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第三章 「歴史を超える対話」とは何か――アンリ・コルバンの比較哲学のモデルに基づ

第一節 スフラワルディー哲学と「歴史を超える対話」

井筒が用いる“meta-historical dialogue”、あるいは、“meta-philosophy oriental”とい う言葉は、既に述べたように、そもそもコルバンが初めて使った術語である。この術語に 加え、コルバンは「歴史叡智学」(historiosophie)と「神聖史」(hiéro-historie)という 術語も用いる。コルバンによって比較哲学の分野で使われるこの三つの術語は、非歴史的 な意味、つまり超歴史的な意味を持つ。

「歴史を超える対話」の意味を理解するために、まず『意識と本質』のサブタイトル「精 神的東洋を索めて」に注目しよう。その「精神的東洋」はどこにあるのだろうか。また歴 史といかにして関係するのだろうか。井筒やコルバンの哲学はなぜこの「精神的東洋」を 探求するのか。井筒とコルバンの哲学から見ると、これらの質問に対する答えは比較哲学

(=シャルク)に至る道(イスティシュラーク)であるといえるだろう。これから論じる ように「シャルク」と「イスティシュラーク」という用語はスフラワルディー哲学に根本 がある。

第一項 スフラワルディー哲学の構造

スフラワルディーが描くすべての形而上学の構造は、光の自己顕現に基づくものである。

彼の哲学の体系は「光の光」である神、あるいは「一」という、この唯一最高の光源から すべての高位知性が光となって照出し、最下の闇黒界に至るほど光は不純になり希薄にな

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って行くというものである。光はまさに精神・善・純粋な意識であり、闇は物質・悪・日 純粋な意識であり、それぞれが形而上学的世界の最高層と最下層とを象徴する。換言すれ ば、形而上的な頂点である「光の光」は、一段一段と弱くなり、形而下的な質料の段階へ すすみ、最後には完全な闇である物質だけの段階へ至る。

形而上学的世界の最高層から最下層に至るまで、様々な存在者は様々な存在次元を現成 する。スフラワルディーの形而上学の世界を離在(既に述べたA

領域)と物質(既に言ったB領域)の二つの領域に分けることが できる。

最高の段階は「光の光」の立場である。この領域は純粋な光の 領域、あるいは無分節存在の領域である。この段階において、「光 の光」・「純粋な光」・「無分節存在」は、知性的分析のもとに、二 つの次元あるいは側面として示される。それらは①プラスの次元 や内面と、②マイナス次元や外面である。

プラスの次元や内面とは「ハック」あるいは「光の光」であり、これは自分の本体を顕 現させていない次元である。すなわち、分析的思惟は、全く「光の光」の本体を「理解」

することができない。プラスの次元や内面に対して「マイナスの次元や外面」がある。後 者の次元で、「光の光」は存在者の創造の方に働き、自己顕現によってすべての存在者を創 造する。「光の光」は自己顕現する時、無分節存在の段階から出て来て、分節存在(=本質 あるいは存在者)を創造する。「光の光」の自己顕現の前段階が「A領域」である。

筆者はハックのプラスの次元や内面とマイナスの次元や外面を一つの三角形で示そうと 思う。この三角形でA――つまり三角の上の角――はハックのプラスの次元や内面である。

このレベルでは、ハックのそのものの(本体)が自己理解するのみであり、誰かがこれを 何かとして理解するような対象化は成立していない。従って、ハックのプラスの次元や内 面はイスラーム哲学の用語でいわゆる「存在の本体」(dhāt al-wujūd)と呼ばれている。

しかし、A′/B の辺は ḥāqq のマイナスの次元や外面である。これは、創造のためのハッ クの働きを示す。A′/Bの辺において、ハックはプラスの次元からマイナスの次元に移動し、

エネルギー源のように、流出して存在者を創造する。ゆえに、筆者はA′/Bを底辺に据えた。

A′はハックのプラスの次元よりハックのマイナスの次元を示す。B は分節存在への無分節

存在の働きを示す。ゆえに、A′/B の辺はA領域とB領域の境界を示す。しかし、何のた めに、いかにしてハックが流出して存在者を創造するのだろうか。

神学の観点からは、ハックの目的は宇宙の創造であるといえよう。神秘主義の観点から みるなら、創造に加え、他の目的もみえる。他の目的とは、創造によるハックの自覚、あ るいは自己認識のことである。このことは、イスラームの伝統では、ハックが知られるた めに、宇宙と人間を創造したという神話として語られる。この神話的形象において、宇宙 と人間はハックの鏡として定義される。つまり、ハックは自分の顔を宇宙と人間の鏡で見 て、自分自身を知ることができる。この見解あるいは見方の基本は、以下のハディースに 確認することができる。

私は隠れた宝物であった。突然私のなかにそういう自分を知られたいという欲求が 起こった。知られんがために私は世界を想像した。

プラスの次元や内面 A

ハック

A′ B マイナス次元や外面

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このハディースはほぼすべてのイスラーム神秘主義学派の基本であるが、具体的には、

イブン・アラビー形而上学の構造の基本でもある。しかし、マイナスの次元にあるハック がいかにして働いて宇宙を作り出すのか。換言すれば、どんな力がハックの働きをもたら すのか。この問いに対して、イスラームのすべての神秘主義学派は、愛(ʿeshq)という力 がハックの働きをもたらすと答えする。すなわち、ハ

ックは存在論的観点から、井筒によってエネルギーの 源とされる。ハックの本体の内に隠れたこの愛が、創 造的想像力(creative imagination)として、ハック の働き(自己顕現)を宇宙創造のためにもたらす。

スフラワルディー哲学の場合も、「光の光」は、愛の もとに自己顕現して天使界と物質界を作り出す。

「光の光」(=無分節存在)から一つの照射を受け、

その照射によって、第一の天使が顕現する。第一の天 使はゾロアスター教のアムシャ・スプンタ(Aməša

Spənta)の第一の天使、つまりバフマン(Bahman)天使、新プラトン主義のヌースに対 応させられる。換言すれば、「光の光」は自己顕現する際、「一」は「二」41になり、「無分 節存在」は「分節存在」の領域に入る。つまり、第一天使バフマンは、「光の光」が、マイ ナスの次元や外面として現れ出たものである。そして、第一天使の後に第二天使が顕現す る。そして第二天使が一つの照射を直接に「光の光」から受け、もう一つの照射を第一天 使から受ける。それゆえに、第二天使は二つの照射を受ける。その後、第三天使が一つの 照射を直接に「光の光」から受け、一つの照射を第二天使から受け、二つの照射を第二天 使から受ける。従って、第三天使は四つの照射をもつ。第四天使は一つの照射を直接に「光 の光」から受け、一つの照射を第一天使から受け、二つの照射を第三天使から受け、四つ の照射を第三天使から受ける。従って、第四天使は八つの照射を持つ。スフラワルディー によれば、この天使の序列と照射の多重化は、無際限に続いて行く[Suhrawardī ;239-240, 参照]。

スフラワルディーはこのモデルによって、万有、世界の多様化を解説する。彼はこの序 列を構成する天使(光)を「勝利の光(nūr al-qāhir)」と呼んでいる。さらに、「勝利の 光」から「存在するもの」が生まれるので、スフラワルディーは「勝利の光」を「母たち

(ummahāt)」とも呼んでいる。

上述したように、「勝利の光」は上から下へ、垂直の秩序を構成する。以前に論じたよ うに、「光の光」は一切の光の源泉であり、黎明の叡智の構造は光の強さ、光の弱さに基づ いて設立されたものである。従って、「光の光」から離れる光の照射は徐々に弱くなり、闇 の方に向って行く。すなわち、光は想像的地理においては、太陽の昇る〈東洋〉から〈西 洋〉に動くと言い換えられる。この光の強さと弱さにもとづいて、上位にある光は下位に ある光より強く、下位にある光は上位にある光より弱いともいえる。従って、上位にある

41 ここで大事な点に注意しなければならない。「光の光」から出て来るすべての「光」は、

存在論的観点から、「一」である。すなわち、すべての光は「光の光」の照射である。諸々 の光は形而上学の段階で弱くなり、物質と混交するゆえに、「二」である。

プラスの次元や内面 無分節

A ハック

A′ B マイナス次元や外面 バフマン(分別存在)

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光は下位にある光に「支配力(qahr)」を持ち、下位にある光は上位にある光を熱望する。

すなわち、光は上から下へ、弱くなり(マイナスの動き)、逆に、それは下から上へ強くな る(プラスの動き)。

上位にある光の支配力と下位にある光の熱望によって、天使の緯度的序列、言い換え るなら、元型の世界が生じてくる。この領域は「プラトン的イデア」とゾロアスター教の アムシャ・スプンタの世界に対応するものである。

これら諸元型は「妖術」(ṭliism)もしくは「像」(sanam)とも言われ、固有の「天使 的影響を含んでいる」。このためスフラワルディーは、これらの元型を「種の主題たち

(arbāb al- ʾanwāʿ)」、あるいは「妖術の主たち(arbāb al- ṭliism)」と呼んでいる。なぜ ならばその一々は特定の「種」を宰領し、その「種」のための天上的元型、「プラトン的イ デア」になっているからである。ここでスフラワルディーはさまざまな種的元型を示すた めに、ゾロアスター教のアムシャ・スプンタの名をもっぱら利用している。例えば彼は、

水の元型を「ホルダード」(khordād)と呼び、鉱物のそれを「シャフリーワル」(shahrīwar)、 植物のそれを「モルダード」(mordād)、火のそれを「オルディーベへシュト」(ordībehesht)

と呼んでいる。これらの物質はそれぞれ固有の緯度の天使に支配され、またそのための妖 術的役割を果しているとされる。このようにスフラワルディーは、プラトン的イデアをゾ ロアスター教のアフラ・マズダーの離存的能力と同一視している。

人間の場合には、個々の霊の中心に「主長的な光」が位置し、その活動のすべてを支配 している。また全人類の問題としては、ガブリエルが人類の天使、彼らの元型(rabb al-naw al-insānī)と見做されており、スフラワルディーはこれを聖霊、預言者ムハンマド の霊と同一視している。従って、またあらゆる知識、啓示を人間にもたらす最高の天使た るガブリエルは、啓示の能力そのものともみなされるのである。ガブリエルの立場はまさ にその逍遙学派の「能動知性」(ʿaql faʿʿāl)である。シーア派思想の場合は、十二イマー ム派の言葉で、この立場はイマームの立場(主に第十二代イマーム、不在イマームの立場)

に対応する。アンリ・コルバンによれば、ガブリエルの立場はゾロアスター教のソルシュ

(Sorush)天使(アヴェスター語で、スラオシャ(Sraosha)天使)の立場に対応する[Corbin, 1390/2011:163]。

上述したように、スフラワルディーの思想においては、人間の霊魂(nafs)はそもそも 主長的光の世界に属するとされる。すなわち、人間の霊魂はひとつの天使であり、この天 使が天使界からこの世(実在界あるいは闇の領域)に降下し、しばらくそれは肉体の牢獄 や肉体の「砦」で投獄される(A からB への動き)。それから投獄された霊魂あるいは天 使が、「上昇の円弧」によって天使界に戻る(BからAへの動き)。

コルバンと井筒に従い、スフラワルディーの形而上学の構造をよく注意して見るなら、

天使界はA領域とB領域の中間の領域であることが理解できるだろう。天使たちは、存在 論的な観点からすれば、純粋な存在と物質との混交存在に位置するのだ。従って、天使た ちは、同時に、A領域とB領域の特徴や特質をもつことになる。すなわち、天使たちは姿・

色・寸法があるので、物質界の特徴や特質をもつ。しかし、天使たちはまだ物質と混交し てないので、純粋な光の特徴や特質をもってもいるのだ。

このことについて、鏡にあるイマージュあるいは夢で見るイマージュを例として挙げる ことができる。すなわち、鏡にあるイマージュ、あるいは夢で見るイマージュには姿・色・