第 3 章 分子動力学法 29
4.2 クラスターの定義
Fig. 4.3: シミュレーテッドアニーリングMDによって求められたKusakaモデルの水-硫 酸分子の最安定配置.
ギーがわずかに高くなる. Fig. 4.4 は,KusakaモデルとDingモデルの2分子間ポテン シャルエネルギーを示したものであり,各距離における最安定配置のエネルギーをプロッ トしたものである.比較のため量子化学計算による結果もプロットしたが,ここでの目的 は定性的な傾向をみることであり,精度はあまり高くない(基底関数はガウス型基底関数
6-31G(d)を用いたハートリーフォック計算).全体として,Kusakaポテンシャルは量子
化学計算の結果より低い相互作用エネルギーを与え,逆に,Dingモデルは量子化学計算 の結果より高い相互作用エネルギーを与える傾向があることがわかる.したがってもし両 方のモデルに共通である結果に対しては高い信頼性が期待できる.
Fig. 4.4: 2分子間ポテンシャルの比較.Kusakaモデル(赤破線),Dingモデル(青実線)
と量子化学計算(黄緑マーカー)について,各分子間距離における最安定エネルギーをプ ロットしたもの.量子化学計算はgaussian93 [124]によって計算した(基底関数はガウス 型基底関数6-31G(d)を用いたハートリーフォック計算).RO−O,RS−O,RS−Sはそれぞれ,
酸素-酸素,硫黄-酸素,硫黄-硫黄原子間距離である.
分子から成る2成分クラスターを(na, nw)-クラスターと表記することにする.サイズn だけに注目しており,成分は問わない場合は2成分であっても単にn-クラスターと記す
(n =na+na).また,na >0かつnw >0である(na, nw)-クラスターをハイドレートと 定義する.
4.2.2 クラスターサイズ変化
運動論との比較には,クラスターサイズのダイナミクスを追跡する必要がある.このた め,時刻tとt+∆tの間にn-merが,(n+k)-merになった回数Mn,n+k(t)をすべてのn,
kについて求める.このとき異なる時刻におけるクラスターの同一性やサイズ変化の定義 の仕方は一通りではない.本研究では,時刻tとt+∆tのクラスターを比較して半分以 上の分子が同じであれば同一クラスターとみなすこととした.また,クラスター同士の凝 集・分裂に対しては,サイズが大きい方の変化であるとみなした.例えば
2-mer + 4-mer → 6-mer
の凝集はM4,6(t)が1増えるだけで2-merのサイズが4増えたとは考えない.分裂に対し ても,
6-mer → 2-mer + 4-mer
の分裂はM6,4(t)が1増えるだけであり,6-merが4分子を失って2-merになったとは考え ない.これを実現するアルゴリズムは次のようになる.
1. 分子iについて,時刻tに属していたクラスターをcold,そのサイズをnold, 時刻t+∆tに属しているクラスターをcnew,そのサイズをnnewとし,cold とcnewの両方に含まれる分子の数nidentを数える.
2. クラスターに変化が無い場合
if (nold ==nnew== nident) Mn,n(t)+ = 1/nident 1へ戻る.
そうで無い場合,
3. クラスターへ吸収された分子を数える k =nnew−nident,n=nidentとして,
if (k >0 &n ≥k) Mn,n+k(t)+ = 1/nident 4. クラスターから蒸発した分子を数える
k =nold−nident,n=noldとして,
if (k >0 &n−k ≥k) Mn,n+k(t)+ = 1/nident 以上をすべての分子について繰り返す.
次に,このようにして求めたMn,n+k(t)から単位時間あたりの平均遷移確率βn,n+kを βn,n+k= 1
∆t
¿ Mn,n+k(t) P∞
k=−∞Mn,n+k(t) À
t
(4.3) によって計算し(∆tの値はサンプリング間隔),そこから平均増加率hki+と平均減少率 hki−が,それぞれ
hki+(n) = X∞
k=1
kβn,n+k (4.4)
hki−(n) =
−1
X
k=−∞
kβn,n+k (4.5)
によって計算できる.この平均増加率と2.1.3節で議論した前進速度βとの違いは単に,
クラスターサイズ変化の要因ににモノマー吸着以外のものが含まれているかどうかであ るが,核生成期においてクラスター成長の大部分はモノマー凝縮によって起こる.平均減 少率と後退速度αの関係に関しても同様の議論が成り立つ.ただし,本研究の硫酸-水系 などのように,クラスターの凝集による成長も無視できない系もあり,そのような場合は モノマー以外の項を含めておく必要がある.