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第1 人権問題としての死刑 1 これまでの議論状況

死刑制度を巡る従前の議論は、存置か廃止かを巡って議論されてきたが、容易 にその結論には至っていない(第2章)。日弁連は、2002(平成14)年11 月22日に「死刑制度問題に関する提言」を発表したが、それから10年以上を 経過して、弁護士会内部においても、社会的にも、その後の議論が活発に進んだ とは言い難い状況である(第1章)。

他方、第3章に見たように、国際的には死刑廃止国が急激に増大し、いわゆる 先進国で死刑を残している国はアメリカと日本のみとなった。しかも、アメリカ では、常に死刑に関する議論が激しく展開され、50州のうち19州で死刑が廃 止され、存置州でも死刑の執行方法については度々変遷し、死刑事件に対するス ーパー・デュー・プロセスと言われる手厚い手続きが要求されるようになってい る(第3章、第7章)。議論もせず、制度改善もしない先進国は日本だけとなって いると言ってもよい。自由権規約委員会は、こうした日本に対して度々国内世論 にかかわらず死刑廃止を前向きに検討するようにとの勧告を行っている。これに 対して日本政府は国内世論を盾に各国が独自に決定すべきものとの姿勢を崩して いない。個別の手続き改正についても何も行なっていない。だが、国際社会が人 権の問題として捉えている課題について、国内問題との主張で押し通して済ます ことが果たして妥当であるのか、大きな疑問が残る。

2 人権問題としての死刑

国際社会が日本に対し「国内世論にかかわらず」死刑廃止を前向きに検討する

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よう要求するのは、死刑が基本的人権にかかわる問題だからである。

死刑は「国家による生命侵害行為」である。生命は基本的人権のうちで最も根 源的なものであり、最高裁大法廷昭和23年3月12日判決の「生命は尊貴であ る。一人の生命は、全地球よりも重い。」という表明は、この基本的人権の文脈の 中で読み解く必要がある。この最も根源的な基本的人権の侵害が許されるために は相応の議論がなされなければならない。しかしながら、日本の判例はこの判決 以後、すでに67年が経過しているが、この生命の基本的人権としての根源性に 向き合ってきたとは到底言い難い(第5章の各判例参照)。

このような状況の中で、免田事件のように死刑事件での再審で無罪となった事 件がすでに4件あり、冤罪が疑われる菊池事件や飯塚事件では、すでに死刑が執 行されてしまっている。生命の侵害に対しては後に誤りが認められてもその人権 の回復手段はないと言ってよい。(免田事件及び菊池事件は熊本県の事件である)

(第5章)

弁護士法は、その第1条で「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現 することを使命とする。」と定めている。私たち弁護士は、死刑は人権問題である ことを常に想起し、この課題に真正面から取り組む必要に迫られている。

3 前に進むための議論を

私たちは、これまでの議論の状況を踏まえて、さらに前に一歩踏み出すために は、死刑についての存廃の議論を延々と続けるだけはなく、どうすればこの問題 状況に改善をもたらすことができるのかを具体的・実践的に議論する必要がある。

他方、犯罪被害者の心情にも寄り添うことを忘れてはならず、特に日本の犯罪 被害者救済制度の貧困を考えれば、犯罪被害者救済に関する議論も進めていかな ければならない。

第2 制度的検討の方向性 1 制度的検討の必要

当会では、死刑の存廃について結論を導くまでの議論はまだ行われてはいない。

しかしながら、存廃の議論を置いておくとしても、現行の死刑については、執行 方法の適正、死刑確定者の処遇、執行を回避する恩赦等の制度の機能麻痺、情報 公開が不十分であること等が指摘されており(第4章)、さらに、死刑を決定する 手続きについては、特別に厳重な手続きが定められていないことや、裁判員裁判 が開始したこととの関係での制度の在り方の議論も十分になされていない(第7 章、第6章)。

死刑廃止論者にとっては、廃止に至るまでの制度改善は必至のものであり、死 刑存置論者にとっても、制度改善については十分にコンセンサスを得ることが可

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能な問題である。

存置か、廃止か、にかかわらず、制度的検討は可能であり、またなされなけれ ばならない。

2 制度改善の緊急性

これらの制度検討が緊急を要するのは、現実に死刑判決や死刑執行が行われ続 けているからである(2012(平成24)年には7人、2013(平成25)

年には8人、2014(平成26)年には3人が死刑執行された)。死刑確定者の 処遇問題では、袴田事件を通じて、死刑囚の置かれている状況の深刻さが浮き彫 りにされた(第4章)。死刑の決定から執行までの過程に、基本的人権が侵害され る事態が現に存在するおそれが大きいのに、この問題を先送りすることは許され ない。

十分な救済対策のないまま放置されている犯罪被害者の問題についても、早急 な整備拡充を図っていかなければならない。

3 制度改善の要点

1) 死刑制度全般について情報開示を行うこと(第4章)

2) 死刑を決定する要件について

① 高齢者・精神障がい者・若年者については死刑を言い渡す際の要件として も特別の配慮が検討されるべきこと(第4章)

② 死刑判決は特別に重大な事件でかつ被告人に更生の可能性のないものに限 定されるべきこと(第3章、第4章)

3) 死刑を決定する手続きについて

① 死刑判決の全員一致制、死刑判決に対する自動上訴制、死刑判決を求める 検察官の上訴の禁止、死刑事件についての複数弁護人選任制等のいわゆる スーパー・デュー・プロセスを刑事手続きに導入すること(第3、7章)

② 裁判員裁判において、死刑の執行方法等が争点になった場合にも、裁判員 がその協議に加わることができるよう制度検討すること。及び裁判員の心 理的負担に対するケアの措置を検討すること。(第6章)

4) 死刑確定者の処遇について

① 疾病の治療、精神不安に対するケアが適切に行われること(第4章)

② 拘置所内や社会との人的交流について配慮すること(不当な郵便の制限や 面会の制限を廃すること)(第4章)

③ 高齢者・精神障がい者・若年者に対する特別の配慮を検討すること(第4 章)

5) 実効性のある恩赦制度を確立すること

6) 犯罪被害者に対する救済が拡充されるべきこと(第8章)

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① 犯罪被害者に対する経済的補償に関する制度が充実されること

② 犯罪被害者の精神的被害に関する医療体制が確立されること 4 死刑を廃止する場合の制度検討

死刑を廃止する場合には、被害者感情や国民感情を考慮して、改めて死刑に代 わる仮釈放のない終身刑等の刑罰を創設すべきか否かの検討も必要となる。(第1、

3章)

5 死刑を存続する場合の制度検討

死刑を存続するということになれば、その執行方法や執行手続きについても検 討が必要となる。

たとえば、絞首刑という執行方法が憲法に適合するのか、適合するとしても方 法として妥当か等の疑問が検討されなければならない。

また、執行する場合の手続きとしては、当事者や家族に執行を事前に通知する 必要や、その通知を受けて異議の申し立てを許す制度等が検討されなければなら ない。高齢者・精神障がい者・若年者に対する特別の配慮についても検討が必要 である。(以上、第4章)

第3 執行停止の必要性

以上の議論は、可能な制度改善を早急に進めながら、他方では時間をかけた全 社会的議論として進めていく必要がある。そして、死刑制度の運用状況、死刑事 件の誤判原因、国際的な死刑廃止・執行停止の状況、死刑に代わる最高刑の在り 方等について調査するため、衆議院・参議院に死刑問題に関する調査委員会を設 置すべきであり、この議論の間は、死刑の執行は停止されるべきである。

すでに2000年代になって、67人の死刑が執行された(第3章)。この中に は、現在冤罪であったとして再審請求が行われている飯塚事件のK氏が含まれて いる。現在死刑確定者は130人に及ぶと言われている。この中には、名張事件 の奥西勝氏や袴田事件の袴田巌氏が含まれている。国民的議論が十分に行われな い中で、漫然と人の命が奪われることをこれ以上容認することはできない。国に 対し、早急に死刑執行停止の措置をとることを強く要請する。

第4 弁護士会としての取り組み 1 取り組みの方向

日弁連での議論が先行している中、各弁護士会や各弁護士会連合会での取り組 みは、現在、その議論がようやく始まったばかりであると言わなければならない。

当会でも従前は死刑の問題について議論が本格的になされていなかったが、20 12(平成24)年に初めてシンポジウムを開催し、以後死刑廃止検討プロジェ

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