C COOHCH3
8.11 その他の酵素
8.11.1 カタラーゼ
カタラーゼは過酸化水素を分解して水と酸素を発生 する次の反応を触媒する(図 8.49)。
カタラーゼ
2H2O2 2H2O + O2
図 8.49 カタラーゼによる過酸化水素の分解反応
過酸化水素は繊維加工における漂白、カズノコの漂 泊など食品加工、IC チップの洗浄など、多くの場所 で使用されている。繊維の漂白剤として、酸化系のも のには亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸ナトリウム、
過酸化水素、還元系のものとしてハイドロサルファイ トなどが使用されていたが、塩素系や硫黄系のものは 副生物の発生などの問題点が考えらるので、過酸化水
素が環境負荷が最も小さいものとして多用されてい た。しかし繊維加工の次の工程である染色の段階で過 酸化水素の残存が染色の効率を下げるためにこれを十 分に除去する必要がある。水洗を十分に行うことや還 元剤で処理する方法が行われていたが、いずれもコス トと手間のかかる操作である。カタラーゼ処理が有効 であることは分かっていたが、当初は価格が高いため 採用されなかった。最近ではカタラーゼが安く供給さ れるようになって酵素処理が実用化されている。
食品加工の場では、食品衛生法によって過酸化水素 の残存量が 30ppm 以下と定められているので、この 除去のために従来は水による洗浄、亜硫酸ソーダ、ア スコルビン酸による処理などが行われていたが、大量 の水が必要、残留性の問題、食品の色の戻りなどの問 題点があった。これらの問題点はカタラーゼの使用に よって解決された。
IC チップの洗浄は過酸化水素とアンモニア水、過 酸化水素と塩酸などで行われている。この排水中の過 酸 化 水 素 の 処 理 は 亜 硫 酸 水 素 ナ ト リ ウ ム(NaHSO4) で行われていたが、この物質の使用による硫酸ナトリ ウムの生成、酸化硫黄ガスの発生などの問題点があっ た。これらはカタラーゼの利用によって解決すること は予想されていたが、繊維加工の場合と同様にコス ト高がネックになっていた。現在ではこの酵素がA.
nigerなどを用いて安く生産されるようになり実用的
に活用されている。
8.11.2 フィターゼ
この酵素はフィチン酸(図 8.50)のリン酸を脱離さ せる酵素である。フィチン酸は穀類、マメ類の有機リ ンの貯蔵物質でmyo- イノシトールー 6- リン酸である。
問題となる点は、穀類や豆類を飼料として使用する 場合のことで、フィチン酸は動物にとって消化されに くく、栄養素としてののリン源とはなりにくく、また 腸内でマグネシウムやカルシウムと結合しやすいの で、これらミネラルの吸収率が悪くなるところにあ る。このため、家畜の飼料にはリン源として無機リン 酸塩が加えられているが、しばしば過剰に加えられた リン酸塩は環境中に排出され、河川や湖沼の富栄養化 の原因となる。飼料の穀類などを事前にフィターゼで 処理しておけばフィチン酸からリン酸が供給され、ま たミネラルの吸収が向上するわけである。したがっ て、無機のリン酸塩をわざわざ添加する必要はなく なり、富栄養化は抑えられる。最近では肉骨粉の飼料 添加が問題になっており、この点からも需要増加が見 込まれている。フィターゼの生産株は協和発酵による
A. niger、ノボノルデイスク社による遺伝子組換えA.
oryzae などが知られている。フィターゼによるフィ
チン酸の分解反応を図 8.50 に示す。
フィターゼ
フィチン酸 myo- イノシトール リン酸
HO3PO HO3PO
HO3PO HO3PO
OPO3H OPO3H
6 HO P OH O
O + HO
HO HO HO
OH HO
HO
図 8.50 フィターゼによるフィチン酸の分解反応
8.11.3 ウレアーゼ
ウレアーゼは尿素を加水分解して二酸化炭素とア ンモニアに変換する反応を触媒する酵素である(図 8.51)。
酒類の製造中に自然発生するカルバミン酸エチルが 近年有害物質と同定された。この物質の生成反応は尿 素とアルコールによる図 8.52 に示す反応式で進むこ とが明らかにされ , 最終的にカルバミン酸エチルの 発生を抑えるためには尿素を除けば良いことがわかっ た。当初は植物由来の中性ウレアーゼの使用が試みら れたが、酒類のような酸性条件下にある状態では酵 素が不安定のため大量に使用しなければならなかった が、結局乳酸菌由来の酸性ウレアーゼを用いて目的が 達成されている。
ウレアーゼ
H2O 2NH3 CO2
O C NH2
NH2
+ +
尿素 水 アンモニア 二酸化炭素
図 8.51 ウレアーゼによる尿素の分解反応
C2H5OH C2H50-CO-NH2 NH3
O C NH2
NH2
+ +
尿素 エタノール カルバミン酸エチル アンモニア
図 8.52 尿素とエタノールからのカルバミン酸エチルの 生成反応
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