日本保険学会九州部会創立25周年記念大会
シンポジウム第2部「くらし安全安心な『街づくり』と保険」
反社会的勢力排除の要請と保険の役割
-とりわけ密接関係者の排除に関する判断基準について
報告:遠山 聡(専修大学)
1.はじめに -問題意識
暴力団による活動資金を獲得するための暴力やこれを背景とした資金獲得活動により、
市民や事業者に脅威を与えている⇒反社会的勢力による不当要求「接近型」、「攻撃型」
……東京都暴力団排除条例改正(2019年10月施行)
反社会的勢力による被害を防止するためには、反社会的勢力との取引を含めた一切の関係 遮断を図ることが大切と指摘 「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」
(平成19年6月19日法務省・犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ)
…暴力団排除条項の活用に当たっては、反社会的勢力であるかどうかという属性要件の みならず、反社会的勢力であることを隠して契約を締結することや、契約締結後違法・
不当な行為を行うことという行為要件の双方を組み合わせることが適切であるとする。
⇒現行約款のように属性のみで重大事由解除を可能にする規定の妥当性如何。
⇒反社会的勢力そのものではないが反社会的勢力との間に密接な関係にある者について は、保険会社(共済事業者)は、どのような基準で関係遮断を図るべきか。
また、元暴規定と呼ばれる反社会的勢力からの離脱に5年を要求する規定は妥当か。
※暴排条項の合憲性 -最判平成27年3月27日民集69巻2号419頁
市営住宅の居住制限(暴排条項)につき、「暴力団員は,自らの意思により暴力団を脱 退し,そうすることで暴力団員でなくなることが可能であり」、暴力団員についての合 理的な理由のない差別をするものということはできないとして、憲法 14 条 1 項違反を 否定。
2.各種各種保険契約における反社会的勢力排除条項(以下、暴排条項)
(1)導入の経緯
金融庁「保険会社向けの総合的な監督指針」II-4-9反社会的勢力による被害の防止 生命保険協会「生命保険業界における反社会的勢力への対応指針」
日本損害保険協会「損害保険業界における反社会的勢力への対応に関する基本方針」
⇒「反社会的勢力への対応に関する保険約款の規定例」
⇒生損保各社、約款改定(平成24年~)
(2)約款における暴排条項
重大事由解除規定の枠組みの中で保険者に解除を与える形式を採用
⇒反社会的勢力に該当する等の事由に基づく解除を可能とするもの。
損害保険協会「反社会的勢力への対応に関する保険約款の規定例」
(1)当会社は、次のいずれかに該当する事由がある場合には、保険契約者に対する書面に よる通知をもって、この保険契約を解除することができます。
③保険契約者または被保険者が、次のいずれかに該当すること。
ア.反社会的勢力(暴力団、暴力団員(暴力団員でなくなった日から5年を経過しない 者を含みます。)、暴力団準構成員、暴力団関係企業その他の反社会的勢力(以下「反 社会的勢力」といいます。)に該当すると認められること
イ.反社会的勢力に対して資金等を提供し、または便宜を供与するなどの関与をして いると認められること
ウ.反社会的勢力を不当に利用していると認められること
エ.保険契約者または保険金の受取人が法人の場合、反社会的勢力がその法人の経営を 支配し、またはその法人の経営に実質的に関与していると認められること
オ.その他反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められること
(2)略
(3)(1)または(2)の規定による解除が損害または傷害の発生した後になされた場合であ っても、次条(保険契約解除の効力)の規定にかかわらず、(1)①から④までの事由…が 生じた時から解除がなされた時までに発生した事故による損害または傷害に対しては、当 会社は、保険金を支払いません。この場合において、既に保険金を支払っていたときは、
当会社は、その返還を請求することができます。
(4)保険契約者または記名被保険者が(1)③アからオまでのいずれかに該当することによ り(1)の規定による解除がなされた場合には、(3)の規定は、次の損害については適用 しません。
①賠償責任条項に基づき保険金を支払うべき損害
②車両条項に基づき保険金を支払うべき損害のうち、(1)③アからオまでのいずれにも 該当しない被保険者に生じた損害
3.暴排条項中の共生者等、密接交際者排除に関する規定の検討
(1)共生者等、密接交際者排除の目的
平成21年以降、全国の地方自治体において暴力団排除条例が相次いで成立。
福岡県暴力団排除条例(平成21年福岡県条例第59号)平成24年2月1日施行)
「暴力団関係者」を、「暴力団員又は暴力団若しくは暴力団員と密接な関係を有する者」
と定義したうえで、県が実施する入札に参加させないようにする等の必要な措置を講じるも のとしている(6 条)。これには、いわゆる「共生者」や「暴力団員と社会的に非難される 関係を有している者」が含まれるとの解釈。
警察庁「組織犯罪対策要綱」における「共生者等対策」
「暴力団に利益を供与することにより、暴力団の威力、情報力、資金力等を利用し自らの 利益拡大を図る者」を「共生者」として、検挙対象や公共事業、企業活動からの排除対象と とらえている。同様に、「暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者」については、
暴力団がその関係を利用して社会・経済に不当な影響を及ぼすおそれがあることに加え、そ の関係が共生関係へと変化するおそれもあることから、暴力団員に対する取り締まりや暴力 団排除活動を通じてその事態を的確に把握し、公共事業や企業活動からの暴力団排除枠組み 等を効果的に活用するなどして、暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者を通じた 暴力団の社会・経済への不当な介入や影響の抑止を図るとする。
⇒暴力団関係企業の許可等にかかる営業・公共事業等からの排除の目的とされるもの
・資金獲得活動の封圧
・人的供給の遮断
・暴力団からの離脱・社会復帰の促進
・「社会に暴力団と関係を持つことが不利益につながるとの認識を浸透させ、社会全体 で暴力団を排除する気運を高める」
(2)普通預金規定中の暴排条項
全国銀行協会も、同様に暴排条項の規定例を制定している(平成20年11月25日)
〔全銀協が作成した参考例〕解約規定
(3)前項のほか、次の各号の一にでも該当し、預金者との取引を継続することが不適切で ある場合には、当行はこの預金取引を停止し、または預金者に通知することによりこの 預金口座を解約することができるものとします。
① 略
② 預金者が、次のいずれかに該当したことが判明した場合 A.暴力団
B.暴力団員 C.暴力団準構成員 D.暴力団関係企業
E.総会屋等、社会運動等標ぼうゴロまたは特殊知能暴力集団等 F.その他前各号に準ずる者
③ 預金者が、自らまたは第三者を利用して次の各号に該当する行為をした場合 A.暴力的な要求行為
B.法的な責任を超えた不当な要求行為
C.取引に関して、脅迫的な言動をし、または暴力を用いる行為
D.風説を流布し、偽計を用いまたは威力を用いて当行の信用を毀損し、または 当行の業務を妨害する行為
E. その他前各号に準ずる行為
⇒共生者等についての明確な規定はなく(強いていえば F 号)、代わりに預金者の一定の 行為を解除事由と定めている。
(3)暴力団幹部の預金契約の解除に関する事例
福岡地判平成28年3月4日金判1490号44頁、福岡高判平成28年10月4日金判1504号 24頁(最決平成29年7月11日判例集未登載により上告棄却・上告不受理決定)
暴排条項の目的について
「近年、暴力団を始めとする反社会的勢力が資金獲得活動を巧妙化させている中で、不 当な資金獲得活動の温床となりかねない取引を根絶するため」
暴排条項による不利益の程度について
「反社会的勢力に属する者に生じる不利益についてみるに、同人が預金口座を使用でき ない場合、社会経済活動において種々の不都合が生じることは否定できないものの、各 種支払について口座引落し以外の支払方法による支払が可能であることが多いことから しても、電気、ガス、水道等のいわゆるライフライン契約とは異なり、預金契約につい ては、契約が締結されなくとも社会生活を送ることがおよそ不可能なものとはいえず、
これによる不利益も限定的であるといえる。また、そもそも、同不利益自体、反社会的 勢力に属しなくなるという、自らの行動によって回避できるものであり、これを拒み、
反社会的勢力に属し続ける者が、上記のような不利益を被るとしても、上記のとおり高 い公益性を有する本件各条項の目的を達成する上で甘受せざるを得ないものということ ができる。
さらに、本件各条項は、「解約することができる」という文言上も、本件各条項に該 当する事由が生じた場合に当然に預金契約が解約される旨を定めたものとは解されな い。給与の受領や家賃の支払のためにその銀行口座を利用せざるを得ないという、代替 的手段のない場合にその利用ができなくなることは、かえって反社会的勢力からの離脱 を阻害する要因になりかねず、反社会的勢力排除の趣旨に必ずしも合致しないといえな くもないし、現に、同種の条項の下において、子供の学校関係費用の引落口座について は、代替性のない生活口座と認めて解約をしていない金融機関も少なくないことが認め られる。その意味でも不利益の程度は限定的であるということができる。」
⇒目的の正当性や必要性のほか、同目的を達成するための手段としての合理性も認め られるとして、憲法14条1項・22条1項違反、公序良俗違反を否定した。
⇒さらに、代替性のない生活口座については解約が制限される余地があることに言及 している(本件では結論として、代替性のない生活口座であるといった事情は認め られないとして、信義則違反ないし権利濫用を否定した)
4.「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有している」ことの認定
(1)共生者等、暴力団との密接な関係にある者の排除が争われた事例の検討
イ)大阪高決平成23年4月28日(平成22年(ラ)第852号)公刊判例集未登載
建設業者であるX社らは、平成22年3月、大阪府と堺市から、「暴力団員と社会的に非難さ れる関係」を有しているとの理由で、大阪府暴力団等排除措置要綱、堺市建設工事等暴力団 対策措置要綱に基づき公共工事における入札参加除外措置等が取られたため、Xらは事実誤 認を理由として、上記措置の撤回を命じる仮処分を申し立てた事件。
〔判断要素〕
①平成 20 年頃、X社らの実質的経営者であるAが、下水道建設工事に関し、元請会社に暴 力団員Bとともに訪問し営業活動を行った。
②平成21年9月頃、Aは、下水道工事の営業活動において、元請会社から断られた際に、「そ れならBを行かせる」旨述べ、実際に元請会社にはBか2度ほど電話があった。
③遅くとも、その頃までにAは、Bが暴力団員であることを知っていた。
④平成21年9月中旬頃にも、Aは、Bとともに営業活動を行っている。
⑤Aと、Bが勤務していた会社の経営者Cとは長年の親しい交流関係があった。
⑥Aは、平成 17、18 年頃、Bに対してX社支店営業部長の肩書き付きの名刺の使用を許諾 していた。
〔判旨〕「『暴力団と社会的に非難される関係』とは、例えば、暴力団員が関与する賭博や 無尽等に参加していたり、暴力団員やその家族に関する行事(結婚式、還暦祝い、ゴルフコ ンペ等)に出席し、自己や家族に関する行事に暴力団員を参加させるなど、暴力団員と密接 な関係を有していると認められる場合をいうと解するのが相当である。」
X社らは、平成 21 年 5 月ころにBが暴力団員であることを知ってから交際を断ったと主 張したが、「外形上、密接な関係にあったと認められるから、真実絶交したのであれば、そ れを外部に向かって積極的に表明しない限り、従前の関係が継続していると推定されるので あり、そのことをAも当然に予想できたはずである」として、Aは外部に向かってBとの絶 好を積極的に表明したこともなく、その後もBとの交友関係が続いているかのような事実が あるとして、Xらの主張を否定。
⇒暴力団員との経済活動の協力や刑事事件の関与といった事実はない。
ロ)東京地判平成24年12月21日金判1421号48頁
ゼネコンであるY社がXと締結した建物建築工事請負契約の錯誤無効が争われた事例。
〔判断要素〕
①Xは、かつて暴力団幹部として賭博罪の嫌疑で逮捕されたことがある。
②Xは、たびたび暴力団幹部Aとともに外国旅行をしたことがある。
③Xは、暴力団幹部Bと 20 年以上にわたって交友関係があり、一緒に飲食やゴルフをする など親密な交際を続けている。
④Xは、Bから当時交際していた女性の住居を探すように依頼され、X名義で銀行から住宅 取得のための低金利の融資を受けて購入したマンションをその女性に無償で住まわせた。
⑤Xは、Xが会員権を有するゴルフ場で、そのゴルフ場が暴力団員の入場や施設利用を禁止 しているのを知りながら、Bが暴力団員であることを隠して、Bとともにゴルフをした。
⑥Xは、融資金の詐取の嫌疑(④)、詐欺の嫌疑(⑤)等、合計4件の被疑事実で逮捕され、
その後起訴されて有罪判決を受けた。
〔判旨〕「Xは,暴力団員である某会会長やBと共に繰り返し海外旅行や飲食,ゴルフをす る仲であり,特にBとは,詐欺罪等の犯罪行為に手を染めてまで,住宅の調達やゴルフ場の 利用といった便益を供与する仲なのであるから,たとえX自身は現に暴力団員でなく,また,
過去に暴力団員であったことがないとしても,暴力団と共生し,社会的に非難されるべき関 係を有する者,すなわち暴力団と密接な関係を有する者であることが明らかである。」
ハ)広島高裁岡山支判平成30年3月22日金判1546号33頁
土木工事等を営むX会社が、県から建設工事等の入札指名業者からXを排除する措置を受け、
Yは、Xとの間で締結した経営者大型総合保障制度による生命保険と損害保険とのセット保 険である保険契約を重大事由解除したことの有効性が争われた事例
〔判断要素〕
①Xの代表者AがCと飲食中、Cが指定暴力団の中核団体である某組の会長Bに怪我をさせ た際、Aは、Cに被害申告しないよう約束させた。
②しかし、翌日Cが警察に被害申告したことによりBは傷害容疑で逮捕され(後日、Cは、
暴力団関係者に連れられて警察署に出頭して、被害届を取り下げたが)、Bは起訴されて 罰金刑を受けたことに因縁をつけて迷惑料名目で工事代金の一部の支払いを免れようとし た)。
③Aは、Cに対する恐喝(②)疑いで逮捕された(その後Xによる工事未払代金の支払、A による謝罪などを内容として和解し、Cが被害届取下げ・告訴取消したことで恐喝事件は 不起訴処分に)
〔判旨〕「本件排除条項の趣旨が、反社会的勢力を社会から排除していくことが社会の秩序 や安全性を確保する上で極めて重要な課題であることに鑑み、保険会社として公共の信頼を 維持し、業務の適切性及び健全性を確保することにあると解される…。また、本件排除条項 は、被保険者等が、①反社会的勢力に該当すると認められること、②反社会的勢力に対して 資金等を提供し、または便宜を供するなどの関与をしていると認められること、③反社会的 勢力を不当に利用していると認められること等に加えて、「その他反社会的勢力と社会的に 非難されるべき関係を有していると認められること」と規定するものである。
そうすると、本件排除条項の「社会的に非難されるべき関係」とは、前記①ないし③に準 じるものであって、反社会的勢力を社会から排除していくことの妨げになる、反社会的勢力 の不当な活動に積極的に協力するものや、反社会的勢力の不当な活動を積極的に支援するも のや、反社会的勢力との関係を積極的に誇示するもの等をいうことは容易に認められる。」
「Aが内心でBから私生活的な迷惑をかけられることを怖れていたとしても、それがため に、Cに正当な行為に出ないことを求めることは、反社会的勢力の不当な活動を積極的に支 援することに外ならず、やむを得ない行為であったとは認められない。
なお、このことについて、場を収めるためであったという一応の弁解が可能であったとし ても、Aが、これのみならず、反社会的勢力との関係を積極的に誇示したことからすると、
A及びBの関係が、もはや単なる中学時代の知人同士という幼なじみの人間関係の延長線上 で、飲食をともにする親しい関係にあったというに止まらず、AにおいてBが反社会的勢力 の構成員であることを利用して、BやA自身の利益を図ることができるといった点において、
社会的に非難されるべき関係と評価すべき域に達していたものと解するのが相当である」。
⇒「社会的に非難されるべき関係」は解釈として明確であるといえるか。
⇒地方自治体等の指名入札排除措置との比較で重大事由解除は妥当か。
5.むすびに代えて