−医療の産業化と社会保障の関係性に着目して−
堀 真奈美
教養学部人間環境学科社会環境課程教授 〔プロジェクト報告〕原稿受理日:2013 年 12 月 2日
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いるが,内外価格差,認可の遅延などもあり国際競争力が高 いとはいえない.どちらも業界全体としては輸入超過の状態 が続いており,利益の多くはドメスティックに依存している
(国内では診療報酬体系によって価格が決められている).な お,技術については,無形であることから,“モノ” 以上に,グ ローバルに移動することが容易であると考えられるが,実際 に普及するかどうかは,その技術を身に付けた人材の流動化 が前提となる.
最後に,“カネ” についても,マクロレベルでは,日本の保 健医療支出の9割以上が公的支出(社会保険,税)であり,
私的支出は少なく,海外からの資金が流入してくることはな い.ミクロレベルでは,医療機関の資金調達は,銀行や福祉 医療機構からの借り入れが中心で,外国資金が市場を通じ て日本の病院経営に入ってくるということは今のところない3. なお,近年では,条件を満たせば,直接医療機関債(地域医 療振興債)や社会医療法人債(社会医療法人のみ)を発行す ることも可能になっている.
以上のように,現時点では,グローバリゼーションの波に より医療産業のあり方が変わるというほどの大きな影響を与 えているという状態にはない.だが,後述するように,近年,
医療分野を成長産業にしようという政策的な動きが出てくる 中で,グローバリゼーションに注目が集まるようになっている.
では,成長産業化が進めば医療のグローバリゼーションは進 むのであろうか.あるいは,逆に,グローバリゼーションを積 極的に進めれば,日本の医療は成長産業となるのであろう か?
以上を素朴な問題意識とし,本稿では,医療の成長産業 化とグローバリゼーションがどのように関係するのかを考察 することにする.まず,近年の医療の成長産業化に関する政 策的な動向を整理した上で,1)医療の国際展開(医療ツーリ ズムなど),2)医療機器・医薬品業界の国際競争力の向上と いう視点からグローバリゼーションとの関係を検討しよう.
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.国内における医療の成長産業化へ向けた動き医療の成長産業化が,公に盛んに議論されるようになった のは,2000年代半ば以降であり,その歴史は浅い4.たとえ ば,経団連が2010年4月に発行した『成長戦略2010』では,
過度な医療保険・介護保険に過度に依存する発想を転換す ることが重要であるとした上で,医療分野では,ICTを活用
して診療データの蓄積・分析を行うことや,革新的な医薬 品・医療機器の研究開発の促進や規制改革等を通じて医療 サービスを多様化していくとともに,医療サービス提供者に よる価格決定可能な診療領域を拡大する等の施策により,
医療分野における国際競争力の強化を図るべきであると述べ られている.ここでは,2020年までの目標として,「医療・介 護・健康関連サービスの需要に見合った産業育成と雇用の 創出,新規市場約45兆円,新規雇用約280万人」を掲げて おり,主な施策として,「日本発の革新的な医薬品,医療・介 護技術の研究開発推進」や「医療・介護・関連産業のアジア 等海外市場への展開促進」,「医療・介護サービスの基盤強 化」などが挙げられている.
さらに,2010年6月に公開された経済産業省の『医療産 業研究会報告書』では,「国民皆保険制度の中で日本の医療 サービスは計画された供給が行われており,需給を自立的に 調整する機能が低いことから,需要と供給との間でギャップ が発生」することを問題視し,「増大する需要に応じた供給が なされるよう医療の産業化を進め,医療市場を拡大させる必 要がある」と主張している.具体的には,①医療生活産業の 振興(疾病予防,疾病管理,リハビリ,介護予防など医療周 辺市場の活性化),②医療の国際化(医療ツーリズム,外国 人医師の活用,日本の医療サービスのシステム輸出など),
③医療情報のデジタル化・標準化(共有可能な医療情報ネ ットワーク,医療情報の標準化など)の取り組みがあげられ ている.さらに,同報告書では,日本の公的医療保険制度を 前提としつつも,先端技術の発展,サービスの視野拡大のた めに,中国やロシア,アジア・中東等,拡大する国際市場を 念頭に置く必要があることが強調されている.その推進のた めに,医療滞在ビザの創設や医療機関の広告規制の緩和,
外国人医師・看護師の受け入れ,病床総量規制の特例など が必要な取り組み事例としてあげられている.実際,2011年 1月には医療滞在ビザが創設された.また,総務省により財 政健全化を求められた公立病院の中には,医療ツーリズムな ど医療で収益をあげようという動きも一部にみられる.
こうした動きにほぼ同調するように,菅政権では,2010年 6月『新成長戦略』(内閣決定)として,健康を環境・エネル ギーともに「強みを活かす成長分野」とし,「ライフ・イノベ ーション」の中心としての「医療・介護・健康関連サービス」
にあげている.また,ライフ・イノベーションにおける国家戦
略プロジェクトとして,国際医療交流(外国人患者の受け入 れ)を行うとした.そして,この中では,2020年までに医療・
介護の市場規模75兆円,健康関連サービス産業を25兆円 と見込まれていた.
東日本大震災を経て誕生した野田政権では,2012年7月 に『日本再生戦略』(内閣決定)を公表し,菅政権とは文言が 若干異なるが,グリーン(環境・エネルギー),農林漁業と並 んでライフ(健康)は,「国内外で成長が見込まれる」3分野 としている.より具体的には,「革新的医薬品,医療機器の創 出」や「ロボット技術等を活用し,多様な医療機器,福祉機 器を開発」することがあげられている.また,観光立国戦略 として,「医療と連携した観光」や「医療サービスと医療機器 が一体となった海外展開や医療・介護システムをパッケージ とした海外展開」があげられており,2020年までに,海外市 場での医療機器,サービス等ヘルスケア関連産業の獲得市 場規模を約20兆円にすると記載されている.国内では,医 療・介護は2020年までに市場規模78兆円,うち健康関連 サービスで25兆円が見込まれている.
2012年の12月の総選挙を経て,自民党政権が復活,安 倍政権が発足したが,安倍政権の「日本再興戦略」(内閣決 定)でも,文言こそ異なるが,「グローバル市場の成長が期待 でき,一定の戦略分野が見込める4つのテーマ」の一つとし て,健康長寿産業があげられている.また,健康長寿産業の みならず,医薬品・医療機器産業,医療・介護・保育などの 社会保障分野5も制度の設計次第によっては成長を見込め る産業の柱の一つとされている.内容は,野田政権の『日本 再生戦略』の延長路線上のものが多く,医薬品・医療機器開 発や再生医療の実用化を進め,国際競争を意識した規制・
制度改革,研究開発及び海外展開支援の取組を加速させる としている.目新しいところでは,医療,教育,農業,都市 再生などの分野で大胆な規制・制度改革を実現する「国家 戦略特区」創設としていることがあげられる.なお,医療の 国際化については,医療ツーリズムという文言はなくなり,一 般社団法人MEJ(Medical Excellence Japan)を “ハブ” とし,
官民一体で新興国に医療技術・サービスをセットで輸出し日 本の医療拠点を10か所程度創設すると記載されている.な お,『日本再興戦略』では,医薬品・医療機器,再生医療,健 康長寿のための予防を加えた関連市場規模を,2020年に国 内で26兆円,30年に37兆円,海外市場は,20年311兆円,
30年525兆円と予想している.
上記の動向だけを見ると,医療は将来の成長産業として期 待されていることが明らかである6.だが,医療は,産業とし ての側面がある一方で,国内では社会保障としての側面があ る.産業として成長させるという意味では支出の増加は望ま しいことになるが,社会保障としての側面から考えると,負 担増を伴わない支出増は持続可能性という視点から問題とな り,増税や社会保険料の上昇などの負担増ができない場合は,
支出抑制が望ましいということになる.団塊世代の高齢化に 伴い,支出の自然増も見込まれる中,公費負担の追加を想定 することは容易ではない7.このように,片方では増加を推進 し,他方では抑制を推進するというのは政策全体として矛盾 が生じ,整合性がとれていないとも言える.
こうした矛盾を解消して,両者を両立することは果たして 可能であろうか.論理的には,①公的医療保険の守備範囲を 小さくして,民間保険や私費医療部分で拡大するか(あるい は予防などもともとの保険外分野を拡大する),②市場を国 内からグローバルに視点をうつすことで,利益を国内ではな く海外で稼ぐという方法をあげられる.このうち,前者の①に ついては,公的保険の守備範囲をどこに設定するかという国 内政治問題に発展する大きな問題となり,現状のように何を 優先すべきかの基準がない状態で,これらを設定するには,
利害調整も含め時間を要すると思われる.また,仮に,公的 医療保険と切り離した,私費医療部分のみが独立して拡大さ せようとしても,現実には,米国のように,私費負担部分が 上がると公費負担部分も上昇傾向することから,矛盾が解消 されない可能性が少なくない(最初から保険外である予防分 野でビジネスを拡大することに反発は出ないだろうが,政府 が見積るほどの大きな市場規模になるかは疑問の余地があ る).それに対し,②の医療の国際展開については,海外で 稼いだ分を国内に還元させるという意味で国民の理解を得や すいということもあり,注目が集まっているのではないかと思 われる.だが,日本において医療の国際展開や医療機器や医 薬品産業の国際競争力の向上が実現可能であるかは未知数 である.また.初めに述べたようにグローバリゼーションと医 療の成長産業化の関係性も不明である.以下では,グローバ リゼーションと医療の成長産業の関係性を,医療の国際展開 と革新的新薬の創出という2つの視点から検討したい.