2. 研究 1
2.2. オキシトシン受容体遺伝子と信頼
前述してきたようにオキシトシンが信頼行動と関連することが明らかにされ
てきた。オキシトシンは授乳や分娩を促進する効果も持つため、女性に投与し
た場合には予期せぬ効果を発揮する可能性があるため、投与研究では一部を除
き男性を対象とした研究がほとんどである(Kosfeld et al., Domes, Heinrichs,
Michel, Berger, & Herpertz, 2007; Domes, Lischke, Berger, Grossmann, Hauenstein et
al., 2010)。また、オキシトシンの分泌にはエストロゲンが影響することもわか
っている(Champagne, Diorio, Sharma & Meaney, 2001)。これらの要因はオキシ
トシンを対象とした場合、他の生物学的要因による影響、もしくは男性しか対
象にできないといった制約がかかってしまう可能性が考えられる。このような
制約を回避するためにオキシトシンではなく受容体を生成するオキシトシン受
容体遺伝子(OXTR)を対象とした研究が行われ始めている。遺伝子配列は個人
において普遍的であり変動することがないこと、その配列は基本的に他の要因
からの影響を受けることがないため、オキシトシンのような制約がかからない
ことはオキシトシン受容体遺伝子を対象に研究をする上で大きなメリットであ
る。
OXTRは人間の第3染色体p25に位置し、4つのエクソンと3つのイントロン
で構成されている(Inoue, Kimura, Azuma, Inazawa, Takemura, Kikuchi et al., 1994;
図 3)。その中の単一塩基配列多型の一つであるrs53576(OXTR rs53576)は、3
番目のイントロンに位置し、信頼行動(Kruger et al., 2012)、共感(Rodrigues,
Saslow, Garcia, John, & Keltner, 2009)、情動支援探索(Kim, Sherman, Sasaki, Xu,
Chu, Ryu, Suh, Graham, & Taylor, 2010)、向社会的気質(Kogan, Saslow, Impett,
Oveis, Keltner, & Rodrigues, 2011; Tost, Kolachana, Hakimi, Lemaitre, Verchinski, &
Mattay, 2010)、自己罰傾向(Ohtsubo, Matsunaga, Komiya, Tanaka, Mifune, & Yagi,
2014)、ストレスへの反応(Chen, Kumsta, von Dawans, Monakhov, Ebstein, &
Heinrichs, 2011)、養育行動の敏感さ(Bakermans-Kranenburg, & van Ijzendoorn,
2008)といった人間の様々な社会性と関連を示している。これらの結果は、OXTR
rs53576という一塩基多型が信頼行動のみならず個人の気質にも影響を与えてい
ることを示唆しているが、OXTR rs53576は実際のアミノ酸配列には翻訳されな
いイントロンに位置している。しかし、イントロンが遺伝子の発現を調節して
いるという知見も明らかになりつつある(廣瀬哲郎, 2004)。もしかするとOXTR
rs53576の遺伝子多型はイントロンによる遺伝子発現の調節になんらかの影響を
与えているため、ヒトにおける行動や気質といったものと関連を示しているの
かもしれない。OXTR rs53576の遺伝子多型が遺伝子発現などにどのような影響
を及ぼしているかは不明ではあるが、本研究ではOXTR rs53576はヒトの行動や
気質と関連する遺伝子多型として扱う。