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ドキュメント内 麟綜 (ページ 34-42)

  言            霜 葉 生

予 嚢きゐ本校に在うー時切ゐ會誌の刊曇を希望せーも 絡に其皐あるを得す︑今や本校を去るに及んて︑弦に其 初 刊を見る︑多少の戚なさ克はす     待

ちわびて諦めし後ほピ主きす

      一一ご二

鐘 聲 紅 樹裏○晩藷抹清識o渓畔秋將老o人家=一三 痩山開晩照○紅葉映清護o風冷秋江上o浮鶴一二三

通 常 會  

月十八H午後一聴よう︐第四高等 堅 校内に於て第四回通常會を開き左の翫説談話あうた

﹀第一席︵虎列刺治療血清に就て︶ 馨學士野田忠廣君登

壇︑本年若し虎列刺病の流行あらば患者に試みん巴の

自的Y以て豫て該血清製遣に着手したるとを序し次て

牝 里博士の虎列刺血清の動物試瞼︑患者試験の成績大

                         

  五十

要を述べ次ゐ本年三月よう九月あ亘う氏が薗から兎﹁

ト﹂山羊及び馬等ゐ就て該血清製造を試み

た渇順序成績を詳述し其免疫山羊の血清Y探集して動

物に試み其成績の佳頁なうーを報じ然れ蓬も縣下患者 するH機會易くLて患者治療試験Y行ム芝能は

るY遺憾巴す云々巴述べトれた0︵詳細は第二號礼

る︶

第二席︵尿石の瞼査法︶馨學士木村孝藏君登壇︑尿石の︑各種類につき︑曇現すべき化學的反鷹Y説明し︑次で

多年氏が︑外科﹁クリニック﹂に於て︑得たる尿石敷十個

を示し︑親Lく實物ぶつきて試験を施されだう︵詳細は

る︶

第三席︵木乃伊に就て︶ 村上庄太君登壇︑病理皐及ひ

法 讐 學

關係あ◇ピて︑木乃伊壮實例を報告せらる︑口

く死躰現象の圭なるものn則ち腐敗にして︑此腐敗の

原因に種々あうピ難モ︑要するに気︑水︑温乃關係にあ

う︑此三者淀中︑其一或は二を訣乏するか︑叉は其強弱

多少の度に差異を生ずるピきは︑腐敗に遅速を生する

ならす︑時巴して腐敗に陥らすして︑一種の憂化を

爲す乙巴あウ︑乃ち拉に報宇ち所のものn︑右三者の中

鱗乏︑60ち死躰の乾燥に由て形成したる人屍の

木 乃伊ゐして︑其實例二あ獅︑一は三十七年の男屍なう 之

關する記録ユ握れば︑ムーを距る約そ百十倦年前︑某

生れ︑幼年の時心を佛門ユ蹄依し︑肚年の頃︑種々

難 業 苦 業を爲し︑終に飲食を断ちて餓死を逡げたる

後︑此木乃伊に憂化せしも淀なうピ云ム︑外國ゐは人屍

木乃伊よ關する實例なきに非●ビ錐も︑吾國ゐ於て

ぱ誠に稀有なる一例なり巴考ふ︑叉一は︑男女不明の見

屍にして︑此歴史あ關する乙巴は詳なぷぎるも︑某馨の偉へ言ふ所に櫨れば︑某家の床下に埋没しある乙巴大

約 十 五 六年間にして今を距る十五六年前に某所に於て 登 見し︑現今債ほ某所に存在せう已云ム︑弦に持参せし

爲眞は其れよう撮影したる主のにして︑約そ滑年前に

る初生見の木乃伊なう今術ほ⁝贋⁝帯及び胎盤の附

着せる乙巴ぱ此寓眞に就ても明かなう︑而して成書の

從へば︑法磨學の實瞼・に於ては小見の死躰︑或n 勅 生見の膀帯︑叉は砒石中毒の爲めR來る木乃伊Y往

々見る乙已あう巴日ふ転︑余は未だ其著明な渇主のを

實験せす︑然るに此頃偶然此の如き天然の著明なる木・

乃 伊を見る乙巴を得たれば︑病理學上及ひ法讐學上の うに臨で一盲すべき櫨︑死躰の木乃伊憂牲を起L易る 一實例巴して記載するの便値あるものピ信す︑旬ほ終

  

● 雑  報

                                       

は︑圭ゐ熟帯地方にあう巴云ふを以て︑恰も高度の温熱

を要するが如き戚あう已難も︑今余の實例巴して示し

たるモのは︑熱帯地方にあらぎ渇吾邦に於て︑而竜暖國

属せぎる︑山間僻地よう出でたる岱のなれば︑必すし

も著明の高温Y要せぎるが如し︑去うをがら氣候及び

土 地

關係あるとn勿論にして︑畢覧唯室氣の乾燥︑水

分の蒸曇最も與つて力あるものなう巴考ふ云々

席︵鹿角精の成分︶ 製藥士櫻升小卒太君登壇︑営

て裁剣化學の問題に上りゑ鹿角精につき︑氏が其筋乃

依囑を受け︑親しく之が定性定量を施せー實瞼談を熱 心 述べぷれたう︑︵詳細は原著及實瞼よ譲る︶

上一巴して有益ならぎるはなくて興味あぷさnなL

るに満腔の熱心Y以て︑説話せ︸る≧を以て︑聴

︑午後六時︑碁雲已に夕陽を牧むるの頃なうき○ 者皆興に入0︑不知不識乃間時を移ー︑閉會を告げtは

○特別會員讐學士鈴木文太郎氏 ぼ解剖畢研究のため

學を命せられ︑七月十日當地出曇︑其途に上

②︑馨塵・部學生︑皆氏ピ別る≧を・悲み︑山ハ月廿六日︑古寺

町北間模ゐ於て︑迭別の宴を開け◇︑其後氏は入月八日

東 京

Y

出曇し︑海路無事︑九月十七日︑伯林府江入れ

うρ宿所左の動ー

  

  

  

  

  

十一

   

雑  報

   

   

昌法電量謬馨  鵠目              

切o﹃︼⁝ロ゜Φ震日§

爾 氏は出立前︑時々有盆壱る昔信を本會に寄逡せん乙

ピを約せられたう

●第四高等學校聲學部に於ける明治廿一年よ0明治二

十八年に至る入年間の臨床實験用病院患者数及屍体解

剖藪は左表の如し

数 別

≡⁝

毛÷ 廿牟一

廿

四⊥

廿

6

廿一…猛

世ハ年T五年T四年丁孟廿一誓年

 二⊥ 九す九⊥一二三・八莞T九六

死 躰 藪

  二〇    一九

三 三 ⊥三

○得業士交名 本校卒業生にゑて昨年五月登布の高等

學 校

機學

部 卒 業 試問及卒業讃書規定第十三條第二項に

よう得業士の稀號を用ゐるとを認許せられた渇諸君は

如ゑ

刀( 斗ヒ勝 カロ聲

生澤木藤學 保恒直一 之夫吉郎

川西初太郎

有濱蓮米澤 川田村村田  芳 吉 恒太外太定 二郎男郎信

男︵元笹木達男︶

直︵元山本盛直︶

河梁藤齋吉山三河大佐渡

貫井

久男秀雄造晋露雲三義郎       肇

佐 藤 政 太 郎 赤 租

㊧龍太郎

             本 校學生H制服は乙れ迄小倉地に

て﹁ジヤタツ﹂服なうしが爾今背廣服足蕎し冬服には羅

紗﹁ヘル﹂類Yも用ゐ渇事を許し外套回襟﹁高し字入の金

   

雑  報

學高市藤山祠堀倉藥松吉飛坂徳元山池黒川

鞭翻簑大叢學田田見覧木蹴田手

墨四鏡次三太次三 更郎外郎郎郎郎郎

     治 山山畠小高郎      ま

郎郎郎明秀奨      壁

 義夫三有五津太正

準一俊郎隣郎麿郎i潔巳     完

    木     本     隣     )

       小  池吉田池廣樫川清小

轟川代田里醐葦水菓     昭誠仙○

         熊

綱四完_次莞來次

弧良壕螂哩吉郎

    堕 琶

釦Y用ゐる事ゐ改め乙れピ同時ふ制帽は猫制より佛制

憂 更 られた﹀

本 校 通 則

 在

ポ乃

通 則中左の各贋に付改正あウ   入學︑在學及退學規定   授 料 規 定 前 者は來年入學者よう實施ー後者ぱ明年一月よ参實施

らる其申授業料納附額は左の如←

竺期稗売譲翼闘

菰舶枕嬰警灘闘

期憩

O

剖死体精霊追善會

町立像専・に於て解劃死体精露追善の法禽を執行せう今

翼 概 現を記びむゐ場ぱ同寺の方寅を以て之に充て正面

精 露

合 牌 安置し花瓶及び菜果等を供へ萬殻の                              五十三

第第第第第

四 三 ニ ー 四

期 期 期 期 期        至自 至自至自至自至自六四 同五同二同十同九

月月月月月一月月月月月月 十一十一二月二十らヘピ_、

日日日日十十十一藥腎藥聲     日一日日學學學學 十月十

午 後

科科科科

金金金金 六七六七 圓圓圓圓

 五 五 拾 十

 銭銭i

   

雑  報

意周到るりし定刻に至ウて十数名の借侶漬経職員學 生 遺族の抹香等い巴鄭重に遜行せ杢れ式全く終力しは 時頃壱クし猶営日の参詣人は大島稜長初め馨學部ユ

關係ある敷職員一同學生百醗名及び被解剖者遺族十数

名をうし○特別會員上坂熊⁝勝氏 同氏は大坂府讐學校致授に任

られ八月柑日任地へ向け出磯せられたク

治郎氏 元大坂府馨學校敷授金子氏ハ我校教授

られ鈴木教授乃後任巴して解剖學を携當せ斯る

氏n荘任後直ちゐ本會へ加入せられたφ

日本赤十字証石川支部看護人養成 日本赤十字証石

川支部には兼て看護人養成の企ある由なφしが昨月廿

六日愈其開所式を摩行せウ式場n奮金澤讐會堂大廣間

して部長代理池永書記官︑幹事渡部参事官︑安原第三 課長︑其他縣属歎名來賓ピしては第四高等學校讐學部 事高安右人︑同敷授木村牽藏︑山崎幹︑岡部忠︑櫻井小

卒太の諸氏︑叉囑托散師にハ醤學部教授小川勝陳︑助教

授松本善次郎の二氏︑第一回生徒土村外次郎︑石倉鎌太

郎︑小木穂次︑吉岡吉男︑岡部秘枝︑上田孝太郎︑舘花衝︑土方治吉︑の諸氏等各規定乃順列Y整へ瘍内昔治まる

を待て池永書記官先つ檀に上う開場式を摩くるの僻よ

                               

五十四

∧・赤十字肚の性質︑清護人養成淀企圖を説き街ほ生徒

向て希望を蓮べ終うて降檀︑績て賜托致師小川敷授 登 檀今回囑托を請けたる理由︑看護養成の必要等を陳 述1︑之礼て式終う一同別席に於て茶菓の饗鷹あ6︑生 徒

心得

方 授 業 制 等を示ー散會せ少︑術ぼ聞く所

握れは授業時間は一週五塒聞︑五ケ月聞よ終るの豫 定 は少きも本月中にぬ廿名に至ちしむち乃見込なう巴云 ーて翌廿入日よ◇授業Y始めたう︑目下生徒の数

○金澤病院手術室新築落成 第四高等學校聲學部外科

講 義 室巴金澤病院二等病室巴の問に近頃一棟の建 物峻工せう之なん新築手術室ゐーて外科臨床講義室入

口東北乃扉を排すれは此所に十間の長廊下あう歩を⁝進

れば左に折れ爾側に五箇の室わ6︑左側最近の板月

を開けば浴室あウ之に隣るものは用意室にして此所に

於て衣を換ゆ叉手乃清浄等に向つては傷桶︑走ク︑H設

あム・之に隣るは嘉械浩⁝毒室にして棚あう摺毒竃の備へあ6凡て器械翻帯等の滑毒に充つ︑之等の室に向いた

ち 二室n手術室にして其間民廊下あう之れ學生H傍観

便せる主の︐室は四面硝子を以て張しめ只二隅のみ 滑なち白壁を存す床は敵き土間ゐして適度の傾斜Y有

ドキュメント内 麟綜 (ページ 34-42)

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