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アメリカにおける「不利益推認禁止原則」の動揺

第4章 若干の検討

第2節 アメリカにおける「黙秘からの不利益推認」に関する検討

2 アメリカにおける「不利益推認禁止原則」の動揺

では、「弾劾例外」が広く認められてきた点を除けば、

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年にサリナス・ケース連邦最 高裁判決が下されるまでの間、アメリカにおいては、イギリスで生じた黙秘権を制限する動 きや、そのような動きを後押しした背景事情に対応するものは存在しなかったのであろう か。結論からいえばそうではない。本稿第3章第2節の1で見たように、これまで連邦最高 裁は、ミランダ法則の効力に対する「切り崩し」とも評される、ミランダ法則の例外を設け ることで黙秘権・自己負罪拒否特権の保障範囲を狭める判断を相次いで示してきた19。また、

112; Andrew Choo, The Privilege Against Self-incrimination and Criminal Justice (2013), at p. 102.

17 この点に関しては、石田倫識「被告人の主張明示義務に関する批判的考察」九大法学91号(2005)1頁以下を参 照。また、中野目善則「黙秘を証言弾劾に用いることの可否」渥美東洋編『米国刑事判例の動向Ⅰ』(中央大学出版 部、1989)119頁以下、125頁は、被告人が、当然の権利を主張した事実を、その法廷での態度と一致しないものであ るとして、そこに虚偽の翳りがあると見るのは妥当でないと指摘する。

18 本稿第3章第1節を参照。また、萩原滋「事件の発生を警察に申告しなかった事実を弾劾証拠として利用すること の当否」判例タイムズ455号(1982)72頁以下によれば、ジェンキンス・ケース連邦最高裁判決は、比較衡量によ り、実質証拠としての利用は許容されない証拠であっても、弾劾証拠としては許容される余地があるとしたうえで、ミ ランダ告知に先立つ黙秘の弾劾利用を認めたものであるとされる。加えて、山田峻悠「アメリカ合衆国における捜査段 階の黙秘と不利益推認」比較法雑誌513号(2017)157頁以下、181頁も、黙秘を実質証拠としての利用が許され ない理由を比較衡量に求めている。

19 川端和治「ミランダ・ルールの例外」ジュリスト856号(1986)120頁以下、121頁では、連邦最高裁が、ミラン ダ法則を正面から変更するのではなく、その効力の例外を設けることで同法則に制限を加えることを試みるようになっ た理由として、同法則が、ルールとしてわかりやすく、その遵守が容易である点、および実務において確立したルール として定着している点があげられている。現に、連邦最高裁長官であったバーガー裁判官も、ミランダ法則の意味内容

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同節で確認したように、警察官に対して、非身柄拘束下での取調べを積極的に活用するよう 促す動きが生じていることも指摘されており、そのような動向をも、前記の「切り崩し」の 一環として捉える見方もある。こうした見方においては、非身柄拘束下での取調べの積極的 な活用は、「弾劾例外」を前提に、取調官が、ミランダ告知を遅らせることで被告人の自白 か黙秘かいずれかの証拠を獲得することを可能にする一方で、自白強要の防止と時期に適 った権利告知の保障というミランダ法則の目的を骨抜きするものとして受け止められるこ ととなる。ミランダ法則に対する例外を設ける司法判断が積み重ねられる一方で、非身柄拘 束下での取調べの比重が高まりつつあるという以上のような状況下で登場したのが、非身 柄拘束下での取調べでなされた黙秘を実質証拠として利用することを許容した

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年サ リナス・ケース連邦最高裁判決であった。

このサリナス・ケース連邦最高裁判決に至るまでの黙秘権制限に向けた動きの背景には、

本稿第3章第2節の1で見たように、ミランダ法則による自白率の低下が証拠収集の困難 を招き、刑事司法の実効性が損なわれていることが危惧されてきたとの事情があった。もっ とも、ミランダ法則が刑事司法の実効性に対して現実に悪影響を与えたかどうかについて は必ずしも実証されておらず、むしろ、ミランダ法則が確立された前後で警察実務には変化 がなかったとする見解が有力に主張されてきた。そのため、「犯罪統制」政策や、刑事司法 に関する保守主義的なイデオロギーに向けられた連邦最高裁の傾倒を指摘する声も見られ た。たしかに、本判決における相対的多数意見、結論同意意見に賛同する裁判官は、浮動票 的な立場と目されているケネディ裁判官を除き、全員が保守主義的な傾向のある裁判官で あった。もっとも、ミランダ法則が確立されて以降、アメリカでは、1960 年から

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年 をピークに、深刻な治安悪化が生じており、裁判所としても、こうした実情を無視すること ができなかったとの側面も否定はできない20。そうすると、理想的にも見えうる厳格な人権 保障の水準を示したミランダ法則に対して、連邦最高裁が、その適用の場面で多くの例外を 設けることにより、現実との折衝を図ってきたと見る余地もあろう21。いずれの見方を採る にしても、アメリカにおける刑務所の過剰拘禁の問題に関する文脈ではあるが、かつての刑 務所の収容人員の変化は、有罪を言い渡された者に対する量刑や処遇方法の変化によるも

が明確化し、実務にも浸透したため、同法則を覆す必要はないと発言している。Rhode Island v. Innis, 446 U.S. 291, 304 (1980)(Burger, C.J., concurring).

20 ただし、連邦捜査局(FBI)が発行する「統一犯罪報告書(UCR)

」のデータ版<https://ucr.fbi.gov/ucr-publications>によれば、1991年以降、暴力犯罪・財産犯罪ともに、その犯罪率は2013年に至るまで減少傾向にあ

る。もっとも、暴力犯罪については、2013年においても、深刻な治安悪化が叫ばれた1970年代と同程度の数値を示 しているため、アメリカの治安は依然として深刻な状況にあるともいえよう。なお、1991年から2012年までのアメ リカにおける犯罪減少要因について分析した邦語文献として、藤田周良「アメリカにおける犯罪減少の要因」犯罪と非 177号(2014)177148頁以下。なお、1970年代の犯罪率に関するデータは、原典を参照することができなかっ たので、同論文の149頁に掲載されている図表を参照した。

21 バーガー・コート以降の裁判所が示した被告人の権利拡大に対する抑制的な姿勢について、個別事件における諸権 利の保護の現実的なあり方を問題にしたものであるとの評価を加えるものとして、久岡康成「刑事訴訟における適正手 続とフェア・トライアル」立命館法学231・232号(1993)216頁以下、1141-1142頁。

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のであり、「検察官や裁判官がより多くの人々に有罪宣告をしていると結論すべき理由も、

ほとんど存在しない」ことが指摘されていた22。言い換えれば、そこで志向された厳罰化は、

あくまでも有罪判決後の量刑や処遇に関する厳格化にとどまるものであるとされていたの である。しかし、非身柄拘束下での黙秘の実質証拠としての利用を許容した連邦最高裁の姿 勢は、その当否は別として、量刑や処遇を超えて、安易な無罪評決を許さないという意味で の有罪評決の確保を追求するものになったといえよう。こうした見方は、バーガー、レンキ スト、ロバーツ各首席裁判官の時代の連邦最高裁の法廷の特徴として、捜査に対する手続的 制約よりも適切な証拠評価による事実認定を志向する傾向が指摘されている23こととも符 合する。

では、サリナス・ケース連邦最高裁判決は、どのように評価されるべきであろうか。

その評価を加えるのに先立ち、まずは、本判決の結論同意意見をはじめとする、非身柄拘 束下での取調べへの修正5条の適用を一律に否定する見解の妥当性について検討したい。

この見解は、非身柄拘束下での取調べの性質が任意であり、そこには「強要」が存在しない ことを理由に、当該取調べに対する修正5条の適用は一律に排斥されると説く。しかし、個 別の質問の内容と、質問を受けている被疑者との関係を考慮せず、取調べの性質のみを根拠 に「強要」の存在を否定することには疑問がある。なぜなら、質問の内容が犯罪事実に密接 に関わるものであるなど、負罪的な性質が認められる場合、そのような質問を投げかけられ た被疑者には、仮にその人物が無辜であったとしても、供述に向けられる強力な心理的圧力 が生じうるからである。しかも、そのような質問が負罪的なものといえるかどうかの判断は 同人にとって極めて困難であることが、そこで生じる心理的圧力をより強化しているとい える。それにもかかわらず、自己負罪条項の適用にあたり、個別の質問の内容と、質問を受 けている被疑者との関係が一切考慮されないのは妥当ではない。

以上を前提に、本判決の相対的多数意見について検討してみたい。この意見に対する最大 の批判は、黙秘権を行使するために、先にその権利の行使を明確に主張しなければならない というのは矛盾しているというものである。もっとも、この批判は、非身柄拘束下で取調べ を受けている被疑者にも、ミランダ法則の保障する包括的な黙秘権が与えられなければな らないとの主張を前提としたものである。では、身柄を拘束されていない被疑者には包括的 な黙秘権が認められないと仮定し、その一方で、個々の質問内容との関係では修正5条の適 用がありうることを前提にする場合には、いかなる結論が導かれることとなるのか。相対的 多数意見では、捜査当局が、必要な証人によるあらゆる証言を利用できる権利を有すること が原則とされ、典型的には公判や議会の証人に与えられる自己負罪拒否特権は、その例外に 位置づけられた。いうまでもなく、証人が自己負罪拒否特権を行使する場合には、その理由 を疎明することが求められる。そして、公判廷と、身柄拘束下での「強制的」な雰囲気のも

22 Reiss, Albert J. Jr.(宮澤節生訳)「アメリカ合衆国における刑務所過剰拘禁」ジュリスト863号(1986)62頁以 下、63頁。

23 洲見光男「ミランダ判決の45年」『三井誠先生古稀祝賀論文集』(有斐閣、2012)751頁以下、754-755