トップPDF 『唐語便用』の会話文における語彙と語法─ 疑問、命令、依頼の表現を中心に─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『唐語便用』の会話文における語彙と語法─ 疑問、命令、依頼の表現を中心に─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『唐語便用』の会話文における語彙と語法─ 疑問、命令、依頼の表現を中心に─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 岡島冠山は長崎生まれであるされるが、長崎で冠山については不明な点が多く、通 事として話す機会があったかは定かではない 1) 。ただ、当時長崎状況鑑みれば、 通事ではなかったとしても知識得る機会は十分あった考えられる。    長崎は唐人屋敷という、来航中国人が唯一滞在許可された場所があった。唐人屋敷敷 地内は中国人が居住するため家屋や祠堂があり、広場では日用品や土産物売る露店が出 された。中国人は特別な行事がないかぎり、唐人屋敷出ることは禁じられていた。一般日 本人出入りは禁じられていたため、中国文化が凝集していた空間であった言えるだろう。 唐人屋敷が出来てからは、長崎一般人にとっては中国人接触はほとんどなくなり、中国 聞いたり話したりする機会もなくなってしまうが、それ以前は、市中ごく普通中国人 がおり、長崎は日本人中国人が共存している土地であった 2) 。長けた日本人は内通
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フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 教材機能・概念シラバスが採用されているであれば、既に述べたよう、入門・初級レ ベルでは複合過去形完了用法については「経験有無問う」以外場面設定は難しいだろ う。その場合、完了用法は補足的な会話練習または教室で使うフランス語中で使うことがで きるだろう(ex.「朝食取ったかどうか聞く」「練習が終わったかどうか聞く」)。これら状 況ではしばしば ne pas encore 含む完了形が使われる。別冊練習問題帳があれば、活用練習 兼ねた筆記問題または複数活用形使う応用問題同じ用例盛り込むことも可能である。  言語運用シフトした現在外国教育流れ中では、第二外国として初級教材網 羅的な文法説明記載することは困難である。複合過去形現在まで継続、完了否定、結 果相など様々な完了用法は初級以後学習項目なるだろう。事行組み合わせによっては 事柄開始時が強調されること(ex. J’ai aimé.「好きなった」)、複合過去形で表される事象 は必ずしも終わっていないことなども初級以後確認すべき事項である。これら事項学習 取り入れる際は、複合過去形と共に用いられる様々な時間表現副詞役割も忘れてはなら ない。過去用法完了用法結果相区別が後置された depuis + 時間共起可能性で判明す るよう、複合過去形用法意味は特定時間表現共起することで明らかなることがあ るからである。
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アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

置かれた緑挿された大量ナデシコ激しい息遣い以外はこれいって何も気づか なかった。アンジェロがそこ立って、ナデシコ一本小さくちぎっていた。恋主人公ぴ ったり姿だった。初め彼は恥ずかしそう、すこし冷たく私見た。それはまるで、起 こるかもしれない騒ぎ断固立ち向かう準備整えているようだった。しかし、私が過去については一切触れるつもりがない見て取る、自分が平穏な安らぎ中で暮らしてい ること焼けた額が表してしまうこと戸惑っていた。私は一週間前も彼悪人呼ぶ 気はなかったが、今も彼悪人呼ぶ気はなかった。しかし、彼は一つ謎ではあった ─ 彼 求愛方法同じく彼性格は大いに謎めいていた。彼が恋しているというつもりはない。 しかし、彼はすでに彼幸福がどのようやって来たか、そして、魅力讃えられること おいて一種原始的で自然な、感覚的な喜び恩恵自分が浴しているということ忘れていた 思う。それはまるで暖かい陽射し、あるいは、たっぷりある良質ワインようだった。彼 が自分幸運驚いているということなどまったくなかった思う。すべて真正ローマ人は ─ たとえ彼が物乞いぼろまとっていても ─ 彼らは我々野蛮人みなし、 我々は彼ら貢物差し出す存在であるという拭い難い確信持っていることが分かるだろう。 彼は奇怪なすべて迷信歓迎されていたが、それら迷信はアディナどんな未来約束し たというだろう?私は彼女させて欲しい頼んだ。アンジェロは肩すくめて、彼女 が嫌でなければね言い、私希望伝え部屋へ行った。どうやら彼女は判断迷って いるようだった。あれほど大胆飛び移った醜い亀裂反対側で彼女はどう見えるだろうか 考えながらしばらく待っていた。ついに彼女が現われた。私はすぐ訪問が彼女困惑 させていること見て取った。彼女は自分過去まったく忘れ去りたい願っていた。彼女 は青ざめ、深刻そうな面持ちだった。沈黙という無関心仮面つけているよう思われた。 以前彼女が独特な女性よう思われていたとしても、そこいる彼女姿見ること、つま り、並はずれた夫そばいる彼女見ることは彼女理解する何も立たなかった。私 目は一人からもう一人移り、それが私考え露呈した思う。彼女は突然私が 何で来たか知りたい要求した。
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吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 文学は実学だ、ぼくは思います。人間にとってだいじなものつくってきた。あるい は指し示してきた。虚学ではない。医学、工学、経済学、法学など同じ実学です。人間 基本的なありかた、人間性壊さないためいろんな光景、ことばしてきた。文章 才能もつ人たちが、人間現実鋭い表現で開示してきた。だから文学というは人 間つくるもの、人間にとってとても役に立つもの、実学な思います。…………… ………………………………………………………………………………………………………… そういうなかで文学現実的な力再認識しなくてはならない思います。その実学信 頼度高めるためは「批判」受けいれていく環境していくことが重要なですが、 それがいま内部からくずれつつある。…………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………………………  文学は、実学です。厳密な文章で、人間繊細な部分、深い心理教えてくれる。人間 大切なもの教えてくれる。その意味で、虚学ではなく、実学なであり、その実学 して働き無視したところで、いま教育も行われています。…………………………… ………………………………………………………………………………………………………… 文学は無用もの、役に立たないものという見方こそどうかする怖ろしいもので、文学 遠ざけたことも一因なって、ことばや文章即してもの考えたり、確認する機会が なくなり、人心に対する想像力が乏しくなりました。身も凍るような、怖い事件が多発 していますね。(荒川洋治 199-226)
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キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

一連会話中で二言語織り交ぜながら併用する CS は、二言語併用中でも特に動的なも であるいえよう。  ソ連崩壊後旧ソ連諸国では、基幹民族 2) (titular nation)中心国家運営一環として、各 基幹民族「国家(state language)」として推進する言語政策が実施されてきた。キルギ ス共和国では、国家であるキルギス加え、ソ連時代広く普及したロシアが「公用 (offi cial language)」として定められ、首都中心として現在もなお様々な領域で使用されてい る。すなわち、同国では公的二言語主義が実施されているである。その一方で、特に行政 や学術分野でキルギス普及が進まない現状が問題視され、語彙整備や辞書出版など、 同言語あらゆる領域で使用するため取り組みも行われてきた。その過程では、国会議員 対してロシア混合せず「純粋な」キルギス話すよう要請が行われるなど 3) 、一部で CS がキルギス普及障害として表現される傾向が見られる。このよう、CS 現象存在自 体は現地人々によっても広く認知され、言語政策上主要な論点 1 つとなっている。また、 国内外研究者や現地メディア、そして一般人々によってもある種社会現象(キルギス ロシア混合する話し方)として指摘されてきたが、これまでその実態は、事実上、学術 的解明されてこなかった 4) 。
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福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

21 ペン走らせている。「…後は何て言った?」そこでやっと私聞く。福井先生がペン走ら せるスピードは並大抵ものではない。しかも、乱れた字ではなく、後からでもちゃんと読め る。その上、私が訳した内容確認しながら書いている。神業である。お互いかなり集中 力用いる作業なので、途中で何度か息抜き入れる。訳し終わった箇所について話し合うこ が多い。訳し終わった部分今度は福井先生が家でコンピューター打ち込む。打ち込みな がらさらに日本語調整する。次会う前回翻訳した箇所で先生が書き直したところ、 わかりにくかったところなどについて話し合う。そしてまた次箇所訳す作業入る。これ 繰り返しである。2013 年外国学部紀要』第 9 号からほぼ毎号で翻訳した部分コメン トつけて掲載している。その校正さらに翻訳内容修正入れ、訳磨いている。  1959 年出版された Anthropologist at Work なぜ今さら翻訳している疑問思う人 も多いかもしれない。文化人類学分野はその後発展遂げているし、1959 年から世の中は大 きく変わっているだから、1930 年代から 1940 年代ベネディクトが書いたことなど現代社 会はあまり意味持たないではないか思う人もいるだろう。もしそうだったら、私もこ 翻訳作業加わらなかった思う。また、この本がベネディクト研究者のみ重要な資料で あるしたら、これまでベネディクトは関わり持ったことがない私がこの翻訳すること はならなかった思う。なぜ今この本訳しているか。それは、この本書かれたことが 今社会通じるところがあるからである。そして、ベネディクトが生きた社会中でベネデ ィクト、あるいは彼女師であるフランツ・ボアズが学者として貫いた姿勢心から尊敬し、 私もこの本訳すことによって彼ら同じよう社会一石投じたい思うからである。 これは、私福井先生共通思いだ。
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

言」から東アジア優勢言語へ成り上がったである。日本語変化は、江戸時代以来、西 洋新知識受け入れてきた結果であるが、その過程で漢字による新語・訳語が決定的な役割 果たした。  言語は知識受容伝達媒体であり、社会生活密接相互作用及ぼす関係ある。西 洋新知識導入は、中国近代化へ変化促進し、同時に中国社会種々近代的変化 が中国によって記録された。また、漢字文化圏存在により、中国近代化は中国内だ けとどまらず、東アジア全域拡大した。中国中国近代が分かち難い関係ある 同様、漢字漢文は東アジア近代化密接な関係ある。西学東漸という大きな流れ中で、 中国は漢字文化圏言語大きな影響及ぼす一方、漢字文化圏言語からも影響 受けた。特に日本語影響は非常大きかったが、中でも最も重要なことは、漢字利用し て西洋新概念受け入れるという問題における「共創、共享」である。漢字文化圏内では、 多く抽象や時代キーワードが同形(または同音)という形式で存在しているが、これ は地域内言語接触、語彙交流結果であることは疑問余地がない。一方、各言語における 同形(同音意味、用法上相異は、それぞれ国や地域が西洋新知識や新概念受 容した過程反映したものである。近代新知識受容表出は新しい語彙表現様式が必要 である。厳復翻訳が最終的中国社会受け入れられなかったことは言語面において社会 要望満たせなかったからであるいえるだろう。新しい語彙表現様式、特に専門分野 おけるキーワードや基本用語形成は、近代学問体系が成り立つため基盤である。キーワ ードや基本用語歴史は、往々してその学科形成史であり、言語近代化に関する研究は、 「近代」冠するその他研究分野基礎である。
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物語理論と翻訳 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

物語理論と翻訳 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

しまっています。このようなケース「先説法」呼びます。逆、物語出来事としてはず いぶん前起こったこと物語言説中では後から語るという場合があります。たとえば、 言説は警察容疑者会話から始まっているですが、実際事件現場模様が物語後 半で紹介されるような場合です。このようなケースは「後説法」呼ばれ、日常的な言葉使い では「フラッシュバック」という言い方されます。このよう、物語言説における「順序」 は、物語内容出来事それが言説中で語られる順序関係整理したものです。  次は「頻度」問題です。物語言説における「頻度」は、物語内容出来事が発生した回 数それが物語言説中で語られる回数関係ことです。たとえば、物語内容出来事し て一回起こったこと言説中で一回語れば、それは回数が同じですから「単起法」呼ばれ ます。同じよう、三回起こった出来事三回語る場合も「単起法」です。それに対して、出 来事としては複数回発生したこと、言説中では一回しか語られない場合、それは「括復法」 呼ばれます。たとえば、「私は十年間毎晩午後八時寝た」という言説場合、十年間八時 寝たですから、出来事忠実物語言説書こうする八時寝たこと 3650 回書かなけ ればならないですが、現実そのような文章書く人はいません。
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日本語教育における学習者コーパスの構築とICLEAJ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

日本語教育における学習者コーパスの構築とICLEAJ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 SLA(Second Language Acquisition, 第二言語習得)は外国や第 2 言語学習プロセス支 配する原理明らかすること主要目的しているが、Ellis(1994: 670)はそのデータは 学習者言語使用データ加え、文法性判断ようなメタ言語的判断や質問紙法や思考発話法 ような自己申告データなど 3 種類あるしている。さらに、非統制言語使用データ非誘 導型、有統制それ誘導型、メタ言語的判断や自己申告データ内省型データ呼んで、優 れた研究は様々なデータソース使用している研究である述べている。そしてこれまで SLA 研究は、内省型や誘導型言語使用データ中心行われてきたが、学習者コーパスは非誘導 型言語使用データがもっている出現頻度や変数、回避といった問題解決できる利点十分 備えている述べている。
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ルクセンブルクが国語として法的規定されたは 1984 年ことであり、国象徴位置 付けられている。文学作品もルクセンブルクで書かれたものがあるが、学術言語として整備 されているは言い難く、実際学問担っているはフランス語ドイツである。ドイツ は学術言語としても成熟しているので、ルクセンブルク人にとってはドイツを通じて勉学 行うが最も効率的である。小学校では、まずドイツが主たる授業言語として用いられる はそのためである。しかし、学年が上がるにつれてフランス語が学術言語として機能担 っていくシステムなっている。ルクセンブルク学術言語として自立させるためコーパ ス政策行わず、ドイツフランス語使用するがルクセンブルク特徴だ。また、欧州 有力な言語であるドイツフランス語使うことができるメリットは計り知れないほど大 きく、アイデンティティ言語としてルクセンブルク話し、実用言語としてはドイツフ ランス使うというルクセンブルク多言主義は現実的な形態であるいえよう。  外国学習では、母語近い言語学ぶ方が系統的遠い言語学ぶより容易であるは言 うまでもない。ルクセンブルクで公的地位有するルクセンブルク、ドイツ、フランス語 言語間距離考えれば、ルクセンブルク人にとって複言語主義がどの点で難しいか、あるい は容易であるかがわかる。また、英語関係も見ておかねばならない。ドイツフランス が重要な役割果たす欧州においても、英語重要性は増すばかりである。公的地位有す る 3 言語学習加えて、英語学習もルクセンブルクでは必須である。さらに、人口約 43% 2) 占める外国人住民存在も、多言形態影響及ぼしている。外国人で最も多い
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社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

その若者が成し遂げたことは、イーグル・イン・ザ・スカイズグループ栄光繁栄貢献 するが、賛辞は若者与えられた。捕まえた馬分配したり、バッファロー分配する栄 光浴するもその若者であった。そしてその若者貧しい家族は彼武勇自慢し、居留地 まわり行進し、彼業績叫んだ。彼ような息子得たい思うような指導者たち中から、彼は妻探した。イーグル・イン・ザ・スカイズ使わせてもらえなければ、 彼は部族評判上げることはできなかっただろうが、彼使わせるは慈悲によるもの ではない。その若者がバッファロー捕まえたり、敵獲得したりすることによって、イ ーグル・イン・ザ・スカイズ自負心は若者自負心同じくらい大きくなるである。栄養 が行き届き、乗馬長けているグループは、あくまでイーグル・イン・ザ・スカイズにとって 有利なである。他グループ属していたブラック・フット族で自分たちリーダー不満 抱いている人たちは、イーグル・イン・ザ・スカイズグループ入り、彼栄光あやか ろうした。イーグル・イン・ザ・スカイズグループは拡大していった。グループ人たち は彼仕え、彼もまたグループメンバー仕えた。ある可哀想な若者が襲撃でイーグル・イ ン・ザ・スカイズりっぱな馬失った時、酋長はそれなんとも思わなかった。自分 部下使わせてやることで大きな利益が得られるであれば、たまに馬がなくなったとしても 何とも思わなかった。酋長部下相互利益が循環していた。
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

2 章   は第 1 部から第 6 部で構成されている。この本構成方法つい てミードは次よう書いている。 「これは推理小説ではない。どこから読み始めてもよい。も うすでに終わった人生というは、その人生なか様々な出来事同時に見ることができる。 そのなか一つひとつが後こと照らすこともあれば、前こと照らすこともあり得る。 ……私は、この本で読者様々な好み合うようアレンジした。最後ページ読みた い人もいるだろうし、他解釈読む前、自分で生資料もと解釈すること望む 人もいるだろう。資料はいくつかかたまりで提示されている。伝記よくあるよう、途中で 切られた文章や詩断片などは折り混ぜられてはいない。なぜなら、ベネディクトも私もある 程度かたまりで資料が提示されなければ、パターンや流れがわからない信じていたからで ある。」( 2)従って資料かかわりも、ミードコメント必ずしも一致するも ではない。ミード自身も章関係は、彼女がひらめいた場合のみ一緒提示している。 1 部ではベネディクト文化人類学出会い、マーガレット・ミード解説もと書か れている。年代は 1920 年から 30 年代ものが中心なっている。この章は言語学者である エドワード・サピアベネディクト 1922 年から 1923 年にかけて往復書簡やベネディク ト自身日記も含まれており、初期ベネディクト想い知る上で重要な箇所なっている。  1 部ベネディクトが文化人類学始めた頃論文「平原インディアン幻視」翻訳して いて感じたことは、論理的、科学的、そして明確説明するという態度は感じられるが、その 表現からはそのスキルはまだ確立されたは言い難い点が感じ取れる。表現はどちらかという 古めかしく、客観的そしてアカデミック書こうする試みは理解できるが、彼女自身 スタイルは未だ形成されたは言い難く、読み手にとって理解複雑化させている感じられ る。
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「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 こうした一連検証作業を通じて、太平洋戦争中日本英文学者は、己専門領域 当時日本国家ため積極的活かすべく、真正面から現実社会向き合い、実社会 深い関わり求めた者がいたことが判明した。実社会直接接触希求した英文学者は、 己学問研究、己専門、己持てるすべて、そして己最大武器も言える英 米事情に関する厖大な博学多識、時日本社会に対して役立たせよう努めたである。敵 国なった英米文学や文化専門してきた彼ら英文学者してみれば、己が持てる力国 家ため存分発揮する時機が到来した、大いに興奮し、奮起したであろうことは想像す る難くない。現実社会直結した、まさに生きた英語英米文学研究存在意義しんから自 覚し、これこそが実践知性最たるものだ彼らは認識したちがいない。慶應義塾大学名誉 教授・白井厚が著書『大学における戦没者追悼考える』(2012)中で、「英語勉強するこ によって、高いところ立って普通は見えないところが見えるようなる。敵国いち早く直接読むことができ、それだけ視野が広がる。敵状況が分かって戦争勝てる。 だから英語学は展望台学問であり、戦争役立つというふう、論展開します。そうす る、なんとなくそんな感じもして、英語一生懸命勉強できるようなります。海軍は英
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ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ウイドブロがこの詩集載せた詩編は、「額絵」として鑑賞されること意識してか、どれも が短い。比較的長い「急行列車」でも、2 ページ収まってしまう程度 40 行過ぎない。 そのことが、本質的斬新な詩、新しい手法不慣れな読者にとっても分かりやすいもの している。またグリスが指摘していることだが、用いられる単語も、観念的で日常なじまな い、奇衒ったようなものではなく、より詩人身の丈応じた平易な言葉なっている。キ ュビスム画家が『北極詩』美点であるするこの特徴は、パリは違い、この種 対して一切免疫持たなかったスペイン詩人たちあいだ熱心な支持者得た一因な った。そうしたなかで誕生したが、スペインにおける最初前衛主義ウルトライスモである。 彼らは、シュルレアリスムがその中心常にブルトン抱いたようはウイドブロその懐 迎えることせず、むしろ反力高めていったが、1922 年機関紙「ウルトラ」が廃刊なり 運動が解消した後も、スペイン詩底流その反響残した。
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オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し、頭はコングリーブ嬢ことでいっぱいで、目は絶えず彼女見ていた。ときどき彼女 視線合うときがあった。激しい嫌悪感がふつふつわき起こった。ヘンリエッタ・コ ングリーブ必要なは、彼女が他人利用した同じよう彼女も人利用されることだ 彼は独り言言った。明らか今牧師利用している同じよう。水流中ほどで空し く底手探りしながら、耳まですっぽり彼は恋落ちていた。その間、乾いた靴履いたまま 彼女は水辺座っているだった。彼女は教訓学ぶ必要があった。しかし、誰がそれ彼女 与えることができるだろうか?彼女すべて師が知っている以上こと彼女は知ってい るだ。男性は彼女近づき、魅了され虜なるだけだった。もし彼女が、自分同じほど明 晰な頭脳、活発な想像力、不屈意志持つ者、あるいは師仰ぐ者出会いさえすれば!テ ーブルひっくり返し、彼女出先くじき、彼女し、そして突然時計見て別れ挨 拶する、そんな男性出会いさえすれば!そうすれば恐らくグラハムも安心して眠りつく ことができるだろう。人もてあそぶということがどういうことか彼女も分かるであろ う。というのも、彼女心は、まるでブロンズに対するガラスようなものだからである。オ ズボーンはテーブル見まわした。しかし、カーペンター夫人招待客は、彼が心描く ― ブロンズ水晶持つ ― 英雄ほんのわずかでも似ている男性はいなかった。彼ら はまさに、若い女性そばはべらせるが似合う若者たち過ぎなかった。しかし、ヘンリ エッタ・コングリーブはそのような女性一人ではなかった。彼女は舞踏会いる単に軽薄な 女性ではなかった。彼女しぐさはどこか真剣で高貴な何かがあった。それは知的な喜びで あった。誠実な男性最後一滴まで飲み干し、恐ろしい食品白い花咲かせるだっ た。オズボーンが辺り見わたす、周囲存在、サンドウィッチやシャンパンこと 一瞬忘れてしまったかよう見える若い女性目がとまった。彼が彼女こと見ている 気がつく、もちろん、その女性はすぐ視線落とした。しかしオズボーン は彼女視線意味読み取った。それ ― まだ清純さ残る乙女視線 ― は、容易翻訳 できる言葉で、「あなたこそ私が探し求めていた男性です!」語っているよう思われた。つ まり簡単言う、オズボーンさん、あなたは何て素敵な方なんでしょう、ということである。 オズボーンは脈が速くなる感じた。彼計画は始まっただ。彼際立った容姿がコング リーブ嬢傷つける十分な装備だというわけではなかったが、少なくともそれは彼 任務向かって表現するものだった。
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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

27 30 有余年大学生活振り返って 福 井 七 子  関西大学時間は、学問中心として私生活彩り添えてくださった人々おかげで、 非常恵まれた期間だった。30 有余年にわたって、まったく波風がたたなかった時期がなかっ たは言えない。ルース・ベネディクトという複雑な女性研究テーマ中心したことで、 彼女思想・文化捉え方、また彼女異文化理解迫ろうもがき続けた年月であった。  研究性質から、私は常に一次資料求めようした。資料集めがうまくいき、いうより 納得いくまでやり続けたいうべきかもしれないが、そして多く人々助けられ、これまで あまり研究がなされていなかった分野少しは明らかできたではないか思っている。  アメリカは 6 回ほど調査旅行した。第一回目調査旅行は実に不安な気持でいっぱいで あった。プキプシーあるベネディクト・コレクション中心、エール大学や議会図書館 も出かけた。ニューヨーク図書館では思いもかけなかった資料得ることができた。結果的 心配は杞憂終わっただが、資料収集だけでは何も発信できない。収集以上努力が 求められるは、それ読み解き、まるでジグゾーパズルよう時間軸中心埋め込んで いかねばならない。
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Analog pleasures in a digital world 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Analog pleasures in a digital world 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

While teaching in Newark, I learned that another campus of Rutgers University wanted to hire someone to teach theater studies.. I applied, and had an interview.[r]

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母音梯形と母音三角形 ─ 発音指導と評価 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

母音梯形と母音三角形 ─ 発音指導と評価 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

瞭で自然な発話が要求される 1) 。さらに高度なコミュニケーション想定した場合、たとえば ニュースようスピードある発話理解するためは、意味なる短く挟ま れる文法要素的確聞き取らなければならない。また長いセンテンス、ある程度スピー ドで、適切なイントネーションで「読む・言う」為は、日本は存在しない結合現象習 得が不可欠だ。たとえば前置詞 de 定冠詞 la が続く場合、前後関係によっては[də la] ではなく、de [ə]が脱落して[dla]つながり、[d]から[l]へ移行部分で一種破 裂音(両側外破)ができる。この結合現象聞いただけで 2 つ子音があること知覚し、真 似できる日本人学習者はほとんどいない。この結合現象知らない学習者多くは、[d]ある いは[l]どちらか一つ子音として聞き取る。その結果、前置詞 de 使わず名詞 2 つ続けたり、de 後ろ名詞冠詞が必要であっても省略したりするなど間違いが定着し てしまう。このよう発音上聞き間違いが、文法基本的な間違い原因なっていること は珍しくない。
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“得”字補語文について 外国語教育フォーラム|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

“得”字補語文について 外国語教育フォーラム|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「補語」という文法用語は中国教育初級段階で、避けては通れないものでありながら、 なくても不都合が生じない用語でもある。筆者はできるなら「補語」という文法用語中国 テキストからなくしてほしい願っている。現代ほとんど語学教育は外国運用能力付けることが目的である認識しているが、例えば中国初級教育中で、「下線部は何と いう補語か答えなさい」というような試験問題はあってはならない考えている。
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碩学 平田 渡先生へ感謝を込めて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

碩学 平田 渡先生へ感謝を込めて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  過去様々な出来事について分からないことがある、私は迷うことなく平田先生尋ねて みることしている。「先生、~について教えてくださいますか。」する先生は、「竹内君、そ れはね、~だよ。」気さく、そして明快教えてくださる。私にとっては(そして多く同 僚にとっても)、平田先生は、まさに生き字引ような存在なだ。先生はお忘れかもしれない が、「現在出来事意味は、歴史流れ解さずは分からない」おっしゃっていたこと 、私は折りふれて思い出す。けだし名言である。その平田 渡先生が、実に 40 年長き わたる関西大学学究生活終え、ご退職なられる。寂しい限りである。
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