• 検索結果がありません。

Ⅶ 工程アーキテクチャ概念からの半導体産業論

ドキュメント内 著者 鈴木 良始, 湯之上 隆 (ページ 85-102)

これまでの検討から明らかなように,「装置業者から製造装置を購入すれば半導体は 製造できる」という広く定着した認識は,半導体産業の事実とは異なる。半導体の製造 工程間には相互制約関係があり,工程開発(=プロセス開発)においてこの相互制約関 係を考慮したインテグレーションが不可欠である。個別工程に対応する製造装置とプロ セスレシピを入手し並べただけで半導体を製造できうることは有り得ず,半導体の工程 開発と量産工場での問題解決にあたる人々からみれば荒唐無稽な認識である。

前章で取り上げた諸論者の半導体産業論は,日本の半導体メモリ(DRAM)産業が1990 年代以降急速に国際競争力を失い,その地位を韓国サムスン電子に奪われた歴史的事実 とその原因に関心を寄せるなかで展開されたものであ

99

る。これに対して,電磁鋼板,自 動車外板用BH鋼板など,特殊機能を備えた高級鉄鋼製品や高機能化学品などの特定 製品分野において,日本鉄鋼産業や化学産業などのプロセス産業が強い国際競争力を保 持し続けているのはなぜかという,まさに半導体産業とは逆の問題関心を起点に,工程 アーキテクチャという議論が藤本隆宏氏らを中心に展開されている。この工程アーキテ クチャ論は,鉄鋼産業・化学産業の,国際競争力のある一部製品について議論するだけ ではなく,その強さを説明する論理の裏返しとして半導体産業にも言及している。しか し,その半導体産業の理解は後述するように誤ったものである。前章で取り上げた半導 体産業論は半導体産業の弱さを,工程アーキテクチャ論はプロセス型高機能製品の強さ を説明しようとしながら,いずれも半導体産業については誤って理解する点で共通す る。

以下では,工程アーキテクチャ論の主張を検討し,なぜ工程アーキテクチャ論は半導 体産業の理解を誤るのか,その論理的筋道の解明を試みる。この作業は,開発過程と生

────────────

9 サムスンが如何にしてDRAMのインテグレーション技術を手に入れ,DRAM世界一の座を築いてきた のかについて以下に言及する。まず,1980年代後半〜1990年代初旬頃,日本大手DRAMメーカーが 積極的にサムスンに技術供与を行った。その目的は,自社のシェアアップのためのOEMとしてサムス ンを利用しようというものであった。次に,サムスンのDRAM第三工場立ち上げ以降,現在に至るま で,サムスンの技術指導を行っている顧問団の存在がある。顧問団は,日本大手DRAMメーカーの技 術者が中心となって,1980年代中旬以降に組織された。その人数は100人に及ぶと言われているが,

その存在が公にされたことは一度もない。本稿共著者の湯之上は,20047月,顧問団の中心人物へ のインタビューを行った。その結果から,サムスンのDRAM技術開発,特に最先端技術,インテグレ ーション技術,および,量産立ち上げ技術に,顧問団が依然として大きく関わっているとの証言を得た

(氏は,サムスン前会長の李健魍から,その功績を称えられ何度も表彰されている)。サムスンがDRAM で世界一になった背景には,このような顧問団の存在も,無視できないものがある。

半導体製造プロセス開発と工程アーキテクチャ論(鈴木・湯之上) 273)1

産過程を包括した「ものづくり」論を展開するアーキテクチャ論が,本質的限界を有す ることを明らかにすることになるであろう。

1.製品アーキテクチャ論

工程アーキテクチャ概念は,製品アーキテクチャ概念の演繹的拡張であ

100

る。それゆ え,工程アーキテクチャ論の適切な理解のためには,製品アーキテクチャ概念をまず確 認する必要がある。

自動車や電機製品など加工組立型製品の場合,製品は構成要素としての部品や部品シ ステムに分解され,製品機能はこれら部品・部品システム(以下,部品システムと略 記)によって担われる。製品開発とは,狙った製品コンセプトと製品機能の実現を目的 として,部品システム,およびそれらの相互関係を開発,設計することである。

もし製品機能の一つ一つがそれぞれ異なる部品システムによって独立に担われるよう な製品の場合は,製品開発において,異なる部品システムを担当する開発部門が相互に 緊密な情報交換を行い調整する必要性は少なく,独立して開発を進めることができる。

製品機能と部品システムとの関係がこのように1対1対応に近い場合の製品アーキテク チャは,モジュラー型(組み合わせ型)と呼ばれる。モジュラー型製品アーキテクチャ の場合,部品システムの独立性が高く相互依存関係が弱いため,部品システム間の関係

(インターフェース)を事前に決定することが可能であり,また事前決定しておけば,

部品システムの開発は,事前に与えられたインターフェースに従うだけで,他の部品シ ステムから独立に進めることができる。開発された部品システムは,あらかじめインタ ーフェースに従って設計されている以上,他の部品システムとの組み合わせが容易にで きる。各部品システムをモジュールとして扱うことが可能である。モジュラー型と呼ば れるゆえんである。

モジュラー型製品アーキテクチャの対極には,インテグラル型(擦り合わせ型,また は統合型)製品アーキテクチャがある。インテグラル型製品アーキテクチャの場合,

個々の製品機能は,複数の部品システムの有機的結合によって実現されている。たとえ ば,自動車という製品の静粛性,加速性,燃費,乗り心地,制動性,直進安定性,外観 の醸し出すイメージなどの個々の製品機能には,そのいずれにおいても多数の部品シス テムの設計が影響する。また,1つの部品システムは複数の製品機能に影響を与える。

かくて,製品機能と部品システムはいわば多対多の関係にあ

101

る。

────────────

0 厳密にいえば,製品アーキテクチャ概念は藤本隆宏氏らの創案ではなく,K. T. Ulrichらの議論を嚆矢 とする。Ulrich, K. T.(1995), The Role of Product Architecture in the Manufacturing Firm, Research

Pol-icy, 24. しかし,その概念を日本産業論に広く適用し,理論と実証の両面で議論を深めた功績は藤本氏

に帰する。

1 製品アーキテクチャ概念に関する議論については,さしあたり次を参照すると良い。藤本隆宏(2004)! 同志社商学 第60巻 第3・4号(28年12月)

8(274

以上のように,製品アーキテクチャとは,加工組立型製品における製品機能と部品シ ステムとの製品設計上の関係構造を示す概念である。

製品アーキテクチャ概念が示唆するように,製品アーキテクチャの違いは,製品開発 過程で必要とされる組織能力に大きな違いをもたらす。モジュラー型製品アーキテクチ ャの場合には,各製品機能は別個の部品システムによって独立に担われるため,各部品 システムを担当する開発部門や企業は他の開発組織との調整を必要としない。開発組織 間の目的の共有,緊密な情報交換,緊密な相互調整などの必要性はほとんどない。この ため,異なる専門技術者間・部門間の組織的な情報交換,部門間や企業間の統合的な協 力による開発活動を得意とするタイプの組織には,モジュラー型の製品開発で強みを発 揮する機会は少ない。逆に,開発技術者・部門・企業の専門主義の傾向が強く,専門分 野ごとに高度の能力を発揮する組織が,モジュラー型の製品開発には向いている。

しかし,自動車のようなインテグラル型製品アーキテクチャの場合は,製品開発プロ セスには,自動車メーカーと部品サプライヤとの企業間や,複数の部門間,異なる専門 技術者間の統合的なやりとり,調整作業が不可欠である。機能1の実現に多数の部品シ ステム=開発部門が関わり,同様に機能2(機能3, 4……)の実現にも多数の部品シス テム=開発部門が関わる。これを部品システムの側から見ると,部品システム1は機能 1に影響するだけではなく,機能2や3にも影響する。機能1の実現のために部品シス テム1の設計を変更すると,それは機能2, 3に影響を与え,他の部品システムの設計 変更を誘発するかもしれない。部品システム間の設計調整は単一の製品機能に限定して 収束しないのである。かくて,インテグラル型製品アーキテクチャの製品開発プロセス では,単一の製品機能の実現のために複数の開発部門が協調するだけではなく,他の製 品機能に関わる諸部門との調整も同時に行うことを要求され,高度の統合的組織間調整 能力の有無が,製品の設計品質・開発工数・開発期間を左右することにな

102

る。

インテグラル型製品開発に適合的な統合的組織能力の基本要素は,次の3点に整理す ることができよう。

漓各領域の専門技術者が専門領域に深い知識を有するだけでなく,近接領域や他領域 についても比較的幅広く知識や経験を有すること。

滷狙った製品コンセプト,製品機能を実現するために,プロジェクト・マネジャとし

────────────

! 『日本のもの造り哲学』日本経済新聞社;藤本隆宏・武石彰・青島矢一編(2001)『ビジネス・アーキテ クチャ−製品・組織・プロセスの戦略的設計−』有斐閣,第1章。

2 自動車の製品開発における統合的組織能力の優位性については,藤本隆宏・K. B. クラーク(田村明比 古訳)(1993)[実証研究]製品開発力−日米欧自動車メーカー20社の詳細調査−』ダイヤモンド社;

延岡健太郎・藤本隆宏(2004)「製品開発の組織能力−日本自動車企業の国際競争力−」MMRC

Discus-sion Paper Series,東京大学ものづくり経営研究センター;武石彰(2003)『分業と競争−競争優位のア

ウトソーシング・マネジメント−』有斐閣;J. M.モーガン・J. K.ライカー(稲垣公夫訳)(2007)『ト ヨタ製品開発システム』日経BP社,を参照すると良い。

半導体製造プロセス開発と工程アーキテクチャ論(鈴木・湯之上) 275)1

ドキュメント内 著者 鈴木 良始, 湯之上 隆 (ページ 85-102)