第5番と第9番の二つのソナタの考察に移る前に、ここで「無調的」という概念につい て確認しておきたい。プロコフィエフの音楽では、あるまとまった時間において調が明確 に定義出来る場合と、そうではない場合がある。調を定義出来ない場合というのは、大き く分けて次の二つの場合であると考えられる。
1.) 完全に不協和音の連続で、文字通りあらゆる調の機能和声から逸脱している場合 2.) 瞬間瞬間の和音は特定の調に属しているものの、音楽の流れとしてはいずれかの調 であると特定できない場合
1.)の場合、例えば次のようなケース譜例1-3-1であるが、文字通り完全に「無調」であると断
言して差し支えないであろう。
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【譜例1-3-1 : 《ピアノソナタ第5番》第3楽章 第129~131小節】
問題は2.)の場合である。例えばこのようなケース譜例1-3-2であるが、プロコフィエフの音楽
では往々にして、一つ一つの和音は協和的でいずれかの調性に属しているような響きであ るのに、それを音楽の流れとして聴くと調を特定出来ない場合がある。一つ一つの和音は いずれかの調の和音ではあるものの、流れとしては非機能的だからである。いわば「不定 調」とも呼べるこの事象は、完全な無調音楽とは別のものとして考えるべきところである。
また、いくつかの調性が同時に奏される「複調」によって、調性が特定出来ない場合もあ ろう。一方、本論で重要としているのは、調性からの逸脱の有無、その手法、並びにその 結果として演奏者にはどのような影響があるのか、である。よって、文脈上これらの事象 を調性音楽からの逸脱という意味でまとめて扱う場合、便宜上「無調的」という言葉を用 いることとする。
【譜例1-3-2 : 《ピアノソナタ第5番》第1楽章 第31~33小節】
もう一つ、カデンツについても確認しておきたい。カデンツとは、
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一定の旋律定型、和声進行、あるいは不協和音の解決に基づいて、楽句、楽 章、楽曲を終結すること。また、こうした終結の基礎となっている定型のこ と。46
であり、調性時代の音楽において、最も完全なカデンツは V → I の進行でバスが属音・
主音と進行するものである。その他、さまざまに異なる「終止感」の度合いに基づいて、
さまざまなレヴェルのカデンツに分類して考えることの出来るものであるが、本論として は、どのレヴェルのカデンツかということよりも、様々な音楽的展開の中で、いつトニッ クに戻ってくるかという点を重視している。従って、トニックに戻ろうとする一連の動き すべてを「カデンツ」と呼称する事とする。
46 Tilmouth, Michael. 「終止法」、大久保一訳『ニューグローヴ 世界音楽大事典』 東京:講談社、1994
年、第8巻、188頁。
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