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う。

ドキュメント内 自動車産業における国際的再編 (ページ 63-66)

藤本氏はもの造りの哲学(製品開発システム)に二つの考え方があると

1)

いう。両者の違いによってコストはどの程度差が現れるのか。 「ものを造る ことと儲けること」は,全く次元の違うことである。費用の違いは,全般 的には企業が合理的・効率的に組織されているか否かという面において, 個別的には平凡であるが基本的には次の五つの面において現れるであろう。

1)新工場建設期間(いわゆる懐妊期間)の長短 2)新製品開発期間の長短

3)資材・部品などの調達費用(輸送費を含む)の大小

4)工場の立地や再編及び生産工程の再編や改善に伴う費用の大小 5)製品販売までの流通過程の長短あるいは複雑か簡素か

ここでは,三菱自工が,経営再建で実施してきたことを上記の観点から 整理することにする。

およそ1990年代半ばを過ぎたころから,生産体系構築のやり方が変わっ てきた。従来は,貿易摩擦や為替変動リスクを回避することを目的に,需 要地で複数車種を生産する体制を構築することを目指していた。ところが, 今度は「工場段階における改善」,よりフレキシブルな生産ラインを構築す ることや「工場間における再編」,集中生産によって量産効果を高める車種 ごとに世界最適生産を構築することを目指しだした。たとえば,本田技研 は,鈴鹿工場を「シビック」の四ドアセダンと五ドアハッチバックの専用 工場にし,三ドアは英国工場で集中生産することにした。三菱自工は,岡 崎工場で生産する「ギャラン」を米国三菱に移管し,そこを年産30万台規

模の中型串の世界生産拠点にする一方で,岡崎工場は「Zカー」,水島工場 は軽自動車と「ランサー」 (1500‑1800cc)の生産拠点とすることにしてい た。ところが,2000年12月に,リコール隠しが発覚した後,大江工場は2001 年度中に閉鎖し,同工場で生産する3モデルを2001年5月までに岡崎工場 (乗用車生産の主力工場)に移管し,同工場に1ライン7モデルを組み立て ることのできる多品種生産体制を構築すること,及び国内4拠点に分散し ている生産技術部門を2003年8月までに岡崎工場に集中することにした。

車両組み立てラインの改善は,たとえば富士重工や日産なども行っている。

前者の場合, 2004年を目途に1ラインで複数車種を組み立てる体制を整え ることにした。つまり本工場の軽自動車生産ラインに小型車を流せるよう にする一方で,矢島工場(1500‑2500ccの乗用車を生産)の2車種混流を 3車種混流に改善することにした。後者の場合,九州工場の生産ラインでは 4車種まで混流生産が可能であった。しかし,新車投入時にライン改修に半 年程度を要していたので,これを2‑3ヵ月に短縮し且つ改修費をほぼ半減 させた(99年夏)。そこで次に,この「フレキシブル生産ライン」を国内の 全工場(日産車体を含む)に2004年までに導入することにした(99年7

月)0

次は,系列取引の面における変化である。三菱自工は2002年6月に部品 協力会組織である「三菱自動単相会」 (70年発足。 344社加盟)を解散させ ることにした。その理由は,ダイムラークライスラーと提携した後,海外 部品メーカーからも積極的に部品を調達する方針を進めてきたこと,系列

を超えた部品メーカー同士の統合が進んでいること,そして系列を超えた 取引が今後増えると考えられることなどから,もはや協力会を持つ必要性 が薄くなったと判断したからである。これによって「世界最適調達」に向 けて弾みがつくと考えられるが,果たして三菱グループを越えて,どの桂 皮,自由な取引きが実現するであろうか。これが,特に2004年のリコール 隠しの再発と三菱車の交通事故多発という状況の下で,経営再建途上にあ

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2)

る三菱自工にとって大きな課題となるであろう。

もう一つは,販売系列の再編である(98年11月の「中期経営計画」で打 ち出している)。 2002年10月に「ギャラン」 「カープラザ」の二つの乗用車 販売系列を2003年1月に一つ統合すると発表した。統合後は系列店を「ミ ツビシ・モータース」と改名し,販売会社227社を3割減らし150社程度 にする。販売店舗数は二系列合計で1 1994年末に1,089店, 2001年末に1,070 店あり,その7‑8割が赤字であったといわれる。その主要な原因は,新型 車戦略の失敗(RVが好調であった90年代に小型車を開発することを怠っ たこと。 RVの好調がいつまでも続くと慢心したからであろう)と2000年 に発覚したリコール問題の後遺症などであろう。

販売不振に陥った日産とマツダは,販売会社の系列見直しを三菱自工よ り数年前に実施している。日産は2000年に四つある販売系列を二つに統合 し,店舗数を1999年3月末の約3,000店から2002年3月末の2,650店に 減らしている。他方,マツダは, 1995年までの五系列を三系列に減らし, 店舗数を半減させている。自動車大手五社の販売体制は,義‑12の通りで ある。

更に,三菱自工はダイムラークライスラーと現代白との提携で,会社そ れ自体の再編を行うことになるので,この点について述べることにする。

ダイムラークライスラーが三菱自工の経営権を握った2000年3月時点 で,三菱自工はボルボとの提携関係を継続することを断念する(01年6月 提携解消)。また,同年10月に三菱自工を乗用車事業と商用車事業に分割 することが明らかにされる。他方,ダイムラークライスラーと現代白の提 携が2000年6月に発表される。その要点は, (》現代白の商用車事業を分離 して折半出資の合弁会社を設立する。 ②前者が後者に10 %出資する。 ③三 菱自工,ダイムラークライスラー,現代白の3社が世界市場で販売する小 型車を開発する。このような関係から, 2002年9月には,これら3社は商 用車事業で提携関係を強化する方向で具体的に動き出す。つまりダイムラ

秦‑12 自動車大手五社の販売体制 社名

(系列数と系列名) トヨタ自動車

(5。トヨタ,カローラ,

トヨペット,ネッツ,ビスタ)

日産自動車

(2。ブルーステージ, レッドステージ) 本田技研

(3。クリオ,ベルノ,プリモ)

マツダ

(3。マツダ,アンフィニ,

オートザム)

三菱自動車

(2。ギャラン,

カープラザ)

販売拠点数 新車総販売台数

1998年 2003年

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