• 検索結果がありません。

キャズムを越えるための企業戦略

ドキュメント内 2015 年度 博士学位申請論文 (ページ 101-135)

本章では、前章で検討した「キャズムを越えている状態の定義」を踏まえて、キャズム の越え方のパターンを具体的な企業戦略を考察することにより明らかにする。本稿ではキ ャズムを越えている状態を、ある一定の規模を獲得することによって、スケールメリット を働かせ、原価率を軽減し、固定費を捻出するに十分な限界利益を計上できている状態と 定義した。単に fm 比率が低く、固定費を捻出するに十分な限界利益を計上できているば かりでなく、マジョリティ層の支持を獲得する水準の規模を持ち合わせている状態と定義 した点がその特徴と言える379

個別企業のキャズムの越え方を検討するに際し、今一度ファッション産業を取り巻く環 境変化について振り返ろう380。消費者の商品を選択するスキルは段階的に進化を遂げてき た。現在のファッション消費者は、コーディネートスキルの向上に伴い、自身の価値観で 自分らしいライフスタイルを創造し、自分に相応しいブランドや商品を選択してコーディ ネートするようになっている。こうした消費者のファッションの進化は、トータルファッ ション化を促進させることになり、バッグ、靴、帽子、アクセサリーなど、アパレル商品 を取り巻く各種の服飾雑貨は非常に重要視されるようになった。

また近年、パソコン、インターネット、スマートフォン、タブレット端末などが急速に 普及した。これらのIT技術の進展は、新しい情報の入手を容易にし、いつでもどこでも多 くの人がコミュニケーションできる環境が整備された。消費者の商品を選択するスキルの 進化とともに、消費者をめぐるITの進展は、ネットワークの中に身を置く個人が、各ブラ

ンドのSTP+4P’sの事業戦略を容易に比較検討することを可能にし、それによりSTP+4P’s

のポジショニングに基づくマーケティング戦略が、これまでのようには機能しにくくなっ たと言える。

さらに海外ファストファッション企業の日本参入等、グローバル化現象も、新たな競争 構造を生み出した。世界有数のファッション市場である日本マーケットに対して、ファス トファッション企業を中心に、マルチナショナル展開をするファッション企業が進出し、

激しい競争が繰り広げられている。この競争は、従来の国内ファッション企業間の競争と は異なる次元で競われている。グローバル企業と国内企業では、展開店舗数に大きな差が ある。これは展開商品数と比例することになり、店舗数が多いほど生産数は多くなり、そ れだけスケールメリットが効いて1点当たりのコストは安くなり、価格競争力が高くなる のである。

そして4つ目の環境変化として、エコロジーへの対応をあげた。今日の消費者は、モノ

379 本稿第5章を参照。

380 本稿第1章において、ファッション産業を取り巻く環境変化を、ファッション消費者自身の進化、IT の進展、グローバル化、そして環境問題への関心の4つに注目して論じた。

99

を大切に購入し、大切に使用するというポリシーを持つようになり、大切に使うのに値す るデザインや品質に商品価値を認めている。自然環境に負荷をかけないオーガニック素材 や、天然素材、リサイクル素材を使用し、弱い立場にある小規模生産者や職人に正しい労 働条件で仕事を作るフェアトレードや、地域の伝統、技術を継承しながらクリエイトされ るエシカルファッションの重要性が高まっている。セカンドブランドによるエシカルへの 取組みは、ファーストラインで築き上げたブランドのイメージを維持しつつ、消費者の新 たなニーズに対応したブランド拡張のケースと考えられる。

これらのファッション産業を取り巻く環境変化は、企業の経営戦略381に対し、プラスマ イナス両面において、さまざまな影響を与えている。企業は、これらの環境変化の中、キ ャズムを越えることによって利益を獲得している。本章では、どのようなキャズムの越え 方が存在するのか、そしてキャズムを越えることにどのような意味があるのかを個別の企 業に着目して検討を試みる。

6-1 ブランド拡張による事業戦略

第2章で述べたように、Keller(2008)は、「ブランド拡張とは、企業が新製品の導入に あたり、すでに確立されているブランド・ネームを用いることである382」と定義している。

そして「ブランド拡張には、現在の親ブランドと同一製品カテゴリー内で、新しい市場セ グメントをターゲットとする新製品に親ブランドを適用するライン拡張と、親ブランドを 用いて、現在の製品カテゴリーとは異なる製品カテゴリーへ参入するカテゴリー拡張の 2 つに分類される383」としている。

また洪(2011)は、ブランドマネジメントの課題を、ブランドを中核とする無形資産が 生み出す付加価値を維持、強化し、それを有効活用することにあるとしており、その意味 からもブランドマネジメント戦略は、ブランド・エクイティの構築維持戦略と、ブランド・

エクイティの活用戦略の2つに分けることができるとしている384。コ・ブランディングと ともに、ブランド・エクイティの活用戦略の一つであるブランド拡張は、既存のブランド・

エクイティを戦略的に活用することで新製品の成果向上を図る点に特徴がある。

本節では、ブランド拡張を活用してキャズムを越え、成長を続ける事業戦略について考

381 西門(1987)によると、「経営戦略は従来とは異なった革新的内容と創造性をともなう単発的な計画と考 えられたに過ぎない。しかしその後,環境の変化と競争の激化に伴い経営戦略の重要性が次第に認識され るようになり,1970年代に入ると企業の存続に不可欠のものと認識され,情報処理手段としてのコンピ ューターの発達と共に経営戦略にかんする様々な手法も開発されるに至った」と言っている。西門正巳

(1987)「戦略経営論に関する一考察」岡山大学経済学会雑誌, 19巻(1号), p.4より引用。

382 K.L.Keller(2008)前掲書,p.595より引用。

383 同前。

384 洪廷和(2011)「ブランド拡張の研究課題」大阪市大論集,第128号, p.30を参照。また洪(2011)が述べて いるように、ブランド・エクイティの活用戦略は、長期にわたるマーケティング諸活動や、消費者の購買 経験等を通じて蓄積されたブランド資産を戦略的に活用するもので、ブランドの資産価値を成果に結びつ けるという意味において非常に重要なものである。

100

察をする。オートクチュールから出現したラグジュアリー・ブランドは、ピラミッド型と ギャラクシー型という2つのブランド拡張のアプローチを採用している385。アルマーニの ようなイタリアのメゾンでは、頂点のオートクチュールは存在しないが、ジョルジオ ア ルマーニ、アルマーニ コレツィオーニ、若者向きのエンポリオ アルマーニ、さらにこ れらの下部に位置するアルマーニ エクスチェンジやアルマーニ ジーンズがピラミッド 型に配置されている386。このブランド拡張によるキャズムの越え方に関して、PRADA の ケースを見ていこう。

6-1-1 検証対象

表16は、PRADAの2014年度及び2013年度2ヵ年の財務データである。PRADAの損

益計算書を見ると、すべての項目で成長を果たしている。また自己資本比率も高く、流動

比率は200%を越え、安全性も高い水準にある。特にPRADAの原価率は、2013年27.9%、

2014年26.2%と、低い状態でコントロールされている387。これにより高い売上総利益率を

得て、収益性は非常に高い。fm比率も64.5%と高い収益率を維持しており、固定費を十分 に上回るマージンを獲得している。

16 PRADA指標

(出所)Financial Reportsより筆者作成

385 ブランドは、価格におけるさらなる手の届きやすさや、アクセサリーへの伸張によって価格の引き下 げをもたらす垂直型伸張と、ブランド精神という中心の周囲で軌道を描いて回るように、相対的な価格の 水準を変えずに、顧客の他の領域での生活様式を提案する水平型伸張の2つのブランド拡張のやり方を持 っている。Kapfere & Bastien (2009)前掲書, pp.244-250を参照。

386 Kapfere & Bastien (2009)前掲書, p.247を参照。

387 本稿第5章においてカテゴリー別財務諸表分析を行ったが、グローバルラグジュアリーカテゴリーの 原価率平均は34.6%、グローバルSPAの平均49.4%と比較してもPRADAの原価率の低さがうかがえる。

■損益計算書DATA (単位:thousands of EUR) ■貸借対照表DATA (単位:thousands of EUR)

2014年度 2013年度 前年比 2014年度 2013年度 前年比

売上 3,587,347 3,297,219 108.8% 流動資産 1,461,596 1,387,449 105.3%

原価 938,698 920,678 102.0% 固定資産 2,426,696 1,997,830 121.5%

売上総利益 2,648,649 2,376,541 111.4% 資産合計 3,888,292 3,385,279 114.9%

販売費及び一般管理費 1,709,412 1,486,760 115.0% 流動負債 706,475 742,062 95.2%

営業利益 939,237 889,781 105.6% 固定負債 480,277 312,725 153.6%

経常利益 922,896 883,616 104.4% 純資産 2,701,540 2,330,492 115.9%

純利益 627,785 625,681 100.3% 負債純資産合計 3,888,292 3,385,279 114.9%

■収益性指標 ■安全性指標

2014年度 2013年度 前年比 2014年度 2013年度 前年比

売上高売上総利益率 73.8% 72.1% 102.4% 自己資本比率 69.5% 68.8% 100.9%

売上高営業利益率 26.2% 27.0% 97.0% 流動比率 206.9% 187.0% 110.7%

売上高経常利益率 25.7% 26.8% 96.0% 固定比率 89.8% 85.7% 104.8%

売上高純利益率 17.5% 19.0% 92.2% ■成長性指標

ROE 23.2% 26.8% 86.6% 2014年度 2013年度 前年比

ROA 16.1% 18.5% 87.4% 売上 3,587,347 3,297,219 108.8%

fm比率 64.5% 62.6% 103.2%

原価率 26.2% 27.9% 93.7%

■店舗数 (単位:百万円)

2014年度 2013年度 前年比

店舗数 540 461 117.1%

総資産/店舗数 1,012 952 106.3%

2013年1€=129.6円で換算 2014年1€=140.5円で換算 http://ecodb.net/exchange/eur_jpy.html

ドキュメント内 2015 年度 博士学位申請論文 (ページ 101-135)

関連したドキュメント