1
拡大するグローバル・インバランス世界経済は今、グローバル・インバランスと呼ばれる世界的規模での国際金融面の不均 衡に直面している(英語では
global imbalances)
。グローバル・インバランスとは、米国の経常 収支赤字の大幅化と、それをファイナンスしている他国の経常収支黒字の大幅化という世 界的な規模での経常収支不均衡の問題である。米国の経常収支赤字は、1990年代半ば頃からほぼ一貫して拡大し、2005―
06年には国内
総生産(GDP)比6%
台に達している。これまでのところ米国の経常収支赤字は、他国から の資本流入によってスムーズにファイナンスされており、特段の問題は生じていない。し かし、米国はいつまでも大幅な経常収支赤字を続けることはできず、いずれ他国からの資 本流入は縮小して、グローバル・インバランスの巻き戻し(unwinding)が始まる。グローバル・インバランスの巻き戻しが緩やかに進行すれば、米国経済や世界経済に大 きな困難は生じない。しかし、グローバル・インバランスの巻き戻しがドルの急落を伴う ハードランディングとなれば、世界経済の攪乱要因となる。ハードランディングになる可 能性は必ずしも高いとは言えないが、否定はできない。特に、現状のような米国の大幅な 経常収支赤字が今後も長く続けば続くほど、グローバル・インバランスの巻き戻しは急激 なものになる可能性が高まる。世界の資本流出入、為替レートなどの枠組みないし総体を 国際金融システムと捉えれば、グローバル・インバランスは国際金融システムの安定化に とってリスク要因となっていると言える。本論文では、グローバル・インバランスの現状、
リスク、政策対応について分析・検討する。
グローバル・インバランスとは、前述したように、米国を中心にした世界的規模での経 常収支不均衡問題だが、それは①世界的な貿易の不均衡、②世界的な資本の流れの不均衡、
③世界的な貯蓄投資バランスの不均衡(貯蓄不足ないし超過)を意味する。この点を理解する ためには、経常収支の経済的な意味を明らかにしておく必要がある。経常収支は国際収支 の統計的な概念であるが、経済的にみると、経常収支は次の3つの意味を同時にもっている。
第一に、経常収支は最も広義で捉えた輸出と輸入の差である。経常収支赤字は貿易面で の輸入超過(輸入額>輸出額)を意味する。経常収支黒字はその逆で、以下でも同様である。
第二に、経常収支は資本流入と資本流出の差である。経常収支赤字国には、ネットで資 本が流入(資本流入額>資本流出額)している。資本流入(資本流出)は資本輸入(資本輸出)
ないし対外借り入れ(対外貸し付け)とも呼ばれる。資本の流出入は、その国の対外投資ポ ジション(対外資産残高−対外債務残高)を変化させる。米国のように継続して経常収支赤 字となっている国は、毎年経常収支赤字額に見合うだけ他国から対外借り入れをしている ので、対外投資ポジションが悪化する。
第3に、経常収支は国内の貯蓄と投資の差を意味する。経常収支赤字国では、貯蓄が投資 を下回る貯蓄不足(貯蓄額<投資額)となっている。このことはまた、その国の国内支出
(民間消費、民間投資、政府支出)が所得(GDP)を上回っていることを意味する。経常収支 赤字国は、海外の貯蓄を使わせてもらうことによって、国内貯蓄以上の投資を行なってい るとともに、その国が稼ぎ出す所得以上の国内支出を行なっているのである。
地球上のある国が輸出したものは他の国が輸入しているので、世界経済全体をとると、
輸出と輸入は必ず等しい。同様に、世界経済全体では、資本流入と資本流出は等しく、ネ ットでの資本流入は必ずゼロとなる。また投資が行なわれるためには誰かが貯蓄をしてい なければならないので、世界経済全体では貯蓄と投資は必ず等しい。つまり世界経済全体 をとると、経常収支は必ず均衡する(1)。したがって、米国が経常収支赤字となっているとい うことは、必ずどこかの国が経常収支黒字となっていることを意味しており、米国の経常 収支赤字の不均衡は、他国の経常収支黒字の不均衡と対になっている。以上の経常収支の 経済的な意味を踏まえれば、グローバル・インバランスは、①米国の経常収支赤字を中心 にした世界的な貿易の不均衡であると同時に、②世界的な資本の流れの不均衡、③世界的 な貯蓄投資バランスの不均衡でもあることがわかる。
2
米国の経常収支赤字拡大とそのファイナンス(1) 米国の赤字と対外純債務の拡大
米国の経常収支赤字は、1990年代半ばから拡大を続けている。1995年に
GDP
比1.5%
(1915億ドル)であった赤字は、2006年にはGDP比6.5%(8567億ドル)と大幅なものになっ ている(次ページ第
1
図参照)。米国では財政赤字も拡大しており、「双子の赤字」となっている。長期にわたって赤字が 続いていた米国財政は、1990年代の長期好況による税収増加と財政再建努力で、1998―
2000年にかけて一時的に財政黒字となった。しかし、2001年から再び赤字に転じ、2003―
04年には財政赤字はGDP
比4%台後半に拡大した。その後は景気回復に伴う税収増加により
赤字幅は縮小し、2006年は
GDP
比2.6%の赤字となっている。
経常収支赤字が大幅化している結果、米国の対外純債務(マイナスの対外投資ポジション)
が拡大している。米国の対外投資ポジションを長期的にみると、米国は
1980年代半ばを境
に、対外債権国から対外債務国に転じ、現在では世界最大の借金国となっている(第1図)。 これは、米国が1982年以降ほぼ一貫して経常収支赤字を計上していることを反映している。2006
年の対外純債務残高は2.7
兆ドル、GDP比21.6%
となっている。1980年にはGDP比12.9%
の対外純資産を保有していたので、この4
半世紀の間に米国の対外投資ポジションは劇的に変化したことになる。
GDP比で 20%
超の対外純債務の水準は、国際的、歴史的にみてかなり高い水準となって いる。1980年代に対外債務危機に陥った中南米の国々(アルゼンチン、ブラジル、メキシコな ど)の危機が始まる直前の対外純債務は、GDP比20―30%
程度であったので、現在の米国 の対外純債務は、当時の中南米諸国の対外純債務とほぼ同水準に達している。これまで現在の米国の対外純債務水準以上の債務負担を負った例はいくつかある。1990 年代にカナダ、スウェーデン、オーストラリアなどの対外純債務が
GDP
比40
―60%程度、1980年代にはアイルランドの対外純債務が約 70%
にのぼったことがある。しかし、これらの国はすべて経済小国であるが、米国は世界
GDPの約 30%
をも占める経済大国である。米 国の高い対外純債務が世界経済に与えるインパクトは、小国の場合と比べものにならない ほど大きい。(2) 米国の赤字のファイナンス
経常収支赤字国は黒字国から対外借り入れをして、国内の貯蓄不足を補っている。米国の
2006
年の経常収支赤字は、1995年に比べ7431
億ドル増加したが、この赤字額増加分をどこ の国がファイナンスしたかをみたのが第2
図である。米国以外の先進国グループが約7%、
新興国・途上国グループが約94%をファイナンスしている。つまり、世界で最も豊かな国 のひとつである米国が、米国より貧しい国々から借金をして、経常収支赤字拡大をファイナ ンスしているという構図となっている。それによって、米国は国内貯蓄を上回る国内投資 を行なうことが可能となっており、また自国の所得を上回る支出を享受しているのである。
新興国・途上国グループのうち、アジア諸国(日本を除く、以下同じ)の役割が最も大き く、アジア諸国は米国の赤字拡大の約半分(51%)をファイナンスしており、なかでも中国 は約3割(32%)をファイナンスしている。2003年以降の石油価格上昇で経常収支黒字が大 幅に拡大している中東諸国のシェアも高く、米国の赤字拡大の約3割(28%)をファイナン スしている。なお、日本のシェアは8%である(2)。
ここで、米国の経常収支赤字が他国の経常収支黒字でファイナンスされているという点
8 6 4 2 0
−2
−4
−6
−8
−30
−25
−20
−15
−10
−5 0 5 10 15 20 25 30 1980 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08(年)
第 1 図 米国の経常収支と対外純債務
(GDP比 %) (GDP比 %)
債務超過
予測
経常収支(2007―08年)は国際通貨基金(IMF)予測。純債務残高は取得価格ベース。
(注)
IMF, World Economic Outlook Database (2007年4月);米国商務省(BEA)。
(出所)
経常収支
対外投資ポジション(右目盛)
について注釈を加えておく必要がある。経常収支黒字国のグロスの資本流出は、米国のみ ならずさまざまな国に向かっている。また、ある黒字国からのネットの資本流出額(=経常 収支黒字額)がその国の米国向け投資額と等しいということもない。しかし、①地球上の経 常収支赤字国の赤字は、直接ないし回りめぐる形で、黒字国の黒字によって必ずファイナ ンスされていること、②米国以外にも赤字国は存在するが、世界の経常収支赤字の太宗は 米国の赤字であり、かつ米国の赤字額拡大はきわめて大きいことから、米国の経常収支赤 字(およびその拡大)はその他の国の黒字(およびその拡大)でファイナンスされていると考 えることができる。
1997― 98年のアジア危機を境に、アジア諸国の経常収支動向には大きな変化がみられる。
アジア諸国をグループとしてみると、1996年まで経常収支赤字であったが、1997年以降黒 字に転換し、かつ黒字幅は拡大している。すなわち、アジア諸国はアジア危機を境に、資 本輸入国から資本輸出国に大きく転換したのである。そして前述のように、資本輸出国に 転じたアジア諸国が、米国の経常収支赤字拡大のかなりの部分をファイナンスしている構 図となっている。グローバル・インバランスの中心的な問題は米国の経常収支赤字である が、アジア諸国も、グローバル・インバランスを支える重要なプレーヤーなのである。
アジア諸国のなかでも、特に注目すべきは、中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国の 経常収支動向である(第3図)。中国の経常収支は、1980年代から
90
年代前半は赤字の年と 黒字の年が入り混じる展開となっていたが、1990年代半ば頃から黒字基調が定着している。ただし、2003年までは黒字幅は比較的小幅であった(1995―
2003
年平均はGDP比 2.0%)
。そ の後、中国の経常収支黒字は急拡大し、2006年にはGDP
比9.1%
と非常に大幅なものとなっ ている。その結果、中国の経常収支黒字額がアジア諸国全体の黒字額に占めるシェアは、2000
年代初頭の20%程度から2006
年には70%
に拡大した。一方、中国の資本流出入をみる と、厳しい対外投資規制のもとで資本流出が少ないのに対し、規制が大幅に緩和されてい る直接投資の活発な流入を中心に資本流入のほうは大幅となっており、中国の資本流出入 構造は政府規制の下で歪んだものとなっている。経常収支黒字と資本流入超過(=資本収支黒字)によるドル売り・元買い需要から、大幅
「その他新興国・途上国」は、統計誤差を含む。
(注)
IMF, World Economic Outlook Database (2007年4月)。
(出所)
第 2 図 米国赤字額拡大のファイナンス(1995―2006年)
米国以外の先進国
アジア諸国 中東諸国
その他新興国・
途上国
な元高圧力が生まれている。政府は大幅な元高を回避し、安定的な元レートを維持するた めに、ドル買い・元売りの為替市場介入を積極的に行なっている。その結果、中国の外貨 準備は毎年大幅に増加し、2006年には日本の外貨準備高を超して世界最大の水準に達して いる(2006年末
1.07兆ドル)
。中国の外貨準備の太宗は、米国国債などのドル資産である。し たがって、中国では、政府によってコントロールされた為替レートと対外投資規制のもと で大幅な経常収支黒字と大幅な資本流入超過となっている一方で、政府が大幅な対外投資、特に米国に対する資本流出を行なうという役割を担っている。
アジア危機の直撃ないし深刻な余波を受けたASEAN諸国は、アジア危機を境に資本輸入 国(=経常収支赤字国)から資本輸出国(経常収支黒字国)に大きく転換した。ASEAN主要4 ヵ国(インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン)についてみると、アジア危機前は比較 的大幅な経常収支赤字となっており(1990―97年平均は
GDP比 4.3%の赤字)
、先進国などか らの資本流入を受けて国内貯蓄を上回る国内投資を実現して、高い経済成長率を達成して いた。危機直後は、深刻な不況のもとで輸入が顕著に減少して、経常収支は一転して極端 な黒字となったが、危機が収束した後も比較的大幅な黒字となっている(2000―06年平均の 黒字はGDP比4.0%)
。また、ASEAN4ヵ国でも外貨準備が大幅に拡大している。ASEAN
諸国では、危機勃発後に投資が急落したが、危機収束後も投資の低迷が続いている。そうした状況のなかで、各国政府はドル買いの為替市場介入によって為替レートを割 安に維持することによって外需主導の成長を実現している。また同時に、そうした為替市 場介入には、将来の国際金融危機への備えとして外貨準備を蓄積するという動機が働いて いると考えられる。ASEAN諸国でも、政府が外貨準備増加という形で資本輸出の役割を担 っている。
一般にアジア諸国などの新興国の場合、本来の姿としては、投資収益率が潜在的に高い 新興国が、経常収支赤字となって資本を輸入することによって、より高い投資を実現し、
将来の所得をより高めることが望ましい。しかし、最近のアジア諸国はそうした状況から 乖離している。
10 8 6 4 2 0
−2
−4
−6
−8 19901991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006(年)
第 3 図 中国とASEANの経常収支
(GDP比 %)
IMF, World Economic Outlook Database (2007年4月)。
(出所)
ASEAN4ヵ国
中国
3
グローバル・インバランスのリスク米国は現在のような大幅な経常収支赤字をいつまでも続けることはできない。米国の経 常収支赤字が持続可能でないということは、外国投資家(外国の金融機関、企業、政府など)
のポートフォリオ選択に関係している。経常収支赤字が継続すれば、米国の対外純債務は さらに拡大することになるが、それは外国投資家がドル資産保有を累積することを意味す る。外国投資家がどの程度まで進んでドル資産に投資するかは、米国と米国以外の国の資 産のリスク・リターン関係、投資家のポートフォリオ全体の拡大のテンポ、投資先に関す る情報量の違い、政府規制の違いその他さまざまな要因による。世界の資産ポートフォリ オに関するデータはほとんどなく、またそもそも最適なドル資産保有のシェアを試算する ことは困難である。しかし、各国の貯蓄のうち対外資産に振り向けられるのは一部である し、また対外資産保有のうちすべてがドル資産になるということはありえない。
特に、一国の貯蓄はその国の国内で投資される傾向(ホーム・バイアス)があるので、外 国投資家がドル資産を蓄積することにはブレーキがかかる。青森県民の貯蓄は、県境に関 係なく全国各地で投資され活用されるのに対し、国際的な貯蓄の活用という点では、国境 の壁は依然厚い。ホーム・バイアスは近年少し弱まってはいるものの、バイアスがある限 り、いずれ海外投資家は毎年巨額のドル資産を積み増すことに躊躇しだし、米国への資本 流入が減少する。そうなれば、為替市場でドル買い需要が減り、ドル安となる。
米国への資本流入においては、アジア諸国などの政府部門が外貨準備累積という形で米 国に投資する分が大きな役割を果たすようになっているので、上述のポートフォリオ選択の 投資行動は重要でないとする見方もある(Dooleyほか
2003)
。確かに、米国への公的資金の流 入は特に2003
年頃から大幅化している(第4図)。しかし、現在でも依然、民間資金の流入 が米国への資本流入の太宗を占めており(2003―06年平均で 22%)
、外国投資家のポートフォ リオのなかのドル資産が過大になれば、米国への資本流入は減少すると考えるべきである。ドル安調整が始まると、二つのルートを通じて、米国の対外投資ポジションは改善する。
第一のルートは、経常収支赤字の縮小である。ドル安は、米国の輸出増加・輸入抑制につ
2000
1500
1000
500
0
−500
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006(年)
第 4 図 米国への資本流入
(10億ドル)
米国商務省(BEA)。
(出所)
民間資金
公的資金
ながり、経常収支赤字が縮小に向かう。経常収支赤字の縮小は、対外純債務の増加テンポ を小さくする。米国の長期的な名目経済成長率が5%だとすると(1990年代―2000年代前半の 年平均名目成長率は約5%)、経常収支赤字が
GDP
比2.5%となれば、米国の対外純債務はGDP
比50%で安定化する(ここでは以下に述べる評価効果を考慮していない)(3)。第二のルートは、為替レート変化の評価効果である。評価効果とは、為替レート変化が、
対外資産や対外負債の自国通貨建ての評価額を変化させて、当該国の対外投資ポジション を直接変化させる効果である。評価効果の現われ方は、その国の対外資産・債務がどのよ うな通貨建てで構成されるかによって異なるが、米国の場合は、ドル安は米国の対外資産 のドル評価額を増加させて、対外純債務を減少させる効果をもつ。
このような評価効果が生じるのはなぜだろうか。一国の対外投資ポジションは一般に、
その国の通貨で表示され、米国の場合はドル建てである。先進国では対外債務は自国通貨 建てが多く、対外資産は外国通貨建てが多いが、米国の場合、他の先進国以上に自国通貨 建ての対外債務が多く、米国の対外債務のほとんどはドル建てとなっている。したがって、
ドル安になっても、対外債務はほとんど変化しないが、対外資産は外国通貨建てのものが 多いので、ドル評価での対外資産は増加する。その結果、ドル安は米国の対外投資ポジシ ョンを改善する効果をもつ。近年の金融の国際化の進展で各国の対外資産・負債が両建て で拡大している結果、ドル安による評価効果は以前よりも大きくなっている。
実はこうしたドル安による評価効果は、米国資産保有国から米国へ「富の移転(wealth
transfer)
」が起こるということを意味している。ドル安が起これば米国の対外資産は増加するので米国の「富」は増加する。他方、これまで経常収支黒字を計上して米国の赤字をファ イナンスしてきたアジア諸国や日本などにとっては、保有する米国資産(米国国債など)の自 国通貨建て評価額が減少して「富」が減少する。経済的にみると、評価効果によって、米国 は外国から「富の移転」を受けるので、米国の対外債務負担が軽減されるということになる。
以上要するに、大幅な経常収支赤字が続けば、いずれドル安となり、ドル安は経常収支 赤字縮小と評価効果を通じて、米国の対外投資ポジションの悪化にブレーキをかける。こ のようなドル安調整は、グローバル・インバランスの是正に不可欠である。なお最近の国 際通貨基金(IMF)の分析によると、先進国で過去
40
年間に経常収支赤字が大幅調整(赤字 縮小ないし黒字化)した国々の経験でも、自国通貨安が経常収支赤字調整に大きな役割を果 たしている(IMF 2007)。ドル安調整のプロセスがいつ始まるかを予測することはできないが、いつかはやってく る。ドル安が穏やかなペースで進めば問題はないが、予期せぬ何らかの経済的あるいは政 治的な出来事を契機に、外国投資家のマインドが突然急激に変化して、米国への資本流入 が急速に減少したり資本の逆流が起これば、ドルは急落する。ドルが急落すれば、米国の 株価暴落、金利急騰などで米国経済が急速に減速する。世界経済に大きな影響をもつ米国 経済のハードランディングは、世界経済のハードランディングにつながりかねない。
評価効果が重要になっていることなどから、こうしたハードランディングの蓋然性は必 ずしも高いとは言えない。しかし、緩やかなドル安の進行や、評価効果に期待して、現在
のような大幅な経常収支赤字を続けることは危険である。アジア金融危機は、国際投資家 の心理は移ろいやすいものであることを示した。米国の経常収支赤字問題という世界経済 のリスク要因は、早めに芽を摘んでおく必要がある。
4
国際金融システム安定確保の課題前節で分析したとおり、米国経常収支赤字の縮小には、ドル安が不可欠である。しかし、
グローバル・インバランスの是正を為替レート調整だけに委ねるならば、必要とされるド ル安は非常に大幅なものとなる(4)。グローバル・インバランスの是正には、為替レート調整 に加え、米国などが国内の貯蓄と投資の関係を変化させる必要がある。以下では、大幅な 経常収支赤字を抱えている米国の政策対応と、その赤字をファイナンスしている国々のな かで特に重要な中国の政策対応について検討する。
(1) 米国がとるべき政策対応
米国の経常収支赤字削減のための政策対応を考えるためには、そもそも米国の赤字はな ぜ拡大しているのかを理解する必要がある。米国の赤字拡大の要因を分析するのには基本 的に、①輸出入の動向に着目するアプローチと、②米国国内の貯蓄投資の動向に着目する アプローチ、がある。しかし、第一のアプローチでは、これまでの約
10年間の米国の経常
収支赤字拡大を説明することは困難である。なぜなら、米国の輸出を不利化し輸入を促進 するような輸出入品の国際競争力の変化や貿易政策の変化があったとは考えにくいからで ある。むしろ米国の貿易不均衡(輸入>輸出)は、貯蓄投資の動向の変化から受動的に決ま っていると考えられる。そこで第二のアプローチで分析すると、米国の経常収支赤字拡大の基本的要因は、国内 貯蓄の低下にあることがわかる。なお第1節で説明したとおり、経常収支赤字は貯蓄不足
(貯蓄<投資)を意味する。国内貯蓄の低下には、①家計貯蓄の趨勢的な低下と、②政府部 門のネットの貯蓄である財政赤字の拡大が寄与している。家計貯蓄の引き上げに有効な政 策手段はなかなかないというのが現実なので、米国の貯蓄不足への政策対応という観点か らは、財政赤字削減が特に重要となる。
米国の財政収支は、2000年代前半に劇的に悪化し、2000年度から
2004
年度にかけて、GDP
比6%にのぼる財政悪化が生じた。その主要な要因は歳入の大幅減少にある。米国議会 図書館調査局の分析によれば、この間の歳入減の61%
はブッシュ政権下での減税によるも のであり、残り39%が景気要因による(Congressional Research Service 2005)。2005―06年度は 景気拡大に伴う税収増加で、財政赤字はやや縮小している。しかし、先行きは楽観できな い。当面はイラク戦争の経費拡大があり、中長期的には高齢化で社会保障経費が拡大する。米国議会予算局の中長期財政見通し分析によれば、諸制度に変更がなければ財政収支は大 幅に悪化する可能性が高い(CBO 2005)。
米国の財政収支改善のためには、税収面では減税措置の縮小・撤廃、支出面では社会保 障費(特に高齢者医療保険)の合理化や農業補助金の削減などが求められる。米国の財政赤 字削減は、米国自身の経済運営にとって重要だが、グローバル・インバランスの是正とい
う観点からも不可欠な課題である。
米国の貯蓄を引き上げるためには、家計の貯蓄率を高めることも重要である。過去数年 の貯蓄率低下には、住宅価格の大幅上昇によって住宅を担保にした借り入れが容易になり、
その一部が消費に回り家計の貯蓄率を押し下げてきたという要因があるが、金融引き締め による最近の住宅市場の冷え込みは、家計の貯蓄率をやや回復させるであろう。しかし、
家計の貯蓄率は趨勢的な低下傾向にあり、これを逆転させる必要がある。これまでの貯蓄 優遇の税制措置などのインセンティブ政策は効果が上がっておらず、シンガポールの公的 年金のような強制貯蓄の制度導入が必要との考え方も提案されている(Bergstein 2005)。
(2) 中国がとるべき政策対応
グローバル・インバランス是正のために、中国にはどのような政策対応が求められるで あろうか。
中国では現在、政府がコントロールする為替レート水準のもとで、非常に大幅な経常収 支黒字となっている(2006年GDP比
9.1%)
。為替レート維持のために行なわれるドル買い介 入の結果、外貨準備が巨額に累増している。同時に、ドル買い介入は元資金を銀行部門に 供給することになるので、銀行部門に過剰な流動性が発生して中国経済に歪みをもたらし ている。現在の中国経済に必要な政策で、かつグローバル・インバランス是正に寄与する政策は、
元の切り上げである。元の切り上げは、輸出減・輸入増を通じて中国の経常収支黒字を縮 小するとともに、外貨準備の増加ペースを低下させる。中国は2005年7月に為替制度改革を 導入し、それまでの対ドルでの固定レートを改め、対ドルで元の切り上げを実施してきて いる(2007年
1
月までの1年半で 6.3%の切り上げ)
。しかし、この間ドルに対するユーロ高が進 行していることなどから、中国の輸出入全体に影響する元の実質実効為替レートはほとん ど切り上がっていない。実質実効為替レートとは、主要な各国通貨に対する元の平均的な 為替レートであり、また平均レート算出に当たっては中国と各国とのインフレ率の格差も 考慮されている。実は、元の実質実効為替レートは
2005
年初めには過去10
年で最も低い水準に低下してお り、それが2005年以降の経常収支黒字の大幅化の基本要因となっていると考えられる。中
国としては元をこれまで以上に切り上げ、元の実質実効為替レートを高める必要がある。しかし現段階で、為替市場介入をやめて元レートの決定を為替市場の需給に委ねること は望ましくない。対外投資が厳しく規制されている現在の歪んだ資本流出入構造のもとで、
ドル買い介入をやめれば極端な元高となり、いわば歪んだ為替レートとなる。対外投資規 制の緩和、および自由な資本移動に耐えられる健全な国内銀行システムの構築の進展に合 わせ、ドル買い介入の度合いを緩め、徐々に変動為替レート制に移行するのが望ましい。
国内の貯蓄投資の関係についてみると、中国は経常収支黒字国なので、貯蓄超過(貯蓄>
投資)となっている。したがって貯蓄超過を是正すれば、経常収支黒字は縮小する。中国の 場合は、現状の投資率をさらに高めて、貯蓄超過を是正することが望ましいとは言えない。
むしろ中国は、国内投資を抑制して投資率を下げ、一方消費を拡大して貯蓄率を下げるこ
とによって、貯蓄超過を是正することが必要だと考えられる。
中国にとってどの程度の投資率が望ましいか判断するのは難しいが、他のアジア諸国の 経験や、日本の高度成長期の経験からすると、近年の中国の40%ないしそれを上回る投資 率は過大だと考えられる。その背景には、投資収益率を軽視した非効率な国営企業の経営、
銀行部門の過剰流動性が企業の無駄な投資を助長していることなどがある。また、家計は、
高額な教育費や医療費、老後の不安などから貯蓄を増やしている。したがって、国営企業 改革、銀行改革、社会保障改革、教育改革などの構造政策を推し進めることによって、投 資を抑制し、消費を拡大することが求められる。
以上要するに、グローバル・インバランス是正に資する政策は、中国経済の健全な発展 にとっても重要な政策なのである。
(1) 世界各国の経常収支(黒字はプラス、赤字はマイナス)を合計すれば、理論上はゼロ、すなわち 経常収支均衡となる。しかし、統計上の誤差があるため、各国の公表データを合計しても、収支 はゼロとはならない。
(2) 第2図では、統計上の誤差を「その他新興国・途上国」に含めているので、本文中の米国赤字拡
大のファイナンスのシェアの数字は幅をもってみる必要がある。
(3) 持続可能な経常収支赤字のGDP比をz、長期的に安定化する純債務GDP比の目標水準をλ、長期 的な名目成長率をgとすると、z =λgという関係がある。
(4) これまでの計量モデル分析によれば、米国の経常収支赤字のGDP比を1%減少させるのに必要な ドル安(実質実効為替レート・ベース)は10―20%と推計されている(IMF 2007)。
■参考文献
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たにうち・みつる 早稲田大学教授
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