第 3 章 実験 28
4.2 核内カスケード模型の改良
カスケード過程における放出粒子の障壁の透過を記述するために,逆反応すなわち標的 核への粒子の入射を考える.図4.5に陽子と中性子が標的核に入射する場合の古典軌道を示 す.陽子は標的核とのクーロン相互作用によって散乱されるのに対し,中性子は直進するこ とがわかる.したがって陽子が標的核に進入する確率は中性子のそれよりも小さい.このこ とを用いて反応断面積を記述し,反応断面積を用いて陽子の障壁透過を記述する.
(a)
Target nucleus
(b)
Target nucleus
図 4.5 標的核に入射する粒子の古典軌道:(a) 陽子;(b) 中性子.実線の軌道は標的核に進 入する軌道,破線は標的核に進入しない軌道を表す.
中性子入射に対する反応断面積σR(n)は近似的に次のように表すことができる.
σR(n)=πb2maxPtr(n)PnN (4.43) ここに,Ptr(n)は遠心力障壁に対する中性子の透過係数,PnN は核内核子と中性子との衝突 が発生する確率を表し,bmaxは衝突係数の最大値である.透過係数Ptr(n)はbmaxを標的核半 径の最大値にとることで,
Ptr(n) =
1 :b≤bmax 0 :b > bmax
(4.44) と表される.
中性子入射の場合と同様に,陽子入射に対する反応断面積σR(p)は次のように書ける.
σR(p) =πb2maxPtr(p)PpN (4.45) ここに,Ptr(p)はクーロンおよび遠心力障壁に対する陽子の透過係数,PpN は核内核子と陽子 との衝突が発生する確率を表す.
ここで,荷電対称性を仮定すればPnN ≈PpN であるので式(4.43)と式(4.45)から次式を 得ることができる.
(p)
荷電対称性の仮定PnN ≈ PpN は,障壁エネルギー領域において核子–核子散乱断面積が数 百 mb, すなわち相互作用領域が核半径程度であることから妥当な仮定である.放出粒子は 図4.5の軌道に沿って標的核の外へ出ていく.したがって陽子が標的核から放出する確率は 中性子のそれより小さく,カスケード過程での陽子放出は式(4.46)で与えられる係数だけ抑 制される.
透過係数の計算には反応断面積が必要である.反応断面積の実験データはこれまでに多数 報告されているが,データの誤差が大きく,エネルギー範囲や標的核が限定的であるので実 験データを利用することはできない.そこで,系統式を用いることにする.図4.6に197Au に対する陽子入射および中性子入射反応の反応断面積を示す.図4.6に示すように陽子入射 反応,中性子入射反応ともに複数の系統式が存在し,これらは粒子輸送計算に用いられてい る.図4.6における実験データと計算との比較から本研究では陽子入射反応に対してShen の式[47]を,中性子入射反応に対してPearlsteinの式[53]を用いることにする.Shenの式は σR(p) = 0.0426A0.701f(p)(A)g(p)(E)h(A, E) (4.47) f(p)(A) = 1 + 0.0144 sin(3.63−2.82 lnA)
g(p)(E) = 1−0.67e−150E sin(12E−0.289) h(A, E) = [1 + (0.018A2−1.15A)E−2]−1 と表され,Pearlsteinの式は次式で表される.
σ(n)R = 0.045A0.7f(n)(A)g(n)(E) (4.48) f(n)(A) = 1 + 0.016 sin(5.3−2.63 lnA)
g(n)(E) = 1−0.62e−200E sin(10.9E−0.28)
ここに,Aは標的核質量数,E [MeV]は入射エネルギーであり,計算される断面積の単位は バーンである.
0 1000 2000 3000 4000
0 20 40 60 80 100
σR(n)
σR(p)
Cross Section [mb]
Incident Energy [MeV]
図 4.6 197Auに対する陽子入射および中性子入射反応の反応断面積.陽子入射反応につい て,黒丸は実験データ[43]−[46],実線はShenの式[47],破線はPearlstein–仁井田の式[48],点 線はWellisch–Axenの式[49]による計算結果を表す.中性子入射反応について,白丸は実験 データ[50]−[52],実線はPearlsteinの式[53],破線はPearlstein–仁井田の式による計算結果を 表す.