラフグのサ イズは,全長34〜48 cm,体長28〜40 cm,体重0.64
〜2.56 kg(n=249)であった(表1‑1,2)。加工場で身 欠き処理されたトラフグの尾数および採取した耳石の個 数は,掻き出し法では3,068尾および2,036個,吸い取 り法では7,255尾および11,778個であった(表2)。耳 石採取効率は,掻き出し法で33.2%,吸い取り法で81.2
%であり,掻き出し法に比べて吸い取り法が優れていた
(Z0=66.98 p<0.01)。吸い取り法による各月の耳石採取 効率は78〜83%と高い値で安定していた。耳石損傷率 は,掻き出し法で3.9%,吸い取り法で4.0%であり,損 傷した耳石の割合は同程度に低かった(掻き出し法非損 傷耳石:1,956個,掻き出し法損傷耳石:80個,吸い取 り法非損傷耳石:11,310個,吸い取り法損傷耳石:468 個,χ2=0.00967,自由度=1,p>0.05)。得られた耳 石のサイズは,掻き出し法の試験期間では耳石長が平均 1.99 mm(範 囲0.84〜3.57),耳 石 高が平 均1.61 mm
(0.90〜2.73 mm)であり,吸い取り法の試験期間では 耳石長が平均1.94 mm(範囲0.81〜3.26),耳石高が平 均1.56 mm(0.68〜2.32 mm)であった(図3)。2種類
の採取方法で得られた耳石サイズは,耳石長および耳石 高と も に有 意 差が認め れ れ た(耳 石 長t=6.43,
p<0.001,耳石高t=11.95,p<0.001)。
考 察
本試験の結果により,加工場の身欠き処理過程で取り 除かれる脳およびその周辺組織を採取することで,トラ フグの耳石を大量に収集できることが明らかとなった。
さらに,携帯型アスピレーターを用いて脳およびその周 辺組織を吸引して採取する方法により,耳石を効率的に 採取できることが明らかとなった。吸い取り法により効 率的に耳石が採取できた要因としては,携帯型アスピレ ーターによる方法自体が優れていることに加えて,トラ フグの耳石サイズが耳石長および耳石高ともに2 mm前 後と小さく,携帯型アスピレーターの能力でも吸引する ことが可能であったこと,および冷凍保存用のビニール 袋を予め携帯型アスピレーターの吸引ボトル内にセット したことにより,工程が単純化され耳石の紛失を防止で きたことなどが考えられた。吸い取り法による予備採取 試験を冷凍保存後のトラフグ頭部を使用して行ったとこ ろ,耳石の納まる膜迷路組織が脱水され,頭蓋腔の壁面 に強く付着した状態となり,耳石採取効率は50%程度 と低かった。一方,加工場で身欠き処理されるトラフグ は,活魚で入荷後,短時間で処理され,脳およびその周 辺組織の採取に供する頭部が新鮮な状態であったため,
高い採取効率が得られたと考えられた。
本試験による耳石の採取では,(1)採取作業を加工場 図2. ふぐ加工場において収集したトラフグ耳石
左:通常の耳石(耳石長:2.19 mm,耳石高:1.71 mm)
右:採取および選別作業により損傷した耳石(耳石長:2.05 mm)
損傷耳石については,三日月型の下部のみを採取耳石数としてカウントした。
図3. ふぐ加工場において採取したトラフグ耳石(扁平石)の耳石長と耳石高の関係 左:2005年10月〜2006年2月に掻き出し法で採取した扁平石
表1-1.掻き出し法による耳石の採取試験に利用したトラフグのサイズ
表1-2.吸い取り法による耳石の採取試験に利用したトラフグのサイズ
表2.加工場におけるトラフグ身欠き処理の実施状況およびトラフグ耳石の月別採取結果
の従業員が実施すること,(2)耳石を確認しながら採取 作業を進めるわけではないこと,(3)非可食部である脳 を取り除くための作業が主体であることから,トラフグ 1尾から得られる扁平石の個数は0個,1個または2個 とばらつきのあることが予想される。1個体から得られ る耳石個数のばらつきが大きい場合には,放流効果の推 定にあたり実用に耐えうる精度の結果を得ることが困難 となる。この問題を解決するためには,各個体から得ら れる扁平石の個数を均一にすること,すなわち耳石採取 効率を高めて耳石を取り残し無く採取する方法を開発す ることが必要となるが,吸い取り法では耳石採取効率が 81.2%と高く,十分に精度の高い調査を実施できる可能 性が示唆された。耳石損傷率は両採取方法ともに4%程 度であり,放流効果を推定するための有標識率調査を実 施する上で大きな障害とはならないと考えられた。耳石 損傷率が低かった原因としては,トラフグ耳石の採取お よび選別作業中,扁平石は耳石膜に覆われた状態であ り,物理的損傷を受けにくいと考えられ,本手法の実用 性が示された。2種類の採取方法で得られた耳石サイズ が異なっていた原因については,表1に示した通り供試 魚のサイズがそれぞれの試験期間で異なっていたことが 影響している可能性が高い。しかし,トラフグのサイズ と耳石サイズとの関連性は明らかにされておらず,両者 のサイズについて関連性を明らかにするための調査・研 究が必要である。吸い取り法による試験期間である 2007年10月〜2008年2月には,1万個を超える大量の 耳石を採取することができた。松村8)は,鮮魚店および 料理店からトラフグ頭部の提供を受けて放流効果調査を 実施しており,その調査尾数は年間68〜243尾,標本
抽出率は5.4〜18.3%であったと報告している。吸い取
り法の採取試験と同期間に静岡県内で水揚げされたトラ フグは67.5トン*1,同期間に舞阪漁港に水揚げされた トラフグの平均体重は1.0 kg*2であったことから,加 工場には静岡県内に水揚げされたトラフグの10.7%
(7,255/67,500)が持ち込まれ,そのうち8.7%(7,255
×0.812/67,500)の個体から耳石が採取されたと推定 された。つまり,標本抽出率は8.7%と算出され,本手 法を用いることにより静岡県内においても松村8)と同程 度の精度で放流効果調査が実施可能であると考えられ た。
表1に示した通り,加工場で処理されるトラフグは魚 体重1 kg程度の小型魚が中心であった。しかし,舞阪 漁港および福田漁港では全長50 cm,体重2 kgを超える トラフグも水揚げされる9)。このことは加工場で処理さ れるトラフグは小型魚に偏っており,無作為抽出されて いないことを意味している。よって今後は,漁港に水揚 げされるトラフグと加工場で処理されるトラフグのサイ
ズ組成等の差異を水揚伝票のデータから明らかにし,本 耳石収集法と組み合わせた放流効果評価手法を検討する 必要がある。
加工場から採取した耳石を利用して,放流効果を評価 するためには,前述の通りまだ解決しなければならない 課題が残されている。しかし,本調査手法は標本魚を購 入する必要がないことから,限られた予算で実行可能な 新たな放流効果評価手法になり得ると期待される。ただ し,本調査を継続的に実施するためには,その目的およ び必要性を加工場に対して十分に説明し,理解を得るこ とが最も重要である。また,採取する脳およびその周辺 組織の毒性については明らかにされていないことから,
関連法令を遵守するとともに,その取扱いには十分な留 意が必要である。
謝 辞
本試験を行うにあたり,御協力を頂いた遠州灘ふぐ調 理用加工協同組合の新村祥一理事長,新村行司工場長な らびに従業員の皆様に深くお礼申し上げる。
文 献
1) 林 小八(1997)現状と展望. 「トラフグの漁業と資源 管理」(多部田修編),恒星社厚生閣,東京, 9‑15.
2) 水産庁・独立行政法人水産総合研究センター(2007)平成 18年度我が国周辺水域の漁業資源評価(魚種別系群別資 源評価・TAC種以外)第3分冊 1392‑1456.
3) 大河内裕之・町田雅春・田中寿臣・小泉康二・阿知波英 明・甲斐正信・中西尚文・中島博司(2006)トラフグの長 期飼育試験から推定したイラストマー標識の脱落率とその 補正法. 栽培技研34(1), 53‑58.
4) 田中寿臣・中西尚文・阿知波英明・町田雅春・大河内裕之
(2006)トラフグ放流効果調査におけるイラストマー標識 の適用. 栽培技研34(1), 43‑51.
5) 松村靖治(2005)アリザリン・コンプレクソン並びにテト ラサイクリンによるトラフグ Takifugu rubripes 卵および 仔稚魚の耳石標識.日水誌71, 307‑317.
6) 松 村 靖 治(2005)有 明 海に お け る ト ラ フ グ Takifugu
rubripes人工種苗の当歳時の放流効果と最適放流方法. 日
水誌71, 805‑814.
7) 大泉 宏・渡邊 光・杢 雅利・川原重幸(2001)日本近 海に生息するハダカイワシ科魚類の耳石による種同定マニ
ュアル. CD‑ROM Version 1.1J. 独立行政法人水産総合研究
センター遠洋水産研究所
8) 松 村 靖 治(2006)有 明 海に お け る ト ラ フ グ Takifugu
rubripes人工種苗の産卵回帰時の放流効果.日水誌 72,
1029‑1038.
9) 小泉康二(2006)スタートは好調!? 〜トラフグ漁解禁
〜.は ま な(静 岡 県 水 産 試 験 場 浜 名 湖 分 場 広 報 誌) NO.516, 6‑8.
*1 静岡県ふぐ漁組合連合会
*2 鈴木未発表