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所 蔵 コ レ ク シ ョ ン

第 一 節 国

﹃類 聚国 史﹄ 巻第 二五

︵一 巻︶

﹃類 聚国 史﹄ は︑ 菅原 道真 が勅 命を 受け て︑ 六国 史︵

﹃日 本書 紀﹄

・﹃ 続日 本紀

﹄・

﹃日 本後 紀﹄

・﹃ 続日 本後 紀﹄

・﹃ 文徳 実 録﹄

・﹃ 三代 実録

﹄︶ の記 事を 主題 別に 分け 編纂 した もの で︑ 当時 は全 二〇

〇巻 であ った が︑ 現在 は六 一巻 を残 すの みで あ る︒ 六国 史の 欠失 部分 を補 うこ との でき る重 要な 史料 であ る︒ 本館 所蔵 の巻 第二 五は

︑太 上天 皇な どに 関す る記 事を 集め た﹁ 帝王 部第 五﹂ で︑ 平安 朝末 期に 筆写 され たも ので ある

︒ 同書 は狩 野文 庫に 含ま れる もの で︑ もと は朝 廷の 太政 官弁 官局 で筆 頭書 記官 を世 襲し た壬 生家 に伝 来し たも ので ある

︒前 田育 徳会

︵東 京︶ にも 壬生 家旧 蔵の 別巻 が伝 えら れて いる

︒こ れは

﹃類 聚国 史﹄ の写 本と して は現 存す るも のの 中で 最 古の もの とさ れて いる

︒ 二

﹃史 記﹄ 孝文 本紀 第一

○︵ 一巻

﹃史 記﹄ 全一 三〇 巻は

︑い うま でも なく 漢の 司馬 遷撰 の史 書で ある

︒本 館の

﹃史 記﹄ は︑ その

﹃史 記﹄ の最 古の 注釈 書

とさ れる 南朝 宋の 裴 撰に よる

﹃史 記集 解﹄ を割 注と して 加え た古 写本 で︑ 文章 博士 大江 家国 の筆 に成 るも ので ある

︒こ れも 狩野 文庫 に含 まれ

︑毛 利博 物館

︵山 口県

︶や 大東 急記 念文 庫︵ 東京

︶に も書 写伝 来を 同じ くす る別 巻が ある

︒ 本文 には 朱書 の乎 古止 点︵ 送り 仮名 を示 す記 号︶ や︑ 墨書 の古 訓・ 反切

︵漢 字の 読み 方︶ が施 され てお り︑ これ らは 国語 学研 究の 上で も重 要で ある

︒こ のほ か別 本と の校 合を 朱筆 で加 筆し

︑欄 外・ 行間

・紙 背に は﹃ 史記

﹄の 別の 注釈 書 であ る﹃ 索隠

﹄や

﹃漢 書﹄ の旧 注等 を記 して いる

︒ なお

﹁孝 文本 紀﹂ は︑ 仁政 を施 いた とさ れる 漢の 孝文 帝︵ 太宗

︶の 治績 を記 した もの であ る︒

第 二 節 個 人 文 庫 等

一 狩野 文庫 当文 庫は

︑秋 田県 大館 町出 身の 文学 博士 狩野 亨吉 の旧 蔵書 であ る︒ 狩野 は︑ 旧制 第一 高等 学校 校長 や京 都帝 国大 学文 科大 学長 を歴 任し

︑ま た江 戸時 代の 学者 志筑 忠雄

︑思 想家 安藤 昌益

︑経 世家 本多 利明 を発 掘し たこ とで も知 られ る︒ 狩野 の蔵 書が

︑仙 台市 の荒 井泰 治貴 族院 議員 の寄 付に よる 奨学 資金 三万 円で 当館 に譲 渡さ れた のは

︑大 正元 年︵ 一九 一二

︶の こと であ る︒ 狩野 の蔵 書は

︑狩 野の 親友 で東 北帝 大の 初代 総長 であ った 澤柳 政太 郎の 尽力 によ り本 学に もた ら され た︒ その とき 狩野 は︑ 蔵書 を一 括か つ本 学に 永久 に保 管す るこ とを 条件 に譲 渡し たと いう

︒そ の後 狩野 が収 集し た 資料 も昭 和十 八年

︵一 九四 三︶ 三月 まで に計 四次 にわ たり 追加 購入 ある いは 寄贈 によ って 受け 入れ

︑現 在で は︑ 約一

〇 万八

〇〇

〇冊 から なる 大コ レク ショ ンに なっ てい る︒ 和漢 書古 典を 主体 とす る幅 広い 領域 の資 料を 含み

︑ 古典 の百 科全

書﹂

︑あ るい は︑

江戸 学の 宝庫

﹂ とも 称さ れる

︒﹃ 史記

﹄孝 文本 紀第 一○

︵延 久五 年写

︶お よび

﹃類 聚国 史﹄ 巻第 二五

︵平 安時 代末 期写

︶の 国宝 二点 を含 む︒ 平成 三年

︵一 九九 一︶ から マイ クロ 化が 進め られ

︑平 成五 年約 五万 五〇

〇〇 冊の マイ クロ 化が 完了 した

︒ 二 和算 関係 文庫 元理 学部 教授 で初 代の 図書 館長 であ った 林鶴 一な らび に元 理学 部教 授で あっ た藤 原松 三郎 の旧 蔵書 およ び両 教授 の収 集し た和 算関 係資 料一 万四 四七

〇冊 と元 帝国 学士 院会 員の 岡本 則録 の旧 蔵書 約二 六六 七冊 その 他新 宮文 庫︑ 羽賀 集書 等 から なる 合計 一万 八三 三五 冊の コレ クシ ョン であ る︒ 林は

︑当 時和 算研 究の 第一 人者 であ った が︑ また 関流 和算 の継 承者 でも あっ た︒ それ ゆえ

︑こ の中 には

︑関 流和 算の 免許 状も 含ま れて いる

︒こ のコ レク ショ ンに 狩野 文庫 に含 まれ る和 算関 係資 料を 合わ せる と全 国和 算資 料の 三分 の二 を 占め てい ると いわ れて いる

︒ コレ クシ ョン の特 徴と して は︑ 和算 書以 外に

︑天 文書

︑測 量に 関す る資 料も 含ま れて いる こと が挙 げら れる

︒特 に貴 重な もの とし ては

︑毛 利重 能撰

﹃割 算書

﹄︵ 一六 二二

︶が ある

︒ 三 西蔵 大蔵 経 元本 学法 文学 部講 師で 西蔵 学者 であ った 多田 等観 がチ ベッ トに おい て収 集し た資 料六 六五 二部 から なる コレ クシ ョン であ る︒ 大正 十二 年︵ 一九 二三

︶に 受け 入れ られ た﹃ デル ゲ版 西蔵 大蔵 経﹄ 四五 六九 部と 昭和 四年

︵一 九二 九︶ に購 入 した

﹃西 蔵撰 述仏 典﹄ 二〇 八三 部を 含む

︒デ ルゲ 版大 蔵経 は︑ ナル タン 版︑ 北京 版︑ チョ ネ版 と並 ぶ現 存す る四 大大 蔵

経の ひと つで

︑チ ベッ ト東 北地 方に おい て一 七二 九年 から 一七 四四 年に かけ て開 版さ れた

︒大 蔵経 は︑ 仏説 部 カン ギュ ルと 論疏 部 テン ギュ ルか らな るが

︑デ ルゲ 版の カン ギュ ルは

︑特 に校 訂の 精確 さと 印刷 の鮮 明さ で知 られ てい る︒ 現在 では 当館 所蔵 の大 蔵経 は︑ 数少 ない 完本 の一 つと され てい る︒ 四 漱石 文庫 文豪 夏目 漱石 の旧 蔵書 三〇 六八 冊か らな るコ レク ショ ンで ある

︒英 文学 関係 の図 書が 中心 で︑ 漱石 によ る多 くの 書入 があ る︒ 漱石 の日 記︑ ノー ト︑ 試験 問題

︑原 稿・ 草稿 など の断 片資 料も 含ま れて いる

︒ この 文庫 が本 学に 譲渡 され るこ とに なっ たの は︑ 第五 代本 学図 書館 長で

︑漱 石の 愛弟 子で もあ った 小宮 豊隆 の尽 力に よる

︒搬 入は

︑昭 和十 八年

︵一 九四 三︶ から 始ま り︑ 昭和 十九 年三 月に 完了 した

︒漱 石山 房が あっ た早 稲田 南町 は︑ 昭 和二 十年 三月 十日 の空 襲で 焼失 した ため

︑こ の漱 石研 究の 重要 資料 は︑ 本学 に移 され たこ とで 焼失 を免 れた こと にな る︒ 平成 七年 度よ り仙 台市 と共 同で マイ クロ 化を 進め

︑平 成十 年︵ 一九 九八

︶二 月に 完了 した

︒ この

ほか に多 くの 個人 文庫 を所 蔵し てお り︑ 主な 文庫 名は 次の 通り であ る︒ 阿部 文庫

︑石 津文 庫︑ 梅原 文庫

︑大 類文 庫︑ 木下 文庫

︑櫛 田文 庫︑ 児島 文庫

︑小 宮文 庫︑ 須永 文庫

︑高 柳文 庫︑ 長 谷田 文庫

︑晩 翠文 庫︑ 宮田 文庫

︑矢 島文 庫︑ 和田 文庫

︑ケ ーベ ル文 庫︑ シュ タイ ン文 庫︑ ゼッ ケル 文庫

︑チ ーテ ル マン 文庫

︑ヴ ント 文庫

︵以 上︑ 本館 所蔵

︶︑ 青木 大輔 博士 コレ クシ ョン Scientific Papers   ︑Trendelenburg&Krayerʼs Collection of

︵以 上︑ 医学 分館 所蔵

東北 大学 附属 図書 館略 年表 年

西 暦

項 明治 四〇 年 六月

一九

〇七

東北 帝国 大学 設置 四四 年 六月

一九 一一

図書 館設 置 大正 元 年一

〇月

一九 一二

狩野 文庫 を受 入開 始︵

〜昭 和一 八︶ 四 年 七月

一九 一五

医科 分館

︵現

・医 学分 館︶ 設置 五 年 六月

一九 一六

官制 改正 によ り図 書館 を附 属図 書館 に改 称 七 年

一九 一八

医科 分館 が﹁ 医学 文献 週報

﹂の 作成

・配 布に よる 国内 初の コン テン ツシ ート サー ビス 開始 一一 年 八月

一九 二二

事務 組織 が第 一部

︵理 工系 担当

︶︑ 第二 部︵ 法文 系担 当︶ の二 部制 とな る 一三 年一

〇月

一九 二四

図書 館書 庫竣 工 一四 年 二月

一九 二五

医科 分館 書庫 竣工 四月

事務 組織 の二 部制 を廃 止 秋

図書 館で 最初 の展 示会 を開 催 一二 月

図書 館閲 覧室

・事 務室

︵現

・史 料館 の建 物︶ 竣工 昭和 二 年 三月

一九 二七

医科 分館 閲覧 室・ 事務 室竣 工 三 年 四月

一九 二八

関東 北図 書館 第一 回大 会を 図書 館で 開催 六 年 七月

一九 三一

文部 省図 書館 学講 習会 を本 学で 開催

昭和 一六 年 七月

一九 四一

狩野 文庫 の﹃ 類聚 国史

﹄︑

﹃史 記﹄ が国 宝指 定 一九 年 二月

一九 四四

漱石 文庫 を受 入完 了︵ 昭和 一八

〜︶ 二〇 年 三月

一九 四五

貴重 図書 を県 内三 ヶ所 へ疎 開 七月

仙台 空襲

︵一

〇日

︶ 二二 年 九月

一九 四七

農学 部図 書室 設置 図書 館本 館に アメ リカ 教育 文庫 開設 二四 年 五月

一九 四九

新制

・東 北大 学発 足︒

﹁国 立学 校設 置法

﹂が 公布

・施 行︑ 国立 大学 に附 属図 書館 を置 くこ とが 制定 二七 年 六月

一九 五二

大学 基準 協会

﹁大 学図 書館 基準

﹂を 公表 一一 月

文部 省国 立大 学図 書館 改善 研究 委員 会﹁ 国立 大学 図書 館改 善要 項及 びそ の解 説﹂ を公 表 二九 年一 一月

一九 五四

図書 館商 議会 設置 医科 分館 を附 属図 書館 分館 医学 図書 館に 改称 三〇 年 九月

一九 五五

マイ クロ フィ ルム 撮影 機に よる 複写 サー ビス 開始 三一 年一

〇月

一九 五六

文部 省令

﹁大 学設 置基 準﹂ 公布

・施 行 三二 年 四月

一九 五七

富沢 分校 分館 設置 附属 図書 館分 館医 学図 書館 を医 学部 分館 に改 称 三三 年 九月

一九 五八

富沢 分校 分館 が移 転し

︑川 内分 校分 館に 改称

年 月

西 暦

三五 年 四月

一九 六〇

文系 四学 部図 書委 員会 設置 七月

月例 展示 を開 始 三六 年 三月

一九 六一

医学 部分 館閲 覧室

・事 務室 を増 築 三八 年 三月

一九 六三

和漢 書古 典目 録編 纂委 員会 発足 七月

記念 資料 室︵ 現・ 史料 館︶ 設置 三九 年 四月

一九 六四

川内 分校 分館 を教 養部 分館 に改 称 図書 館新 築小 委員 会設 置 八月

医学 分館 電子 複写 機に よる 複写 サー ビス 開始 一一 月

図書 館本 館学 生閲 覧室

・書 庫を 増築 四〇 年 四月

一九 六五

図書 館に 部課 長制 施行 指定 書制 度実 施 七月

国連 寄託 図書 館に 指定 一一 月

理工 系の 図書 行政 に関 する 小委 員会 設置 四一 年 一月

一九 六六

調査 研究 室設 置 和漢 書古 典目 録編 纂室 設置 三月

文部 省﹁ 大学 図書 館施 設計 画要 項﹂ を公 表 九月

図書 館本 館学 生へ の図 書の 貸出 を開 始 六月

理学 部中 央図 書室 設置 四二 年 九月

工学 部中 央図 書室 設置

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