( 7
)
( 1
)
八六 年︶
︑八 頁︒
( 2
) フランシス・フクヤマ﹃歴史の終わり﹄︻上︼渡部昇一訳︹知的生き方文庫︺︵三笠書房︑一九九二年︶︑三三頁︒
( 3
)
﹁歴史の終わり﹂とは︑政治社会の構成原理としてリベラルな民主主義以上のものはないということをいっているにすぎ ない︒フクヤマによれば︑﹁歴史の終点においては︑リベラルな民主主義に残されたイデオロギー上の強敵など︱つもない﹂
︵フランシス・フクヤマ﹃歴史の終わり﹂︻中︼渡部昇‑訳[知的生き方文庫︺︑三笠書房︑一九九二年︑ニ︱︱一頁︶︒しかし ながら︑仮にリベラルな民主主義に普遍性があるとしても︑フクヤマも認めているように︵フランシス・フクヤマ﹃歴史の 終わり﹂︻下︼渡部昇一訳︹知的生き方文庫︺︑三笠書房︑一九九二年︱二九頁︶︑出来事としての歴史は続いていくので あり︑民王主義の一般的正統性を認めながらも︑特定の法や政策への異議申し立てが歴史の新しい局面を開くことはありう るわ けで ある
︒
( 4
) ヘンリー・デイヴィッド・ソロー﹁市民の反抗﹂飯田実訳﹃市民の反抗他五篇﹄︹岩波文庫︺︵岩波書店︑一九九七年︶
所収
︑一
︱︱
頁︒
( 5
) 日本友相会﹃良心的兵役拒否﹄︹新教新書︺︵新教出版杜︑一九六七年︶︑一八ーニ三頁参照︒
( 6
)
Mo ha nd as Ka r a mc ha nd G a n d h i ,
^ ^
C i v i l D i s o b e d i e n c e , "
( Y ou ng n I d i a 4
‑8 '1 92 1) ,
i n Th e C o l l e c t e d Wo rk s o f M ah tm a G an
,
d芦
P u b l i c a t i o n s D i v i s i o n , M i n i s t r y
f o I n f o r m a t i o n a nd B r o a d c a s t i n g , G ov e r nm en t o f I n d i a , 3 d R e v i s e d E d i t i o n
200,
0 ,
V o l .
24 , p . 47 .
ガンディーがソローの論文﹁市民的不服従﹂を初めて読んだのは︑南アフリカで一九〇八年一
0
月一
0
日I︱二月二二日ジャ ン
1 1フランソワ・リオタール
ワーメント
がそれを引き継いでいくことになる︒﹁民衆の力﹂
関法
︵力
の強
化︶
のための思想的基盤になるであろう︒ 第五三巻四•五号
︵ 八
四
O )
一 九 ( 1 2
8 )
の台頭が示したのは︑権力は民衆の団結した力からも生ずる ということ︑全面的不服従によって独裁政権を打倒しうることである︒市民的不服従は︑個人的なレヴェルから集団 的なレヴェルまで多様な形態を含みうる概念であり︑社会のさまざまな不正に立ち向かおうとする人びとのエンパ
﹃ポスト・モダンの条件I
知・社会・言語ゲーム﹄小林康夫訳︵書罪風の薔薇︑
J¥
旦蕊廿旦,-<~ふ辛~::,心刈枷や~~(会YK·I'-ヽ"·入ギー『~;ヽ';¥ー』忙足疇舌歪〔I1十羊遥Q+(溢油~N〕'涎忠菌
幽笠翌,I点-1(<姜'<<ー点Iごド全令"':-'ヽ•-RY..L~ 『~-'\';入__器蕊-RQ出出』辛佃廷零’要壬~~-
1
妥<111
母'1 Ii I早口~\産)0~'ヽi卜←—迂l~Oギ母旦ド:入ド-<~哀抵坦旦岩心終::,-fE咀起←華追Q~iji\如ヤゃ旦苺袋\-J::, 心
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ゃ'ゃ,'\i卜←—竺ill1令応こ終(\~::,心~iii\茶「モ困お~~担」梨刈::,,r‑>いJ旦哀''0::,,t! Qゃ埒心°
(oo) Mohandas Karamchand Gandhi, Non‑Violent Resistance (Satyagraha), Dover Publications Genaral, 2001, p, 175~ 淫゜
(〇)V. T Patil, Mahatma Gandhi and the Civil Disobedience Movement (A Study in the Dynamics of the Mass Movement),
Renaissance Publishing House, 1988, pp. 72‑73総国
ほ)\'rYふ~.I~,\ ::t_~ 『モ咀忌恙毎—―告躁兵こ蓄0函ざ・囲運・麟甘』こゆlt:・王口は同・や虞怒甜峯(涵添壬~~-
11
00111忌—)'110111冨゜
(二)匡如
'I
IO<'111回!mr(~~淫゜(~) The Collected Works of Mahtma Gandhi, Vol. 24, p. 47.
(~) >ローエ芸竺「把咀忌K-~沼(civildisobedience)」刈::,•r-1]11!1撰如毎び\¥‑J ::, ~ 兵七ゃ竺終二茶直I令心と涅⑰如「王旦芸ヤ
~K-~~(disobedience to the State)
」
(H.D. Thoreau, "Resistance to Civil Government", in Reform Papers, ed. by Wen‑dell Glick, Princeton University Press, 1973, p, 79)刈弐囲,..J~::,心0~応と淀茶部堂全ふ「モ出さ←華起」刈溢{$や~,t!
〇竺痢苔知J,jJや~~o
ほ)ヨ奢堂述『井溢氾茎モ咀〇恙埠—-(,¥ ='‑. >ーロ令垢迅一』(羊砥瞬覇
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兵判II
母)'‑1(!mr(
゜(~) 匡如
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心)(,、=ー・i卜←令"s‑‑‑0::t‑.>,ロー『蹂
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ぼ)『荼濫荘ざモ咀Q恙忌―(,、=一.>-口令岩ょ—』'~11口(迩坦這ヨ窪)°
(応)匡如'
1
0寓~\淫゜‑/Er¥
忌←華岩〇田繹母§<111
(<回I)
( 3 1 )
( 3 2 )
( 3 3 )
( 3 4 )
二六
ーニ 七頁
︒
二七
頁︒
ニ八
頁︒
三一
頁︒
( 2 3 )
( 2 4 )
( 2 5 )
( 2 6 )
( 2 7 )
( 2 8 )
( 2 9 )
( 3 0 )
民
的不 服従
﹂ い友人であったチャニング れる
( E l l e r y C h a n n i n g )
か ヽ
( 2 2 ) ソロ ーは
︑
関法
第五三巻四•五号
一八四八年一月二六日とその三週間後に﹁政府に対する個人の権利と義務﹂
ラ イ シ ー ア ム
d i v i d u a l t G o o v e r n m e n t "
) についてコンコード文化協会で講演した︒ソローは︑その原稿を一八四九年に﹃エステティッ
ク・ペーパーズ﹄
( A e s t h e t i c P a p e r s , M ay 1 84 9)
に寄稿した︒そのときの題名は﹁市民的政府への抵抗﹂(^^
R e s i s t a n c e t o C i v i l G o v e r n m e n t "
) であったが︑ソローの死後一八六六年に出された彼の著書﹃カナダのヤンキー﹄の編者によって﹁市 と命 名さ れた (^ C i ^ v i l D i s o b e d i e n c e , "
n i H e nr y D . T h o r e a u
, A
Y a n k e e i n Ca na da wi t h A n t i s l a v e r y
ミn
dR e,
‑ I
︱二
頁︒
( I b i
. ら d
.
31 9)
︒
﹁市 民の 反抗
﹂︑ 一
同右
10
頁 ︒
同右
10
頁 ︒ 同右
︑一
︱頁
︒
同右︑一五頁︵傍点はソロー︶︒
同右︑二五頁︵傍点はソロー︶︒
同右
︑一 六頁
︒ 同右
︑一 五頁
︒
同右
︑
同右
︑
同右
︑
同右
︑
︵八
四二
︶ ( W
e n d e l l l i G c k ,
" R e s i s t a n c e t o C i v i l G ov er nm en t: T e x t u a l I n t r o d u c t i o n "
,
民的不服従﹂
fo rm Pa p
3
B o s t o n "
T i c k n o r a nd F i e l d s ,
1866
i n Re fo rm Pa p e r s , r P i n c e t o n U n i v e r s i t y P r e s s ,
19 73 ,
p p .
313ー321~\昭3。m8
去仕では、その辛呻文は「士
m民的不服従の臨が務につ
いて
﹂^
'O nt h e D ut y o f C i v i l D i s o b e d i e n c e
"
という題名でも出版されている︒ところで︑﹁市民的政府への抵抗﹂から﹁市 への題名の変更がソローによるものであったという確証はなく︑この本の編者については︑ソローの最も親し
エマソンもしくは妹のソフィア
( S o p h i a
T h o r e a u )
であったと推測さ 合
Th
e& R i g h t s
D u t i e s o f t h e
I n ,
八四
市民的不服従の思想
( 1
) ︑ 八六 頁︒
八五 ︵
中央 公論 社︑
( 3 5 )
﹃市 民的 抵抗
I非暴力行動の歴史・理論・展望﹄︑六二頁︒
( 3 6 )
﹁市 民の 反抗
﹂︑ 二九 頁︵ 傍点 はソ ロー
︶︒
( 3 7 )
同右︑三0
頁 ︒
( 3 8 )
同右
︑三 一頁
︒
( 3 9 )
同右
︑四 四頁
︒
( 4 0 )
同右︑四四ー四五頁︒
( 4 1 )
﹁ジョン・ブラウン大尉を弁護して﹂﹃市民の反抗他五扁﹂所収︑九三頁︒
( 4 2 )
﹁市 民の 反抗
﹂︑ 五四 頁︒
( 4 3 )
ジョン・ロック﹁統治論﹂二六八九年︶宮川透訳︑﹃ロック︑ヒューム﹂︹世界の名著
2 7 ︺
収︑三四0
頁 ︒ (44)ジーン・シャープ『武器なき民衆の抵抗i~その戦略的アプローチ』小松茂夫訳(れんが書房、
照 ︒ (4 5) M. K
・ガーンディー﹃真の独立への道︵ヒンド・スワラージ︶﹄田中敏雄訳︹岩波文庫︺︵岩波書店︑二
0 0 一年
︶︑ 三
八l
四二 頁参 照︒ (46)M.K・ガーンディー『ガーンディー自叙伝ー~真理へと近づくさまざまな実験』(1)田中敏雄訳(平凡社、二0
0 0 年︶
︑ニ ニ頁 参照
︒
( 4 7 )
同右
︑二 三頁
︒
( 4 8 )
蝋山芳郎﹁ガンジーとネルー1インド思想の現代における再生﹂︑﹃ガンジー︑ネルー﹂︑︹世界の名著
6 3 ︺
一九六七年︶所収︑ニニーニ三頁参照︒(49)『ガーンディー自叙伝ー~真理へと近づくさまさまな実験』
( 5 0 )
同右
︑七 七頁
︒
( 5 1 )
同右︑七六頁参照︒
( 5 2 )
同右︑一三三ー一三四頁参照︒
一九 七二 年︶ ニ︱
0頁参
︵八
四三
︶
︵中 央公 論社
︑
一九六三年︶所
同右︑一三四頁参照︒
ガンディーは︑イエスの 関法第五三巻四•五号
︵八
四四
︶
﹃若き日のガーンディーー│↓`ハートマーの生誕﹄寺尾誠訳︵未来社︑
( 5 3 )
( 5 4 )
﹁山上の垂訓﹂に深い感銘を受けたが︑キリスト教を信じたわけではなかった︒なぜなら︑﹁彼 はイエス・キリストを神の唯一の子だとみなすことはできなかった﹂し︑世界大戦や帝国主義を生み出した︑西欧のキリス ト教徒の行動に疑問をもっていたからである
(R ob er t El ls be rg , "
In tr od uc ti on
"
, i n Ga nd hi
on
h C ri st ia nity,
y b i h s ed i t i o n , Or bi s B oo ks ,
1991
̀
p . x i )
︒ガンディー白I
身は︑﹁個人的には︑世界の大宗教のいずれも間違っているとは思わない︒すべて が人類を豊かにするという点で役立ってきたし︑今でもその目的のために役立っている﹂
( I b i d .
﹂ p .
23 )
というようにすべ
ての世界宗教に対して開かれた姿勢をもっていた︒
( 5 5 )
﹃ガーンディー自叙伝I真理へと近づくさまざまな実験﹄
( 1
) ︑
一 00│
10
︱頁
参照
︒
( 5 6 )
同右︑一︱ニー一︱三頁︒
( 5 7 )
ルイス・フィッシャー﹃ガンジー﹄︑四0
頁 ︒
( 5 8 )
古瀬恒介﹃マハートマ・ガンディーの人格と思想﹄︵創文社︑一九七七年︶︑三
0
頁 ︒
( 5 9 )
同右︑三四頁参照︒
( 6 0 )
﹃ガーンディー自叙伝ー│'真理へと近づくさまざまな実験﹄
( 1
) ︑三六
0
頁 ︒ (61)ウィリアムIIT
・ランドール『非暴力思想の研究||ーガンディーとキング
i
』儀部景俊・比嘉長徳•新垣誠正訳(編集
工房東洋企画︑二
0
0二
年︶
︑二 頁参 照︒
( 6 2 )
同右︑六四頁参照︒
( 6 3 )
同右︑六六頁参照︒
( 6 4 )
森本達雄﹃ガンディー﹄︹人類の知的遺産
6 4 ︺︵講談社︑一九八一年︶︑八三ー八四頁参照︒
( 6 5 )
同右︑八四頁参照︒
( 6 6 ) ジェラルド・ゴールド﹃ガンディー非暴力の道﹄鮫島理子訳︵平凡社︑
( 6 7 )
同右︑三八頁参照︒
( 6 8 )
同右︑三八︑四0
頁参 照︒ (69)チャンドラン•D.S・デェヴァネッセン
一九 八四 年︶
︑三 八頁 参照
︒
八六
一九 八
( 7 8 )
市民的不服従の思想 l
﹄五
︑頁
マハトマ・ガンディー
『ガンディーー~反近代の実験』、
一五
頁︒
﹃わたしの非暴力
八七
2﹄森本達雄訳︵みすず書房︑
六年
︶︑ 三八 九頁
︒
( 7 0 )
同右︑三八九頁︒
( 7 1 )
森本達雄﹃ガンディー﹄︑九一ー九二頁︑﹃ガンジー︑ネルー﹂︵中央公論社︶︑二四六ーニ五二頁参照︒
( 7 2 )
長崎暢子﹃ガンディーーー'反近代の実験﹄︵岩波書店︑一九九六年︶︑四九頁参照︒
( 7 3 )
森本達雄﹃ガンディー﹂︑九二頁参照︵傍点は森本︶︒
(74)M.K
・ガーンディー『ガーンディー自叙伝ー~真理へと近づくさまざまな実験』(2)田中敏雄訳(平凡社、
年︶
︱ ニニ ー︱ 二三 頁︒
( 7 5 )
ガンディーは︑﹃インディアン・オピニオン﹄紙で一般から適切な名称を懸賞募集した︒受賞したのは︑﹁サダーグラハ
( s
a d
a g
r a
h a
) ﹂ ︵
s a t
( 吉
芸 ︶
の
ag
ra
ha
(把持︶で︑無声音
[t ]
が有声音[d]に変わったもの︶であったが︑ガンディーが
意味を明確化するためにそれを﹁サティヤーゲラハ﹂に変えたのである︵同右︱二三︑二O六頁参照︶︒ガンディーによ
れば︑﹁サティヤ﹂は﹁真理と愛︑または非暴力から生まれる力﹂にほかならない︵森本達雄﹃ガンディー﹄︑九二頁︶︒
(76)
ガンディーは、「わたしは、自分が完全であるなどとは言わない。が、真理'~それは神の別名に他ならない—ーーの熱烈 な探究者であると自称している︒そしてその真理探究の途上で︑ふとわたしは非暴力を発見したのである︒それを広めるこ とこそ︑わたしの生涯の使命である︒わたしには︑その使命の遂行を除いては生きる典味はない﹂と述ぺている︵マハト
マ・ガンディー﹃わたしの非暴力l﹄森本達雄訳︑みすず書房︑一九七0年︑一八二頁︶︒ガンディーが真理追求の過程
で非暴力の原理を確立したことには︑論理的必然性がある︒というのは︑﹁だれも絶対的真理を把握したものはなく︑自分 の把握した真理がつねにまちがいの可能性にさらされている以上︑自分が真理と信じるものを︑他人に暴力的︑権力的にお しつけることは︑真理への裏ぎりをまねくからである︒真理の実験的追究と反対派への強制力行使とは︑まった<両立しな いからである」(久野収「マハトマ・ガンディーー~もう―つの伝記ー—」、『市民主義の立場から』、平凡社、一九九一年、
所収
︑七 二頁
︶︒
( 7 7 )
﹃わたしの非暴力 二七
0頁 ︒
長崎暢子
︵八
四五
︶
二0
0 0
一九
七一
年︶
︑