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  第四章のザンビア全国学習到達度調査のレビューは、①より細かい尺度を用いた筆記 試験の実施、及び②筆記試験以外の新たな評価法の模索、の2点の検討を迫るものであっ た。そこで、本章では、調査を行う際に、どの程度の問題ならどのような結果が得られる べきかというだいたいの目安を把握すべく、予備調査を計画、実施し、本調査の焦点を 持つための基盤としたい。そのために本章では、まず、教育評価に関する研究手法をレ ビューすることにより、いかなる調査が可能かを考察した後、実際に予備調査を計画・

実施・分析することとする。

第一節 教育評価に関する先行研究

  教育において評価が強調されるようになったのは、行動主義心理学の発展によるもの が大きい。授業とカリキュラムに関する科学的研究は、1950年代から60年代にかけて、

行動科学と行動主義心理学の発展に支えられ推進されてきた。その中で、タイラーは、産 業主義の工学モデルを基礎として進歩主義教育のカリキュラムと授業の「計画」と「評 価」を理論化し定式化した(佐藤、1996)。一般に「タイラーの原理」と呼ばれるこの 理論は、カリキュラムと授業は、①目的から目標へ、②教育的経験の選択、③教育的経 験の組織、④結果の測定、の4段階で示される段階的な過程とされ、それぞれの段階にお いて、行動目標として観察可能な言語化して数量的な評価を可能にする目標の特殊化・明 確化が求められた(Tyler,  1949)。ここにおいて、教育における評価の重要性及び形式 化が始まった。

  このタイラーの原理に基づいた評価研究を発展させたものとして、ブルームの形成的評 価があげられる。『教育目標の分類学(タキソノミー)』において、ブルームは教育内容 を「認知的領域」「感覚・情動的領域」と「運動・生理的領域」の3領域に大別し、それ ぞれに対応する教科内容を学年別に細かく分析して、系統的・段階的な教育のマトリッッ クスで提示する研究を展開した(佐藤、1996)。それぞれ「認知的領域」には、知識、

理解、応用、分析、総合、評価の6カテゴリーが、「感覚・情動的領域」には、受入、反 応、価値付け、組織化、個性化の5カテゴリーが、「運動・生理的領域」には、模倣、巧 妙化、精密化、文節化、自然化の5カテゴリーが配置された6

 さて、ブルームは「形成的評価」という概念を導出し、『教育目標の分類学』を基礎と して構成されるカリキュラムを、一人ひとりの学習の進度に応じて評価し修正するよう提 案した。彼は、教育評価を、学習の前に行う「診断的評価」と学習の過程で行う「形成 的評価」、学習の後で行う「総括的評価」に分け、このうち「形成的評価」を教育評価 の中心にすえるべきだと主張した。「形成的評価」によって学習の個別化が促進されカ

6 「運動・生理的領域」の詳細は定式化しておらず、諸説ある。

リキュラムが修正され、もっとも有効で効果的な学習が組織される(Bloom  et  al.,  1971)。

  この3段階評価は極めて有効な手段として用いられ、行動主義が批判され、認知主義に 取って代わられても、教育評価法自体は活用され、近年では改訂版のタキソノミーも出版 された。田中(2002)は、各評価を次のように規定している。

診断的評価:学習の前提となる学力や生活経験の実態や有無を把握するために行う評価 で、次の2点を確認する

①新しい教科内容を学ぶにあたって必要とされる学力や生活経験がどの程度形成、存在 してるかを確かめる場合

②新しい教育内容に対してどの程度の学力や生活経験があるのかを確かめる場合

形成的評価:授業の過程で実施されるもので、それをフィードバックすることにより、授 業計画の修正や子どもたちへの回復指導などに使われる(成績付けには使われない)

総括的評価:単元終了時、または学期末、学年末に実施される評価。総括的評価の情報 は、教師にとっては実践上の反省をおこなうために、子どもたちにとってはどれだけ学 習の目当てを実現できたかを確認するためにフィードバックされる

図5­1:3つの評価の関係 出所:筆者作成

  これら3段階の評価の関係を表したのが、図5­1である。授業作成前、実施中、実施後 のそれぞれの段階に評価を設定することにより、学習の如何なる場面においても、常に 生徒を意識することが可能となる。すなわち、①診断的評価より生徒の既得技能と授業 を結びつけ、②形成的評価によりいかに生徒が学習しているかを評価し、③総括的評価に より、単元や学年における生徒の到達度を調べ、そしてそれが次単元や翌学年の診断的評 価へと結びつく。このサイクリックな評価により、教師は自らの実践と生徒を結びつける ことができる。

  ところで、ザンビアにおける教育評価研究に目を向けると、第3章でみた2つの大規模

で到達しているかを把握するような構造になっており、調査当該学年に到るまでの総括的 評価という色合いが強い。これは、到達度調査の実施意義からして当然のことであろ う。一方、形成的評価、診断的評価に関しては、ザンビアにおける先行研究はほとんど見 られない。むろん、これらの評価は、研究者が行うよりもむしろ、授業を実施するため に教師が授業開発の過程で実施するものであり、先行研究がないから形成的・診断的評 価がなされていないとみなすわけにはいかない。

 そこで、ザンビア人教師の授業観を論じた研究に目を向ける。この分野に於いても、先 行研究は極めて希薄であるものの、実践的研究として、中和(2011)は基礎学校におい てザンビア人教師と共同して授業開発を行い、その際、ザンビア人教師がいかに生徒を 観察してるかを報告している。そこでは、当初、教材および自らの授業過程にしか目を向 けることのなかった教師が、研究者との授業毎の反省を通し、授業開発を繰り返すこと で、次第に生徒の学習状態へ眼差し向ける様子が述べられている。研究者との反省的実践 を通し、初めてそのような観点を持つに到った経緯は、形成的評価の芽生えを感じされる 一方で、多くのザンビアの教師が、診断的評価を用いずに授業を組み立ていることを暗示 していよう。図5­1は、授業の前・中・後、それぞれに評価を設置することにより、生徒 と学習の内実を結びつけるものであったが、ザンビアにおいては、診断的評価の不在に より、まず、生徒の現状と授業内容に乖離が生じる可能性が考えられ、さらに形成的評価 も希薄なため、授業の軌道修正も難しくなる。そして、総括的評価により、低い到達度が 観察されるという悪循環に陥っているのではないだろうか。

  さて、次に教育評価の方法について考察する。教育評価には、様々な方法がある。方 法は目的によって、異なるのみならず、同一の目的をもつ評価でも、異なる方法を用いて 観察可能であり、教育の多面性・深淵性、さらには評価困難性を物語っている。田中

(2005)は、それら多岐にわたる評価法を次の表にまとめている。

表5­1:教育評価の方法

パフォーマンスにもとづく評価 パフォーマンスにもとづく評価 パフォーマンスにもとづく評価 パフォーマンスにもとづく評価 筆記による評価

(筆記試験、ワークシートなど)

筆記による評価

(筆記試験、ワークシートなど)

パフォーマンス課題による評価

パフォーマンス課題による評価 観察や対話による 評価 客観テスト式

(選択回答式)

自由記述式 完成作品の評価 実演の評価

(実技試験)

プロセスに焦点を 当てる評価 多岐選択問題

正誤問題 順序問題 組み合わせ問題 穴埋め問題

・単語

・句

短答問題

・文

・段落

・図表 など 作問の工夫 知識を与えて推論 させる方法 作問法 認知的葛藤法 予測ー観察ー説明

(POE)法 概念地図法 ベン図法 KJ法

運勢ライン法 描画法

エッセイ、小論文 研究論文、研究レ ポート

物語、脚本、詩 絵、図表 芸術作品 実験レポート 数学原理のモデル ソフトウェアデザ イン

ビデオ、録音テー

(ポートフォリ オ)

朗読 口頭発表 ディベート 演技

ダンス、動作 素材の使い方 音楽演奏 実験器具の操作 運動スキルの実演 コンピュータ操作 実習授業

チームワーク

活動の観察 発問 討論 検討会 面接 口頭試問

ノート、日誌、日

カルテ、座席表 多岐選択問題

正誤問題 順序問題 組み合わせ問題 穴埋め問題

・単語

・句

短答問題

・文

・段落

・図表 など 作問の工夫 知識を与えて推論 させる方法 作問法 認知的葛藤法 予測ー観察ー説明

(POE)法 概念地図法 ベン図法 KJ法

運勢ライン法

描画法 プロジェクト

(ポートフォリオ)

プロジェクト

(ポートフォリオ)

プロジェクト

(ポートフォリオ)

ポートフォリオ ポートフォリオ ポートフォリオ ポートフォリオ ポートフォリオ

出所:田中(2005)より

 議論の焦点化を図るために、ここではこれら数多くの評価法に関して、逐一説明するこ とを省く。その代わりとして、予備調査に用いる評価法として、どれが妥当なのかに論点 を置くこととする。

 予備調査に用いるものとして、「筆記による評価」のうち、「正誤問題」を、また「観 察や対話による評価」のうち「活動の観察」を選択した。以下、その理由を述べる。

  SACMEQ、ZNAは、「筆記調査」のうち「多岐選択問題」を用いたものであった。調 査結果は、ザンビアにおける極めて低い到達度を指摘するものであると同時に、生徒の 状態を教授示唆が得れるほど弁別できていないものであった。これは潜在的に言語的困 難性を抱えるザンビアの生徒にとって、筆記調査が適切に機能し得るかという課題を提示 する。そこで、診断的評価として筆記調査を用いることが可能かを検証する必要があろ う。

  同時に、筆記調査の限界を鑑み、それを乗り越えるための代替的調査を議論する必要 性も見出せよう。そこで次の節で、具体的にどのような方法が考え得るかについて議論し ていく。