1 問題の所在
前章までは,実体法上の刑罰拡張規定,刑罰縮小規定について,罪刑法定主義が どのように及ぶのかについて検討してきた。罪刑法定主義は,罪刑について予め法 規によって規定することに主眼があるが,「刑罰阻却の幅」,あるいは「事実上,刑 罰権の及ぶ範囲」を変更するような場合についても,その趣旨を及ぼすべきとの結 論を示した。
これに対して,訴訟法の規定は,犯罪の成否,刑罰権の存否について規定するも のではないので,基本的には罪刑法定主義の趣旨が及ばないといえる。しかし,前 章で検討したように,「刑罰権の及ぶ範囲を明確にする」という観点で訴訟法上の 規定を見てみると,訴訟法上の規定であっても,実体法上の規定・概念との連動関 係が見られ,刑罰権の及ぶ範囲と関連する場面がある。そのような場面においては,
罪刑法定主義との関連があるのではなかろうか。
訴訟法の規定の解釈において,罪刑法定主義の趣旨が取り込まれたものとして,
①犯罪後に法定刑の変更がなされた場合に,当該犯罪の公訴時効期間を行為時法,
(66)松宮・前掲注(50)128頁は,「後見制度を悪用して横領等を行う親族に刑を免除すべきで ないという政策が妥当であったとしても、それを現行法の解釈でまかなうのは、立法権の侵害 である」とする。
(67)日髙義博「親族相盗例の問題点」専修法学論集75号(1999年)17頁以下。
裁判時法のいずれを基準とするのかが問題となった事案(【判例7】)がある。また,
②訴訟法上の規定に実体法上の概念が取り込まれ,厳格な解釈がされた例としては,
いわゆる明石歩道橋事件について,刑訴法254条2項の「共犯」の意義が問題となっ た事案(【判例8】)がある。そこで,以下,これらの事案と罪刑法定主義の関係に ついて検討する。
2 犯罪後の法定刑の変更と公訴時効期間算定の基準法について(最高裁昭和42年 5月19日決定)(68)【判例7】
【事実】
被疑者は,法定の除外事由がないのに,Aと共謀のうえ,昭和38年2月25日ごろ 神戸市内の被疑者の自宅において,22口径ロスコー回転弾倉式けん銃10丁および火 薬類であるけん銃用実包200発位を所持したとして,銃砲刀剣類所持等取締法違反 および火薬類取締法違反の嫌疑で逮捕勾留された。行為から勾留に至るまでは,お おむね,①昭和38年2月25日ころ,けん銃およびけん銃用実包所持,②昭和40年7 月15日,改正銃砲刀剣類所持等取締法(昭和四〇年法律第四七号)が施行(犯罪後 の法律により刑の変更),③昭和41年12月17日,上記被疑事実について勾留,とい う経緯を辿った。
被告人の犯行当時,実包所持は,最高1年以下の懲役であり公訴時効期間は3年 であった。これに対して,けん銃所持の場合は,行為時法と裁判時法とで法定刑が 異なった。まず,①行為時法の場合,最高3年以下の懲役で公訴時効期間は3年と なり,実包所持とともに,勾留請求時には,公訴時効が完成していることになる。
逆に,②裁判時法の場合,最高5年以下の懲役となり,公訴時効期間は5年となる。
そして,けん銃所持と実包所持とは,観念的競合の関係に立つので,いわゆる一体 説(69)により,重いけん銃所持の公訴時効期間に従うことになり,勾留請求時に公訴時
(68)最決昭和42年5月19日刑集21巻4号494頁。本決定の評釈等として,松尾浩也「犯罪後の法 律による刑の変更と公訴時効の期間」判時495号(1967年)144頁(判例評論107号46頁),松本 時夫「犯罪後の法律による刑の変更と公訴時効の期間」警察研究39巻11号(1968年)153頁,
羽淵清司「犯罪後の法律による刑の変更と公訴時効の期間」法学研究42巻8号(1969年)119 頁,鴨良弼「犯罪後の法律による刑の変更と公訴時効の期間」ジュリスト増刊(昭和42年度重 要判例解説)240頁,堀江一夫「犯罪後の法律による刑の変更と公訴時効の期間」ジュリスト 376号(1967年)88頁,同「犯罪後の法律による刑の変更と公訴時効の期間」『最高裁判所判例 解説刑事篇(昭和42年度)』(法曹会,1968年)93頁,横井大三「法定刑の変更と公訴の時効期 間」『公判―刑事裁判例ノート(4)』(有斐閣,1972年)17頁等がある。
(69)最判昭和41年4月21日刑集20巻4号275頁。
効は完成していないことになる。
そこで,勾留決定後,被疑者の弁護人から準抗告の申立てがあり(70),けん銃所持の 点につき,改正前の法定刑を基準とした公訴時効期間は3年であり,勾留請求当時 すでに公訴時効が完成していたと主張された。準抗告審(大阪地裁)は,準抗告の 申立に理由があるとして原裁判を取り消し,検察官の勾留請求を却下した。これに 対して,検察官が判例違反を理由に最高裁に特別抗告を提起した。
【決定要旨】抗告棄却
「検察官は、公訴の時効は訴訟法上の制度であるから、前記判例の示すように、
犯罪後の法律により法定刑が変更されて、その刑を標準とすれば、その罪に対する 時効期間が変わる場合には、裁判時施行されている法律によつて、その期間を定め るべきであると主張する。しかし、公訴の時効は、訴訟手続を規制する訴訟条件で あるから、裁判時の手続法によるべきであるとしても、その時効期間が、犯罪に対 する刑の軽重に応じて定められているのであるから、その手続法の内容をなす実体 法(刑罰法規)をはなれて決定できるものではない。従つて、公訴の時効が訴訟法 上の制度であることを理由として、時効期間について、すべて裁判時の法律を適用 すべきであるとするのは相当でない。そして、犯罪後の法律により刑の変更があつ た場合における公訴時効の期間は、法律の規定により当該犯罪事実に適用すべき罰 条の法定刑によつて定まるものと解するのが相当である。」
【検討】
(1)問題点
本来,訴訟法上の規定の改正等があった場合,裁判時においては,最新の法であ る「裁判時法」が適用されるのが原則である。検察官の主張も公訴時効制度が訟法 上の制度であることを理由としており,この原則に沿った主張といえる。しかし,
本決定は,犯罪後の法律により法定刑が変更された場合における公訴時効の期間は 実体法(刑罰法規)と離れて決定できないとして,その事件に適用すべき罰条の法 定刑,すなわち「行為時法」を適用した。ここには,訴訟法上の規定を解釈するに 当たって,実体法との連動関係が見られ,その反面として罪刑法定主義の規制がか
(70)なお,Aについても勾留状が発せられ,その弁護人から本件被疑者と同様の理由で準抗告 の申立てがあり,本件被疑者とは異なる準抗告裁判所に係属したが,こちらの準抗告は棄却さ れている。これに対し,弁護人が特別抗告をしたが,Aについては不起訴処分となり,すでに 釈放されており,裁判をする実益がないとして,特別抗告は棄却されている(最決昭和42年5 月19日集刑163号173頁)。
かっている。ここにおいては,いかなる意味で罪刑法定主義が機能しているのかを 検討する必要がある。
(2)実体法規と密接に関連する訴訟法の規定と罪刑法定主義
本事案で機能している罪刑法定主義の内容は,改正法の遡及適用禁止である。そ のことは,本決定の是認する原審(準抗告審)が,端的に「事後立法による遡及処 罰を禁ずる罪刑法定主義の精神」と表現している。しかし,この抗告審の表現に対 しては,当初から批判があった。たとえば,次のようなものである。すなわち,
「罪刑法定主義の精神というものを持ち出しているが、それでは十分でないと思う。
もし罪刑法定主義の精神をそこまで拡張すると、時効期間自体が変わった場合ばか りでなく、その他刑事手続き上の取扱いが被告人に不利益に変更された場合にまで その考えが及ぶように思われるのである。したがって、もし今回の最高裁の決定の 基礎に右のような罪刑法定主義の精神に沿うという考えがあるならば、最高裁がこ の拡がりやすい考えをどこまで拡げて行くのかを注目しなければならないと思う。」
というものが挙げられる(71)。
たしかに,訴訟法上の規定の改正があり,その内容が被告人に不利益なものであ る場合に,「罪刑法定主義の精神」が及ぶというのであれば,上記批判は当てはま ろう。しかし,原審および本決定は,そこまで漠然としたものではない。
まず,原審を見てみると,公訴時効に関する規定が,公訴権を実行する条件に関 する手続法であり,手続法が原則として裁判時法によるべきとしつつも,「公訴の 時効は犯罪の軽重によつてその期間が定まるものである」として,「実体法(刑罰規 定)をはなれて決定できるものではな(い)」として,「手続法の内容をなす実体法」
については,当然に裁判時法によるべきであるとはいえないとする。つまり,原審 は,訴訟法の規定すべてを対象としているのではなく,実体法と関係がある規定に 限定している。最高裁もまた,「手続法の内容をなす実体法(刑罰法規)をはなれ て決定できるものではない」としていることから,原審と同様の理解といえよう。
さらに,原審は,公訴時効制度自体の特殊性についても次のように指摘している。
すなわち,「手続規定とはいえ、公訴の時効は、刑罰権の消滅を理由として公訴権 を消滅させ訴訟の追行を許さないとする実体的訴訟条件であつて、被告人(被疑者)
の権利に関する、実体法的色彩の濃い制度であるから、基準となる刑をきめるにあ たつても、被告人(被疑者)の権利に直接影響のない純手続的、形式的な手続にお
(71)横井・前掲注(68)29頁。