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(li ) ※× 印 は主 管 者制 度 討 入に 対 して 消 極的 か あるい は反対 を示 す。

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て 分類 す る 。 ま ず 、(0 変 革 の 時 期 、(2 ) 政 治 状 況 、(3 ) 変 革 の 動 機 、(4 ) 変 革 の 対 象 、

(5)変 革 の 主 体 者ヽイ6 ) 変 革 過 程ヽ(7 ) 変 革 の 条 件 ヽ(8 ) 新 し い 問 題 点 、 な ど に っ い て で あ る。 変 革 の 目 的 や 方 法 に 関 し て は 、 既 に 第1  ・‑2 節 で 述 べ て い る の で こ こ で は 省 略 し た い0     ̄   グ  ̄       ダ       

(1)変革の時期 一     ‥

ニまず、変革の時期の問題である。準備期間および実施年度を考慮すると、'65  ( 昭和40 ) 年代と、 75(50 )年代とに大ぎく二分される。 

前者は、'65 〜'70 年代に行われた事例をまとめて みると、三鷹市・甲府市・唐津市・

高山市・旭川市・鹿沼市・日立市などのクルーピンクが可能である。後者は、'70 年代を 中心に山形市・米沢市・名古屋市などを ひとつのグループに含めることができる。前者は、'55

年代後半から始まる経済産業の高度成長期への推移過程に遭遇し、後者は、'73 年秋 の石油ショックによる経済不況期に、それぞれ対応している。

いずれにも共通して言えることは、財政面での硬直化、赤字財政の恒常化が背景的理由 に潜在しているということである。自治 体行政の窮乏化・緊縮化は戦後一貫して悪化して おり、もはや3 割自治から1 割自治になったとさえ言われている。ここから、 全体的傾向 として、財政的危機状況を契機に、否応なく行政組織の再検討や見直しを余儀なくされて いる場合が多いということができよう。典型的には、甲府市、米沢市などがそうであり、

赤字団体への転落を契機に、内部改革に乗出し成功したヶ−スである。

ところで、前者の改革の特色 は、'55 年代以降、年平均10 %の経済成長を達成し、社会 構造が大きく変動していく過程で実施されている( 第1 章第2 節参照)。経済産業 の飛躍 的発展、国民生活の向上は、令国的に地域社会と住民生活の在り方を激変させた。 この外 部環堵の変化は当然、自治体に対する積極的要求を著しく増大させる。また大規模開発に 伴う六まざまな公害問題などが、住民意識の質的変容を もたらす。そして行政要求の質的 内容は、ますます痴雑化・高度化・専門化して きたのである。

こらして、急激な事務量の増大および合併などによる職員数の増加により、古い制度に 内存ずる構造的欠陥が次第に露呈してくる。従来の保守的・伝統的な「 お役所仕事」から 能率的・合翼的な絹織変革への転換が模索される。つま 引日態依然とした官僚主義的実態 を自戸変革できなければ、これらの新しい行政需要に対処しえず、さらに最悪の状態に転 落しアいくことが目に見えていたのである。非能率・無責任・無気力・三ズ主義といった、

1 阻

お 役 所 " お 役 人 お 上 意 識 に 対 す る 誹 誘 中 傷 は、 こ うし た 制 度 の 構 造 的限 界 に対 す る 指 弾で あ っ たよ 官 僚 制 組 織 の 構 造 的 矛 盾 や 弊 害を 温 存 し た ま ま で 、 新 し い 外 部 要 求に 対 処 し う る は ず は な い 。 無 計 画 な 事 務 処 理 的 対 策 で は 、 時 代 に 即 応 し た 解 決 が 不 可 能 なこ と は 今 更 言 を 俣 だ な い 。 換 言 す れ ば 、 自 治 体 の 根 本 的 ・ 本 質 的 な 問 題 に 対 す る 改 革 の 必 要 性 が 生 じ て い た と い う こ と で あ る 。

こ う い う 意 味 で 、 こ の 時 期 は 行 政 組 織 ・ 運 営 面 で の 抜 本 的 か つ 総 合 的 な 改 革 が 求 め られ て い た と い え る。 つ ま り は 事 務 処 理 の た め の「 行 政 組 織 の 近 代 化 」と い う 不可 避 性 で あっ た。 こ の 時 期 、 民 間 企 業 で の 産 業 合 理 化 は さ ら に 一 段 と 進 み、 資 本 の 再 編 成 と 集 中 化 が盛 ん に 行 わ れて い た。 こ れ に 合 わ せ て 地 域 管 理 体 制 を 強 化 す る 上 で 、 自 治 体 の「 制 度 の 確立、

運 営 の 整備 充 実 」が 、 す な わ ち そ の 徹 底 合 理 化 が 要 請 さ れ て い た の で あ る 。 そ こ で 企 業管 理 論 の 自 治 体 へ の 導 入 が 盛 ん に 行 わ れて く る 。 経 済 経 営 環 境 の 転 回 点 が 62. '63 年 頃に あ っ た とい わ れ、 民 間 企 業 に 主 管 者 制 度 が 盛 ん に 導 入 さ れ た の も こ の 頃 で あ っ た。

こ う し て 組 織 変 革 の 条 件 づ け が 醸 成 さ れ て く る。 官 僚制 組 織 構 造 の 特 性 を 端 的 に い えば、

あ く ま で も 自 己 の 特 権 的 地 位を 確 保 す る た め に 、 排 他 的 セ ク シ ョ ナ リ ズ ムを 培 養 し 、 職階 制 を 濫 造 し、 自 己 保 身 へ と 走 り 、 か つ事 務 分 担 は 複 雑 化 し て 不 明 確 で あ り 、 処 理 能力 水準 も 低 い と 言 わ ざ るを え な い 。 こ う し た 構 造 的 「 ひ ず み 」 の 自 己 認 識 、 現 状 把 握 の 上 に 立っ て 、 例 え ば 、 事 務 事 業 の 集 約 化 と 機 能 化 、 行 政 運 営 の 能 率 化 、 人 事 管 理 の 箭 正 化 、 等 々の 改 革 の 基 本 方 針 が 方 向 づ け ら れて く る の で あ る 。

こ の時 期 の 先 駆 的 都 市 事 例 と し て は、 三 鷹 市 、 甲 府 市 、 鹿 沼 市 、 唐 津 市 、 旭 川 市 な どを 選 出 で きよ う。 こ の 中 で も、 甲 府 市 は'67 年 の 改 革 策 定 に あ た り 、 管 理 近 代 化 の 先 例 とし て 、 日米 開 発 銀 行 か ら 多 大 の 影 響 を 受 け て い る。 日 本 開 発 銀 行 か ら は、 主 管 者 制 度を 採り 入 れ 、 階 層 短 縮 し て 、 少 数 精 鋭 主 義 経 営を 進 め て い る と い う 点 に 注 目 し て い る(1 )。こ こか ら 組 織 改 輦 の 基 本 方 向 と し て 、 ① 各 セ ク シ ョ ン の 権 限 の 拡 充m 限 委 譲 )、 ② 主 管 者 制 の採 用、 ③ 職 能 等 級 制 の 採 用、 と い う3 本 柱を 学 び 取 っ て い る 。 ま た 三 鷹 市 か ら も 影響 を 受け、

① 少 数 精 鋭主 義 に よ る 定 数 増 の抑 制 、 ② 事 務 事 業 の 民 間 委 託 、 ③ 企 業 経 営方 針 の導 入 、④ 服務 体 制 の 整 備 な ど の 管 理 改 善 を 積 極 的 に 導 入 し て い る 。 こ れ ら の管 理 改 善 全 体 に流 れる 考 え 方 は 、 経 済 効 果を 中 心 に 考 え 、 経 営 経 費 を 節 減 す る こ と 、 そ の た め の 事 務 合 理化 とい う こ 芦で あ る。 ま た 企 業 経 営 の 実 態 を 学 び と ら せ る た め、 中 堅 職 員 を 民 間 派遣 し て 研 修を 受 け 六せ たり し て い る 。

三 甕 市 自 身 は、 事 例(1 ) で も既 述 し て い る よ う に 、 下 水 道 推 進 の た め の 内 部 努 力 諸が

1。

としrソ ①企業性の導入ヽ ②事務事業の民間委託ヽ ③総務室の設置ヽ ④係長 の管理職化ヽ:

⑤職場環境と服務規律√ ⑥研修√⑦少数精鋭主義などを徹底的に実施している。で のうち とくに、「 市政゛の企業性の導入 」という観点からヽ ⑥の研修について例記してみると、

「企業性を身を もって習得するため、'66 年から・70年まで、中堅の主任職を デパートや 生命保険会社等の民間企業へ2 ヶ 月間派遣した」(2)こともあったという。 企業としての 市政経営のため、行政の効率化、原価計算、 少数精鋭主義などによって人件費を抑制し、

経常経費をできるだけ圧縮ずるこ とに全力を注いだ。このように行政の合理化、効率化と して内部努力に解決案を 求めていったのである。ちな みに、三鷹市は、'67 年秋、地方自

治法施行20周年記念事業として行われた 町づくり表彰 自治大臣表彰 を受 けている。

その主たる理由は√「下水道の積極的推進、及び市政の企業化と合理化」(3) という根拠 からであった。      ブ

こうして外部環境からの行政ニ ーズが増大し、内部矛盾に対する自己認識が深まるにっ れて、`変革の契機・必要 性はますます高まる。次々に露出してくる自己矛盾に対応しうる 柔軟かっ機能的な行政組織を 作り出さなければならない。いわば、否応なく組織変 革を 強 いられてくる。 この時の動機づけはいずれの自治体にもほぼ共通していよう。 それゆえに、

今度は三鷹市が翌'68 年になって、「 甲府方式 」を逆輸入することになる。主管者制度を 採用し 総務室課長( 主幹 )を参事とし、課長待遇職を主幹、係長待遇職を主査とし、管 理職をさらに増大したのである。ある係によっては、係長以下、主査( 係長待遇)を含め、

職制のみの係がで きる始末となったのである(4)。 ともあれ、この時期の改革の基本理念 の追求はまだ模索の段階であり、試行 的であった。

後者の変革の特色は、 行財政の危機的硬直化という理由はもちろんのことであるが、 も うひとつ、'65 年代の住民・市民運動の高まりや市民 参加・直接民幸字義の要求といった 背景を持ち、しかも政府・上部環境からの新中央集権化への動きの中で行われているとい うことである。時代状況的な[ 地方自治 ]への関心の高まりが、否応なく地方 分権化や分 権的管理としての「 自治能力|を問うているのである。それはすなわち、自治体の責任あ る執行体制、改革的合理化、職員民主主義、民主化と能率化などの問題を追求することに な乱 こうした地域住民 の行政ニ ーズを 実現する自治体の執行体制が、高いレベルで要請 されてきたのである。

このような政治的背景として 67年の美濃部革新都政の誕生かおる。それ以降、急増し た革新自治体の「 市民本位の行政|と密接な関連を もっている。つまり、市民 へのサ ービ

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