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Ⅴ.結びに代えて

ドキュメント内 我が国における優生法制の 成立とその論理 (ページ 49-52)

以上の国民優生法および優生保護法制定の経緯の検討から得られた点で あるが,まず両優生法の制定根拠としては,時代状況の相違から目指され たゴールは異なるものの,いずれも人口問題が背景として存在したことを 指摘できる。すなわち国民優生法の場合は戦時下の人口増強という要請が 強く働いた。そこでは中絶や避妊が取り締まりの対象となると共に,民族 の優秀性の保持という観点から優生手術が要請された。他方,戦後の優生 保護法の場合は,敗戦に伴う領土の縮小と引き揚げ者の帰還という状況ゆ えに,人口の抑制が喫緊の課題として立ちあらわれた。人口抑制のための 中絶の合法化と,中絶の一般化によって惹起される可能性のあった逆淘汰 防止のための優生手術の組み合わせが優生保護法の基調を成した。このよ うに,両優生法制の制定において問われたのはいかにして人口政策を実効 的に遂行しうるかという点であった。

その裏返しとして,優生法制の制定時に,これが生殖の権利に対する侵 害であるという理解は極めて乏しかった。本稿で指摘したように人権の観 点から法を批判する主張はいずれの法制定時にも存在したが,それは生 殖の権利に基づく批判ではなく,またそうした批判自体も例外的であっ た。これに対して,社会党などの左派政党所属議員が優生保護法案を提出 し,また積極的に賛成した事実からうかがえるように,当時の議会におい て,その存在自体が望ましくないとされた人々の生殖の権利はそもそも認 識の埒外であった。

ところで,現在の視点からは,かような優生法制制定の経緯を特徴づけ る点の一つに科学技術への盲目的な姿勢があるように思われる。すなわち,

科学技術をどのようにして人権保障に仕えさせるかという視点からではな く,国家の政策実現のために科学的知見が動員され,その中で科学技術・

科学的知見が人権制約の根拠として機能したのが(おそらくは我が国に限

らない)優生法制の特質であった。こうした科学と法の倒錯した関係性に 着目した分析として,例えばフランスの労働法学者であるアラン・シュピ オ(Alain Supiot)の Homo juridicus(『法的人間』)という著作が挙げら れる。シュピオは,人が人として扱われてこなかった様々な負の歴史の根 底にはどのような思想が存在する(した)のかという視角から,近代以降 の人類の歴史を紐解く。そこでシュピオが議論の軸とするのが,法 Droit と法則 Loi の峻別である。彼によれば近代法学は法 Droit の世界であるが,

19世紀以降の自然科学の発展によって社会科学が自然科学を導入するよう に(代表例として社会学(55))なり,次第に法則 Loi による法 Droit の侵食 が進行していったという。

法 Droit が,ドグマが明瞭に機能している最後の領域であることから,

みなが法を科学の法則に解消しようとしてきた。かつてそれは歴史や 人種の法則であり,現在では経済や遺伝の法則である。(56)

科学者 le scientifique が,サイエンスの名のもとに,人間の生 vie の 意味を解き明かすと主張するや否や,それは科学的方法の対極にある,

科学主義 scientisme に陥る。(57)

シュピオによれば,「科学」的知見に基づく遺伝法則や人種概念によっ て法 Droit の世界を切り崩す企て,人間存在を「科学」的法則によって規

(55) フランス社会学はコント,デュルケームのように,自然科学的知見を活用しつつ 社会学を体系化した。またそうした視角は法学にも流入した(デュギーの社会連帯 主義法学など)。

(56) Alain Supiot, Homo juridicus Essai sur la function anthropologique du Droit, Seuil, 2005, p.22. なお訳書としてアラン・シュピオ(橋本一径=嵩さやか訳)『法的 人間 ホモ・ジュリディクス : 法の人類学的機能』(勁草書房,2018年)。

(57) Ibid., p.39.

律しようとする試み(例としてナチスの人種主義や優生学,あるいは市場 原理主義のような経済法則に対する労働者の従属が挙げられる)は枚挙に いとまがないし,またそれは過去のものではなく現在進行形の現象でもあ る。彼はそうしたありようを「科学主義」と呼び厳しく指弾し,法学がと るべき態度を以下のように述べる。

例えば,そこかしこで,良識ある人々が,人間の法的平等を正当化す るために,人間存在はすべからく生物学的同一性を持つという点から 自らの主張を導出する。しかし,それが素晴らしい意図から為されて いるとしても,彼らはそうすることによってナチズムやショアーの土 壌であった社会生物学的方法と再び結びついてしまっているのであ る。(58)

もしわれわれが科学者の原理主義から距離を置こうとするならば,人 権というものが制度的公準 postulats institutionnels であること,す なわちわれわれの法的体系の要石であるところの証明不可能な断定 affirmation indémontrable であること,を認めねばならない。(59)

ここでシュピオは,法 Droit があくまでも人の作為によることを認識す べきこと,人権を基礎づけるのは生物学的属性に囚われない「人である」

という断定のみに求められねばならないこと(生産性や効率性,遺伝的形 質といった計量可能な尺度に人の価値を求めることの拒否)を強調してい る。

こうしたシュピオの議論を真摯に受け止めるならば,優生学という問題 は,全体主義などと結び付く過去のエピソードの一つに過ぎないのではな

(58) Ibid., pp.277~8.

(59) Ibid., p.278.

ドキュメント内 我が国における優生法制の 成立とその論理 (ページ 49-52)

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