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騎士道物語への批判におけるスペイン的特徴

第六章  騎士道物語に対する批判と創造的展開:宗教的側面と俗語の問題… 62

2. 騎士道物語への批判におけるスペイン的特徴

スペインの騎士道物語は、スペインのみならず他の国々でも人気を博した。

たとえば、1471年から1549年にかけて79種の騎士道物語の作品が出版され、

版の重ねたとされるフランスにおいても264、このジャンルの絶頂を画するもの

261 Martín de Riquer, op. cit., pp. 60-61.

262 Daniel Eisenberg, Cervantes y Don Quijote, Barcelona, Montesinos Editor, 1993, p. 54.

263 B. W. Ife, Lectura y ficción en el Siglo de Oro, Tr. castellana de Jordi Ainaud, Barcelona, 1992, Editorial Crítica, pp. 20-21.

264 V. =L. ソーニエ,『十六世紀フランス文学』(二宮敬・山崎庸一郎・荒木昭太郎訳),白水

社,1990p. 66.

はフランス語に訳されたアマディスのシリーズであった265。とはいえフランス でも騎士道物語を批判する声はあり、モンテーニュなどのやや否定的な言葉も 伝えられている266

騎士道物語への批判、とりわけスペインにおけるそれと興味深い対照をなす のが、イタリアにおけるromanzo(中世騎士物語)をめぐる議論である。聖俗 における両国の密接な関係もあり、イタリアではスペインの騎士道物語はかな り早い段階で紹介されていた267。その一方で、スペインに見られた峻烈な騎士 的感情を欠き、騎士道的世界が宗教的・倫理的・政治的重要性を持たなかった イタリアでは268、スペインで流行した騎士道物語とは異なる騎士道物のジャン ルを形成される269。その代表的な作品がアリオストの『狂えるオルランド』で ある。オルランドを主人公とする点では、フランスのシャルルマーニュものの 伝統に連なる面もあるが、そこに見られるアイロニーや滑稽な部分などは、フ ランスやスペインにおける騎士道物語とは趣を異にしている270

『狂えるオルランド』に代表されるromanzoによって、イタリアではジャン ルをめぐる問題が惹起され271、二つの意見が対峙していた。一つはromanzoを 伝統的な叙事詩の一形態とする解釈、もう一つはまったく新しいジャンルとす る解釈で272、そのどちらもがアリストテレスの詩学を自らの主張の拠り所とし ていた。つまり古典的なジャンルの分類と照合し、どのように位置づけるかい う問題に収斂する。

スペインにおいても、古典の権威に依拠する形でのジャンルをめぐる議論が なかったわけではない273。すでに述べたように、人文主義者によって牧人小説 などが許容されたのは、古典的なジャンルに準拠すると見なされたためであっ た274。それでも騎士道物語をめぐっては、ジャンルとしてromanzoを峻別する

265 同上,p. 74.

266 Henry Thomas, Spanish and Portuguese romances of chivalry, New York, 1920, Cambridge University Press, pp. 216-218.

267 Ibid., pp. 180-183.

268 フランチェスコ・デ・サンクティス,『イタリア文学史 ルネサンス篇』(在里寛司・藤 沢道郎訳),現代思潮社,1973pp. 247-249.

269 Susana Gil-Albarellos, «Debates renacentistas en torno a la materia caballeresca. Estudio comparativo en Italia y España», Exemplaria, I 1997, pp. 44-45.

270 Edwin Williamson, El Qujiote y los libros de caballerías, Tr. de María Jesús Fernández Prieto, Madrid, Taurus, 1991, p. 109.

271 Susana Gil-Albarellos, Amadís de Gaula y el género caballeresco en España, Valladolid, Universidad de Valladolid, 1999, pp. 162-163.

272 Ibid., p. 167.

273 Pedro Hernández de Villaumbrales, Peregrinación de la vida del hombre, Ed. de H. Salvador Martínez, Madrid, Fundación Universitaria Española, 1986, pp. 27-30.

274 Edward Glaser, op. cit., p. 393.

ことが第一義であったイタリアの議論とは異なり、前節で見たように作者や読 者の資質や姿勢、あるいは社会に対する影響など、総じてモラルに関する問題 が熱心に論じられた。この点に、騎士道物語に対する批判におけるスペインの 特徴を見ることができる275

モラルに依拠した批判に対して、同じくモラルの面から騎士道物語を擁護し て批判に応えようとする試みもなされた。そうした例としては、前節で言及し たメヒーアの批判に対する、作者不明の書簡による反論が伝えられている。メ ヒーアは、マルティン・デ・リケールの分類にしたがえば作者の教養不足をの ぞくすべての点で騎士道物語を批判している。このメヒーアに対して、書簡を 記した人物は騎士道物語における「模範性」を主張する。

Por çierto mejor gastó su travajo el autor de Amadís, pues con copias fábulas persuade a virtud y a bondad, que si le gastara en dezir verdades de malos exemplos de que están estas Vidas de los emperadores llenas. Porque si dellas tomamos las particularidades de cómo vivían y tratavan con las gentes, no hallaremos cosa buena y si alguna ay, rebuelta con mil ponzoñas. Si vamos a lo general, veremos una manera de reyno tan confuso que siempre tenían el señor inçierto y él, inçierta la vida y el govierno y el mando; y si alguna manera o camino havía para asegurar su señorío, era crueldad, assí que ni en el todo ni en la parte no ay cosa que de loar sea en toda su Historia.

(というのもアマディスの作者は、多くの寓話によって徳や善を勧めている のであり、この(「メヒーアの著した」、筆者注)『皇帝たちの生涯』に満ち ているような、悪しき模範である真実を語るよりもより良い形で、その労力 を費やしたことは確かである。なぜなら、この『皇帝たちの生涯』によっ て、皇帝たちがいかに生き、民と交わったかについて、その特徴をわれわれ が知ったとしても、そこに良きことを見出すことはないであろうし、また仮 にあったとしても、多くの有害なるものにまみれているだろう。総じて言え ば、われわれが目にするのは誠に乱れた王国のありさまで、つまるところ 人々が戴く主人には常に問題があり、その生活、統治、指示にも問題があ る。そうした領主が自らの支配を確固としたものにする方法や道筋があると したら、それは残虐さである。したがって貴殿の『歴史』を通覧したとして も、その全体においても部分においても、賞賛されるべき点はない。276

275 «Debates renacentistas en torno a la materia caballeresca. Estudio comparativo en Italia y España», op. cit., p. 61.

276 Nieves Baranda, op. cit., p. 226.

(括弧内拙訳)

すでに見たように、騎士道物語への批判の根拠の一つとして迫真性の欠如が ある。上記の反論の書簡では、迫真性にもとる点は認めつつ、虚構である物語 が有する模範性をもって、『アマディス』などの騎士道物語を擁護する。模範 性という観点からその正当性を主張することは多くの騎士道物語において行わ れているが、この書簡ではクセノポンやプラトン、アイソーポスなどの、人文 主義者にとって重要である古典古代の文献を援用しながら、その有用性を主張 する277

模範としての有用性は、『アマディス』の続編である『エスプランディアン』

においても意図的に加味されている。アマディスの息子エスプランディアンの 物語は、当時のスペインの宗教的な状況を鑑み、それまでジャンルの基軸で あった「宮庭風恋愛」に代わる神への愛を説くための、聖戦の物語として提示 された。エスプランディアンは、父親であるアマディスが希求した個人として の栄光を放棄するとともに、キリスト教徒が一団となって異教徒と戦うよう に、イギリスの騎士たちに呼びかける。こうした展開は、互いに対立しあう貴 族たちに対して、結束してイスラム教徒との戦いにのぞむことを求めたカト リック両王の呼び掛けに呼応したものとも言えるだろう278。またそこには、異 教徒たちの改宗の物語としての要素を見ることもできる279

『アマディス』以降、スペインの騎士道物語には美徳を備えた模範となる騎 士を生み出そうとしてきた歴史がある280。批判に対して、徳を備えた騎士の物 語を提示し、その模範性を主張する形の論陣も張られた。ただしそうした試み も時流を変えるには至らず、騎士道物語を批判する声はその出版が停滞する状 況を迎えても止むことはなかった281

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