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胡錦濤政権と呼ぶ)ができて10年、経済政策に関する限

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(1)

はじめに

胡錦濤・温家宝政権(以下、胡錦濤政権と呼ぶ)ができて

10

年、経済政策に関する限り、

そこでのキーワードはひとつは「和諧社会」であり、もうひとつは「科学的発展観」であ った。「都市農村一体化」や「三農(農業、農村、農民)問題」の解決といった政策もその間 打ち出されてきたが、それは「和諧」政策の一環と捉えるべきだろう。また成長方式の転 換、つまり資源や生産要素を多投する粗放的、ないしは外延的成長パターンから、資源や 生産要素の使用を節約し、技術進歩を中心とする集約的、ないしは内包的成長パターンへ の転換も唱えられたが、これは科学的発展観のなかに事実上含まれている。かくして、胡 錦濤政権の中心的経済政策とは、一言で言えば公正(equity)と効率(efficiency)を両立させ、

しかも等しく伸ばしていくことにあったと言える。「和諧経済」という言葉は聞かないが、

あえて言えば胡錦濤政権の目指した和諧経済はこの2つの課題の達成である。それではこの 課題を政権は達成できたのだろうか。その理想と現実とはどれほど乖離していたのだろう か。

1

胡錦濤政権の経済実績

まずはじめに、公正と効率に関連するいくつかの指標からみた現政権の実績評価をして おこう。挙げるべき指標は多数あるが、ここでは紙幅の関係上、以下

4点に絞ってみておく

ことにする。

① 成長率

2002

年から

2010

年にかけての経済成長率は、第

10

次、第

11

次5ヵ年計画(ないしは規画)

の目標値を超えてかなりの高成長を持続させてきた。2002年から

2010年までの 8

年間、中 国経済は平均約11%もの高い成長率を記録した。こうした高成長は何によってもたらされ たのか、いわゆるソローの成長会計によって要因分解してみると、基本的には資本に依存 した成長、つまり粗放的成長だったことがわかる(第1表参照)(1)。すなわち、集約的成長の 中心である全要素生産性(TFP)による成長への貢献度は低く、1990年代にはその成長への 貢献度がマイナスだった1980年代よりは増大しているものの、今世紀に入り大きく低下し ている。労働分配率の値にもよるが、第

3

表を参考にして分配率

0.4

とすると、胡錦濤政権 の時代(2002―10年)には資本の成長に対する貢献度は72.7%以上にも達する。1994年のポ

(2)

ール・クルーグマンによる「まぼろしのアジア経済」(2)以来、中国でも資本多投型の成長に 対する警告はしばしば出されてきたが(たとえば、張軍

2002)

、胡錦濤政権になってもこの罠 から脱却できず、非効率な経済成長を達成してしまったと言える。

② 産業構造

以上のことは別の角度からもみることができる。たとえばGDP(国内総生産)生産構造か らみた中国経済の特色のひとつは、第

2次産業、とりわけ工業部門の成長への貢献度が比較

的大きく、サービス産業のそれが相対的に小さいことである(第

2

表参照)。その工業の主体 がいわゆる重工業である。中国におけるサービス産業の比重はいまだ

4割を少し超える程度

であって、同じレベルの途上国と比較しても小さい。毛沢東時代における工業重視、サー ビス産業軽視の傾向が今日にも及んでいると言える。

③ 投資率

次にGDP支出構造からみてみると、上述した資本多投型の成長からも判断されるように、

中国経済は投資主導型の成長方式をとってきた。同時に輸出の成長寄与度も高く、逆に言 えば消費の成長貢献度は低く、いわば投資と輸出、とりわけ前者が中国経済成長のエンジ ンだったと言える。異常に高い投資率は胡錦濤政権時代になっても変わることなく、むし ろ上昇してきた(第

1

図参照)。裏返せば投資の効率性が低下してきたことになる。

④ 所得分配:ジニ係数と労働分配率

所得分配の不平等度を表わすジニ係数は改革開放以後徐々に上がり始め、今世紀に入っ てもその動きに歯止めはかかっていない。2007年の全国のジニ係数が公式統計では

0.47と

言われ、もし国家統計局の家計調査には漏れている高所得者の収入を加えれば、その値は

0.52にまで跳ね上がるという

(李実

2011)

。そのうえ、労働分配率が傾向的に低下してきて

いる。すなわち、全付加価値額(所得)のなかで労働報酬として分配される割合が労働分配 率であるが、公表されている産業連関表のなかから、すべての部門と鉱工業部門の労働分

第 1 表 成長会計

1978―88 5.6 3.1 10 2.9 3.6 12.3 59.4 28.3 35.1

1991―2001 10.3 1.1 9.5 4.2 5.0 4.3 55.3 40.4 48.5

2002―10 10.9 0.5 13.2 2.8 4.1 1.8 72.7 25.5 37.2

期間(年) 成長率(%) 参考

GDP 労働 資本 TFP(1)TFP(2)

成長に対する貢献度(%) 参考 労働 資本 TFP(1)TFP(2)

(注) TFP(1)は労働分配率を0.4としたとき、TFP(2)は同じく0.5としたとき。

(出所) GDPと労働は『中国統計年鑑』各年版より。資本は、1978―2007年:楊(2010)表3より、2007―

10年:楊(2010)をもとに筆者計算。

第 2 表 農業、工業、サービス産業のGDP成長貢献度

1978―88 15.7 52.4 47.7 30.7

1991―2001 9.1 52.4 47.7 33.7

2002―10 5.7 49.4 42.5 43.3

期間(年) 農業 第2次産業 うち工業 サービス産業

(注) 農業は第1次産業を、サービス産業は第3次産業をそれぞれ指す。第2次産業 は建設業と工業からなる。各産業のウェイトは各期間の初期年度のウェイトを とった。

(出所) 『中国統計年鑑』各年版より筆者計算。

(単位 %)

(3)

配率を計算すると、1997年から

2007

年にかけて、とくに鉱工業部門において大きく低下し てきたことがわかる(第

3

表参照)。このことは、上述した投資率の上昇、すなわち消費率の 低下と整合的である。つまり、中国経済は高成長の多くの果実を労働者や家計に回さない で、主として投資に振り向けてきた。

2

経済実績の評価―成長と分配を中心に

中国が、粗放的成長から集約的成長へという成長方式の転換を打ち出したのは第9次

5ヵ

年計画(1996―

2000年)

の時からである。第10次

5

ヵ年計画(2001―

05年)

においてもこの 方針は継続され、それ以降第11次(2006―10年)や第12次(2011―15年)の

5ヵ年計画

(規 画)でも強調されることはあっても、決してこの方針は消えることはなかった。胡錦濤政権 になってもこの成長方式の転換はきわめて優先度の高い政策目標だったはずである。実際、

経済政策を決める重要会議である「中央経済工作会議」においても、2007年以来集約的成 長や内需主導型の成長への転換が繰り返し説かれてきた。しかし、現実に依然として粗放 的成長や外需主導の成長パターンが維持されてきたのはなぜだろうか。

こうした成長は平均的な

1人当たり所得の上昇を生み出し、貧困人口を減少させ、日本を

抜いて中国を世界第2位の経済に躍進させ、軍事力のすさまじい増強をもたらし、世界にお ける政治的影響力を高めたことは否定できない。もちろん、この成長の影として腐敗の深 刻化があり、環境悪化があった。経済成長は必然的にエネルギー需要を高め、しかも中国

(年)

1978 80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 04 06 08 10  『中国統計年鑑』2011年版をもとに筆者作成。

(出所)

第 1 図 成長率と投資率の動き(1978―2010年)

(%)

60

50

40

30

20

10

0

投資率

成長率

第 3 表 労働分配率の推移

全産業平均 54.9 54.1 48.4 41.7 41.4 鉱工業平均 40.9 39.9 38.4 29.4 32.2

1997年 2000年 2002年 2005年 2007年

(出所) 中国の産業連関表を基に筆者計算。

(単位 %)

(4)

のようにエネルギー効率が必ずしも高くない国では、先進国よりも単位当たり数倍のエネ ルギーを必要としたから、二酸化硫黄(SO2)や二酸化炭素(CO2)の排出量は先進国以上に 増大することになり、いまや中国は世界最大の温室効果ガス排出国家になってしまった。

しかし中国経済の直面する最大の問題は格差の拡大であろう。この格差拡大に密接に関連 して、全国各地で頻発する農民暴動があり、失業者の抗議行動がある。

調和のとれた社会の建設を目標としながら、所得格差が拡大し、また縮小できなかった のはいったいなぜだろうか。世界的にも知れ渡った所得不平等国家ブラジルは、1990年代 以降、その社会全体における所得格差を著しく縮小させてきた(近田

2011)

。いまでは先に 挙げた中国のジニ係数がブラジルのジニ係数にほぼ肩を並べるという、以前には考えられ なかった状況が現われている(3)。もちろん、ジニ係数の厳密な国際比較は決して容易ではな いが、少なくともこの事実は中国における格差拡大の深刻さを示唆している(4)

「不平等国家中国」(園田

2008)

において、格差拡大はさまざまな部門、集団内、集団間で みられる。とりわけ重要なのは都市農村格差と地域格差である。中国ではこの10年間は日 本の1955―

73年における「高度成長」にも相当する成長を遂げてきており、その過程で農

村からの過剰労働の供給が続いてきた。2004年頃から沿海部における「農民工(出稼ぎ労働 力)」賃金が上昇し始め、中国はルイス転換点を迎えたのではないかという議論が巻き起こ り、国内外でホットな論争がなされたことは記憶に新しい。ルイス転換点を迎えれば労働 過剰経済から労働不足経済に「転換」することになり、大きな経済構造の転換が現われた ことになる。日本経済は

1960年代初めにこの転換点に到達したという南の仮説がほぼ共通

した理解になっているが(南

1970)

、同じ高度成長を経験し、しかも出稼ぎ労働力の賃金が 傾向的に上昇し始めた中国も、同じような労働不足経済に転換したと考えても不思議では ない。しかし中国の農村部、とくに内陸部をはじめとする後れた地域における農村部に依 然として大量の「過剰労働力」が存在していることも事実であり、沿海部における出稼ぎ 労働力の賃金上昇と農村部における過剰労働力の存在という事実を「パズル」と捉え、ど のように説明するのかが研究者の間では議論の的になっている。

重要なことは中国がルイス転換点に到達したのか、ということよりも、都市農村間に大 きな格差があり、都市農村間所得格差が

1985

年以降拡大してきたことだろう(第2図参照)。 この格差は「分断、断絶(divide)」という表現が当てはまるように質的にすさまじい格差で ある。なぜなら、都市住民と農民とは戸籍制度の下で身分上の格差があるからである。日 本の高度成長は都市農村格差を解消させたばかりではなく、さまざまな面で都市農村の分 断を埋めたことはよく知られている。

地域格差についても似たようなことが言える。日本では高度成長期を経て地域格差は縮 小してきた。これは単に経済全体が発展したからではない。むしろ地域格差の縮小が経済 を発展させた側面のほうが強い。そもそも、中国の現実が示しているように、経済発展す れば必ず地域格差が縮小するわけではない。また日本の人口が(中国に比べれば)少なく、

国土が狭いから地域格差の縮小が容易だったのだろうか。確かに中国の国土の広さや人口 の多さは、その歴史的背景と合わせて、多様な地域差を生み出す。しかしそうした環境条

(5)

件が地域差を生み出す決定的要因だとは思われない。地域格差を作り出す要因は多数ある が、中国にはそうした格差を拡大させる制度的メカニズムが内在しているようであり、し かもそのメカニズムに現政権は根本的なメスを入れたとは言い難い。政権が持ち出してき たのは、主として西部大開発や東北振興、あるいは中部の勃興策といった、特定広域地域 開発・振興の政策だけである(5)

3

経済不均衡のメカニズム

以上述べてきた中国経済の粗放的成長や格差拡大といった不均衡の背景や根拠を探って いくと、こうした不均衡がなぜ起こり、長続きしてきたのか、その背景とメカニズムが透 けてみえてくる。

改革派の経済学者として、また中国経済学界の重鎮として知られる呉敬 は、今日の中 国経済には、古いタイプの成長モデル、言い換えればソ連型の重化学工業優先の経済成長 モデルの影響が残っており、内的不均衡と外的不均衡という2つの不均衡があるという(呉

2011)

。すなわち、過大な投資と過小な消費という不均衡(内的不均衡)と、低付加価値の製

品輸出が生み出す莫大な貿易黒字や外貨準備という不均衡(外的不均衡)である。過大な投 資を生み出すために労働分配率を下げ、また資本集約的重化学産業にそうした投資が投下 される。他方、労働力を多投する産業が輸出産業の主体となっており、中国の安い労働力 を使って外貨を稼ぎ出す。その結果が、為替レートの引き上げ圧力を受けることになり、

アメリカなどとの貿易摩擦を引き起こすことになっている。あるいは李義平によれば、中 国が一面的に成長率を追いかけたために、内需と外需の不均衡、産業構造における不均衡、

さらには経済発展と社会発展の不均衡、それに政府と市場機能の間違った配置(錯位)をも たらしたという(李

2011)

それではなぜこうした不均衡が生まれたのだろうか。呉敬 が言うように中国経済のか

(年)

1978 80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 04 06 08 10  農家の収入は農業純収入、都市住民の収入は可処分所得をそれぞれ表わす。

(注)

 中国国家統計局のホームページより。

(出所)

第 2 図 都市農村格差の動き:農家収入に対する都市住民の収入の倍率

(倍)

3.50

3.00

2.50

2.00

1.50

1.00

0.50

0.00

(6)

かえる不均衡のすべてを粗放的成長モデルに結び付けるのは、やや単純化した捉え方と言 える。たとえば、過剰とも言うべき貿易黒字や外貨の蓄積は、単に低賃金の、また繊維や 雑貨といった労働集約的消費財の先進国への輸出が生み出したというだけではなく、外資 を中心として、海外と中国との間に産業内貿易の構造が作り上げられたからでもある。中 国の主力輸出品はいまや各種機械類であり、これらは主に資本集約的製品であって、その 技術レベルも急速に高まってきた。もちろん、これらの機械の一部、あるいはかなり多く が国際的なバリューチェーンの末端に位置し、付加価値が小さいといった批判がある。ま た輸出の主体が外資企業であって、国内企業の貢献度は小さいという指摘もなされてきた。

あるいは、中国企業が知的財産権を侵犯していることがしばしば糾弾されている。しかし、

改革開放以後、とくに市場化が進む1990年代以降、中国企業の資本蓄積がいちだんと進み、

技術レベルが著しく向上してきたことは否定できない。

もっと重要なのは、粗放的成長をもたらす、あるいは維持し、場合によっては促進する 制度的メカニズムである。呉敬 は「国進民退」(国有部門が拡大し、民間部門が縮小する)

現象を取り上げ、融資が国有大企業に偏っていることと合わせ、「7割以上の技術革新が中 小企業から生まれている」ことから、技術進歩を促すにはもっと中小企業を発展させなけ ればならないと主張する。そのためには政府機能の再検討を進め、改革を通して産業の転 換・高度化の体制的障害をなくし、また技術革新に有利な制度環境を作り上げることの必 要性を力説する。しかしなぜ政府機能が簡単には変わらないのだろうか。どうして国有企 業が依然として幅をきかせているのだろうか。また、どうして国家は投資主導型の成長路 線をとってしまうのだろうか。この点について、彼ははっきりとは語っていない。そして あれだけ「三農問題」が叫ばれながら、都市農村間のすさまじい格差がどうして温存され、

地域間格差がなかなか縮まらないのだろうか。これらの疑問を突き詰めていくと、最終的 には政治制度や体制そのものの問題に突き当たる。

第1に、中央と地方との政治関係がある。成長率という政策目標をめぐって、中央政府と 地方政府の「目的関数」(政策目標)が異なっているということがしばしば指摘される。中 央が5ヵ年計画で比較的穏健な目標を掲げても、地方がより高い成長目標を掲げる場合があ る。それは、経済発展の後れた地域の場合は当然として、そうではない地域でも投資欲求 はきわめて強く、それはあたかも社会主義計画経済における「投資飢餓症」(コルナイ

1984)

にも似ている。宮希魁は、地方政府に「会社化(公司化)」の傾向がみられると批判する

(宮

2011)

。すなわち、地方政府(幹部)にとって

GDPは会社の売上額に等しく、財政収入は

利潤額に等しく、それぞれがより多くの実績(売り上げと利潤)を上げるために投資に熱中 する。「中央が成長率を

8%と確定すれば、省は 9

ないし10%を、市は

12%

を、県は14%をと 言う。各地域は相互に競い合い(攀比)、そちらが決めた成長率が

11%

なら自分のところは 絶対そちらより低くなるわけにはいかない、そちらが

100

億元の大プロジェクトをやれば、

自分たちはどんなことをしてもそれを上回ろうとする」(宮

2011)

のである。なぜ地方同士 が競い合うかと言えば、結局は地方(幹部)の評価と地位が自分の地域のGDPや財政収入の 多寡や伸び率によって決められるからであろう。

(7)

第2に、産業や企業の既得権が絡んでいる。市場化が進んだといえども、中国では依然と して政府の経済的意思決定における力は強く、既存の国有企業を廃止したり、民営化しよ うとはしない。国家と企業が癒着しており、そのうえ国有企業が一般に大型で独占性が強 く、巨大なレント(参入が規制されることで生じる独占利益)を生み出す組織であるから、国 家は身内の国有企業を保持し、さらに巨大化させる誘因をもつ。いわゆる国進民退現象の 背景には、こうした国家による国有企業選好(偏好)がある(6)。そのうえ、彼らには、グロ ーバル化した経済のなかで中国企業が戦っていくには規模の拡大が必要であり、そのため に国有企業を強化しようという意識が濃厚である。

第3に、一党支配体制、あるいは権威主義的政治体制の下では、外部からの政策批判が不 可能であり、従来の政策を大きく変えうるのは相当強いリーダーシップがある場合に限ら れる。たとえば「調和のとれた社会」が実現できなかった典型として都市農村格差を取り 上げよう。もし中国に自民党時代の日本のように農民の利益を代表する政党と議員がおり、

農業協同組合という強力な利益集団があったならば、これほどまでに都市農村格差が開き、

温存されなかったはずである。中国においては、農民が人口の大多数を占めるにもかかわ らず、彼らの利益がないがしろにされているのは、結局は「民が主ではない」政治体制が あるからである(7)

第4に所有制の問題がある。呉敬 はここまで踏み込んで言わないが、国有企業の存在理 由のひとつに「中国=社会主義=公有制」という公式がある。この公式の下で国家が最終 的な利益の配分者になることが可能となる。集団所有という名目の農地を国家が収用し、

そこから莫大な利益を上げることができるのも、結局は土地が公有だからである。地方政 府は、そうして吸い上げた利益を財政収入に組み込み、また財政以外の資金を動員するた めに、「融資プラットフォーム(平台)」なる機構を作って上述したような過剰投資に乗り出 してきた。

そして第5に、法による支配の不徹底がある。もし、中国がわれわれの言う意味での「法 治国家」だったなら、重大な土地収用問題は起こらなかっただろう。あるいは、深刻化す る腐敗問題も緩和できただろう。そもそも憲法で保障されているはずの基本的人権が、共 産党中央宣伝部や組織部によって無視されることもなかったはずである。中国の「憲法」

第35条では、「中国の公民は言論、出版、集会、結社、デモ行進、抗議の自由を有する」と 定められている。かくして格差是正のための下からの動きは抑え込まれることになる。党 が法に優先するという中国の政治体制の下では、現政権が打ち出した「調和のとれた社会」

の建設も、また胡錦濤が謳う「科学的発展観」も(8)、本質的に実現は難しい。

それでは、そうした格差が中国の体制自体の安定を壊してしまうのだろうか。多くの

「中国悲観論者」は格差の拡大が社会の安定を弱め、政権の基盤をいずれは揺るがすと捉え ている。しかし、中国の政治・社会構造はそれほど脆弱ではない。ひとつには党体制が確 立し、またそれに基づいて強力な監視体制と情報統制が行なわれているためであるが、も うひとつは、そのこと以上に、人々の格差に対する意識がわれわれ外部の者が想像するも のとは違っているからである。ホワイトは、中国都市部における社会意識調査に基づいて

(8)

『社会的火山の神話(Myth of the Social Volcano)』(Whyte 2010)を著わした。すなわち、中国社 会は噴火直前のように人々の不満に充ち満ちており、格差がいずれ噴火の導火線になるだ ろうという「通説」や「予想」、あるいは「常識」に彼は挑戦している。彼によれば、多く の人々は全国的には所得格差は大きすぎると判断しているものの、周辺の人と比べると格 差がひどすぎると感じる人は3分の1にとどまっている。さらに、不平等に対して最も不満 をもっているのは通常考えられている「弱者」、たとえば農民や農民工ではなく、教育程度 が比較的高い、とくに中年の人々であった(Whyte 2010)。言い換えれば、客観的格差と主観 的不平等感とは決して対応しないのである。とはいえ、こうした「安定性」も、中国経済 が成長していればこそ可能となることを忘れてはならない。

4

中所得国の罠を超えて?

1人当たり GDP

4300

ドルに達した中国は、世界銀行基準から言えば「中所得国(middle

income country)

」に仲間入りした。しかし果たして「上位中所得国(upper middle income country)」 に向けてこのまま順調に成長していけるのだろうか。台湾や韓国はすでに高所得国の段階 に到達したが、中国も遅れて来たとはいえ、いずれはそこに到達できるのだろうか。考え てみれば、 小平時代に中国が打ち出した

20世紀末までに「小康水準」に、2050

年までに 世界の中進国へという目標は、前者はすでに基本的に達成したし、後者も少なくとも数字 だけからみる限り、このままいけば前倒しで達成できそうである。

2007

年に世界銀行が「東アジアのルネッサンス」という報告書をまとめ、そのなかで

「中所得(国)の罠(middle income trap)」という概念を提示し、中所得になった国がその上位 のグループへと進むに当たって、どのような問題点(罠)を克服しなければならないのかを 指摘した(Gill and Kharas 2007)。そのなかでさまざまな点が取り上げられているが、とくに 強調されているのは国際的な地域統合、技術革新とそのための教育、金融機構と機能の強 化、都市機能の重要性、格差の縮小と社会的統合、そして法の支配の貫徹と腐敗抑止であ る(9)。これらはいずれも現代の、そして近未来の中国に当てはまる。たとえば、都市機能の 強化については、いま中国で進められている「都市農村一体化」政策にそのまま妥当する し、腐敗の防止については言うまでもない。

同時に、こうした政策はすべて中国経済がこれまでの粗放的成長から脱却し、集約的成 長へ切り替えていく際の重要な分野ならびに制度と深くかかわっている。たとえば金融機 構とその機能を充実させるには、国有銀行による(重化学工業を中心とする)大型国有企業 への融資構造を改めなければならない。また国有企業の利潤が企業に貯め込まれ、一部は 巨額の経営者報酬に支払われ、多くが不動産投資を含む過剰な投資に使われる構造を改善 する必要がある(10)。技術の革新にしても同様である。曽錚は、中国は海外からの技術導入に 依存する体質を改め、自ら新技術を創造していく体制を作り上げること、そのために技術 人員や研究投資を増やすばかりではなく、応用技術の発展に精力を注がなければならない

と言う(曽

2011)

。そうしたことは、中国の経済体制をさらに市場化、民営化に向かって改

革する必要性を示唆している。それには、やはり上述した政治の問題が絡まっており、政

(9)

治体制自体の何らかの変革が求められているようである。

振り返ってみれば、胡錦濤政権の10年間、国有企業制度の抜本的改革には手を着けてこ なかった。社会主義イデオロギーがそうさせたのではない。また江沢民政権時代の極度に 成績不振に陥った国有企業が朱鎔基改革で整理され、立ち直ったからだけではない。むし ろ、政府(党)と国有企業が「癒着した」構造、あるいは呉軍華の言う「官製資本主義」体 制が胡錦濤政権下に出来上がっていたからではなかろうか(呉

2008)

1) ソローの成長会計は成長率を労働と資本による貢献で説明し、それだけでは説明できない成長率 の部分を全要素生産性(TFP)成長の貢献とみなし、それが技術進歩に等しいと捉える。通常、成 長に対するTFPの貢献度が50%未満のとき、粗放的成長と呼ぶ。第1表から明らかなように、中国 は一貫して粗放的成長を遂げてきた。

2 Paul Krugman, “The Myth of Asia’s Miracle,” Foreign Affairs, November/December 1994(邦訳=「まぼろ しのアジア経済」、http://www.foreignaffairsj.co.jp/wadai/PDF/FA/070krugmanT.pdf).

3 2003年に誕生したブラジルのルーラ政権は「社会開発主義」の下で、「包摂的で格差の少ない持 続可能な発展を達成しようと」、さまざまな社会政策を実施、国民から圧倒的な支持を受けた(近 2011参照)

4) ジニ係数を計算するには正確な、また大量の家計調査が必要であるし、そのうえ「所得」をどう とるかによっても結果は異なってくる。むろん、地下経済などを考慮に入れると比較はさらに難 しくなってくる。

5) 中国の地域開発政策の変遷については、加藤(2011)が詳しい。

6) 韓朝華が指摘するように、経済全体で国有部門の比重が増大しているわけではない。製造業部門 に関して言えば、民営部門の比重がますます高まっている。韓(2010)参照。しかし、重要産業に ついては国家による国有企業選好と支配は変わっていない。

7) 共産党の指導者が、かつての毛沢東時代のように自由勝手に政策を決められるというわけではな い。政府内部における政策決定過程を垣間見ると、思った以上にさまざまな意見や見解を聴取し て、時には現地調査の結果を踏まえて草案が決まってくるようである(中国農業部のある研究者 に対するヒアリングから)。時にはその過程で利害調整が行なわれる。しかし、そうして出来上が った政策案を認めるかどうかは、最終的には共産党中央委員会常務委員会が決める構造に変わり はない。

8)「科学的発展観」のなかに、「人間第一(以人為本)」という原則が掲げられているが、憲法さえ 遵守できない体制下では、この原則は単なるジョークでしかない。

9 Gill and Kharas(2007)では規模の経済と産業集積が強調されているが、これらは中国経済発展

のバネになったものである。

(10)「国有企業の上納利潤は最大10%であり、それに25%の所得税を加えても、国有企業内部に巨額 の利潤が残る。巨額の利潤はまず過度の投資、とりわけ不動産開発投資に用いられる。近年、中 央直轄企業はほとんど『地王』(不動産王)の代名詞と化し、半数以上の中央直轄企業は不動産開 発経営に手を染めている。その次が国有企業内部の消費、とくに国有企業高級幹部に対するボー ナスの支給である」(朱2011)

■参考文献

[日本語文献]

加藤弘之(2011)「地域開発政策」、中兼和津次編『改革開放以後の経済制度・政策の変遷とその評価』 早稲田大学現代中国研究所。

(10)

呉軍華(2008)『中国 静かなる革命―官製資本主義の終焉と民主化へのグランドビジョン』、日本経 済新聞出版社。

コルナイ、ヤーノシュ(1984)「不足」の政治経済学』(盛田常夫編・訳)、岩波現代選書。

近田亮平(2011)「新しいブラジル―国家の変容という見方」『ラテンアメリカレポート』第28巻2 号(12月)、3―13ページ。

園田茂人(2008)『不平等国家 中国―自己否定した社会主義のゆくえ』、中公新書。

南亮進(1970)『日本経済の転換点―労働の過剰から不足へ』、創文社。

[中国語文献]

宮希魁(2011)「評地方政府的公司傾向」『炎黄春秋』第4期、42―47ページ。

李実(2011)「中国収入分配中的幾個主要問題」『探索与争鳴』第4期、8―12ページ。

李義平(2011)「論中国経済発展中的失衡与校正」『経済学動態』第4期、79―83ページ。

呉敬 (2011)「加快増長模式転型是我国徹底走出危機的必由之路」『中国流通経済』第1期、4―7ペー ジ。

韓朝華(2010)「国有工業的産業比重、効率与進退」『探索与争鳴』第4期、54―57ページ。

楊飛虎(2010)「中国経済増長因素分析:1952―2008」『経済問題探索』第9期、1―7ページ。

曽錚(2011)「我国経済発展方式転変的理論、実証和戦略」『財経問題研究』第8期、3―10ページ。

張軍(2002)「資本形成、工業化与経済増長:中国的転軌特徴」『経済研究』第6期、3―13ページ。

朱珍(2011)「国企分紅制度:現行模式探討与憲政框架重構」『金融与経済』第5期、32―35ページ。

[英語文献]

Gill, Indermit, and Homi Kharas(2007), An East Asian Renaissance: Ideas for Economic Growth, World Bank.

Whyte, Martin King(2010), Myth of the Social Volcano: Perceptions of Inequality and Distributive Injustice in Contemporary China, Stanford University Press.

なかかね・かつじ 東京大学名誉教授 [email protected]

参照

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