人体モデルの姿勢変化を見るためにMSC.visualNastran 4Dを使用した.
まずPro/ENGINEERを用いて作成した人体モデルをMSC.visualNastran 4Dに移し,
質量は表 5.5 のように決める.次に筋モデルのバネ・ダンパ係数を決めていく.頚椎,胸 椎,腰椎の椎間板や背筋のバネ係数については,具体的な指標となる数値が無かったため,
検証を繰り返し,靭帯の最大引っ張り応力等を参考に数値を表 6.1 のように決定した.
表 6.1 筋のバネ・ダンパ係数 バネ
バネ バネ
バネ係数係数係数 係数 減衰力減衰力 減衰力減衰力 椎間板 676 N/mm 0.2 N・s/mm
背筋 880 N/mm 0.2 N・s/mm 腹筋 50 N/mm 0.2 N・s/mm 背筋 50 N/mm 0.2 N・s/mm
これらの値は試行錯誤的にシミュレーションを繰り返し行った上で決定した数値であり,
実際の筋の値とは異なる.これは,実際の人体がさまざまな要素から成り立っているため に,それらをまとめてまずは単純な系としてモデル化した試みからである.
次に,実際に人体モデルの姿勢を変化させ,腰痛の原因として最も症例が多いと言われ る第四腰椎と第五腰椎間の椎間板の負荷について調べる.求める姿勢は以下の五つである.
通常の立位姿勢
骨盤を約 50 度前傾させた腰部骨盤律動(前屈)
手に 5kg の荷重を持たせた立位姿勢
手に 5kg の荷重を持たせた腰部骨盤律動(前屈)
背筋のバネ定数を変えたときの腰部骨盤律動(前屈)
この姿勢を選択した理由は姿勢変化の推移において,腰にかける負担を最も比較しやす いからである.また,手に荷重を持たせることで,荷重が腰に与える具体的な数値評価を 求めることが出来る.また,随意筋の働きをする背筋のバネ定数を変えることで,随意筋 がどの程度腰に影響を与えるのかを見る.
姿勢を変える際には,骨盤と大腿骨を拘束する回転モーターに,平均 5deg/s.下腿骨と 踵を拘束する回転モーターに-1deg/s の回転速度を与え,10 秒間の間に身体を 50 度前傾さ せる.
6.2 シミュレーション結果
以下にシミュレーションの計算結果をそれぞれ示す.
通常,人体の第四第五椎間板は,立位の時,身体の重心であるため,体重の 60%の重さ が加わる.体重 65kg の人の椎間板にかかる体重負荷は,65kg×0.6=39kg となり,理想の値 は 382.2N となる.以上を踏まえて図 6.1 を見ると負の値を示しているが,これは椎間板を 表すバネ・ダンパが荷重を受けていることを示しており,通常の立位では椎間板に一定の 負荷が加わっていることが分かる.しかし,算出した値を近似曲線で示すと,その値は約 110N の負荷しかかっておらず,理想値とはかけ離れている.これは椎間板や背筋のバネ・
ダンパの反力が関係していると考えられる.
次に腰部骨盤律動(前屈)を行った際の値は図 6.2 のようになった.図から姿勢の角度 が深くなるにつれて,椎間板にかかる負荷は次第に大きくなっていることが分かる.最大 値にもなるとその値は立位の約九倍の 900N にもなり,その影響が伺える.
-500 -400 -300 -200 -100 0 100 200
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
time(s) tens
ion(
N)
図6.1 立位状態で椎間板にかかる荷重
-1200 -1000 -800 -600 -400 -200 0 200
tens ion(
N)
次に手に5kgの荷重を持った際の結果を見る.
立位姿勢では,荷重がない時と同じように安定しており,近似曲線でも安定しているこ とが分かるが,負荷を示す値は30Nほど増加している.これは手に加算された5kgの荷重 が,腰椎に大きな影響を与えているからだと考えられる.
また前屈の時の負荷も見てみると,荷重を持っていない時に比べて,最大で約300Nも負 荷が増大していることが分かる.これらの結果から,第四椎間板と第五椎間板には,僅か な荷重と姿勢の変換によって,非常に大きな負荷が腰椎部にかかることを示している.
これによって理想値には届かなかったが,腰の姿勢変化における腰椎の負荷の測定が可 能であることが分かった.
-500 -400 -300 -200 -100 0 100 200
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
time(s) tens
ion(
N)
図6.3 手に5kgの荷重を持った状態での立位状態
-1600 -1400 -1200 -1000 -800 -600 -400 -200 0 200 400
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
time(s) tens
ion(
N)
図6.4 手に5kgの荷重を持った状態での腰部骨盤律動
最後に,背筋のバネ定数を変えた時の腰椎にかかる負荷について見る.
背筋は随意筋の役割を果たし,随意筋はバネ定数と自然長を変えられるバネと考えるこ とができると言われている.つまりバネ定数を強くするということは,随意筋を意識して 使うということであり,弱くすることは随意筋をほとんど使わないことになる.
これを踏まえて,手に5kg の荷重を抱えた際に,ばね定数を変えた場合の腰部骨盤律動 における椎間板にかかる負荷を見ると,随意筋を意識して使っている場合,つまりばね定 数が高いときは腰椎間にかかる負荷は通常時よりも200Nほど負荷が少なくなっている.ま た随意筋を使っていない場合,つまりばね定数が低いときに同等の姿勢を取ると,値は通 常時よりも比べて300Nも負荷が多くかかっている.
これによって,随意筋を有効に使うことで腰椎間にかかる負荷を軽減できることが分か った.
-1600 -1400 -1200 -1000-800-600 -400 -2000 200 400
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
time(s) tens
ion(
N)
図6.5 背筋ばね定数=200Nの腰部骨盤律動
-1800 -1600 -1400 -1200 -1000-800 -600 -400 -200 0 200
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
time(s) tens
ion(
N)
6.3 考察
人体モデルが重力下にある場合,立位の状態でも椎間板には絶えず負荷がかかっている が,その負荷は生理湾曲によって分散させられ,その影響を少なくさせている.
しかし姿勢を変化させること,特に骨盤から距離を大きく引き離すほど,椎間板に大き な負荷がかかることが分かる.その値は角度と距離によって変化するが,通常の立位に比 べると,数倍の負荷がかかっている.
また,手に荷重を持つことでも椎間板に大きな負荷が加わることも分かったが,その大 きさは立位状態で 50N,腰部骨盤律動で 500N と姿勢変化による負荷と比較すると小さいが,
それでも腰には無視できないほどの負荷がかかる.
また自分の意思で動かせる随意筋は,意識して使うことで腰にかかる負荷を軽減させる ことができることが分かった.つまり,物を持ち上げたり人を支えたりする時は,背筋等 の随意筋を意識して使うことで,腰痛の症状を減らせることが出来ると言える.
このことから,腰痛の症例が多いと言われる第四腰椎と第五腰椎間の椎間板にかかる負 荷は,姿勢の変化と手に持つ荷重の大きさ,そして随意筋の強さによって大きく変化する ことが分かった.