筆者は最初うかつにもヴォラールのテキストを読み誤っていた。つまり『ユ ビュおやじの再生』に書かれている植民地での「実態」があまりにも筆者自身 の想像を超えていたため,どれもこれもユビュおやじの口からでまかせで,饒 舌な法螺話の内容など,わずかな例外を除いてほとんどがヴォラールのフィク ションにしか過ぎないのではないかと高を括っていた。それにはルオーやシュ アレスといった当事者たちの作家ヴォラールに対する否定的評価に加え,シャ ポンにいたる今日までの美術史研究者も文学作品としての『再生』の内容に直 接言及することはほとんどなかったからである。ヴォラールの凡庸なテキスト はルオーの天才的な造形力によってかろうじて生きながらえているのだと。
しかし何度もヴォラールのテキストを読み返していくうちに,とりわけ19世 紀以降のフランスの植民地政策について調べていく中で,ここに書かれている ことがらは正史としては記録されることがなかったにせよ(たとえばアルコー ルと小石とダイナマイトによる黒人の支配),すべてが,さりげないジョーク まで含めてなんらかの事実にもとづいているという確信に近いものに至った。
ただヴォラールの『再生』テキストは,第一次世界大戦時あるいは戦後におけ る当局からの非難をかわすためにも,徹底的に逆説法で書かれている。つまり
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「正」と「悪」が完全に入れ替わっているのだ。「民主主義的」な宗主国であ るフランス共和国においては明らかに「不正行為」と見なされているものが,
アフリカのフランス領植民地においては植民地行政官を通じて政策的に「善 行」として推奨され,あるいは黙認され,とりわけ被植民者の処世術として特 典付きでまかり通っているという実態を,ヴォラールの『再生』物語は完膚無 きまでの痛烈なギャグと風刺で暴き出している。
一方でヴォラールのテキストには鼠をはじめ,マングース,蛇,猿,雌鶏,
子羊などの小動物が多数登場する。イソップ物語同様,これらはすべてある類 型の人びとや人種の寓意であることを忘れてはならない。このあたりの事情が とりわけフランス文化圏以外の人びとにとっては分かりにくく,ヴォラールテ キストの解読を困難にしている原因の一つとなっている。同時に,そうである がゆえにここに書かれている植民地時代の負の「実態」を知り尽くしているル オーを含めたある世代以上のフランス国民は,そのことをあまり話題にして欲 しくないというのが本音のようで,ついつい『再生』の内容には口を閉ざして しまうというのが事実ではないだろうか。つまりインド洋上のフランス領植民 地レユニオン島出身のクレオールであるヴォラールの立場は,画商,出版者,
そして作家として善良で従順なフランス国民の仮面を被ってはいるものの,じ つは確信犯的に反植民地主義的であったと思う。
このことを踏まえた上で,またルオーのイメージはヴォラールのテキストか ら独立していることを承知の上で,《植民者ユビュ》のイメージソースを求め て『再生』中の「植民地政策」と「国際連盟の前に呈する植民地の諸問題」を 読み返してみた。(詳細は第Ⅰ章および第Ⅱ章の章解説および註を参照)。する とそれらしきものが見つかった。「ビビ狩り」である。「国際連盟の前に呈する 植民地の諸問題」の第4回目「選挙民狩り」の冒頭に出てくる。
「国際連盟会長 ― ある植民地に選挙民が不足している時はどうするのですか,
ユビュおやじ?
ユビュおやじ
― ほかの選挙民を導入するわけですが,そのためにわれわれ
From Bibi Hunting to the Black Venus : Rouault’sUbu Colon −59−は選挙民の出身国まで出かけて探してきます。これは非常に大々的なビビ狩 りになります。ビビとは文明化されていない黒人の呼び名で,われわれのビ ビ用罠でつかまえます。
国際連盟会長
― おとりには何を使うのですか,ユビュおやじ?
ユビュおやじ
― これです(彼は酒のビンを見せる)。同じビンが何度でも 使えます。われわれの考案した秘密の栓の閉め方のおかげですよ。これはコ コナツより固く閉められています。ココナツにいたっては黒人たちは歯で開 けますから。ちょうどカニがココナツの木によじ登[って中身を食べ]るの と同じです。
国際連盟会長
― どのようにしてビビを自覚的な選挙民に変身させるのです か?
ユビュおやじ
― ビビを捕獲した後,われわれはビビが大好きでかつきわめ て安価な変性アルコールで特別な処理を施します。このようにして迅速かつ 低料金ですばらしい選挙民がまた一人増えるというわけです。(国際連盟委 員の一人がメモをとっている。)
国際連盟会長
― ユビュおやじ,なぜ選挙民が不足している国に,すでに文 明化した国の過剰選挙民を搬送しないのですか?
ユビュおやじ(勢い込んで)― それはしてはなりません。なぜなら,これ
はバレス氏が『根こそぎにされた人びと』というたいそう立派な著書の中で 教えていることですが,黒人は移動することを嫌いますし,そのことが自覚 のある,さらには自覚のない黒人の尊厳を傷つけかねないからでありま す。」
7)([ ]は筆者の補足)
「ビビ」とは,奴隷貿易時代ないしその後にいたるまで,アフリカ東海岸で,
「捕獲」された黒人たちを呼ぶ実際の名称として用いられた。さらにきわめて
7) Vollard 1932, pp.49‐50. ; Morel 1994, pp.318‐319.;石川裕美訳「ユビュおやじの再 生」(私家版),2004. また『再生』のまさにこの部分(本文p.50の対面)に銅版画
《植民地行政官》cat.9が挿入されているのはたんなる偶然ではなかろう。
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醜悪で,不細工な顔立ちをした人,つまり「野蛮人」を指して用いた差別用語 ともある
8)。またここでいう「選挙民」とは,本国の植民地政策を思惑通り実 施するために買収され,良心を売り渡した白人の植民者選挙民ないしは黒人の 被植民者選挙民,つまりは「良い選挙民」のことを指している。
すなわち《植民者ユビュ》に描かれていたのはこの「ビビ狩り」の場面では ないのか。おとり用のワインに手を出し(ユビュおやじの言う「われわれの考 案した秘密の栓の閉め方」とはフランスワインのコルク栓のことであろう),
何とかこじ開けることに成功したのはいいが,酩酊し前後不覚に陥って醜態を さらしているのではないだろうか
9)。またこのような異常事態であるがゆえに,
本作品は前章の規範的な図像分析に収まりきれなかったのではないだろうか
10)。 そしてこれが事実であったとすれば,「ビビ狩り」とは,奴隷制廃止後に「選 挙民狩り」と名称を変えた一種の「奴隷狩り」であった可能性は残る。白人入 植者たちはもはや現地の部族間抗争を公然と画策することができず,アルコー ルを餌に,自らの手で「文明化されていない」黒人たちを捕獲し,飼育馴致し ていたということになる。
ちなみにヴォラールのテキストにおける動物への寓意で言えば,「ビビ」は 蛇としてしばしば登場する。『再生』表紙の木口木版画や本文挿絵(木口木版
no.1,18)をはじめ,今回の展覧会に4点(cat.67,68,74,101)も出品されている「蛇使い」(fig. 10)の主題は,この比喩を理解しない限りたんなるオ リエンタリストモティーフ(fig. 11)に終わってしまう。つまり「蛇使い」と は蛇=「ビビ」を魅惑し呪縛する「西洋」そのものの寓意である
11)。
8) Morel 1994, p.366, n.39.
9)黒人の胸前には,ひっくり返りながらも右腕でしっかり抱え込んでいるようななに かが描かれている。もしかするとこれはワインのビンなのかも知れない。
10)当然のことながら,植民地兵士に狙撃されて大地に崩れ落ちる黒人という最悪のシ ナリオも否定できない。従来の多くの解釈がそうであった。黒人の左脇腹には弾痕と ともに直線的に飛び散る血のようなものすら描かれているからだ。しかし,そうだと すればライフル銃を背中に悠然とこちらに向かって歩いてくる植民地兵士との関係に 矛盾が生じる。
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ドキュメント内
From Bibi Hunting to the Black Venus : Rouault’s Ubu Colon
(ページ 30-34)