プロセスモデル
――その解読と考察――
471.はじめに
(1) 問題
この第Ⅱ部では、ジェンドリンの哲学的な仕事の頂点と言える『プロセスモデル(A Process Model)』(Gendlin, 1997a)の解読と考察を試みる。
序論で述べたように、近年、ジェンドリンのプロセスモデルについては国内外でさまざ まな研究や議論が行われるようになっているが、しかし、その全体像を明らかにした解読 や考察はまだほとんど存在しない。パートンによる「プロセスモデルへの道案内」(Purton, 2004a)をはじめとして、これまで公表されているプロセスモデルについての解説は、そ の全体を見通すものというよりも、プロセスモデルの一部に焦点をあてた断章(フラグメ ント)的なものがほとんどである。
そのような中で、筆者らは『ジェンドリン哲学入門――フォーカシングの根底にあるも の――』(諸富・村里・末武 2009)において、『プロセスモデル』の第Ⅰ章から第Ⅷ章の 全体を見通した解説を試みた。それは、ジェンドリンのプロセスモデルの全体像を明らか にしようとした、世界的に見ても初めての試みと言えるものだったが、何人かの執筆者の 分担によって書かれた(『プロセスモデル』の第Ⅰ~第Ⅵ章については筆者が、第Ⅶ章に関 しては得丸さと子(智子)氏、第Ⅷ章については村里忠之氏が執筆した)ため、訳語の統 一や解釈の整合性などについてまとまりを欠く部分もあった。
47 この第Ⅱ部の1~5は、末武康弘(2009b)身体‐環境、暗在的含意と生起、進化そして行動
――『プロセスモデル』第Ⅰ章~第Ⅵ章――(諸富祥彦・村里忠之・末武康弘編著 ジェンドリ ン哲学入門 コスモス・ライブラリー 191-254頁)を加筆修正したものであり、6~8につい ては今回新たに書き下ろした。
そこでこの第Ⅱ部では、『ジェンドリン哲学入門』における筆者の解説を加筆修正し、そ こに第Ⅶ章および第Ⅷ章についての解読と考察を加える形で、『プロセスモデル』の全体像 を1つの筋の通った見通しのもとに解明することにする。そのために、『プロセスモデル』
の中に次々と出現する新しい用語についての訳語をできる限り統一して、一貫性と整合性 のある考察を行いたい。また、英語の原著および訳文の両方からの詳細かつ正確な引用を 付した(以下の引用箇所の後のp. あるいは pp. 以下は原著のページ、そして〇〇頁は筆 者による全訳のページを指す)。また、きわめて難解な本文の、わかりにくいけれども重要 な箇所については、本文が言わんとする含意から逸脱しない範囲で筆者の解説や考察を加 えた。
なお、本論文の序論にも記載したが、以下の解読と考察のテキストとして用いたのは、
2001年以降にフォーカシング・インスティテュートから頒布されている『プロセスモデル』
および、インターネットのジェンドリン・オンラインライブラリーに掲載されているその PDF版である。
以下に『プロセスモデル』の全体的構成(各章のタイトル)を示す。
Ⅰ 身体‐環境(BODY-ENVIRONMENT : B-EN)
Ⅱ 機能的循環(FUNCTIONAL CYCLE : FUCY)
Ⅲ 対象(AN OBJECT)
Ⅳ 身体と時間(THE BODY AND TIME)
V 進化、新しさ、安定性(EVOLUTION, NOVELTY, AND STABILITY)
Ⅵ 行動(BEHAVIOR)
VII 文化、象徴、言語(CULTURE, SYMBOL AND LANGUAGE)
VIII 暗在するものによる思考(THINKING WITH THE IMPLICIT)
このうちⅠ~Ⅴは生命体と環境、身体、時空間のあり様についての根本的な解明であり、
基礎理論と呼べるものである。そしてⅥ、Ⅶ、Ⅷは、動物から人間への、そしてこれから 生起するであろう人間の進化のプロセスがジェンドリン独自の思索と概念によって詳細に 論じられている。
(2) プロセスモデルが要請する視座
プロセスモデルの第Ⅰ章に入る前に、このモデルが要請する視座について触れておく。
そうするのは次のような事情からである。
プロセスモデルの冒頭には、導入部や問題設定にあたるような記述がまったくない。一 般に、学術的な書物や論文であれば、その冒頭部分で「はじめに」とか「序論」といった 見出しのもとに、執筆の意図や問題の設定、本論の構成の概要などが述べられるのが通例 である。しかしプロセスモデルでは、唐突に「身体‐環境」の概念化から記述がはじまる。
プロセスモデルへのとっつきにくさは、この本が何の問題について論じているのかを見 えにくくしている、こうした冒頭の記述のあり方にも一因がありそうだが、そのような書 き方をせざるをえなかったことには、それなりの理由があったと考えられる。その理由と は、そもそもこのモデルがどのような視座からどんな問題に取り組もうとしているのかを 説明するためには、これまでになかった新たな諸概念――それらはこのモデルの中で段階 的に創出される――が必要であった、ということである。つまり、このモデルがどのよう な特質をもっているのかを指し示すためには、このモデル自体が作り出す新概念が必要で あり、ある程度の概念が創出された後でないと、このモデルがどのような視座から何を問 題としているのかを明確に論じることはできなかった、と考えられるのである。
ただしジェンドリンは、冒頭に短い注を付けて、第Ⅳ章のAのd(そのd-2、pp.28-38)
に私たちの注意を喚起する。その箇所ではじめて、このモデルが要請することは何である かが論じられている。
したがってここでは、プロセスモデルの全体的な特質についての見通しを入手するため に、いくぶん性急であることは承知の上で、このⅣ-A-d-2の内容を素描することからはじ めたい。しかし、繰り返しになるが、この内容は以下の各章(特にⅣの前半まで)におけ る新たな諸概念が理解されて、ようやくその真の意味が了解されうるものであることを断 っておきたい。
プロセスモデルが要請する視座は、以下の6つの点である。
① インタラクションファースト(interaction first:まず相互作用ありき):これはプロ セスモデルが要請する最も根本的な視座である。われわれの認識や言語は、通常、個体が まず存在し、それから個体どうしが相互作用するかのように出来事や事象をとらえている。
しかし真実はその逆であるとジェンドリンは言う。あらゆる事象は相互作用として生起し ている。相互作用そのものが事象の本来的なあり様である。「相互作用的な事象が、個々の
実体……を規定している。個々は“それ自身としてではなく、すでに変化したものとして”
機能する。」(p.38 邦訳43頁)。このような視座は、ある意味では、名詞(主語)を中心 とした通常の言語における認識ではなく、動詞(述語)を中心にした世界認識であるとも 言える。また、静的でリジッドな構成要素から生命体や世界を認識するのではなく、動的 な流れや動きとしてそれらを把握する視座であるとも言えるだろう。
② 過去と未来が現在において機能する時間のモデル:通常、われわれは時間というも のを、過去‐現在‐未来という直線的な流れとして考え、また物理的に等間隔に刻まれる ものと認識している。しかしプロセスモデルでは、時間は生命体(身体)が生きることを 通して生成されるものである、と考える。このことをジェンドリンは、「インプライングの 中へ生起すること(occurring into implying)」(第Ⅱ章を参照)によって時間は生まれる、
と言う。また、プロセスモデルでは、過去および未来を、現在と切り離された何かとして ではなく、現在において機能し相互作用するものとしてとらえる(時間については第Ⅳ章 で詳細に論じられる)。
③ プロセス事象(process events):事象はプロセスとしてとらえられなければならな い。私たちが通常、構造やパターンとして認識しているものは、本質的にはプロセスとし て推進し変化していく可変性や可塑性をもつものである。その意味で、構造(structure)
やパターン(pattern)は、本来は構造化(structuring)でありパターン化(patterning) と呼ばれるべきものなのである。
④ 非ラプラス的連続(A nonlaplacian sequence):時間と空間はピエール・シモン・ラ プラス(Pierre Simon Laplace; 1749~1827、フランスの数学者、天文学者)が考えたよ うな連続から構成されているのではない。ラプラスは、空間は等間隔に連続的に広がって おり、また、現在何が起きるのかは過去によって規定されていると考えた。しかしそうで はない、とジェンドリンは言う。プロセス、相互作用、身体‐環境はそれ自体の変化をイ ンプライ(暗在的に含意)しており、「生起の法則(law of occurring)」(第Ⅳ章を参照)
にしたがって自らを、そしてお互いを推進する。その連続は恣意的なものでもなければ、
まったくの偶然でもない。それはラプラスが想定したような時空間の中で生じるのではな く、むしろ生命体が生きていることによって時間と空間は生み出される、とプロセスモデ ルでは考える。
⑤ 1つの事象を形成する多数の要因:ある出来事や、あるパターンは相互に影響しあう きわめて多数の要因によって形成されている。ジェンドリンはこのことを「連関