「なんとなく、それを見て育って、で、こういう靴かっこいいなとか、基準 になっている気がして。僕当時大阪だったんで、アメ村
69とかに行くんです ね、似た靴を探してたりとか。高校の時とかですね。まあ最初でいうと、中 学の、思春期ぐらいだったかもしれないですけど。」
「当時別にこれが好きとか、そういうのはなくて、そういうものなのねって 思って聞いていたんですけど。なんとなく多分その、選ぶ基準にこれがなっ てったんだなと、後で振り返るとそう思って。大学に入って、買い物とかに 行くわけじゃないですか、東京でも。そういう時もなんか似たような靴を探 したりとかして。代官山とかで買い物した時に、色違いがあったんですね、
色違いというか、これ自体(ウェブサイトの写真を指して)はないんですけ ど。それを買ったりとかして。多分その時くらいから、これをベースに、思 い出して色々探してるんだなと。」
「これ自体が珍しいというか、一応廃番になったんですね。これ当時、うち の父は、聞いてないですけど、輸入したヤツを履いてたのかもしれないです ね。アメリカではあるみたい。」
「一昨年(32 歳)の冬ぐらいかな、若干モデルは違うんですけど、日本で復 刻されたのがあって、これを買って、自分でも 1 足持ってるし、1 足は父に プレゼントしたっていう。で、父にあげたら、あっ、そうみたいな(笑)、
別にいいよみたいな。多分あんまり父はもう意識してなかったんだと思いま す。」
「[復刻されれば、お父さんにあげようとは思ってた?]昔から思ってたわ けじゃないですね。多分、子供できてからだと思います。[自分も父親にな って、改めて父親のことを意識して?]そうですね。」
「父との関係みたいなものもあるかもしれないですけど。率直に言うと、 (高 校の頃に)家出たいとか思ったというのもあったので、あまり関係としては うまくいってなかったというか。」
「うちの父の学生時代は学生運動の時で、その当時流行ってたファッション がヴァンとか
70。多分そういうファッションの一環としてこういうのを履い てたんだと思うんですよ、想像ですけど。父の一番楽しかった時が多分そこ
69 アメリカ村の通称。大阪市のファッション・流行の発信地。
70 父親は 1949 年生まれの団塊の世代。
なんだと思うんですね。」
父親と反目していた時期もあったが、嫌いなわけではないし、大事にしたい なという気持ちもあったという。曽祖母・祖母と一緒に暮らし、その二人には 頭が上がらず、苦労しているように見えた父親が、楽しく過ごしていた時の象 徴がコンバースなのかもしれないと彼は語った。
【⑤長谷部さん(56 歳男性)「神宮球場」6 歳】
「今野球とかスポーツ関連の仕事についているけど、自分にとっては、子供 の時の一つの原点だよね。野球が好きになったという。」
「まだ低学年の時って、そんなに野球って、無茶苦茶に好きにならない子も いるじゃない、俺もそうだったの。あえて積極的に見に行ったりとかって、
あんまりなかったんだけど。当時は、神宮球場は産経アトムズ。7 回終わる と(鉄腕)アトムの歌がかかったのよ。ここ来ると、それが楽しみになって、
そこからまず神宮球場に入ったわけ。」
「もう一つ神宮球場っていうのは、外野が芝生だったからね。その芝生でみ んな、転げて遊んだりとかしてたから。野球への入り口、子供にとっちゃ。」
「[誰と行ったの?]親父と二人で、大体。初めて行ったのは、たぶん幼稚 園だと思うよ。(亡くなった)父との思い出というと、やはり神宮球場が真 っ先に思い浮かぶ。」
子供の頃からプロ野球好きの父親に連れられて行った神宮球場。中学に入っ てからは、父親の仕事が忙しくなり、一人で年間 10 試合ぐらい通ったという。
彼の場合、これが職業にまでつながったわけだ。
【⑥阿部さん(21 歳女性)「セブンイレブン」5 歳】
「セブンイレブン、すごい好きなんです。理由が、2 歳の時にマンションに 引っ越したんですけど、そこの目の前が、徒歩 10 秒ぐらいでコンビニなん です。そこ前はセブンじゃなかったんですけど、私が 5 歳ぐらい、5、6 歳ぐ らいでセブンイレブンになって。そこからもう何買うにもセブンみたいな。」
「
すごいセブン中心なんですよ、うちの家族(笑)。 [自分だけじゃなくて?]
みんな、そうで。お父さんがお酒大好きなんですけど、もう仕事から帰った
ら、真っ先にセブンに寄って、ビール買って、私の分のアイスも買って帰っ
てくるみたいな。
」「(大学 2 年の時の)一人暮らしのとこが、駅から徒歩 2 分ぐらいのところ に住んでたんですけど、そこの目の前もセブンだったんですよ。すごいセブ ンまみれの生活してて。なんか、フツーの人って、なんか買いたいなって思 った時、近くのコンビニ行くと思うんですけど、私結構セブンイレブンを検 索するんですよ、近くにセブンがないか。」
「[セブンと他のコンビニとの違いってのは、何なの?]美味しい! ホン トに美味しい。おにぎりが違います。米の味が。セブンが一番美味しいです。
[昔からそうなの?]最近だと思います。私が中学とか。なんか変えたんで すよ。」
「なんか習慣みたいな。コンビニといえばセブンみたいな方程式が私の中で 成り立ってて。」
【⑥阿部さん(21 歳女性)「アサヒスーパードライ」20 歳71】
「ホントに親が酒飲みで。お父さんがアサヒ好きなんですよ、あのスーパー ドライ。スーパードライがちょっと高いなって時は、クリアアサヒを買うん ですよ。だから、その辺のパッケージをよく目にしてて、ちっちゃい頃から。
なんか、ビールだとスーパードライだなっていうイメージがあって。」
「お酒飲む機会が増えて、飲み会とかで。で、最初私ビール飲めなかったん ですけど。ある日、多分美味しい焼き鳥屋さんかなんかで、キンキンの生を 出されたんですよ
72。で、その時、焼き鳥と一緒に飲んで、すっごい美味し いってなって、サーバーを見たら、スーパードライで。あっ、これか、みた いなって。そこから、ビールしか飲まなくなりました、結構。」
「他のビールとかも、出されるじゃないですか、居酒屋って。色々飲んだん ですけど、私、なんかスーパードライが口に合うなって思って、飲みやすく て。飲みやすいし、やっぱイメージがあるので、お父さんが飲んでた。やっ ぱ、呑んべえのお父さんが飲んでるんだから美味しいのかなっていう。」
セブンイレブンは 5 歳の時に自宅マンションの前にできてから今まで、家族 が買い物する中心的な店の一つだった。一方、アサヒスーパードライを好きに なったのは 20 歳の時であるが、子供の頃からずっと父が好きなビールとしてパ
71 アサヒスーパードライが好きになるのは 20 歳の時だが、子供の頃からの刷り込みの影響 が大きいと考え、子供時代に出会ったブランドに分類した。
72 その後のインタビューの中で、焼き鳥屋ではなく焼肉屋だったような気がするとの発言。
次に焼き鳥屋に行った時に、生を頼んだら、その時も確かスーパードライだったとのこと。
ッケージを見てきており、ビールといえばスーパードライというイメージのあ ったことが強く影響している。
ここに挙げられた 6 つのブランド73は、いずれも物心ついた時には既にインタ ビュイーの近くにあったブランドである。レミニセンス・バンプより前の記憶、
第 4 章第 1 節で紹介した最も初期の記憶も含む幼少期の記憶ということになる。
そして、家族や父親の思い出と密接に結びついている。デニーズ、東京ディ ズニーリゾート、セブンイレブンは、家族生活の中心にあった店舗や施設のブ ランド、神宮球場は父親に連れて行かれた施設ブランド、コンバースワンスタ ー、アサヒスーパードライは父親が愛用していた商品ブランドだった。
また、多くのブランドがモノを選んだり、その良し悪しを判断したりする上 での基本形・基準・原点になっていると表現された点が興味深い。
・東京ディズニーリゾート=「娯楽の雛形」「娯楽とか文化の基本形」
・コンバースワンスター=「(靴を)選ぶ基準」
・神宮球場=「子供の時の一つの原点」
・セブンイレブン=「コンビニといえばセブンみたいな方程式」
これらのブランドが評価基準になっているということは、自己知識の重要な 価値と結びついている可能性を示唆していると言える。
ただし、その出会いはインタビュイーにとって主体的に選択されたものでは なく、ブランド形成は親による刷り込みに近い。そして、親にとっても思い入 れのあるブランドである(あった)可能性も高い。
・デニーズ=両親が若い頃デートしていた店
・東京ディズニーリゾート(ディズニーランド)=両親が若い頃にオープン
・コンバースワンスター=父が気に入って、ボロボロになるまで履いていたの を見て育った。父が若い時(一番楽しかった時)にファッションとして履い ていたのではないかと想像。
・アサヒスーパードライ=父が好きで、よく買ってきた。ちっちゃい頃からパ ッケージをよく目にしていた。
73 子供時代に出会ったブランドには、ここまで紹介した 6 ブランド以外に、【①大久保さん
(21 歳男性)「明治」9 歳】がある。思い入れがあるブランドとして挙げられたにもかかわ らず、インタビュー中には「今はそれほどでもない」との発言も見られたので(BRS は 3.67 点)、ここでは触れていない。次節でブランドへの支持の低下について分析を行ったが、そ こで改めて紹介することとする。