リアの覚醒をとおして人間存在の本質を描こうとする舞台は,同時に新王 ジェームズの象徴する王権に対する精察をも忘れはしない。1604年にイング ランドの王位についたジェームズは,王位に就く以前,王子ヘンリー (Henry) に宛てて自らの君主論を展開した『バジリコン・ドロン (Basilikon doron)』 を執筆している。書のなかで,ジェームズは古のブリテンにおいて王国を3 つに分断したブルータス (Brutus) の愚挙を非難する。
And in case it please God to prouide you to all these three Kingdomes, make your eldest sonne Isaac, leauing him all your kingdomes; and prouide the rest
with priuate possessions: Otherwayes by deuiding your kingdomes, yee shall leaue the seed of diuision and discord among your posteritie; as befell to this Ile, by the diuision and assignment thereof, to the three sonnes of Brutus, Locrine, Albanact, and Camber. (Sommerville 42)
ジェームズは長子ヘンリーに対して,子供たちの間で王国を分割することは 後の世に禍根を残すこととなるとし,国土を長男ひとりに譲り渡す長子相続 を薦めている。古のブリテンの歴史が教えているように,ブルータスが3人 の息子に王国を割譲したことによって,やがては国難を招くこととなるので ある。ヘンリーを筆頭に,チャールズ (Charles),エリザベス (Elizabeth) とい う3人の子の父であったジェームズの配慮であろう。ここに言及されている
“Albanact” と “Camber” は,劇世界のオルバニー公とコーンウオール公を想
起させることは言うまでもない。当時,『バジリコン・ドロン』は,新王ジェー ムズへの関心もあって,多くの人々に読まれたというから,シェイクスピア がジェームズの主張するブルータスの愚挙に発想を得て,国土分割による悲 劇の物語である『リア王』を舞台にかけたことは充分考えられるのである。
しかしジェームズを取り巻く当時の政治状況を考えるなら,『リア王』は 新王の政治的プロパガンダへの単なる賛同を示した作品と片付けてしまうこ とはできない。ジェームズ新体制は,彼の主張する王権神授説の裏に,象徴 としての王権と政治の実権を握る王権の間に深刻な乖離を抱えていたからで ある。スコットランド国王であったジェームズは,イングランドの地におい ても絶対君主としての自分の命令に,すべての国民が従うのは当然のことと 考えていた。ところがイングランドでは,国家財政については議会が発言権 を握っており,ここに国王と議会の抜き差しならぬ対立が生じていたのであ る。『リア王』にみる国土の分割と移譲は,財政支援を失った君主の立場を 露骨なまでに描き出す。経済的な裏付けのない王権の脆弱さが,人間の極限 の形をとおして,舞台上に展開される点を見落としてはならない。
またジェームズにとって王権とは,戴冠の儀式によって授けられるもので はなく,代々の王家の血統によって継承されるものであった。従って,国民 が王を廃位するなどということはあってはならず,何人たりとも神の代理人 として国王の地位を揺るがすことはできないという王権神授の思想を,彼は 自らの書物『独立君主国の真の法律 (The Trew Law of Free Monarchies)』の中 で唱えている。そればかりか,王国全土は国王のものであり,そこに暮らす 人々はおしなべて地主である国王と土地貸借の関係を結んでいるという。
ジェームズは議会のあらゆる干渉を排除し,封建制に基づく自らの権利を主 張しようとしていたのである。
And to prooue this my assertion more clearly, it is euident by the rolles of our Chancellery (which containe our eldest and fundamentall Lawes) that the King is Dominus omnium bonorum and Dominus directus totius Dominij, the whole subiects being but his vassals, and from him holding all their lands as their ouer-lord, who according to good seruices done vnto him, chaungeth their holdings from tacke to few, from ward to blanch, erecteth new Baronies, and vniteth olde, without aduice or authoritie of either Parliament or any other subalterin iudiciall seate. (Sommerville 73)
しかし「地誌」が登場し,紳士階級の人々が自らの土地所有に関心を寄せる ようになりつつある時代において,国王が王国全土の地主であるという主張 が,人々に容易に受け入れられるとは思えない。むしろジェームズが,封建 制に基づいた土地の付与や貸与を前面に押し出せば押し出すほど,一層そこ には当時の社会に蔓延し始めていた初期資本主義経済的通念との間に摩擦を 生み出し,軋轢が生じたのではないか。不動産として市場経済のなかに取り 込まれ,流通するようになりつつあった土地に対する価値観は,リア王がす べての土地を手放した時に,自らのアイデンティティをも喪失したように,
ジェームズの主張も,もはや前時代的な机上の空論としか,人々の耳には届 かなかったかもしれない。3