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ER

富士通総研経済研究所

経済・経営・技術読本

4

January 2017

(2)

「共」という文字がつく言葉がとても目につく今日このごろです。 共有、共感、共創、等々。 少し前は、「独」や「個」が多用されました。独自、独創、独立や 個性、個人、個社、等々。 「共」と「独」「個」は一見対立する概念のようにも感じられますが、 実は上手く組み合わせる必要がある関係ではないかと思います。 例えば、独創のない「共創」はただの相乗りに過ぎません。本来の 共創は互いの独創をすり合わせながらかたちづくられるもので、独 創のない者が独創のある者について行くだけでは共創にはならない でしょう。これはむしろ寄生になってしまいます。 また、個性のない「共感」はただの迎合になってしまうかもしれま せん。異論・異見を排除し、「いいね!」と言ってくれる者同士だけが つながっていき、同質化が加速されます。同質化されると益々異質 を異物に見做す傾向が強くなり、敵対感情が増加するなど「共」から 遠ざかってしまう恐れが出てきます。 今の「共」ブームに際して、私たちは「共」の意味するところを今一 度広く、深く考えていくことが必要だと考えます。 今回の『ER』第4号は、場の研究所所長で東京大学名誉教授の清 水博氏に「共存在の場を支える〈いのち〉の与贈循環 ∼共に生きて いくためにできること」というテーマでお話をいただきました。 続く小論文では、ソーシャルサークルの集合知活用で選挙結果を デザインするというお話を、サンタフェ研究所教授のミルタ・ガレ シック氏とリーズ大学ビジネススクール教授のワンディ・ブルイン・ ドゥ・ブルイン氏に、ロボットを研究することは人間を研究すること という観点から、カリフォルニア大学アーバイン校教授のジェフリー・ クリッチマー氏に、企業とその組織の進化を自然進化論の考え方を 取り入れた見地で、京都大学経営管理大学院教授の若林直樹氏に、 ミシェル・フーコーの思想が共同体を考える上で有効であるという 考えを、京都薬科大学准教授の坂本尚志氏に、霊長類が手に入れた 食べ物を他と分かち合うという行動とヒトの行動の比較から、京都 大学大学院理学研究科教務補佐員の田島知之氏に、都市を活性化 させるために重要な人相互の関係醸成の仕方について、岐阜大学工 学部准教授の出村嘉史に、カープ女子現象の洞察をマーケティング に活用するという視点で、明治大学商学部教授の水野誠氏に、人工 知能との共存社会を考える上で人が行うべきワークショップの方法 論について、東京大学教養学部附属教養教育高度化機構特任講師 の江間有沙氏に執筆いただきました。 また、弊社研究員からもそれぞれの研究・活動分野での見解を述 べさせていただきました。 このような幅広い分野から「共」に関する考え方を知っていただく ことで、有意義な議論と奥深い知恵を醸成し、皆様のビジネスやご 自身の人生に役立つことができれば幸いです。 今後も、様々な課題分野に関してシンクタンクとしての使命を果 すべく邁進する所存です。引き続き『ER』へのご指導ならびにご支 援を賜りたく、お願い申し上げます。 2017年1月 株式会社富士通総研 取締役執行役員常務 経済研究所長

徳丸 嘉彦

経済研究所長ごあいさつ

(3)

P03

経済研究所長ごあいさつ

徳丸 嘉彦 株式会社富士通総研 取締役執行役員常務 経済研究所長

巻頭言

P06-11

共存在の場を支える〈いのち〉の与贈循環

共に生きていくためにできること

清水 博 NPO法人場の研究所 理事長

P12-17

集合知を頼りに、より精緻に選挙結果をデザインする

「私の意見の集合」と

「ソーシャルサークルの意見の集合」は

我々に何を教えてくれるのか

?

ミルタ・ガレシック サンタフェ研究所 人間・社会動学分野 教授 コーワン・チェア ワンディ・ブルイン・ドゥ・ブルイン リーズ大学ビジネススクール 教授

P18-21

人を幸せにするロボットをつくる

ニューロロボット工学の視点から

ジェフリー・クリッチマー カリフォルニア大学アーバイン校 教授

P22-25

企業組織はエコシステムと共進化している

環境適応における多様性と創造性の意義

若林 直樹 京都大学経営管理大学院 教授

2017

1

10

日発行号 目次

株式会社富士通総研 経済研究所 

(4)

P30-33

人はなぜ他者に与えるのか

霊長類研究というアプローチ

田島 知之  京都大学大学院理学研究科 教務補佐員

P34-37

まちを共有する主体について

地方中核都市の形成経緯から考える

出村 嘉史  岐阜大学工学部 准教授

P38-39

「熱狂」は共創される

カープ女子現象から学ぶ新時代のマーケティング

水野 誠   明治大学商学部 教授

P40-41

人間と人工知能の共存を共有し共創する

問いと対話を生み出すワークショップのススメ

江間 有沙  東京大学教養学部附属教養教育高度化機構 特任講師

P42-43

災害に対するレジリエント社会の共創に向けて

自然・人間の相互作用と複雑系科学

上田 遼  株式会社富士通総研 経済研究所 上級研究員

P44-45

企業と社会との共創

SDGs

の視点から考える

(5)

共存在の場を支える〈いのち〉の与贈循環

共に生きていくためにできること

清水 博

 NPO法人場の研究所 理事長

Shimizu, Hiroshi President, The Ba-Research Institute

近代文明は、自我の発見によって生まれてきた自分中心的な生命観の上に発展して広がりました。しかし今、人間が自 分自身の〈いのち〉を空洞化してしまうという信じられない変化が世界的に進行しています。この不幸から解放されるため には、どのようにしたら良いのでしょうか。 私が開催している「場の研究所」では、共存在の原理を明らかにすること、そしてその原理を共存在に関係のあるさま ざまな分野に応用し、勉強と実践を繰り返しながらその活動をサポートしていくことを目的にしています。今日は、私が そこで仲間たちと考えていることについてお話させていただきたいと思います。 意味の回復につながる変化が始まっている 米 国 の 科 学 者 で あ るクロ ード・シャノン が1949年 に 書 い たThe Mathematical Theory of Communication1を読むと、情報には、もとも

とシャノンが取り扱ったようなできごとの存在確率に結びつけることがで きるような情報、いわゆる主客分離されたシャノン情報と、意味情報とい う2種類があるのだとわかります。意味情報とは、人間の主体性から切 り離すことができないような情報です。私たちが普段扱うのは、主客分 離された情報のほうです。存在確率に結びつけることができるような情 報は記号の形で明在的に表現できますし、意味情報のように文字通り意 味を持つ情報は暗在的にしか表現できません。 シャノンの情報理論は、世界的に非常に大きな影響を与えました。デジ タル化の世界を生み出し、社会のあり方を変えていったという歴史があり ますが、このことは裏返してみると、シャノンの情報をもとにして、社会 を科学技術的なものに変えていった、という見方ができると思います。情 報から意味が積極的に取り除かれたというわけではありませんが、少なく とも社会的発展からは除かれ、シャノンの情報によって社会が動くように なったのです。それは一般的に、金融や教育といった分野で大きな力を 持ってきてしまいました。我が国では、国立大学から文系を除いてもよい という議論が持ち上がっています。つまりそれは、意味情報というものに 対する評価をしていないということです。そこに非常に大きな問題があり ます。というのも、人間は意味のない世界に住むことはできないからです。 いま、社会で起きている変化を私なりに眺めてみますと、足取りは力強 いと必ずしも言えないかもしれないけれども、意味の回復につながるよ うな変化が始まっているように思われます。 科学技術の目で見ると、意味の世界というものは、測定できない世界 です。意味そのものを測定しようとしても、それは人間にはわかっても、 そういうものを感じる機械というものはないわけです。では、存在しな いかと言うと、存在するから大変です。 科学技術の理論では、暗在的としか見ることができない世界がありま す。つまり、意味の世界はそれに入ります。科学的な世界が暗在的な世 界と二重構造になっていて、その暗在的世界の中でどういう変化が起き て、それが明在的な科学的世界とどう関わっているのかということが、こ

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れからの大きなテーマになっていると思います。そのあたりの話を私は 『〈いのち〉の自己組織』2という本の中で書きました。 暗在的なものを入れたイノベーション 暗在的ということを毛嫌いしてみても、それがない世界はないのです。 共存在の世界も、実はそこから出てくるわけです。共存在とはどういうこ とかというと、人間をはじめとする多くの生きものが、同じ居場所におい て互いの違いを大切にしながら一緒に生きていくことです。生きものとし ての主体性を大切にして、それぞれが他に代わることができない、あるい は代えることができない主体性を持って生きていくということです。むし ろお互いに違うというその主体性の違いを重視し、その上で一つの秩序を つくるということです。そのためには、暗在的世界が必要になってきます。 明在的な世界しか持っていない状況において、秩序をつくるということ は、みんな同じになることです。それが古い自己組織化です。みんなで 綱引きをやったり、みんなで一つの大きな縄跳びをやったり、とにかくみ んな同じことをやって、それで秩序をつくるのです。 ところが、暗在的世界があると、今度はそれが逆になります。それぞれ が違うということが力になって一つの秩序ができてきます。むしろ、「お 互いが違わなければならないのだ」という世界です。 例えば、サッカーやドラマをもとに考えてみましょう。ドラマは、それ ぞれの俳優がみんな違うから一緒にドラマを演じられるのであって、同じ 俳優が出てきて同じことをやってもドラマにはなりません。そこにはドラ マとしての秩序は出てこないのです。また、同じプレーをするプレイヤー が何人いてもサッカーのゲームをすることはできません。 ですから、秩序の出現に暗在的なものを認めて秩序を作っていくとい うことが重要で、これは先ほどの意味の世界と結びついています。こうい うところに共存在、そして共存在企業というものを考えていく基盤があ るわけです。 企業がある地域で一つの居場所づくりをするという状況を考えてみま しょう。そこで「他に参加する企業は来てください」といったときに、様々 な企業が集まって、「私は違うよ」と異なる主張をします。そうすると、お 互いに「こういう違いが必要だね」となり、その中で今度は、「みんな違う ことが大切なのだから、お互いの違いを大切にしましょう」となります。そ して、自分自身も、よりよく違う自分になりたいと思うようになるのです。 そういうふうになっていくと、イノベーションも変わります。イノベーショ ンとは何でしょうか?今までは、科学技術のように明在的なことを追いか けているのがイノベーションでした。その中には暗在的なものが入ってい なかったのです。では、暗在的なものを入れたイノベーションとは何でしょ うか?意味的なものを求めると、私たちは、生活の場を離れることはで きません。つまり、最終的には、人間です。この点において、知識や情 報に主軸を置いた暗黙知や形式知の理論は、それ自体は意味のあること だと思いますが、もはや過去の時代のことです。現場に出て行き、「現場 とは何か」を考え、そこで人間を追いかけるべきなのです。 人間が関係している以上、頭でいくら工夫をしてシナリオをうまく書い ても、そのシナリオ通りに動くかといったらそれは違うと思います。「こ ういう事実が実際にあったんだ」という事実の上に創り上げていかなけれ ばなりません。 現場から離れたところの判断は、 だんだん信用されなくなってくるで しょう。中央研究所でイノベーションを研究するという時代は終わりまし た。今は、研究所が現場に降りてくるという時代です。中央研究所も大

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事だけれども、社会との接触点が現場に降りていないとだめなのです。 現場で体験を共有しないと、話が通じないと思います。 鍵と鍵穴 生物学者として、生物が生きている生きざまをひたすら調べております と、例外なく一つの原理がそこにみつかります。その原理とは、化学や 物理の原理とは違うものです。 1930年代にイギリスのジョン・スコット・ホールデン3が「科学的生物 学の原理」と称して発表したものは、次のような内容です。すなわち、生 物が環境に合わせて生きようとすると、環境もその生物に合わせて変化 をしてくる、というものです。そうして、最終的には環境と生物がお互い に矛盾のない相互整合的な状態になり、その状態を生物が自分の生命力 で維持していく。私は意味情報というものは、こういうところから引き出 さないとだめなのだと思います。 私はいま、意味情報の理論を考えています。先ほど申し上げた生物と 環境の関係を、鍵と鍵穴の例で考えてみましょう。生物はある鍵を持っ ているのですが、それを環境という鍵穴に合わせようとしても、初めから ぴったりとは合わない。でも、次第に鍵穴に鍵が合うように変形していく と、鍵穴の方も鍵に合うように変化して、最終的には二つがぴったりと合 う。これはホールデンの言っていることとも合致しています。鍵がシャノ ンの情報、そして鍵穴がそれにくっついていく意味なのです。 マックス・ピカートの『沈黙の世界』4という本があります。出版された のが1948年なのでずいぶん昔の本ですけれども、そこで言いたいことは、 やはり暗在的な世界があるということです。沈黙というものがあって、そ れ自身は何もしゃべらないけれども、それが言語に意味を付ける、とい う趣旨のことが書かれています。このようにして、明暗の二重性を研究し ていくというところに、意味的な情報論が生まれてくる。ですから、二 重性の暗在的な世界を深めなければならないのです。これを忘れたら、 人間は、コンピュータに完全に使われる身分になってしまうでしょう。 違いを大切にする 人間を含めた生きものの主体性を考えると、やはり居場所づくりが大 事になってくると思います。多様な生きものが一緒になって居場所をつくっ ていく。生活の場をつくっていく。こういうことが大切です。今、地域社 会に目を向けると、人々がそこで生きていけないという状況になっている ことを無視できません。そこで生きていけるようにすることが、これから 企業にとっての大きな課題です。政治ではなかなかそこまでできません。 政治はお金を出すぐらいの知恵しかなく、しかも政治から物事が動いて いくということはありません。 私は、共創という概念をもっと深めた方がよいと思っています。それは、 「違いを大切にするということが共創なんだよ」ということです。西田哲学 の「矛盾的自己同一」もそうです。個と個が直接ぶつかれば、相矛盾する。 だから居場所をつくらなければならない。居場所を創るから、一緒にやれ る。私は、それを簡単に「卵モデル」と言っています。 人間が集まった状態を、一つの広い皿に何個か卵を割り込んだという 状態であると仮定します。黄身がそれぞれの主体性です。それらの自己 と考えてもよいでしょう。違う黄身を一緒にしようとしても、これはもと もと違うわけですから、一緒にはなれない。ところが、白身は、互いに 重なり、自己組織して一つの白身の海になる。その白身の海の中に異な る黄身が存在することによって、黄身がそれぞれ白身と自分との繋がり方

共に生きていくためにできること

共存在の場を支える〈いのち〉の与贈循環

(8)

をつくりながら、白身を通じて関わり合う。白身それ自体は暗在的なも のですが、目には見えない働きをしています。 認知症になると、自己が崩壊していくわけですが、自己には3つの種 類があります。認知をする自己、感性的な自己あるいは感情を持った自己、 もう一つは霊性的な自己です。認知症の患者を支えるのは、最終的には 霊性的な自己です。認知的な自己は、早くだめになってしまう。だけど、 感情的なものが残り、よい感情で近づいてくる人に対してはよい関係が 持てるのです。しかし、感情的な自己も失われていったときに最後に何が 残るか。それは、どうも霊性的な自己のようです。 クリスティーン・ボーデンの『私は誰になっていくの?』5という本は、著 者自身が認知症になって色々体験したことについて書かれた本です。それ を読むと、霊性的な自己が非常に大事だということがわかります。この霊 性的な自己は、人間が生きている限り、かなりの程度は残るようです。 霊性的な自己をどうやって支援するかは、現代医学と一番遠いところに あるので、むしろ現場で発見していく問題です。私がやっている場の研 究所としては、そのあたりを宗教とは違うかたちで、霊性的な自己を支え る医学と向き合っていきたいと思っています。これは、認知症に限らず、 人間が、先ほど申し上げたような意味論的な情報を発展させていく上で、 とても大事なことではないかと思います。 生物進化の根底にある与贈循環 これからの社会を変えていくのは、自己の活き(はたらき)を見返りを 考えずに居場所に差し出す与贈という活きだと思っています。贈与という 言葉は、贈与する側の意志決定を感じさせるものですが、与贈という言 葉は、それに加えて、おのずと起きる〈いのち〉の活きを含んでいます。 そして、生きものが居場所にその〈いのち〉の活きを与贈すると、居場所 の〈いのち〉が継続して、今度はその継続した〈いのち〉の活きを生きも のに与贈する。これが、〈いのち〉の活きの与贈循環です。そこには、与 贈の喜びがあります。 私は、この与贈循環というものが、生物進化の根底に続いてきたと思 うのです。一緒に居場所をよくして、その居場所の中でまた新しい発展 ができて、そうしてまた居場所をよくする。この居場所をよくすること、 これは暗在的なプロセスなのです。明在的プロセスだけではそこへは行 けません。 与贈というのは、国家レベルでの大きなプロジェクトにしてちゃんと考 えてみなければならない問題です。それがあるかどうか、生まれるかど うかで、地球が続くかどうか、人類が続くかどうかが決まってきますし、 霊性的自己の話とも結びついています。私たちは、場の研究所で、いろ んな形の与贈を見ようとする研究に取り組んでいます。 共存在の場における二重構造 科学的認識には、主体と客体が分けられた主客分離という基本的な特 徴があります。この主客分離は、対象を理解しようとする人間がつくった ものです。しかし私は、世界はそもそも主客非分離だと思います。例え ば、地球と人間との関係を考えてみると、これは主客非分離です。ところ が、科学的認識のもとではそれを主客分離の形で取り扱ってきた。それ を非分離にしようという試みはいろいろあったのですが、普通の論理を 使う限りは、どうしても矛盾が起きてしまうのです。 その1つ目の理由は、自己言及の問題です。主体である自己が無理に その自己を分離して対象化しようとしますと、どうしても矛盾が出て来ま

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す。2つ目の理由は、主客を分類できないことから、量子力学や複雑系 に生まれる不確定と同様な曖昧さが生じてしまいます。 このように、一 領域的な理論をつくると矛盾が出てきます。そこで、 私たちがやってきた研究は、二領域的な理論をつくるということです。 自己と地球は、もともと分離していないけれども、一応別に取り扱って、 鍵と鍵穴のようにして合わせていくという理論をずっとやってきたわけで す。日本語もまたこのような二重理論的な構造をしています。場の言語 と呼ばれますが、暗在的なものをいつも含めて存在しています。そうい うふうにして二領域の問題として取り扱っていくことを考えていくと、案 外世界も色々と新しく見えてくるものです。 共存在の場には、二重構造があるのです。ホールデンが言っていること、 西田哲学が示していること、そして私の考えも、「個に矛盾があるから個が お互いに矛盾のない状態になれる」という個の矛盾を前提にしているわけ です。二重のかたちはどういったところに見られるか、居場所論の場所は 暗在的になっているか。いま私は本にまとめようと思っているところです。 生きていくというかたち 「生きている現象」と「生きていく存在」は別なものです。生きものを、 物事の現象としてとらえることと、存在として捉えることの2つの見方が あるのです。存在としてとらえることは、言ってみれば自分事として捉え るということです。現象としてとらえることは他人事として外から見ると いうことです。 人々の居場所としてのグループが生きているのに、観察者が上から客観 的に見ると、それが、人々が「生きているという現象」なのです。つまり、 生きている状態が見えているに過ぎません。ところが、自分自身がその グループに入ると、そこで生きていかなくてはいけない。そのために、い つも未来のことが気になるわけです。だから、自分の存在として捉え ると、「生きていく」という捉え方になります。 この違いは、小さいようで大きいのです。「生きている」だけだったら 別に人と人との関係の程度はそこまで深くなくても構わないかもしれま せん。でも、「生きていく」ということになるとどうでしょうか?先ほども 申し上げましたように、主体の多様性を大切にして、生きていくというこ とになると、生きものの共存在の仕方が見えて来るのです。 居場所の中で、お互いに主張して、それではこういくか、という共存活 動が見えてきます。拘束条件と言っていますが、みんなでこの環境で生き ていくにはどういうことが必要か、ということをみんなで考える必要があ ります。そうしたら、今度は「あなたは何が得意なのか?」という問いが 生まれるでしょう。それを「位置付け」と言います。つまり、居場所への 位置付けです。先ほどお話したサッカーの例で言うと、「あなたはどこの ポジションですか?」ということです。そして、実際にサッカーをやってい るときは、その現場ごとで自分の位置付けに近いことをやっていく。また、 他の人のことをカバーすることもあるでしょう。それを「意味付け」と言 います。現場自身が意味をもっているから、その中での自分の意味を発 見していくことができます。 ですから、最終的には、位置付けと意味付けという2つが必要になっ ていくわけです。生きていく中で、どうやって意味を見つけていくか。現 場の中からの意味付けです。だから、暗在的な意味が自己組織化できる ように意味付けしていくということになります。 これからの社会を、「生きていく」という未来へむかったかたちで捉え ないと、共存在ということは見えてこないでしょう。共存在というのは、

共に生きていくためにできること

共存在の場を支える〈いのち〉の与贈循環

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生きていくというかたちなのです。 共創と〈いのち〉の共存在 多くの部品を集めて一つの機械を製作するとき、「多から一へ」という 集合体の法則で変化が進んでいきます。この法則の下でつくられた組織 や企業で働く人々は、機械の部品のように取り扱われます。このような 機械的システムには全体を包む〈いのち〉は存在していません。人々は 個々ばらばらの状態で、共存在できず、無理な結果を上から押し付けら れて働かされる状態になります。そうすると、〈いのち〉の活きに矛盾が 生まれて身体を壊してしまいがちです。 これとは逆に、「一から多へ」という統合体の法則で活動していくのが 共創です。共創には、〈いのち〉の共存在が必要です。自分の家族をみる ときのように、同じ居場所で自分と共存在している生きものを互いの〈い のち〉がつながっている二重生命の状態においてみることが大切です。こ れを、単に積み木で考えてはいけません。やはり、居場所を創るという ような、意味の暗在的なこと、それは居場所という位置があって、その 中での多なのです。一というものは、固定されたものではなく、〈いのち〉 の与贈循環がおきるための一なのです。 企業が閉じられた状態であれば、「多から一へ」の中で、権威的なリー ダーがリーダーシップをとるというかたちもありうると思います。しかし、 認知症の患者に向かって「俺についてこい」といっても総スカンです。だ から、意味を汲み取ることができる、現場に好かれるリーダーが重要で、 やはりそういう方向へ企業は変わっていくでしょう。現場を押さえたうえ で、「やっぱりこうではないか?」と言うことができる説得力のある人、そ ういう人に社員はついていくと思います。社会の在り方は、かつてよりも もっと複雑になってきているのです。 根本にあるのは、人を認めるということです。人を認めなければどうし ようもない。この人は何を一所懸命主張したいのかを聞いてくれるリー ダーに社員はついていきます。もう一つ、構想力も重要です。やはり、明 在的なものと暗在的なものを一緒にする二重生命的な考えがあって、構 想力が出てくるのです。構想力のある人が俺についてこいと言えばそれは 説得力がある。でも、構想力がないところで言われると、部下はとても 苦しいものです。 いま、このような統合とか共創とかが考えられていないと思います。と もすると、機械論的に考えていくことが表に出てしまいます。やはり、み なさんには意味論的情報を考えていただきたいです。意味論的な方向に はどちらにいくのか。それが共に生きていくということなのだと思います。 聞き手:富士通総研経済研究所 研究主幹 浜屋敏 主任研究員 吉田倫子 1 邦訳は、植松友彦訳(2009)『通信の数学的理論』ちくま学芸文庫. 2 清水博(2016)『〈いのち〉の自己組織:共に生きていく原理に向かって』東京大学出版会. 3 ジョン・バードン・サンダースン・ホールデン(18921964)は、イギリスの生物学者であり、生命の起源に関する科学的理論の最初の提唱者として知られている。 4 邦訳は、佐野利勝訳(2014)『沈黙の世界』みすず書房. 5 邦訳は、檜垣陽子訳(2003)『私は誰になっていくの?―アルツハイマー病者からみた世界』クリエイツかもがわ.

(11)

ワンディ・ブルイン・ドゥ・ブルイン

 リーズ大学ビジネススクール 教授

Bruine de Bruin, Wändi Professor, Leeds University Business School

2016

年の米国大統領選挙結果は、人々に予期せぬ驚きをもたらした。ほとんどの世論調査はクリントンの勝利を予想して いた。有名な予想サイト

538.com

は、

71%

の確率でクリントンが勝利すると予想していたし、ニューヨークタイムズ・アッ プショットは、それよりもさらに楽観的で、

85%

の確率でクリントンの勝利であると予想していた。各調査が示す支持率 の平均をみても、クリントンが一般投票の

46%

を獲得するかたちでリードし、トランプは

42%

に止まると予想されていた。 なぜ予想は当たらなかったのだろうか

?

本論では、経時的なデータを利用した分析結果からその理由を明らかにすると ともに、ソーシャルサークルの集合知を活用することによって予想の精度を高める方法について示す。 驚くべき結果 米国の大統領選挙では、有権者が一般投票を行い候補者はその得票 数を争うが、最終的には各州から選出される選挙人が本選挙を行う。こ の記事を書いている2016年12月7日現在、一般投票においてはクリン トンが48%を獲得しており、トランプが46%であると推計されている。 例えクリントンが一般投票でトランプ をリードしたとしても、その差は期 待していたよりも小さい。各世論調査の平均では、第三党が勝利する確 率は12%と予想されていたが、結果的に得票数は僅か6%であった。 しかし、もっとも驚くべきことは、クリントンに投票するだろうと予想さ れていたフロリダ、ミシガン、ノースカロライナ、ペンシルバニア、ウィス コンシンの主要5州において、トランプが勝利を収めたことである。結果 的にトランプは、総数538人の選挙人のうち過半数の306人を獲得し、 12月19日に選挙人団が正式に大統領を決定する。 この大統領選挙で、何が起こったのだろうか?なぜトランプの勝利を、 世論調査も、政治情勢に詳しい専門家らも予想できなかったのだろうか? 恐らく、いくつかの理由が存在すると考えられる。最終的にトランプに 投票した一般の有権者らは、世論調査の対象外だったことも考えられる し、あるいは、社会的影響や選挙への実際的な障害、あるいは評判の良 くない候補者を支持することに対する後ろめたさなどにより、調査時に回 答した候補者とは別の候補者に投票した、もしくは投票に行かなかった 人々もいるだろう。さらに、 わざわざ投票に行かなくとも選挙結果は基本 的に決まっているものだと確信していた人々も存在する。 これらの可能性を、我々はどのように分析できるのだろうか?より一般 的に、人々の投票行動を理解し予測するには、どうしたら良いのだろうか? 本論で展開する一つの視点は、「あなたはどの候補者を支持している か?」という回答者本人の投票意図だけではなく、同時に「あなたの周り の人々はどの候補者を支持しているか?」というような、回答者のソー シャルサークルに着目した質問、そして「最終的に誰が勝つと思うか?」 という勝利予想に関する質問をすることによって、どのように予測モデル を精緻化できるか、というものである。後者2つの質問は「集合知」が予 測にどう貢献するかを把握することに役立つ。

集合知を頼りに、より精緻に選挙結果をデザインする

「私の意見の集合」と「ソーシャルサークルの意見の集合」は我々に何を教えてくれるのか

?

ミルタ・ガレシック

 サンタフェ研究所 人間・社会動学分野 教授 コーワン・チェア

(12)

集合知 「集合知」1は、スポーツから選挙結果まで、未来に起こりうる出来事を 幅広く予測できるという点で有用である。しかしながら、選挙結果の予測 においてこの集合知を活用するという試みはほとんどなされていない。こ れは、選挙の世論調査の際に、有権者に対して「自分はどの候補者に投 票しようと思っているか」を聞いているのみで、しかもそれが実際にその 有権者が選挙に行くという行為を前提にしたものだからである。 集合知を選挙予測に活用するには2通りの方法がある。標準的な方法 は、人々に「誰が勝つと予想しているか」と聞く方法である。この質問は、 過去の選挙において非常に正確に結果を予測した2。しかしながら、回答 者らの回答は、恐らくその時に出回っている世論調査に左右されるため、 世論調査そのものが不正確であるならば、誰が勝つかという人々の予想 もまた不正確なものになると我々は疑念を抱いていた。 もう一つの方法は、ソーシャルサークル、すなわち、家族や友達など、 「自分の周りの人たちは誰に投票するつもりなのか」を回答者に尋ねる方 法である。ソーシャルサークルに着目した質問は、これまでの選挙の世 論調査で利用されたことはなく、我々の研究のゴールは、この質問が果 たして人々の選挙行動を予測して理解する際の確からしさを高めるため に有用かどうか、ということであった。 ソーシャルサークルに着目した質問には、いくつかの利点がある。我々 のこれまでの研究において、人々は自分たちのソーシャルサークルが持つ 様々な特徴について極めて正確に伝えることができるという点が明らかに なっている3。個々人が属するソーシャルサークルはそれぞれ少し違うもの の、標本サンプル(回答者)が全国規模に及ぶ場合、それらの回答からは 精緻な選挙結果予測を導き出すことができる。 回答者本人の意見を聞いてそれを集合知とする標準的なやり方には潜 在的な落とし穴があるが、ソーシャルサークルに基づく質問を利用するこ とでそれを回避することができる。調査において、人々は家族や友達との 直接経験を頼りに回答を行うため、それゆえに(潜在的に誤った情報をも たらすような)他の世論調査から自分が得た知識に影響されにくい。 ソーシャルサークルに着目した質問は、特定の世論調査サンプルを抽出 した際に生じるサンプリングバイアスを回避することもできる。なぜなら、 回答者本人のみならず、彼らの周りのソーシャルサークルがどう思ってい るのかについても聞くことができるからである。一人の回答者から複数人 に関する情報を入手することができるという、お得な方法なのである。 もう一つの利点は、仲間が誰に投票しようと思っているかを尋ねること によって、回答者本人の行動という、他人には言いづらいセンシティブな ことを暴露させるような「答えにくさ」を回避できるという点である4。例 えば、人によっては、一般的に不人気な候補者に投票することを人前で認 めることにきまりの悪さを感じる場合もある。しかし、ソーシャルサーク ルが誰に投票するのかを回答する場合は、堂々と正確に言う。 そして最終的に、ソーシャルサークルに着目した質問を用いることで、 ソーシャルサークルがどのようにその人の投票意図に影響を及ぼしている のかを調査することが可能になる。 米国の投票者に関する経時的研究 我々は、1回の選挙における人々の経時的な変化を観察するために、選 挙期間を通じて、毎週、同じ回答者グループに対して3つの質問を用意 して調査を行った。回答者本人の投票意図に関するものと、ソーシャル サークルに関するものである。当該世論調査は、南カリフォルニア大学

(13)

(USC)ドーンサイフ校/ロサンゼルス・タイムズ大統領選挙世論調査5

あるが、これは、全ての主要世論調査の中でもっとも正確に2016年の 選挙結果を予測した6USC経済社会研究センターの研究者らが主導する

「Understanding America Study」に登録している中から、事前にランダム に抽出された全国家計レベルでのサンプルを用いた分析である。 この世論調査では毎週回答者自身の投票意図を「あなた自身が、クリ ントン、トランプ、それ以外の誰かに投票する可能性は何パーセントです か?」という質問で尋ねた。ここで留意しなければならないのは、この質 問が、候補者を列挙してその中から誰に投票するのかを決めさせるという 標準的な選挙の世論調査とは若干異なるという点である。この調査では、 回答者がそれぞれの候補者の当選確率を割り当てるため7、人々の政治的 選好に対する微妙な測定が可能になる。この質問は、2012年における選 挙予測でも大いに成功した8 この世論調査では毎週、「クリントン、トランプ、それ以外の誰かが勝 つ可能性は何パーセントですか?」と、誰が選挙で勝利をおさめるかにつ いて、回答者の予想を答えてもらった。これは、一般的な集合知を調査す るための質問で、過去の選挙において当選者を予測するのに有効だった。 我々は、この質問に続いて、回答者のソーシャルサークルに着目し、「あ なたが普段接触している周りの人で、投票に行きそうなすべての人を考慮す ると、彼らがクリントン、トランプ、それ以外の誰かに投票する可能性は何 パーセントですか?」と尋ねた。このソーシャル サークルに関する質問に対 して、間隔をあけて5回にわたって断続的に回答してもらった。調査実施 期間はそれぞれ2016年7月11∼23日(1回目)、2016年8月8∼20日(2 回目)、2016年9月12∼24日(3回目)、2016年10月31日∼11月7日 (4回目)、そして選挙当日の2016年11月8日の投票直後(5回目)である。 以下に、我々が実施した3つの質問の調査結果を比較する。5回全ての 調査において3つ全ての質問に回答した回答者のデータを示す。総計794 人のサンプルである。この結果は、5回のうち何回かだけ回答した人から 得られたデータとも比較可能である。 3つの質問から生み出される選挙結果予想 以下に示す図表は、794人のサンプルが回答した3つの質問が導き出し た選挙予想である。選挙直後に得られた実際の投票結果と比較しながら 見ていこう。 図表1の上図は回答者自身の投票意図、中図は勝者予想、下図はソー シャルサークルの投票予想である。 まず、回答者自身の投票意図は不正確であることがわかる。違いはそれ ほど大きくはないものの、最終段階まで一貫してクリントンが勝利すると 回答している人が多い。この結果から考えられる理由については後述する。 少し意外ではあるが、「誰が勝利するか」という勝者予想についての質問 が、もっとも予想を外した結果となった。この質問では、回答者らが一貫 して強くクリントンを支持していたという結果になっている。 考えられる理由としては、前述の通り、回答者らが、メディア等が示す 予想を見聞きして得た知識に基づいて回答しているためであると言うこと ができるだろう。なぜなら、ほとんどの世論調査や政治評論家らの意見は、 クリントンが勝利をおさめるのだと予想を誤っていたため、ひいてはこれ が個人レベルでの予想にも影響を及ぼしたのである。 唯一、正確に選挙結果を予想したのは、ソーシャルサークルに基づく質 問であった。この質問は、回答者らが平均してクリントンよりもトランプ に多く投票することを示していた。

「私の意見の集合」と「ソーシャルサークルの意見の集合」は我々に何を教えてくれるのか

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集合知を頼りに、より精緻に選挙結果をデザインする

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ソーシャルサークルは選挙結果の予想と理解にどう役立つのか なぜソーシャルサークルは投票行動をそれほど正確に予測できたのだろ うか?いくつかの理由が考えられる。 第一に、ソーシャルサークルに関する質問は、回答者が自分の投票意図 を直接的に答える「言いづらさ」から、実際には回答した候補者とは違う 候補者に投票してしまうという、回答と実態の乖離が起こりにくい。我々 の調査では、回答者の約10%が、ある候補者に投票すると言っておきな がら最終的には投票に行かなかったり、別な候補者に投票してしまったり したことが分かっている。このような、当初の投票意図と実際の投票との 不一致は、自分の周りでは人気の無い候補者に自分が投票するのだという ことを認める際のきまり悪さが原因で生じる。 例えば、クリントンに投票すると言っておきながら実際にはトランプに 投票した人々には、女性が多く見られた。これらの女性は、女性蔑視の 発言を数多く行っている候補者に自分が投票するのだということを人前で 話すことに後ろめたさを感じていたのである。 第二の理由は、ソーシャルサークルに関する質問は、クリントン支持派 のバイアスの可能性を排除することに成功したということである。回答者 のソーシャルサークルについて尋ねることで、一有権者の投票意図から知 りうる範囲を超えて、米国の有権者たちの追加的な情報を収集することが できた。この追加情報は、選挙の世論調査において、クリントン支持者た ちにサンプルが偏ってしまうという問題を滑らかに排除できた。 第三の理由は、ソーシャルサークルについて語られた内容からは、回答 者自身の投票行動が後で変化するであろうことを予想できたことである。 具体的に言えば、回答者の中には、正直に自分の投票意図を話しておき ながら、土壇場になって、ソーシャルサークルからの影響を受け、気が変 回答者自身の投票意図 7 8 9 11 60 (%) 50 40 30 20 10 0 勝者予想 7 8 9 11 60 (%) 50 40 30 20 10 0 ソーシャルサークル投票予想 7 8 9 11 60 (%) 50 40 30 20 10 0 実際の投票結果 トランプ トランプ クリントン 60 (%) 50 40 30 20 10 0 クリントン トランプ 図表1:南カリフォルニア大学(USC)ドーンサイフ校/ ロサンゼルス・タイムズ大統領選挙世論調査において 794人のサンプルに対する3つの質問から得られた選 挙予想。実際の投票結果を的確に予想したのは、ソー シャルサークルに関する質問(下図)であった。回答者 自身の投票意図(上図)は、クリントンがやや有利であ ることを示しており、誰が勝つかという勝利予想(中図) は、クリントンが大きく優位にあることを示していた。

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わってしまった人がいるということがわかっている。ソーシャルサークル に関する内容は、従って、個人の投票行動における心変わりを事前に見抜 くことにも有用である。 これらの人々を、例えば、世論調査員に対しては「投票に行かない」あ るいは、クリントンでもトランプでもなく「第三の候補者に投票する」と 言っておきながら、実際にはトランプに投票した人々であると考えてみよ う。彼らは、常にトランプ寄りの強い州に住んでいる投票者である可能性 が高い。それゆえに、彼らのソーシャルサークルにはトランプ支持者が多 く含まれるのである。このような社会的影響は、投票に行くことを渋って いる人々を最終的に投票所に行かせ、トランプに一票を投じさせるような 動機付けに役立つ。 社会的影響の力 概して、回答者本人の投票意図とソーシャルサークルについての質問か ら得られた回答を比較し、経時的な変化を観察することによって、多くの 場合においてソーシャルサークルは、投票意図と実際の投票行動との相 違を予測できるということを示している。実際の投票行動が事前に調査し た投票意図と一致していない人々は、自分と異なる候補者を支持している 人に囲まれて生活している場合が多い。そして、投票に行かなかった人も また同様に、投票に行く気の無い人に囲まれて過ごしている。 ソーシャルサークルが人々の投票行動において重要な役割を果たしてい るという知見は、社会的環境が個人レベルの行動に強く影響を及ぼしてい るとする多くの学術文献が示す通りである。生物学者、人類学者、そして、 人間の社会性や文化の進化を研究する進化心理学者らは、人間が互いに 協力し学び合う生き物であり、これが種のすさまじい発展の基礎になった のだと、人間の計り知れない脳力を褒め称える9 社会心理学者らは、社会的影響の強さを長年に亘って研究してきた。 生活の変化に対する積極性は、自分と他人が置かれている環境を比較し て、それをどのように感じるかということに依存する10。多くの公共政策 イニシアチブは、社会的比較過程理論に基づいて人間行動への影響を見 ており、その範囲はアルコールやたばこの消費量をどう減少させるかと いった問題から、省エネ、投票に至るまで幅広い。これらのイニシアチブ では、その人の社会的環境における異なる行動の頻度を表した情報を与 える。しかし、その情報が明示的でない場合であっても、社会的環境の それぞれの特質が、人々の行動に影響を与え11、自分では気づかないうち に影響を受けていることもしばしばである12。従って、ソーシャル サーク ルが個々人の投票行動を形成しているという我々の知見は、理論的に十 分な裏付けがあると言える。 驚きを理解する まとめると、自分自身の投票意図、勝利予想、そしてソーシャル サーク ルに関する3つの質問に回答した人々は、驚くべき選挙結果の背景にある 理由を浮き彫りにした。 第一に、世論調査ではトランプ支持者らの存在が表面化していなかった。 ここで分析対象となった回答者らは、USCドーンサイフ校/ロサンゼルス・ タイムズ大統領選挙世論調査において、5回の調査全てに回答を行った 人々であるが、彼らは5回のうち数回しか回答していない人々と比べて、 よりクリントン派が多かった13。この調査とは異なり、ほとんどの世論調 査は、同じ回答者に継続して同じ質問を行う経時的変化を扱っておらず、 各回で新しい回答者に調査を行っている。従って、我々の分析において明

「私の意見の集合」と「ソーシャルサークルの意見の集合」は我々に何を教えてくれるのか

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集合知を頼りに、より精緻に選挙結果をデザインする

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らかになったある種のクリントン派バイアスが、他の調査では一層顕著に 表れているのかもしれない。 第二に、これまで見てきたように、投票間際になって投票意図を変えて しまう人々の存在をつかむことができた。回答者の10%の投票行動は、 選挙前後で回答が一致していない。全体に占める割合は小さいとはいえ、 そのような事実があることは確かである。 投票間際に心変わりした人々は、社会的影響あるいは「気まずい投票 者効果」である。それに加え、我々の調査では、自分の信念とは関係の 無い周囲の環境からは影響を受けない人々の存在も確認できた。例えば、 クリントンに投票すると言っておきながら投票に行かなかった人々などが これに該当し、何等かの理由によって投票に行くことを思い止まった少数 派である。 第三に、クリントンが勝利するのだと人々の間で広く信じられていたこ とは、我々の調査回答者らの予想結果からもわかり、この広い考えが、 それほど熱心にクリントンを支持しているわけではない人々(例えば、バー ニー・サンダースらのような他の有力民主党候補者を支持していた層)を 「自分が投票に行かなくてもクリントンが勝つ」と思わせてしまったので ある。 全体的に見れば、これらの結果は、選挙行動を予測したり解釈したり する際には、その人自身がどう思っているかということだけではなく、ソー シャルサークル、すなわちその人の周りの人々はどう行動すると思うかに ついても考慮する必要がある。 ソーシャルサークルが人々の投票行動において果たす役割は極めて重 要であり、健全な民主主義を実現するために我々がすべきことは、ソーシャ ルサークルの多様性を高める努力をし、多くの異なる視点を持つ人々に 自分の意見を晒していくことではないだろうか。 編集:富士通総研経済研究所 ニック・オゴネック        主任研究員 吉田倫子 1 https://newrepublic.com/article/63665/mobbed 2 http://poq.oxfordjournals.org/content/78/S1/204.abstract 3 http://pss.sagepub.com/content/23/12/1515 4 https://books.google.com/books/about/Asking_questions.html?id=8Ay2AAAAIAAJ 5 http://cesrusc.org/election/ 6 https://www.bloomberg.com/news/articles/2016-11-11/how-the-usc-dornsife-la-times-poll-saw-trump-s-win-coming 7 http://www.pnas.org/content/109/10/3711.abstract 8 http://poq.oxfordjournals.org/content/78/S1/233.abstract 9 http://press.uchicago.edu/ucp/books/book/chicago/N/bo3615170.html 10 http://hum.sagepub.com/content/7/2/117.extract 11 http://connectedthebook.com/ 12 http://psp.sagepub.com/content/34/7/913.abstract 13 http://cesrusc.org/election/

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人を幸せにするロボットをつくる

ニューロロボット工学の視点から

ジェフリー・クリッチマー

 カリフォルニア大学アーバイン校 教授

Krichmar, Jeffrey L. Professor, The University of California, Irvine

 計算論的神経科学の研究を行い、脳の超精密モデルを作成していると、脳にはやはり身体が必要だということを強く感じます。 脳は身体に具現化されており、身体は環境に具現化されているのです。これを追求することが、私たちの研究室のミッションです。  脳の超精密モデルをロボットに具現化する上で大切にしていることが

2

つあります。

1

つ目は、脳の機能を理解することです。 学習や意思決定の際に脳の中で何が起こっているかを分析し、ロボットの行動を観察します。

2

つ目は、知性に関していう限り、 神経系を持っている生物有機体を超える存在は無いということです。私たちは脳を一つのモデルのように扱い、人間や社会を手 助けする知的でより有能なロボットを作りたいと思っています。 人と共にあるロボット (1)様々な化学物質 人間と共に働くという前提のもとでは、ロボットを研究することは 人間を研究することです。私たちは、2つの観点から研究を進めてい ます。1つは、ニューロモジュレーター(神経調節物質)として知ら れている物質を使った研究、すなわち感情に強く作用するニューロモ ジュレーターのモデリングです。 例えば、ドーパミンのような神経伝達物質は、どのぐらいの報酬 を欲しているかといったことや、どのぐらいのノベルティ(新しい経 験や趣向)を求めているのかといったことに関係しています。また、 セロトニンは、気分を左右し、保守的になったり、リスク回避行動を 取ったりするときに非常に重要です。アセチルコリンとノルエピネフ リン(副腎髄質ホルモン)は、何に対して注意を向けるのか、何か予 期せぬことへの反応や、それらをどうかわすのか、といったようなこ とに重要です。これら全てのことが感情に関わる脳領域につながって いると思います。私たちは、それをロボットに組み入れ、これらの化 学物質を持つロボットの行動を研究しています。このような分析は、 ロボット自身に研究をさせたり、災害救助などの状況下で被災者や 重要な物体を見つけたり、その被災者らの健康状態を折り返し報告 したりすることに役立ちます。 (2)視覚から感触へ 2つ目は、人間とロボットの相互作用です。これまでのモデルは、 視覚ベースでした。脳が見ているものをどのようにとらえているのか を具現化するために沢山のモデルを作ってきたのです。しかし、私た ちが長らくその重要性に気づいていなかったことの一つは、感触です。 感触は、私たちが持っている最も大きなセンサーで、全身が感触セ ンサーであると言ってもよいでしょう。 感触研究ロボットのほとんどは、手や指を使います。手や指は非常 に高性能です。また、ねずみや猫などのひげも高感度のセンサーで、 その研究を行っている人もいます。私たちは、ペットが皮膚を触られ たときにどう感じるかに興味を持っていました。大きなドームのよう

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な曲線状の表面を持つ感触センサーがついているロボットをデザイ ンし、猫の毛を撫でる時のような感触を分析できるモデルを作ったの です。 猫を撫でる時に手を頭から尻尾に向かって動かすと、猫はとても気 持ち良いのです。でも、逆方向に撫でると、猫は不快に感じます。で すから、感触の好みを学習することができるロボットをデザインした かったのです。私たちは、どういうふうに撫でられると気持ち良いの かをロボットに学習させ、そしてロボットは私たちがどうすると気持 ち良いかを学習するのです。双方向性の感触をとらえられる学習シ ステムなのです。 それぞれの小さな感触センサーはトラックボール(ボール状のもの で、接触するとその回転の方向や速さに応じて操作する装置)がベー スになっています。生物特徴的な理由に基づき、もしも一方方向に 撫でたら、ロボットが特定の色の光を発するように、そして異なった 方向に撫でたら異なった色の光を発するようにプログラミングしまし た。実験は大成功でした。 臨床研究に役立てる 研究室には大勢の子供たちがやってきます。彼らはロボットと遊ぶ のが大好きで、私たちは様々なデモンストレーションを行います。次 第に私たちは、これが子供たちとロボットとの相互作用の一つの方 法であると実感しました。特に、神経発達疾患を持つ子供たちとの 相互作用です。自閉症や注意力欠陥障害を持つ子供たちは、触った り触られたりすることに問題を抱えているということがわかっていま す。ですから、これがもしかするとある種のセラピー・ロボットにな りうるのではないかと考えました。今日はお見せできませんが、実 際に自閉症の臨床研究に用いられています。 このロボットは、感触の能力を持つ脳を構築する実験として始まっ たのですが、今では社会的支援ロボットとして利用されており、実際 に子供たちの役に立つと考えています。子供たちがロボットと遊んで いる時の動きから、子供とロボットの両方の手の動きを観察します。 それらは子供たちの個性によって様々に違い、子供の抱えている問 題によってもまた多様です。ですから、彼らの進歩もまた、各々違っ ています。 ニューロロボット工学における世界的な潮流 ニューロロボット工学と呼ばれる分野では、米国、日本、ヨーロッ パにおいて、大きな動きが出てきています。米国には「ブレイン・イ ニシアチブ」1というものがあり、脳を理解して道具のように利用する 研究が行われています。 また、特定の病気を研究するためにロボットを使うことができます。 私たちは、ロボットを記憶障害や不安障害、鬱の研究に利用してい ます。これはニューロロボット工学研究にとって大きな潮流になりう るだろうと思っています。世界中で成長分野になっており、日本や ヨーロッパでは大きな研究領域として確立されています。 もう1つの動きは、インテリジェンスシステムに対する必要性と需 要です。その中のいくつかは、驚くべき成果を出していますが、しか し非常に脆弱でもあるのです。ロボットは、人間の脳が持つようなあ らゆる柔軟性を持ち合わせていません。迅速に多数のことを学習す る能力を持っていませんし、忘れることもできません。従って私は自

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分たちのモデルを使って、限定的な利用ではなく、より知能を持った ロボットを作りたいと思っています。 何を申し上げたいかというと、人工知能システムには、まだまだ一 つのことだけしかできないものが多いということです。ですから、別 なことをやらせようと思ったら、別な人工知能システムを作る必要が あるでしょう。私は、このニューロロボット研究が、これらのシステ ムをより汎用的にするための一助になればと思っていますし、人間の 知能により近づいた汎用人工知能の研究に役立つことができればと 思っています。 ロボットと人工知能の分野は、ここ数年で本当に注目されていま す。私は、エンジニアの果たすことのできる役割の限りにおいて、ロ ボットをいかに安全に作るかということが重要だと思っています。こ れらの技術進歩が止まることはないでしょう。ヘルスケアに有用なロ ボット、自動運転車、災害救助の際に危険性の高い場所に入ってい くロボットなどが実現してきています。そして、他のあらゆる技術の ように、私たちはこれらに適応しなければならなくなってくるのです。 これらのシステムは、これまで以上により良いものに進化し、人間 の寿命を延ばすことにも役立つと思っています。ロボットが良いもの になるほど、娯楽においても仕事においても、人々はより良い利用 方法に気付きます。そして、人間はロボットを通じて自分自身を拡張 するでしょう。 例え技術が進歩することによって、既存のいくつかの職業を奪う事 になったとしても、再びさらに多くの別な仕事が創出され、人間との 新たな関係を築いていくと思います。しかし、一つの警告があります。 どのように進歩しようとも、私たちは、安全に操作し、安全な方法 で利用するためのルールを作るなど、注意しておかなければならな いということです。エンジニアやロボット研究者だけではなく、実際 にロボットの利用を考え、ロボットを利用する全ての人々に言えるこ とです。 多様性が世界の中心 神経科学者として思うのは、私たち自身は、非常に人間中心的だ ということです。そして私は、人間は他の生物が持っていない知性を 持っていると信じています。しかし、動物モデルを多元的なレベルで 見れば見るほど、極めて多くの知的なことを動物が行っていることが わかります。それらのいくつかは、人間の行動にも関係しています。 動物界全体を見ていて、特に私たちが研究している脊椎動物や脊 椎動物モデルを見ながら、どのようにこれらの脊椎動物の脳が機能 しているかを理解していると、いくつかわかることがあります。それ は、トカゲから人間まで多くの類似があるということです。相同性、 すなわちそれぞれ違っていても、共通の進化的起源を示唆する類似 性があるということです。これは研究の価値があると思っています。 私は、脳科学が、人間は特別であるという前提にいくぶん邪魔され ているのかもしれないと思っています。 また、脳科学においてですが、私たちは研究時にごく限られた動 物モデルのみを利用しているということです。遺伝学では、ミバエと ハツカネズミを使います。動物行動については、齧歯動物と時には 非ヒト霊長類を使っています。私は、全体的な視点で多様性を研究 するべきだと思っています。計算論的神経科学とロボット工学の観点 からは、システムを作ってテストするだけの豊富なデータがあり、こ

ニューロロボット工学の視点から

人を幸せにするロボットをつくる

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れについて十分に研究することができると思っています。おそらく、 人間中心的になる必要はありません。しかし、私たちが他の生物の 脳についてあらゆることを学ぶことによって、人間の脳についてもま た学ぶことができるのです。 ニューロロボット工学を専攻する人のために 私は大学に入学した時、最初は経済学を専攻していたのですが、 コンピューター科学に興味を持ち、初めて授業を受けたのです。瞬 く間にコンピューター科学とプログラミングの虜になりました。その 後、民間企業に就職してレーダーシステムを開発したり、物理的デバ イスに関連した製品のプログラミングに従事したりしていました。当 時は、実時間プログラミングと呼ばれていましたが、今では組み込み システムと呼ばれています。私は、本当にあのようなエンジニアリン グが大好きでしたが、いつの間にか飽きていました。そこで、心から 興味をもった人工知能の授業を思い出し、大学に戻ったのです。 ところが、大学に戻ってみると、自分で思っていたほど人工知能に 興味が無いことに気づきました。色々と考え、必須科目以外の科目を 2つ選択しました。一つは実験心理学、もう一つは神経生物学です。 工学系出身の私にとって、これらは本当にわくわくするものでした。 これがきっかけとなって興味がわき、今度はロボットの分野に入って いったのです。 博士課程を修了する1990年代の後半に、サンディエゴの神経科学 研究所2(ノーベル賞受賞者のジェラルド・エーデルマンが設立した 神経科学の研究所)でポスドクの仕事を見つけました。ちょうどこれ をやる研究室があったのです。「脳型デバイス」と呼んでいました。 優秀なエンジニアがそろった研究室で、ロボットと脳モデルの実験 ができるあらゆる環境が整っていました。ジェラルド・エーデルマン は本当に将来を見通す力が優れており、素晴らしい考えを持ってい る人でした。私は10年間にわたってこの脳型デバイスの研究をしま したが、これは現在のニューロロボット工学と類似しています。 ニューロロボット工学における研究で最も重要なことは、あくまで も私見ですが、冒頭に述べた通り、いかに脳が機能しているかを理 解することです。それが何を意味するかというと、私が作るモデルた ちも脳の原理に厳密に従わせたいということです。 もしも「最も重要な脳の原理とは何か」と尋ねられれば、私は、明 らかに解剖学的な結合だと答えるでしょう。神経系に影響を与える 薬も同様に非常に重要ですが、しかし、脳の中のあらゆることが繋 がっているというその結合こそが、研究にとって重要なのです。この 構造が機能を操作するのです。私は、これらの原理をモデルに組み 込もうとしています。これが可能になれば、私たちは人と共に存在し、 社会を手助けするより良いロボットを作ることができると思ってい ます。 聞き手:富士通総研経済研究所 主任研究員 吉田倫子 編集:ニック・オゴネック 1 https://www.braininitiative.nih.gov/?AspxAutoDetectCookieSupport=1 2 http://www.nsi.edu/

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弱肉強食のパラドックス 企業組織は、単独で進化するという古い考え方が、まだ一般にみ られる。そこでは、企業とその組織の進化とは、ある一つの企業が 環境に適応する高い業績や高い生存率をあげる仕組みがあることと される。進化のプロセスとは、ある個体が変異し、そのうち環境的 に有利な個体が選択され、保持されると考える。だが、自然進化論 では、進化をある個体の群れやそれを取り巻く生態系すなわちエコ システムの水準から、これらとの共同の進化つまり「共進化」という 見方から考えるようになってきている。進化や選択の単位は、そこで は、個体ではなく、似たような形態や特徴を持っているような、複 数の個体から成る個体群全体へと変わった。その場合には、個体群 として、様々な環境の状態や変化への環境適応を考える上では、たっ た一つの能力ある個体よりも、むしろ多様な個体がある方が、色々 な環境変化に適応することに有利と考える。そこで、重視されてい るのは、個としての優秀さだけではなく、個体の群れとしての多様性 と発展させる能力である。 今日の企業進化の議論においては、①個体群としての多様性と繁 栄つまり産業と、②エコシステム(生態系)つまり周辺産業を含めた 産業システムに関して、総合的に発展しているイメージが、共進化と して重視されている。米国アップル社が、iPhoneを展開し始めたと きに、同業他社にはスマートフォンという新たな製品ジャンルの提供、 関連アクセサリー企業の発展、そして電話での本格的なインターネッ トサービスの展開というより高度で多様なエコシステムを生み出した。 社会科学における進化のイメージは、19世紀の社会ダーウィニズ ム論的な社会進化論の残滓を引きずっている。実際、弱肉強食によ る淘汰という進化の見方は、個体の生き残り戦略と混同されている。 弱肉強食は、進化としてはパラドックスを抱えている。つまり特定の 企業1社だけが高い生存能力を持って、同一産業や他産業の関連企 業を競争で滅ぼして発展することは、産業の水準から見ると、進化 ではなく、むしろ絶滅への道である。近年の進化論によれば、進化 とは、産業や企業グループという個体群が群れとしてその時々の環 境や関連産業とから成る会社の生態系すなわちエコシステムでの生  企業進化の議論は、進化論の発展に合わせて、マクロな「共進化」の視点を導入し、市場や産業などのエコシステム (生態系)や複数の企業組織の個体群の水準で、変化する環境に適応し発展させる企業の形態変化と組織特性に注目す る動きが出てきた。そこでは、個々の個体の優秀さだけではなく、その多様性も適応力の向上につながる。企業の進化 とは、エコシステムの発展や個体群の能力向上につながるような、組織のルーティン、能力の発展と考えられている。 ただ、企業の進化の経路は、エコシステムや環境に制約されているものの、新たに創造するのは起業家的な活動である。

若林 直樹

 京都大学経営管理大学院 教授

Wakabayashi, Naoki Professor, Graduate School of Management, Kyoto University

企業組織はエコシステムと共進化している

参照

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