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、 ま

ドキュメント内 『夷堅志』編纂と諸版本の研究 (ページ 103-107)

ま 上 図 黄 校 本 に 校 語 と い う 形 で 保 存 さ れ て い る

。 し か し な が ら

、 張 元 済 は

、 黄 丕 烈 が 校 勘 作 業 を し た 上 図 黄 校 本 を 見 て い な い の で

、 袁 伯 夔 の と こ ろ か ら 借 り た も の を

「 旧 鈔 本

」 の 原 本 と 見 な し て し ま っ た

。 そ の た め

、 後 世 の 人 々 は 通 行 本 の 後 十 志 の 底 本 に つ い て

、 極 め て 混 乱 し た 認 識 を 持 っ て し ま っ た の で あ る

、 ま と め

最 後 に

、 今 ま で 述 べ て き た 通 行 本

『 夷 堅 志

』 の 後 十 志 の 底 本 の 諸 説 を 整 理 す れ ば

、 次 の 一 覧 表 の と お り で あ る

○ 張 元 済の 説 明 袁 伯 夔本

( 旧 鈔本 の 原 本 黄 丕 烈 の校 語 付

通 行 本

- 99 -

〇 従来 の 認 旧 識 鈔 本 の 原本

袁 伯 夔本

図 黄校 本

通 行 本

○ 筆 者 の考 証 旧鈔 本 の 原本

( 已 佚) 宋 刻 本

耕 煙 草堂 本 上 図 黄校 本

( 本文 は 旧 鈔本 に よ る、 校 語 は宋 刻 本

、草 堂 本 の異 文

) 袁

伯夔 本

( 校語 を 参 考 して 新 た に抄 写

)( 已 佚

通 行 本

- 100 -

『 夷 堅 志

』 通 行 本 の 底 本 に つ い て は

、 従 来 の 研 究 者 は 張 元 済 の 説 明 に 依 拠 し

、 安 易 に そ の 底 本 を 黄 丕 烈 所 蔵 旧 鈔 本 の 原 本

、 或 い は 上 図 黄 校 本 と 見 な し て し ま い

、 し か も 通 行 本 に 保 存 さ れ て い る 数 条 の 校 語 を 黄 丕 烈 の 校 勘 作 業 の 結 果 と 考 え た

。 本 章 に お い て は

、 上 海 図 書 館 に 所 蔵 さ れ て い る 黄 丕 烈 校 本 を 基 礎 資 料 と し て

、 そ の 本 文 は 黄 丕 烈 が 旧 鈔 本 に 基 づ い て 新 た に 作 成 し た も の で あ る こ と を 明 ら か に し た

。 ま た

、 そ の 中 に は 宋 刻 本

・ 草 堂 本 の テ キ ス ト も 混 入 さ れ て お り

、 上 図 黄 校 本 に 残 っ て い る 校 語 を 通 じ て

、 黄 丕 烈 の 校 勘 経 緯

、 及 び 残 っ て い な い 旧 鈔 本 の 姿

、 宋 刻 本 と の 異 文 な ど が 確 認 で き る こ と を 指 摘 し た

。 更 に

、 通 行 本 の 底 本 に つ い て は

、 上 図 黄 校 本 と 通 行 本 の テ キ ス ト の 比 較 を 通 し て

、 旧 説 の 旧 鈔 本 の 原 本 或 い は 上 図 黄 校 本 に 基 づ く の で は な く

、 旧 鈔 本 を 底 本 と し て ほ か の 版 本

( 草 堂 本 と 宋 刻 本 な ど

) の 異 文 を 参 考 に し て

、 新 た に 作 成 し た も の と 結 論 づ け ら れ る の で あ る

。 注

( 1

) 周 亮 工

『 書 影

』 巻 二

( 上 海 古 籍 出 版 社

、 一 九 八 一 年

)、 第 五 二 頁

( 2

『 新 校 輯 補 夷 堅 志

』( 中 文 出 版 社 影 印

、 一 九 七 五

)。

( 3

『 新 校 輯 補 夷 堅 志

』、 第 七 三 八 頁

( 4

『 新 校 輯 補 夷 堅 志

』、 第 三 八 頁

( 5

『 新 校 輯 補 夷 堅 志

』、 第 七 三 八 頁

( 6

) そ れ ぞ れ

『 支 甲 志

』 巻 八

「 晁 氏 蜝 異

」、

『 支 癸 志

』 巻 三

「 柯 山 蛇 妖

」、

『 支 癸 志

』 巻 七

「 九 座 山 杉 蘭

」、 巻 八

「 黄 徳 昭 事 太 宗

」 に あ る

( 7

『 中 国 古 籍 総 目

・ 子 部

』( 中 華 書 局

・ 上 海 古 籍 出 版 社

、 二

〇 一

〇 年

)、 第 五 冊

、 第 二 一 六 五 頁

( 8

) 伊 原 弘

、 静 永 健 編

『 夷 堅 志 の 世 界

』( 勉 誠 出 版

、二

〇 一 五年

) に 収 録

- 101 -

( 9

) こ の 抄 本 は 二

〇 二 年 に

『 続 修 四 庫 全 書

』 に 収 録 さ れ て 影 印 公 刊 さ れ た が

、 影 印 時 に 脱 落 し て し ま っ た 黄 丕 烈 の 校 語 が 数 多 く あ る の で

、 注 意 す べ き で あ る

( 10

『 続 修 四 庫 全 書

』 の 説 明 に よ る

( 11

) 中 国 国 家 図 書 館 の 中 華 古 籍 資 源 庫 デ ー タ ベ ー ス に よ る

( 12

) 通 行 本 は

「 翹

」 と し て い る が

、 ま た 何 の 説 明 も な い

( 13

) そ の 原 因 に つ い て は

、 紙 幅 の 都 合 上

、 稿 を 改 め て 論 じ た い

( 14

) 続 修 四 庫 全 書 影 印 本 に は そ の 淡 朱 筆 の 校 語 は 見 え な い

( 15

) 上 図 黄 校 本 の 校 語 は

、 誤 字 の 右 側 に 傍 線 を 引 き

、 更 に 天 頭 に 異 文 を 記 録 す る と い う 形 で あ る が

、 こ こ で は 便 宜 上

、「 某 作 某

」 と し た

( 16

) 上 図 黄 校 本 か ら 通 行 本 の 底 本

( 袁 伯 夔 本

) に 至 る ま で

、 ほ か の 版 本 と 校 合 を 行 っ て い る の か ど う か

、 例 え ば

、 以 上 に 述 べ た

「 羅 仲 寅 逢 故 兄

」 の 欠 文 を 埋 め た こ と は 誰 に よ っ て 行 わ れ た の か な ど

、 多 く の 問 題 が 残 さ れ て い る が

、 今 後 の 課 題 と し た い

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第 五 章

『 夷 堅 志

ドキュメント内 『夷堅志』編纂と諸版本の研究 (ページ 103-107)

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