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テロ後に輝lii化したエネルギー大国ロシアと西lIUlの'1M係りji化は、今後も様々なm鋼1鍋:していく上 今後も様々な1mでill銃していくよ うに思われる。

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9.11 テロ後に輝lii化したエネルギー大国ロシアと西lIUlの'1M係りji化は、今後も様々なm鋼1鍋:していく上 今後も様々な1mでill銃していくよ うに思われる。

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59,経新聞の誰|「によればBPは総額61億5000万ドル、淵i会社に50%投資することになり、Ⅱ]ソ連肺i 壊後の四(llU企業の対露投ff額としては過去最大規イサ1Mこなる。合弁会社はTNKEPで石illI41錐|itは、iii120 万バレルでロシア第三位を占める。プーチン大統領は、経済改卵[が西lIU1に|訂領されているiiII拠と;jiiilMした。

日本経済新聞2003年6jl28n。

-lOl-

政治文化の側面から見た東中欧デモクラシーの固定化

平田武

(東北大学大学院法学研究科)

はじめに-デモクラシーの固定化をめぐって 1.デモクラシーへの移行と残された課題 2.デモクラシーの同定化とjFkf台文化

(1)政治アクターの行動様式 (2)有権者の政治文化

①デモクラシーに丸』する満足度

②デモクラシーの正統性

③政治に力付る態皮 おわりに

はじめに-デモクラシーの固定化をめぐって

デモクラシーの固定化consolidationの過程は、民主化を扱う政治学理論においておそ らく最も理論的一致の見られない領域であり、研究者の強調のおきかたによって様々な指 標を立てて論じられている。デモクラシーへの移行transitionの領域において肢も影響 力の大きな政治学者の一人と考えられるPルシュミソターは、コーボラテイズム論の主

導的研究者の一人でもあったことから、利益媒介システムの形成を重視し、民主化過程に おける主要な政治アクターを大衆運動・政党・利益団体の三者としたときに、先行する体 制の崩壊から、デモクラシーの創設選挙を中心とする移行期を経て、更に固定化へと局面 が進むにつれて、その主役が運動・政党・団体の順に移り変わると想定した。利益団体の 構造や利益媒介システムの特性が形作られるのが、デモクラシーの固定化の時期に当たっ ていると考えたためである(Schmitter,1992)。更に彼は、ここから議論を進めて、デモ クラシーそのものの定義を複数の部分的体制の集合体と捉え直すことを通して、固有の特 性を持った部分的体(lillの組み合わせからなる特定のタイプのデモクラシーが柵造化される 過程として固定化を捉えることをも提唱している。彼の想定する部分的体制には、統治権 力・立法府・政党・利益団体・行政機構といった権力内部の諸制度間の関係に関わる、よ り公式の国制上の体制と共に、諸制度と市民社会との間に存在する外的リンケイジの構造 化に関わる、より非公式の部分的体制が含まれている。後者の中には、議会と政党を有権 者と結びつける選挙に関わる部分的体制、議会と利益団体を社会集団と結びつける圧力政 治、政党と利益団体とを社会内部の潜在的諸利益と関係付ける代表制の他に、コーポラテ ィズム研究の対象領域であった、利益団体と行政機械の関係を関連利益を背銑に据えて捉 える調整concertation体制、それとパラレルに設定されている、政党と行政機柵との結 び付きを既得権集団を背践に据えて想定したクライエンテリズムの部分的体制が含まれて いる(Schmitter,1994/95)。こうした理論的見取り図に沿った固定化の研究は、諸制度と 諸社会アクター間の非公式の関係が構造化されていく過程を扱うことから当然予想される ように、かなり長い時Illl的射程を持ったものとならざるを得ない。

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しかしながら、デモクラシーの固定化を対象とする研究アプローチはこうした(公式・

非公式の)制度の形成に着目するものには限られない。民主化過程の研究における先駆的 業績である、D・ラストウの論文はむしろ、制度形成を移行の局面に含めて、固定化の局

面を民主的制度に対する政治アクターの習熟habituationの過程として捉えていた

(Rustow,1970)。固定化の研究者の間では、後者のアプローチを継承して、デモクラシ ーの存続に必要な政治的行動・態度の普及を固定化の中心的過程と捉える方向性も存在し ている。政治文化を中心に据えたアプローチにおいてデモクラシーの固定化の中心をなす のは、デモクラシーと合致しない行動様式・政治態度の周辺化・除去、逆にデモクラシー と調和的な行動様式・政治態度の普及であり、研究者達はこの大枠の中で、エリート・レ ヴェルに論目したり、マス・レヴェルに分析を広げたり、反忠誠的disloyal乃至準忠誠 的semiloyalな行動様式の減少や、民主的な政治文化の普及に関する調査などを積み上げ ていっている(Higley&Gunther,eds.,l992iGunther,Diamandouros&Puhle,eds.,

1995)。こうした研究領域においてかつて支配的であった想定によれば、時系列上のフレ

イムから見ると、制度設計はより短期間で終結し、政治的行、11.態度の普及はそれよりも 長期間に、それもマス・レヴェルにおいてはエリート・レヴニルでよりも更により長期間

に及ぶものとされていた。制度、政治社会、市民社会の順に、時系列の上で段階的に安定

化が継起し、それらのレヴェル相互の間には単純に一方向的な影響関係が措定されていた。

しかしながら、南欧諸国や東中欧諸国の政党システムの安定化に関する研究が明らかにし ているように、政党システムの構造化のような(公式のものに限定されない)制度面の安 定化の過程とデモクラシーの正統性の定着のような政治文化に関わる過程との間の関係 は、時系列の上で継起する一方向的なものではなく、相互に影響し合う、より複合的な現

象である(Morlino,1995;Tbka,1998)。本稿の結論を先取りして述べるならば、政治エ

リート・レヴェルでの民主的な行動様式の普及の実現には、マス・レヴェルでの民主的な 政治文化の浸透が大きな役割を演じている。逆に、後者の過程が、前者のレヴェルでの撹 乱要因によって阻害される危険性もまた存在している。以下では、デモクラシーの固定化 という、ややもすると目的論的な議論になりがちな研究領域において、東中欧諸国を対象 として政治文化に蒜目した研究がどのような成果をもたらしているのかを簡単にサーヴェ イしてみよう。なお、ここで取り上げるのはヴイシェグラード諸国(ハンガリー、ポーラ ンド、チエコ、スロヴァキア)にほぼ限定される。これは、以下で紹介するデータが最も そろっているのが、この四国であることによるものであり、他のポスト共産党独裁体制諸 国や、南欧やラテン・アメリカの民主化の事例との比較可能性がある場合には、それらに も簡単に触れる。但し、以上の中で筆者が多少とも専門としていると言いうる国はハンガ リーのみであることを予め断っておく。

1.デモクラシーへの移行と残された課題

まず、東中欧諸国におけるデモクラシーへの移行の形態を簡単に振り返っておくと、一 方で、共産党独裁体制内の穏健派と反対派勢力との間の比較的長期間に及ぶ交渉の結果、

緩やかに移行が実現したタイプと、他方で、共産党独裁体制が短期間の大衆デモンストレ

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イシヨンの圧力に屈して崩壊したタイプとを区別することができる。交渉による移行の事 例にハンガリーとポーランドを、前体制の崩壊の事例に東ドイツとチニースロヴァキアを 分類すると、両者の間には移行jU1間の長短の他に、大衆動員のイムパクトの大小、移行期 の暫定政権の有無、体制側・反対派側のエリートの主導権の度合いなどによって明瞭な相

違が観察できる(Batt,1991)。

,|〔中欧諸国のデモクラシーへの移行は、ハンガリーとポーランド両国が対外累祇債務問 題への対応から、窮乏化政策への対価として政治改革に着手したことを契機に、ソ連の軍 事介入がないことが明らかになっていく過程で、当初の限定的な改革が全面的な民主化へ

とエスカレートし、他の地域にも拡大していくという展開をたどった.牽引役となったハ ンガリーとポーランドの事例では、非公式の第二の公共圏の浸食によってますます自由化 されていく言論空間と、組織された社会運m・自発的団体の形態をとった「市民社会」の 復活が大きな注目を浴びることになる。折に触れて行われた大衆デモンストレイションは、

社会の支持がどちらに向かっているのかを可視化することによって、民主的な正統性の脆 弱な、いわば自鱒の市民社会代表に重みを与えると共に、体制内の改革推進派の保守派に 対する立場を強化する役割を果たしたが、移行自体が大衆動員によって引き起こされたわ

けではなかった(平田、1999年)。

これに対して東ドイツとチェースロヴァキアでの民主化への圧力は、以上のような展開 に地域的覇権国が介入しないことに政治的機会の拡大を看て取った、それまで未組織であ った社会の側の圧倒的な動員によるものだった。ハンガリーとポーランドの民主化が体制 側.反対派側のエリート問の交渉による移行という様式を取ったことは、東ドイツやチエ ーの場合とは異なって、社会の広範な階層がデモクラシーの成立を斯件として集合行為の 中で経験することを困難にしたために、長期的なデモクラシーの固定化に必要な民主的政 治文化の浸透が課題として残されることになったと指摘されている(Boz6ki,1992)。

2.デモクラシーの固定化と政治文化

以下では、民主化以降の東中欧諸国に関して、主として政治アクターのレヴェルで観察

することのできる政治的行動様式と、主として有権者のレヴェルで調査が行われている政 治的態度の二つの側面を、それぞれ順に概観してみよう。

(1)政治アクターの行動様式

政治行動に関してよく取り上げられる政権交代turnoverofpowerテストは、政権を喪 失した政治勢力が民主的手続きに従うか否かでデモクラシーの定着度を測るもので、-回

とか二回の政権交代をメルクマールにするのが通常である。勿論、新生デモクラシー諸国 における成功襖の政権交代の意義は過小評価されてはならない。政権のもたらす資源・パ

トロネイジの大きさは、東中欧諸国において毎回の総選挙を諸党派間の激しい対立の場と

しており、党派間の政治対立が行政機構・公営メディア・利益団体・公共セクターといっ たアリーナに溢れ出る傾向はしばしば観察され、最近でも(ちなみに、民主化後の全ての

総選挙が政権交代をもたらしている)ハンガリーの2002年の総選挙に伴う政権交代は、

票の数え直しを要求する波状デモンストレイションを前政権与党が暗黙襖に鼓舞したため

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