言 霜 葉 生
予 嚢きゐ本校に在うー時切ゐ會誌の刊曇を希望せーも 絡に其皐あるを得す︑今や本校を去るに及んて︑弦に其 初 刊を見る︑多少の戚なさ克はす 待
ちわびて諦めし後ほピ主きす
一一ご二
鐘 聲 紅 樹裏○晩藷抹清識o渓畔秋將老o人家=一三 痩山開晩照○紅葉映清護o風冷秋江上o浮鶴一二三
雑
○
第 四 回 通 常 會
十月十八H午後一聴よう︐第四高等 堅 校内に於て第四回通常會を開き左の翫説談話あうた
﹀第一席︵虎列刺治療血清に就て︶ 馨學士野田忠廣君登
壇︑本年若し虎列刺病の流行あらば患者に試みん巴の
自的Y以て豫て該血清製遣に着手したるとを序し次て
牝 里博士の虎列刺血清の動物試瞼︑患者試験の成績大
五十
要を述べ次ゐ本年三月よう九月あ亘う氏が薗から兎﹁
モ
〃 モ ッ
ト﹂山羊及び馬等ゐ就て該血清製造を試み
た渇順序成績を詳述し其免疫山羊の血清Y探集して動
物に試み其成績の佳頁なうーを報じ然れ蓬も縣下患者 に 試 用するH機會易くLて患者治療試験Y行ム芝能は
ぎるY遺憾巴す云々巴述べトれた0︵詳細は第二號礼
譲る︶
第二席︵尿石の瞼査法︶馨學士木村孝藏君登壇︑尿石の︑各種類につき︑曇現すべき化學的反鷹Y説明し︑次で
多年氏が︑外科﹁クリニック﹂に於て︑得たる尿石敷十個
を示し︑親Lく實物ぶつきて試験を施されだう︵詳細は
次 號 に
譲る︶
第三席︵木乃伊に就て︶ 村上庄太君登壇︑病理皐及ひ
法 讐 學
に關係あ◇ピて︑木乃伊壮實例を報告せらる︑口
く死躰現象の圭なるものn則ち腐敗にして︑此腐敗の
原因に種々あうピ難モ︑要するに気︑水︑温乃關係にあ
う︑此三者淀中︑其一或は二を訣乏するか︑叉は其強弱
多少の度に差異を生ずるピきは︑腐敗に遅速を生する
の みならす︑時巴して腐敗に陥らすして︑一種の憂化を
爲す乙巴あウ︑乃ち拉に報宇ち所のものn︑右三者の中
水 分 の 鱗乏︑60ち死躰の乾燥に由て形成したる人屍の
木 乃伊ゐして︑其實例二あ獅︑一は三十七年の男屍なう 之
に關する記録ユ握れば︑ムーを距る約そ百十倦年前︑某 國 に
生れ︑幼年の時心を佛門ユ蹄依し︑肚年の頃︑種々
の
難 業 苦 業を爲し︑終に飲食を断ちて餓死を逡げたる
後︑此木乃伊に憂化せしも淀なうピ云ム︑外國ゐは人屍
の 木乃伊よ關する實例なきに非●ビ錐も︑吾國ゐ於て
ぱ誠に稀有なる一例なり巴考ふ︑叉一は︑男女不明の見
屍にして︑此歴史あ關する乙巴は詳なぷぎるも︑某馨の偉へ言ふ所に櫨れば︑某家の床下に埋没しある乙巴大
約 十 五 六年間にして今を距る十五六年前に某所に於て 登 見し︑現今債ほ某所に存在せう已云ム︑弦に持参せし
爲眞は其れよう撮影したる主のにして︑約そ滑年前に
生 れ たる初生見の木乃伊なう今術ほ⁝贋⁝帯及び胎盤の附
着せる乙巴ぱ此寓眞に就ても明かなう︑而して成書の
記
載
に從へば︑法磨學の實瞼・に於ては小見の死躰︑或n 勅 生見の膀帯︑叉は砒石中毒の爲めR來る木乃伊Y往
々見る乙已あう巴日ふ転︑余は未だ其著明な渇主のを
實験せす︑然るに此頃偶然此の如き天然の著明なる木・
乃 伊を見る乙巴を得たれば︑病理學上及ひ法讐學上の うに臨で一盲すべき櫨︑死躰の木乃伊憂牲を起L易る 一實例巴して記載するの便値あるものピ信す︑旬ほ終
● 雑 報
は︑圭ゐ熟帯地方にあう巴云ふを以て︑恰も高度の温熱
を要するが如き戚あう已難も︑今余の實例巴して示し
たるモのは︑熱帯地方にあらぎ渇吾邦に於て︑而竜暖國
に属せぎる︑山間僻地よう出でたる岱のなれば︑必すし
も著明の高温Y要せぎるが如し︑去うをがら氣候及び
土 地
に關係あるとn勿論にして︑畢覧唯室氣の乾燥︑水
分の蒸曇最も與つて力あるものなう巴考ふ云々
第 四席︵鹿角精の成分︶ 製藥士櫻升小卒太君登壇︑営
て裁剣化學の問題に上りゑ鹿角精につき︑氏が其筋乃
依囑を受け︑親しく之が定性定量を施せー實瞼談を熱 心 に述べぷれたう︑︵詳細は原著及實瞼よ譲る︶
以上一巴して有益ならぎるはなくて興味あぷさnなL
、
加 ふるに満腔の熱心Y以て︑説話せ︸る≧を以て︑聴
︑午後六時︑碁雲已に夕陽を牧むるの頃なうき○ 者皆興に入0︑不知不識乃間時を移ー︑閉會を告げtは
○特別會員讐學士鈴木文太郎氏 ぼ解剖畢研究のため
、
猫 乙 國 留 學を命せられ︑七月十日當地出曇︑其途に上
②︑馨塵・部學生︑皆氏ピ別る≧を・悲み︑山ハ月廿六日︑古寺
町北間模ゐ於て︑迭別の宴を開け◇︑其後氏は入月八日
、
東 京
Y
出曇し︑海路無事︑九月十七日︑伯林府江入れうρ宿所左の動ー
五十一
●
雑 報
昌法電量謬馨 鵠目
切o﹃︼⁝ロ゜Φ震日§
爾 氏は出立前︑時々有盆壱る昔信を本會に寄逡せん乙
ピを約せられたう
●第四高等學校聲學部に於ける明治廿一年よ0明治二
十八年に至る入年間の臨床實験用病院患者数及屍体解
剖藪は左表の如し
患
類 者
数 別
≡⁝
一
毛÷ 廿牟一
四 廿
九 一ヒ
四⊥豆 年
一
廿巴 六
⊥
6四曇一
年廿一…猛年
世ハ年T五年T四年丁孟廿一誓年
二⊥ 九す九⊥一二三・八莞T九六
死 躰 藪
二 三 二〇 一九
⊥
三 三 ⊥三
○得業士交名 本校卒業生にゑて昨年五月登布の高等
學 校
機學
部 卒 業 試問及卒業讃書規定第十三條第二項に
よう得業士の稀號を用ゐるとを認許せられた渇諸君は
左
の如ゑ
刀( 斗ヒ勝 カロ聲
生澤木藤學 保恒直一 之夫吉郎
川西初太郎
有濱蓮米澤 川田村村田 芳 吉 恒太外太定 二郎男郎信
男︵元笹木達男︶
直︵元山本盛直︶
河梁藤齋吉山三河大佐渡
合
貫井
久男秀雄造晋露雲三義郎 肇
佐 藤 政 太 郎 赤 租
㊧龍太郎
本 校學生H制服は乙れ迄小倉地に
て﹁ジヤタツ﹂服なうしが爾今背廣服足蕎し冬服には羅
紗﹁ヘル﹂類Yも用ゐ渇事を許し外套回襟﹁高し字入の金
櫓
雑 報
○
學高市藤山祠堀倉藥松吉飛坂徳元山池黒川
鞭翻簑大叢學田田見覧木蹴田手
墨四鏡次三太次三 更郎外郎郎郎郎郎 完
富
治 山山畠小高郎 ま
郎郎郎明秀奨 壁
義夫三有五津太正
準一俊郎隣郎麿郎i潔巳 完
木 本 隣 )
小 池吉田池廣樫川清小
轟川代田里醐葦水菓 昭誠仙○
熊
綱四完_次莞來次
弧良壕螂哩吉郎
堕 琶
釦Y用ゐる事ゐ改め乙れピ同時ふ制帽は猫制より佛制
に
憂 更 せられた﹀
○ 本 校 通 則 改 正
在
ポ乃
通 則中左の各贋に付改正あウ 入學︑在學及退學規定 授 業 料 規 定 前 者は來年入學者よう實施ー後者ぱ明年一月よ参實施
せらる其申授業料納附額は左の如←
竺期稗売譲翼闘
第菰舶枕嬰警灘闘
第
三
期憩
解
O
剖死体精霊追善會町立像専・に於て解劃死体精露追善の法禽を執行せう今
翼 概 現を記びむゐ場ぱ同寺の方寅を以て之に充て正面
に
∧
精 露
の
合 牌 て 安置し花瓶及び菜果等を供へ萬殻の 五十三
第第第第第
四 三 ニ ー 四期 期 期 期 期 至自 至自至自至自至自六四 同五同二同十同九
月月月月月一月月月月月月 十一十一二月二十らヘピ_、
日日日日十十十一藥腎藥聲 日一日日學學學學 十月十日
午 後
時よ
う
野田
寺
日 科科科科
金金金金 六七六七 圓圓圓圓
五 五 拾 十
銭銭i
●
雑 報
用 意周到るりし定刻に至ウて十数名の借侶漬経職員學 生 遺族の抹香等い巴鄭重に遜行せ杢れ式全く終力しは 四時頃壱クし猶営日の参詣人は大島稜長初め馨學部ユ
關係ある敷職員一同學生百醗名及び被解剖者遺族十数
名をうし○特別會員上坂熊⁝勝氏 同氏は大坂府讐學校致授に任
せられ八月柑日任地へ向け出磯せられたク
○ 金 子治郎氏 元大坂府馨學校敷授金子氏ハ我校教授
良 任 せられ鈴木教授乃後任巴して解剖學を携當せ斯る
氏n荘任後直ちゐ本會へ加入せられたφ
○日本赤十字証石川支部看護人養成 日本赤十字証石
川支部には兼て看護人養成の企ある由なφしが昨月廿
六日愈其開所式を摩行せウ式場n奮金澤讐會堂大廣間
あして部長代理池永書記官︑幹事渡部参事官︑安原第三 課長︑其他縣属歎名來賓ピしては第四高等學校讐學部 圭 事高安右人︑同敷授木村牽藏︑山崎幹︑岡部忠︑櫻井小
卒太の諸氏︑叉囑托散師にハ醤學部教授小川勝陳︑助教
授松本善次郎の二氏︑第一回生徒土村外次郎︑石倉鎌太
郎︑小木穂次︑吉岡吉男︑岡部秘枝︑上田孝太郎︑舘花衝︑土方治吉︑の諸氏等各規定乃順列Y整へ瘍内昔治まる
を待て池永書記官先つ檀に上う開場式を摩くるの僻よ
五十四
∧・赤十字肚の性質︑清護人養成淀企圖を説き街ほ生徒
に向て希望を蓮べ終うて降檀︑績て賜托致師小川敷授 登 檀今回囑托を請けたる理由︑看護養成の必要等を陳 述1︑之礼て式終う一同別席に於て茶菓の饗鷹あ6︑生 徒 に
心得
方 授 業 時 間 制 等を示ー散會せ少︑術ぼ聞く所
に握れは授業時間は一週五塒聞︑五ケ月聞よ終るの豫 定 は少きも本月中にぬ廿名に至ちしむち乃見込なう巴云 ゐーて翌廿入日よ◇授業Y始めたう︑目下生徒の数
○金澤病院手術室新築落成 第四高等學校聲學部外科
臨 床 講 義 室巴金澤病院二等病室巴の問に近頃一棟の建 物峻工せう之なん新築手術室ゐーて外科臨床講義室入
口東北乃扉を排すれは此所に十間の長廊下あう歩を⁝進
む れば左に折れ爾側に五箇の室わ6︑左側最近の板月
を開けば浴室あウ之に隣るものは用意室にして此所に
於て衣を換ゆ叉手乃清浄等に向つては傷桶︑走ク︑H設
あム・之に隣るは嘉械浩⁝毒室にして棚あう摺毒竃の備へあ6凡て器械翻帯等の滑毒に充つ︑之等の室に向いた
ち 二室n手術室にして其間民廊下あう之れ學生H傍観
に便せる主の︐室は四面硝子を以て張しめ只二隅のみ 滑なち白壁を存す床は敵き土間ゐして適度の傾斜Y有