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Ⅳ 結 語

ドキュメント内 雑誌名 同志社商学 (ページ 81-87)

最後に,上のような視点から,全

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回で扱ってきたグリーンスパンの主張のうち重要 部分を再度振り返って,彼の透徹したインテグリティを再確認して結語としたい。

ランドに心酔したある若者が,微少準備ながら自由銀行制であるため過度の信用膨張 が制度そのものによって抑制されたころの金融制度が持ったインフレ抑止力に,したが

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って恐慌・デフレ抑止力に信頼し,管理通貨制度が景気循環のエンジンとなったと

FRB

に対する批判を含む論文をまだ

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代前半の

1959

年に書いた。そして,ジャズ楽団員時 代の知合いをつてにワシントンで経済系の「三大ポスト」の一つとされる

CEA

委員長 の座をつかみ,その任期終了後に母校に提出した博士論文に,例の論文を含めた。とこ ろが,それを書いた

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年後,同じ男が,こともあろうに三大ポスト中でも最強の,そ の

FRB

の総責任者に指名されてしまった。しかし,「評論家としてではなくインサイ ダーとして自由市場資本主義の発展に尽くそうと心に決めていた」ために,RGSによ ってエンジンの出力をなるべく抑えようとした。自分がリバータリアンで,彼と同様の 立場に立ったとして,信念を曲げるつもりがないなら,読者は何をしようとするだろう か。この問いに対する答えが,そのままグリーンスパンの金融政策とは何かという問い への答えでもある。それが,現行法の範囲内で,自らの堅い信念と現行法を器用に両立 させるように政策を推進することとなっても当然であろう。たとえ,自分の信念からは その法が誤りだと確信していたとしても。

ところが,幸か不幸か,1990年代は歴史的な生産性上昇期でもあり,そこで

RGS

を 実行するとは,生産性に追いすがるべく大量の貨幣を注入することを意味した。RGS は法の求める結果とも一致するから,それがもたらした結果は喝采をもって迎え入れら れた。マネタリストが掲げる物価安定を,オーストリア学派を参照して練り上げた独自 の手法で実現したわけである。ところが,資本理論なきマクロ経済の特殊理論の「目を 盗んで」新規注入貨幣が資産市場に溢れ出した。ランドに啓発されて学んだマクロ経済 の一般理論は,政策がもたらす結果についてもクリアな洞察を与えずにはおかない。そ れならば,潜めた形であれ,わかる者にはわかるようにヒントを散りばめ,その洞察を 表明しておこう。首都にある政策のプロが集う著名シンクタンクの晩餐会は,いまや宴 もたけなわである。ピンスポットに照らし出され,就任後

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年ほどたったいまでは全 米から信頼を寄せられるようになった議長が,重厚な存在感とともに静かに姿を現す。

そのタキシードの襟とボウタイは光沢ある生地でできているので降り注ぐ照明の中で照 り映えている。割れんばかりの拍手を送っているのは,世界の中心国で最も高度な教育 を受けた紳士淑女ばかりである。「根拠なき熱狂」講演は,こうして世界に発信された。

誰にも真意を理解されないまま。とはいえ,ここまで縷々述べてきたような理由によっ て,それは歴史に名を刻む名講演となった。

法が求める政策目標を彼ほど忠実に実行に移した議長はいない。彼が何主義者であっ たにせよ,この事実は,今後とも決して覆せない。しかし,彼のテニュアの間には大き な経済混乱が何度かあった。主著のタイトル「波乱の時代」がそれを正直に伝えてい る。1990年代の物価安定はフリードマンらの賞賛を浴び,のちに「大平準」(the Great

Moderation)とのタームまで生まれた。これは「大恐慌」(the Great Depression)や 1970

グリーンスパンのアイン・ランド・コネクション3(村井) (143)143

年代ころの「大膨張」(the Great Inflation)を意識して鍛造された語であろ

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う。しかし,

大平準は,まずは

IT

バブルの崩壊に,またその対策としての利下げにより,のちには 今次金融危機に帰結した。いまや,その経済混乱はグリーンスパンの徹底した自由主義 が原因だと信じ込まれるに至っている。こうして,一人の人物が神様と悪魔を兼業する という奇妙な事態が現実のものとなった。白昼堂々,衆人環視の真っただ中で。オース トリア経済学を知るほんの一握りの専門家にとっては自明なプロセスが,主流派経済学 者にとっては巨大な謎にとどまり,その意味にほとんど誰一人気づかない……

時は流れた。巨人グリーンスパンはもう仕事を終えた。「根拠なき熱狂」講演の根拠 を世界が理解しないだろうという,将来を割り引いた彼の期待は,残念ながらいまなお 真実であり続けている。金融混乱のタネを撒いたとして多くの人たちが彼を批判し,誹 謗しさえしてきた。けれども,筆者はここにはっきりと宣告しておく。い!!!!!!!!!!!!!!!!!!!,私!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!。リバータリアンを「過激な保守派」と言うなら,

私たちは過激な進歩派であり,無為でもあれば無知でもあるくせに救済や「改革」(い つも意味はよくわからない)だけは声高に要望するという意味では,保!!!!!!!, 慇懃なたかり屋である。私たちは私たち自身に敵対している。私!!!!!!!!!!!!,自!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!。民主主義はいま,またもや多数者 の専制の状態にある。専制者が求めた政策を最も忠実に実行した下僕を,専制者である とこきおろしている。

それならばまた,私たちが思いつく限りの罵詈雑言を浴びせ,唾を吐きつけている相 手とは,鏡に映った自分自身であることにもなろう。スミスやリカード以来

200

年以上 もたったいま,私たちがそろそろ真剣に問うべきなのは,自分たちは何を求め,何を恐 れ,何に喜び,何に苦しむのかである。要!!!!!!!!!!!!!!!!。目下の状 態をいつまでも続けるのか,それともそれを変えるのかは,有権者一人一人の知力や姿 勢にかかっている。そして,それ以外の何ものにもかかっていはしない。民主主義的な 社会の基本的なしくみとは,そうしたものではなかろうか。おそらく大平準よりも理想 に近い結果すらもたらせた世紀の才人に,主流派経済学に基づく物価安定を求めたの も,その結果起こった出来事に不満を漏らしているのも,私たちである。貨幣偽造を法 で保護し,もって社会を混乱に陥れ,生産を罰して窃盗に報い,その末に「おカネは汚 い」と吐き捨てて自分の根を切ろう,自分の翼を折ろうとする私たち。信用膨張を求 め,それよりも安定をもたらしてくれる金本位制にふれる人がいると,そのことを熟知

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42 語の初使用例はStock and Watson 2002である。次の記事も参照せよ。 Origins of the Great Moderation, January 23, 2008, New York Times, http : //www.nytimes.com/2008/01/23/business/23leonside.html?ref=

business&_r=0

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する人物から「そんなことを聞きたがる人間はいませんよ」と苛立ち混じりに言われて しまう私たち……

小難しげな語彙を用い,過去の権威を自在に引用しながら文章を量産することもでき る私たちにも決定的に欠けているものがある。それは,答えを出すことではなく問いを 発することである。すでに発されている問いに,すでに答えられてはいない答えを返そ うとすることよりは,むしろ両者の結合が暗黙のうちに課してくる前提を疑うこと,い わば問いと答えの共犯関係を見抜くことである。私たちは私!!!!!!!にたどり着け ているだろうか。人間は人間になれているだろうか。私たちは目覚めているのか。それ とも,知識が豊かではあっても,出来事の森を夢遊病者のようにさまよい歩いているだ けだろうか。いま改めてこうした問いを問いたい。これはまさしくラ!!!!!!!であ る。私たちは自由を恐れ,自由から逃げる自由を謳歌しようとしている。読者がこうし た見解に同意するか否かは関知しない。反論するのも自由である。けれども,いずれに せよ,グリーンスパンが以上の視角に基づいて経済政策の道筋を定めてきたという事実 は,否定されてはならない。一連の出来事はすべて,若き日のグリーンスパンがランド の門を叩いたことに端を発する。筆者が

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回にわたる本稿全体を「グリーンスパンのア イン・ランド・コネクション」と名づけた所以である。

参考文献

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ドキュメント内 雑誌名 同志社商学 (ページ 81-87)

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