第 3 章 2 ヶ所のセンサにより得られた地震記録を用いた建物全層応答推定手法
3.6 まとめ
地震計(加速度計)は構造ヘルスモニタリングにおいて健全性を判断するために有効なセンサである が、建物の限られた階(層)にしか設置されないことが多い。そこで、建物内の 2 ヶ所に設置された加 速度計の地震記録を用いて、設置階以外の層における応答波形を推定する手法を提案した。建物内の 2 ヶ所で得られた地震動記録の伝達関数から建物の固有振動数を同定し、その振動数に対応した帯域を通 過する応答波形に対して基準化した固有振動モード係数を掛け合わせ、それらを重ね合せることによっ て、観測点以外の層における時刻歴応答波形を推定する方法である。
まず 2 つの実建物で観測された地震記録を用いて提案した推定手法の評価を行った。ここで検討対象 とした建築物には全階に各種センサが設置されており、推定手法の精度を確認するには最適であり応答 推定結果を直接比較し確認することができる。この応答推定の誤差を確認するために、統計学で用いら れる箱ひげ図を用いて評価した。
1 例目の建物は、研究所実験施設の 5 階建ての実建物である。本建物は実験施設であることから、一般 建物とは違い変則的な階高となっているのが特徴的であり、1 階部分においては、柔部材と剛部材の混合 配置により地震エネルギーを集中し応答低減する制震構法が採用されている。この建物で観測された東 北地方太平洋沖地震の本震・余震の記録を含んだ、12 地震について応答推定を行った。建物での振動モ ードは、観測された 12 地震記録から求めた。東北地方太平洋沖地震の本震・余震の記録で推定された応 答波形は、非常に精度よく再現できた。当然、最大値の対応も良好であり本震においての層間変位最大 点における誤差は 7.1%以下であった。このことは、本論文で提案している手法は実建物の応答推定に十 分適用できることを意味している。また 12 地震の最大応答推定値の誤差は、全層をまとめた場合、加速 度最大値の第 1・第 3 四分位点の範囲(50%のデータ)が-0.7%から 4.0%、速度最大値で-1.8%から 1.8%、
変位最大値で-0.7%から 2.4%、層間変位最大値で-54.8%から-8.5%という結果となった。層間変位最大値 においては、小さめに評価をしていることが分かった。
2 例目の建物は、1 例目と同じ敷地にある研究所実験施設の鉄骨造建物(6 階)である。この建物は、2 階に慣性質量ダンパーを備えた制震構造となっている。本建物でも、全層の応答が観測されていること から、モデルを介した計算をすることなく本手法の妥当性の確認が可能である。この建物における基準 化振動モード係数は、設置されている加速度計により常時微動計測から求めた。例として、茨城県南部 の地震記録の推定応答波を示しており、その加速度波形は、高次モードの影響で波形振幅がやや異なっ ているが、全体的に実記録と推定波形とは、ほぼ一致しており、波形の形状、位相、最大値ともに非常 に良い推定ができている。また変位応答波形は、ほぼ一次モードで構成されていると考えられ、非常に 精度よく推定できた。全層をまとめた最大応答値の推定誤差は、加速度最大値の第 1・第 3 四分位点の範 囲(50%のデータ)が 7.4%から 37.2%、速度最大値で 1.8%から 14.5%、変位最大値で-0.1%から 6.2%、層 間変位最大値で-37.3%から-6.1%という結果となった。全体的な誤差は、1 例目の建物より大きくなって いる。その理由として、2 階にある制震ダンパーによって、地震応答時の振動モードが振幅により変化し ていることが考えられる。つまり、本推定手法のように基準化振動モードを用いた手法では誤差に影響 するため、適切なモード形状を設定する必要がある。
最後に、提案した推定手法の精度を確認するために、質点系解析モデルに対して3次までの振動モー ドを考慮して線形の時刻歴応答解析を行い、その応答波形について本手法を適用し応答を推定した。解
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析モデルは、3、5、10、20 層の 4 ケースとし、入力地震動として 2011 年東北地方太平洋沖地震における 強震ネットワーク K-NET の 188 記録を用いた。頂部の応答波形を基に加速度、速度、変位および層間変 形の波形を推定し、応答値の最大値に関する誤差を求めて、本手法の精度を確認した。
その結果、入力された地震波特性によっては、大きな誤差をもって推定されるケースがみられるが、
低層であればあるほど誤差は小さく、成分としては加速度、速度、変位の順に精度が良く推定される傾 向がみられた。解析モデルの層数が増えると、その推定誤差が大きくなる傾向が見られた。具体的には、
層数が最も多い 20 層モデルでは、誤差の中央値(Q2)は加速度最大値で 22.8%、速度では 8.7%、変位にお いては 0.6%となり、誤差は、加速度から変位になるに従い小さくなっていく。この傾向は、どの解析モ デルでも同じである。変位波形は加速度波形に比べて、高振動数成分の影響が小さいことからこのよう な誤差傾向になっていることが確認された。
以上をまとめると、同一地点に建つ2棟の建築物の結果では、大きな振幅であれば本手法で推定した 中間層の応答は、安全側での評価と考えられよう。小さな振幅であっても、第 1・第 3 四分位の範囲であ れば、変位最大値は 10%程度の誤差に収まる。層間変位はこれよりも誤差範囲が広がり小さめに推定され ることが多い。質点系解析モデルの結果から、様々な入力と様々な建築物を考えると、本推定手法の誤 差は拡大してゆく。ただし、変位応答,速度応答の推定誤差の中央値(20 質点モデル:Q2)はそれぞれ 0.6%,8.7%であり、この2つの指標の推定には使えるであろう。
本手法の課題としては、高次モード成分における波形の推定誤差を小さくする処理方法を考える必要 がある。入力地震動の特性により、高次振動が卓越するケースでは大きな誤差をもって評価されること もあることから、適切なモード係数の設定が必要である。今後は、こうした問題の改善を考え、推定精 度を向上させ、さらに実験や観測による検証を行っていきたい。
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